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第1章
第79話 後悔
しおりを挟む学園ではもうすぐ夏休みという事で生徒達はどこか浮き足立っていた。
そんな中で、生徒会長に呼び出された俺は足の運びが重かった。
「トントン、蔵敷です。入ります」
生徒会室には、役員全員が勢揃いしていた。
一学期最後の集まりらしい。
生徒会長は3年生の立科孝志。
副会長は2年の安藤葉月。
会計は2年生の稲田穂乃果。
書記は1年生の楠田麻里奈。
監査は3年生の寺井茂雄。
そして、風紀委員長は2年生の種子島聡美。
部屋に入るとみんなが一斉にこちらを見た。
生徒会でもない俺に何用なの?
「皆さんお揃いの中、俺、何で呼ばれたんですか?」
「拓海君、早くここに座りたまえ」
促されるまま席につかされた。
「それでは、今学期最後の会合を始める」
会長の言葉にまばらな拍手がかわされた。
「今日の題材は次期生徒会長候補の推薦だ。誰かこれだっという人に心あたりはないだろうか?」
会長に言われて安藤さんに打診してみたが呆気なく断られた。
その事を会長には連絡済みだ。
「2年の佐伯さんなんてどうでしょう?成績も優秀ですしバレー部のキャプテンも務めています。人物的には問題ないと思います」
そう意見を言ったのは副会長の安藤さんだ。
自分がやりたくないという心がどこか隠れ見えている。
「今現在内部生と外部生の問題が燻っています。佐伯さんは外部生です。内部生をまとめることが出来るとは到底思えません」
監査の寺井さんがそう告げた。
会長によれば大きな寺院の後継だとか。
既に頭はツルツルとは言えないが五分刈りの頭をしている。
男性としては小柄な部類に入る感じの線の細い男性だ。
「確かに佐伯さんが生徒会長になったら多分本人が苦しい立場になると思います」
会計の稲田さんがそう言う。
流石に今は反復横跳びをしていない。
「英明学園は格式の高い学園だ。日本有数の名家やその縁の者達もいる。だが、我々世代では立科会長を以外名家に連なる者がいない。優秀な生徒は多いのだが、かえってその優秀さが自身の誇りを釣り上げてしまっている。圧倒的なカリスマ性のある人物でないと今の現状を打破する事は難しいだろうなあ」
そう言ったのは風紀委員長の種子島聡美さんだ。
種子島さんは、九州の名家永善家の縁の者だ。
永善家を守護する役割を担っていると会長から聞いたことがある。
竜宮寺家で言えば、柚子とか恭司さんの家と近い存在だ。
「私としては安藤さんか種子島さんに次期会長になってもらいたいのだが~~」
「「却下!」」
二人は息の合った返事をした。
「じゃあ、楠田さんはどうかな?」
「私一年生ですよ。主席で入学したとはいえ外部生ですし、そんな荷の重い会長職が出来るとは思えません。ですので却下です」
会長も必死だな。
それにしても何で俺、ここにいるんだろう……
「という事で拓海君、君が次期会長だね」
会長が爆弾を落としやがった。
「は!?俺は無理です。いろいろ個人的な用事があるのは会長も知ってるでしょう?絶対無理です」
「拓海君、そこを何とか頼めないかい?ここにいる者達は私と拓海君が従兄弟だと知っている。蔵敷家はあまり表に出ないが竜宮寺家の鬼門を司る守護家だ。もう、拓海君しかいないんだよ。この状況を打破できるのは」
それで俺をここに呼んだのか?
生徒会長になったら学園の仕事が忙しくて裏の仕事が疎かになってしまう。その事を知っている会長がそんな事を言うのはほとほと困り果てているからだ。
だけど、その提案を呑むわけにはいかない。
あ、そうだ!
「会長、俺は無理ですけど二学期から琴香さんが入学しますよね。琴香さんに頼んだら良いのでは?」
「拓海君、琴香様にそんな事を僕が頼めると思うかい?」
「ええ、普通に思えますけど」
「僕には無理なんだよ。察してくれたまえ」
意味がわからん。
「琴香様というのは竜宮寺琴香さんか?確かイギリス留学していると聞いている。2学期からこの学園に通うのか?」
そう言ったのは種子島さんだ。パーティーとかで顔を合わせているはずだ。
「ああ、この事はオフレコで頼む。2学期から竜宮寺琴香様がこの学園に来られるのは事実だ」
まだ、内密な話だったらしい。
口を滑らせた俺が悪いな。
「竜宮寺家の人が入学するなら、その方で良いのではないですか?直系子女が入学するなんて久し振りですし誰も文句は言わないと思いますけど」
「「「「賛成」」」」
副会長の安藤さんの言うことの俺と会長以外の全ての人が賛成した。
「待ってくれ。琴香様の件はまだ不確定事項なんだ。ここで決めてしまうのは早計過ぎる」
「でも、会長。2学期の転校してくるんですよね?なら、時期的にもちょうど良いと思いますよ」
寺井さんも賛成してただけあって、言葉に矛盾はない。
「違うんだ。僕が言いたいのは……」
「じゃあ、決まったと言うことでここら辺でお開きにしましょうか」
安藤さんは早く帰りたいようだ。
他のみんなも賛成する。
そして、生徒会室には会長と俺だけが残ったのであった。
◆
「拓海君、今日は悪かったね」
「こちらこそ、琴香様のことを話してしまったので悪いと思ってます。ですけど、琴香さんが入学して来るのならちょうど良いと思いますけど」
そう言うと、会長は少し困ったような顔をしてこう言った。
「拓海君、琴香様は確かに地位も名声も問題ないんだ。それにある意味カリスマ性も備えている。僕が推し活する相手だ。僕も琴香様が良ければ会長になってほしい。だが、致命的な問題があるんだ。それは……」
会長は、その後言葉を濁らせてしまった。
最後には会えばわかる、と言って今日の会合を終わりにしてしまったのだ。
よくわからないが、まあ、いいか。
俺は至って呑気な考えをしていたのだった。
その後、会長と世間話をして解散となった。
教室に向かい待っていると思われる柚子を迎えに行く途中、階段の踊り場で男女が向かい合って話あっていた。
男子の方は恐らく2年生だと思う。
女子の方は1年生なのはわかるが、何組なのかは知らない。
「なあ、いいだろう?」
「嫌です。いろいろと予定があるので無理です」
「そんな事を言うなよ。君の父親は僕の父親の部下って事を理解してるのかい?」
なんか、急にゲスい話になってきた。
少し気になったので姿を消して静観する。
「っつ!それがどうしたって言うんですか?脅すつもりですか?」
おや、この女子反撃に出たぞ。
頑張れ~~!
「はあ?僕にそんな口の聞き方していいのか?僕がひと声父親に言えば君の父親は左遷させられるんだぞ」
「別に構いませんけど。そんな事が罷り通る会社なら父さんだって違う真っ当な会社に転職した方がいいに決まってます。それに、この会話は録音しています。出るところに出ても構わないのですよ」
おーーこの女子格好いいぞ。
「何だと!今すぐ録音をやめろ!早く消せ!」
男がその女生徒に近づく。
揉み合いになりそうだ。
怪我してもマズいし介入するか。
「先生、こっちです。女生徒が襲われてます」
そう声を上げた。
すると、焦った男子は『お、覚えてろ!』と捨て台詞を言って階段を駆け上って行った。
女子生徒はその場で座り込んでしまった。
威勢は良かったが、やはり怖かったのだろう。
身体が震えている。
(このままってわけにも行かないよな。あの男執念深そうだし)
俺は、そのままの姿で逃げた男子の素性を調べるのだった
◆
俺の名は瀬古井弘(セコイ ヒロシ)。
英明学園の2年2組だ。
隣の県からこの英明学園の高等部に入学する。
この学園に入ればエリート街道を進む事ができると父親に言われて迷わずこの学園を受験した。
確かに有名な会社の御曹司や名家と呼ばれる人が通うだけあって、設備は整っているし、美少女も多い。
だけど、俺の運命はこの学園に入ってから少しづつ狂ってきた。
この学園の女は、俺様がどんなに声をかけて誘っても見向きもしない。
家柄が高いせいか、俺のような中堅サラリーマンを父親に持つ家では釣り合わないらしい。
2年になって新しく入学してきた顔の良い女達に声をかけて付き合えと誘ったが、呆気なく断られてしまった。
俺の顔立ちは悪くないはずだ。
SNSで適当に誘った女達は喜んで股を開く。
せっかくマンション借りて一人暮らしをしているのに、学園の女を誘えないとは情けない。
俺は自信を無くし始めていたんだ。
そう考えていたところ、父親から部下の娘がこの学園に入学したらしい。
名前を聞き出すまで少し時間がかかったが、ようやくそいつが誰なのかわかった。
1年5組の袴川梓(ハカマガワ アズサ)。
俺は、こいつを何としても落として自信を取り戻さないといけない。
この学園の女を自分の物にすれば、失いかけた自信を取り戻せると確信していた。
しかし、この女は一筋縄では行かなかった。
父親の名前を出しても言う事を聞かなそうだ。
おまけに誰かに聞かれたらマズい脅迫まがいの言動を録音されたと言われた。
あの時、誰かが先生を呼ばなければ力づくで証拠を奪い取って、無理矢理俺の女にできたものを。
俺は自分の部屋のベッドに横たわって寝ている隣の女をみる。
大学生と言っていたが聞いたこともない大学名の女だ。
顔も体も英明学園の女と比べれば大分劣るが遊びとしてなら都合が良い女だ。
ただ、こいつは金食い虫だ。
一緒に買い物に出かければ高い物を買わされる。
今日も部屋の電気代がもったいないからと朝からうちのエアコン目当てに入り込んできたやつだ。
「そろそろ飽きたな」
心の中でそう呟く。
金もそろそろ無くなってきた。
また、どこかの店で万引きしてネットで売らないと金が底をつきそうだ。
「おい!起きろ!」
「な~~に?せっかく寝てたのに」
「そろそろ帰ってくれないか?俺にはやる事がある」
「やる事って何よ。あんたの学校もう直ぐ夏休みでしょ?」
「懐が寂しくなってきた。金を稼がないとお前にだって奢ってやれねぇんだぞ」
「そういうことか。アルバイトするの?」
「そんな面倒なことするわけねえだろう?もっと賢い稼ぎ方をするに決まってる」
「また万引きしてネットで売るの?それってせこくない?」
「な、なんで知ってるんだ?」
「だって、押入れの中にタグのある物があるじゃない。普通にわかるわよ」
「押入れは開けるなって言ったろう?無断で開けんじゃねえよ」
「それって、開けろってことだよねー。それよりもっといい稼ぎ方知ってるんだけど、やってみる?」
俺はこの女の話に乗った。
これなら大金が舞い込むぜ、あははは。
◆
「せこい……」
姿を消して、こいつの跡をつけて自宅迄来たのはいいが、考えがまるっきりクソガキ思考で、せこすぎる。
女と一緒に悪巧みしてたから、録音して関係各所に通報しておこう。
こいつの家を出て家に帰ると柚子が仁王立ちして玄関で待っていた。
「あ、やべっ!柚子に連絡入れないでひとりで行動してしまった」
これから怒られるのか……
俺はあの2年男子の顔を思い出し、思いっきり殴ってやれば良かったと後悔していた。
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