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第1章
第73話 帰路
しおりを挟む修造爺さんと別れて俺はタクシーで帰ろうとしたら特殊部隊の人達と楓さんが迎えに来てくれた。
修造さんとはその場で別れた。
何でも行かなきゃならないところがあるそうだ。
どこに行くのか大体予想はつくが……
車に乗り込むと心配そうな顔で楓さんが尋ねた。
「拓海様、ご無事でしたか?」
何が無事なのかわからないが、問題はない。
「うん、大丈夫だよ。それよりちょうど良いタイミングだったよ。タクシー拾って帰ろうとしてたら楓さん達が来てくれたから」
「それは良かったです。霧坂さんは無茶ばかりしますので拓海様も嫌ならきちんと断って構いませんよ」
確かに無茶振りするが、修造さんのことは嫌いではない。
エロのことは勘弁して欲しいが、あの年で元気なのは羨ましいと思う。
「その時はキチンと断るよ。それより、少し話しておきたいことがあるんだけど……」
楓さんと特殊部隊の人達に先程の話をした。
みんなは非常に驚いている。
「まさか、明日大統領が来ますが、その時にですか?」
そう問いかけたのは特殊部隊の紅一点の静宮美香さんだ。
「そこまではわからないけど、警戒はしておいた方が良いと思う」
「外交官の鍋石さんと岸金さんに連絡を入れておく。こちらからは、協力要請がなければ動けないのでな」
この特殊部隊のチームリーダーである安田実さんがそう答えた。
「それでも我々が滞在中にそんな事件が起きたら国際問題に発展しかねますよ。事前に手を打った方が良いのではないですか?」
特殊部隊の副リーダーの小波蓮也さんがそう提案した。
「蔵敷君の話だと場所と時間は限定されてませんよね。下手に動いたらマズいんじゃないですか?」
特殊部隊で一番若い男性の桑崎甚太さんがそう反論した。
「我々は蔵敷君の護衛が任務だ。ここから先は外交官達に任せよう」
リーダーの言葉に誰もが頷くのであった。
それからしばらくしてマスカット家に着いたのだが、周囲の状況は物々しい警戒体制となっていた。
「警備の人達の人数多くなっているね」
「外交官の人達が手を回してくれたのでしょう」
この国の諜報機関であれば、事前に手を回していると思うのだが、今回の件は寝耳に水だったのかもしれない。
「あ、タクミ。ちょっと来てくれる?」
家に入るとフローリに手を引っ張られて、自室に連れていかれた。
「ジイジは、来れなくなったんだ。タクミ達の連絡を受けていろいろ調べてみたら、今回の訪問も外に流れていたみたいで安全を考慮したみたい」
「そうだったんだ。フローリにとっては残念だったね。せっかくお爺さんに会える機会だったのに」
「今はスマホでライブで話せるし、そんなに気にならないかな。それより、タクミの方が大変だよ。このままだと私と結婚させられるよ」
「へ!?」
予想外の言葉に身体が固まってしまった。
「何でそうなるの?」
「タクミをこの国に縛り付けておきたいみたいだよ。私と年齢も近いしそれに私の恩人でもあるわけだし」
「そこにフローリの意思はないよね?」
「私はまだそんなこと考えられないけど、昨夜パパとママにも言われたのよ」
そんな話になってるとは……
「そうなんだ……俺は……」
「ちょっと待って。私はタクミには感謝してるし恩人だとも思ってる。好きか嫌いかで言ったら好きよ。もし、大人になって政略結婚しなければならないのならタクミならOKよ。でも、タクミはそんなの嫌でしょう?だから、私の大切な人に迷惑をかけないでって言ったの。パパやママは納得してくれたけど、ジイジを含めて他の人には反応が薄かったわ。だから、タクミは急いで日本に帰ってくれる?今からならまだ、間に合うと思うんだ」
何だか急な話になってしまった。
でも、大統領が来ないのならばここにいる必要は無いのも事実だ。
「わかたった。みんなに話してみるよ」
「うん、そうして。パパとママが手を回してくれたから直ぐに飛行機に乗れると思う」
フローリは、いろいろ気を遣ってくれたらしい。
「ありがとう。いろいろ気遣ってくれて」
「そんなことはないよ。私がこうしていられるのもタクミのおかげなんだし、こっちこそありがとうだよ」
「困ったことがあったら連絡して」
「あ、そうだった。連絡先交換しておかないとね。タクミと連絡できないや」
フローリはスマホを取り出して俺と連絡先の交換を済ませた。
そして、部屋を出て行こうとしたら、背中を抱きしめられた。
「タクミ、私との約束は覚えてる?」
その声は少し震えているような小さな声だった。
「え~~と、何だっけ?」
「空だよ!もう一度私と空を飛んでくれるって言ったじゃない?」
「そうだった。でも、今は……」
「それは今度タクミと会った時でいい。私も少し自分を試してみようと思ってるんだ。だから、もしその夢が叶ったら会いに来てくれる?」
「ああ、今度は忘れないように覚えておくよ」
「じゃあ、またね、タクミ」
「フローリも元気で」
部屋を出て、まずは楓さんのところに向かう。
そして、フローリから聞いた話を楓さんに伝えたところ、大急ぎで準備が始まった。
マスカット家の皆さんとの挨拶も簡単に済ませて慌ただしく車に乗る。
そして、行きとは違い民間の航空機に乗り込みその飛行機は飛び立った。
「搭乗手続きって割と時間がかかるんだね?」
「これでも早い方ですよ。外交特権を使ってますのでチェックも甘いですし」
隣に座っている楓さんに尋ねるとそう返事が返ってきた。
行きは軍用力の特別待遇だったが、帰りは一般のお客さんもいる普通の民間機だ。でも、ファーストクラスなので快適に過ごせている。
「あれ、そういえば何か忘れてるような……まあ、いいか」
そう思っていると飛行機は安定飛行に入ったようだ。
◆
ニューヨークの地下にある酒場で、酒を飲みながら薄着の女性がポールダンスをしている姿を鑑賞している爺さんが居た。
「ほほう、これはなかなかじゃな」
そう呟く爺さんの声は酒場の音楽にかき消えた。
◆
「やべっ、単位落とすわ、これ」
俺こと近藤恭司は、試験が終わった時の感想がこれしか思いつかなかった。教室を出て、お気に入りの大学内にある木陰のベンチに座る。
この時期、蒸し暑いせいか外に出ている生徒は少ない。
ここは、穴場中の穴場なのだ。
「あ~~留年するのはマズい。レポート提出で何とか単位もらえねえか
な」
出席日数は何とか足りてるはずだ。
だけど、普段の授業をあまり聞いていなかった俺は今日のテストが惨敗に終わったことを確信していた。
そんな時、このくそ暑い中わざわざ俺に声をかけてきた物好きがいた。
「先輩、何黄昏てるんですか?」
「おお、沙織か。試験どうだった?」
「私は完璧ですよ。先輩は……私は優しいので聞かないであげます」
確かに聞いて欲しくないわ。
後期に思いっきり授業詰め込んで挽回するしかねえか。
でも、一限は出たくねえな。
「先輩、良かったら図書館で一緒に勉強しますか?」
「そうしたいが、沙織と被ってる授業はねえし、俺は将来に賭けるから今日はやめとくわ」
「先輩、何を将来にかけるのかわかりませんが、日々コツコツとやるのが一番ですよ」
「確かに沙織の言う通りだ。だがなあ~~俺にも都合ってもんがあってな。いろいろ忙しいんだわ。だから、コツコツは無理。俺は一発逆転ホームランを狙うわ」
「まあ、先輩がコツコツやってる姿は想像できませんけどね」
「そうだ、気分転換に沙織付き合え」
「えっ……!」
「ほら、行くぞ!」
「待って、先輩。私心の準備が~~」
俺は沙織を連れて、あの場所に向かったのだった。
◇
『カキーーン』
何で私バットを握ってるんだろう?
私こと樺沢沙織は、先輩に連れられてバットを握ってます。
あ、違いますよ。先輩のバットではなくて野球のバットです!
隣の打席では金髪ヤンキーの先輩がバットを振ってます。
運動神経が良いのは知ってましたが、野球も上手いなんて聞いてません。
「沙織、どうだ。調子は?」
「先輩、私バット握ったの初めてなんですよ。調子もクソもないです」
さっきからかすりもしないボールがマットに当たって転がっていく。
「沙織、気合いだ!気合いで大抵のことは何とかなる。思いっきり振ってみろ!」
そう言われても脳筋の先輩と違ってこちとら頭脳派なんですから無理ですって!
そしてボールがまた投げられた。
私は先輩に言われた通りに思いっきり振ったのだが……
『ブスッ……』
と、音を立ててベースの先にあるマットに勢いよくボールが当たって足元に転がってきた。
もしかしたらバットが悪いのかな?
先輩は必ずボールを当ててるし。
「先輩、先輩のバット貸してくれませんか?そっちの方が当たる気がするんです」
「構わねえぞ。ほら、交換だ」
先輩のバットと交換してみた。
私が持ってたバットより当たる気がする。
そして、私は思いっきりそのバットを振った
『カキーーン!』
「先輩、当たりましたあ。先輩のバットはすごいです」
「おお。そうか、やったな沙織」
「はい、先輩のバットを振ってスッキリしました。結構楽しいですね」
「おおよ。息抜きには最高なんだ。沙織もストレスが溜まったら来てバットを振ればいいぞ。スッキリしるからな」
今度みっちょんを誘って来てみようかな。
私はそう思っていたのだが、声がするので先輩の方を見てみるとスマホ片手に何か叫んでいる。
「はあーー!!拓海の乗った飛行機が落ちただとーー!!」
その声はバッテングセンター内に響き渡っていた。
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