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第1章
第49話 イベント
しおりを挟む「今日は二人きりだね」
今日は土曜日で休みなのだが、アンジェが補習講座を選択したようで、学校に来ている。
俺はそんなアンジェに付き合わされたのだった。
この講座は、国公立大学受験を目指す特別なもので、割と参加者が多い。
そして、授業が終わりアンジェが持ってきた二人分のお弁当を空き教室で食べていた。
「そうだな。アンジェはクラスのみんなと仲良く慣れたか?」
「いろいろ聞かれるし、誤魔化さなきゃならないこともあるから疲れるんだよね。その点、たっくんとなら気をつかう必要ないし楽なんだよ」
「確かにそれはあるな。アンジェは国立の大学進学を希望してるのか?」
「そういうわけではないけど、蘭子さんにあまり負担をかけたくないし、今まで勉強らしい勉強をしてこなかったからこういうのもいいかなって思ったんだ」
梅雨も本格的となり、外は雨が降っている。時より風も強くなり窓ガラスに雨が当たって音を立てていた。
「アンジェはいろいろ考えているんだな。尊敬するよ」
「そんな大袈裟なもんじゃないよ。そういえば、最近ルミ見ないね」
「うむ、パソコン貸してから部屋に篭りっぱなしになっちゃって、少し貸したことを後悔し始めたところなんだ」
「確かに便利よね。私は施設時代に潜り込んでいろいろ試してたから何となくわかるわ」
「そうだったんだ。俺は使い方がいまいちわからないよ。スマホだって、やっと最近慣れてきたばかりだし」
「ルミって家族から隠されて過ごしていたんでしょう?だから、元々引きこもり体質なのかもしれないわね」
「そうかも、それに何処かに出かけて能力が意図せず発動したらって恐怖があるのかも知れないな。ルミにとってそれはトラウマだろうし、自分だけならまだしも他人に迷惑をかけてしまうって思っているのかも知れない」
「人の少ない場所から少しずつ慣れさせていけば?私も協力するよ」
「そうか、助かるよ」
いずれ学校に通って普通に過ごしてもらいたい。
だって、外の世界は思ってた以上に広いのだから。
☆
新宿の都庁付近にある全天候型のイベント会場では、様々な衣装を身に纏った人達が集っていた。
そんな中にカメラを持って周りをキョロキョロしている英明学園の少年達がいた。
「飯塚君、すごいね、コスプレイベントって」
「うん、僕も初めてだからどうして良いのかわからないけど」
様々なアニメや漫画、ゲームに登場するキャラクターの衣装を身に纏ったコスプレイヤー達が楽しそうに談笑したり、カメラを向けてる人に色々なポーズを決めていたりしていた。
人気なのは今テレビで放映されている漫画原作のアニメのキャラ達だ。
「流石に『悪滅の剣』は人気だね」
「うん、あ、あそこに猫子のコスプレしてる人がいる」
「口に咥えた秋刀魚がいい感じでてるよなあ」
「写真、お願いしてみようか」
そう言って二人は秋刀魚を咥えた袴女子のところに近寄って行った。
…………
「うわ~~感激どす」
「お嬢様、そんなに大きな声を出してははしたないですよ」
「少しぐらいよろしいのではおまへんか?皐月はん」
「ダメですよ。変装してるとはいえ、神代院家の者ってバレたらマズいですからね」
「そうは言ってもこの光景を見たらうちテンション上がりますどすえ」
少し地味な格好をしている女子二人はお揃いの帽子を被り、サングラスとマスクをしてイベント会場の光景に見入っていた。
「みなはん、可愛らしいどすなあ」
「そうですね。特に悪滅の剣が目立ってますねえ」
「さてさて、@ぷらん様はいらっしゃるやろか?」
「そうですね~あのお姿は尊いのですぐわかりそうなものですが」
二人とも@ぷらんと呼ばれるコスプレイヤーのファンのようだ。
人の合間を歩いて二人は声を上げた。
「うわーーくるくるバッキンのくるんちゃんどすえ」
「あの完成度、そしてあのスタイル。まさしく@ぷらん様です!」
お目当てのコスプレイヤーを見つけてテンションMAXの二人。
急いで駆けつけようとしたら、二人の少年とぶつかってしまった。
「あいたー」「ほえぇ」
「あっっ」「いたた」
お互い驚きはしたが転びはしなかった。
「あ、ごめん」「ごめんや」
「すみません」「こちらこそ」
そして、お互い何もなかったように目的の場所に向かって行った。
「ねえ玉川くん、さっきぶつかった女の人ってきっと綺麗な人だよね」
「声しかわからなかったけど、そんな感じがする」
「これってフラグが立った感じかな?」
「僕にそんな場面、一生無いよ。あるとしたら蔵敷くんとかじゃない?」
…………
「マジダルい」
今日は姉貴に付き合わされて、イベント会場に来てる。
何でも道場連中に見つかったらイジられると言い続けて、姉貴の秘密の趣味は俺しか知らない。
「おい、恭司。レフ版ちゃんと顔に合わせろ」
姉貴は、好きなキャラくるんちゃんにコスプレしてるのだが、くるんちゃんはもっと可愛くて高い声のアニメ声だぞ。
そんなダミ声出したら引かれるぞ。
「わかったよ。これでいいんだろ」
自撮り棒片手にポーズを決めてる姉貴。
マジ、見たくねぇー。
すると、姉貴の側に二人の女性が駆けつけてきた。
「すんまへん。@ぷらん様ですよね。お写真お願いします」
「ファンです。一緒に撮りたいです」
姉貴はこの界隈では結構有名らしい。
だから、俺はその場をそっと離れた。
「ったく。誰か来たら怖がるから恭司はどこかいってろ、だあ。こちとら車まで出してんだ。ガス代払わせてやる。全くどいつもこいつも!」
「「すみませんでしたあああ」」
何故か猫子ちゃんコスプレしてる女の子のそばにいた少年達を怖がらせてしまった。
何かすまん……
…………
「飯塚君、さっきの金髪の人、誰のコスプレかな?」
「ヤンキー漫画は詳しくないけど、凄いよね。役に入ってる感じ」
「うん、うん、感情移入してたよ」
「きっと有名なコスプレイヤーなんだろうね」
「でも、怖かったあ」
そんな会話をしていた高校生達だった。
☆
「特に異常はみられませんでした」
私は、警視庁の方から紹介された病院で検査を受けていた。
目の前にいる清水先生は、学園の養護教諭として非常勤で勤務されているので、私も何度かお世話になっている。
「では、娘はその……暴行とかされていないのですね?」
お母さんは聞きづらそうにそう質問した。
「はい、大丈夫でした。ちゃんと証もありましたよ」
「良かった、良かった……」
お母さんは、そう言って安心してるけど私自身はそういう事をされていないと身体がわかっていた。
でも、眠らされている間に写真とか撮られてた、とかならわからないけど。
「おそらく紅茶に睡眠薬を入れられたのでしょう。既に薬は抜けているのでそちらも問題ないですよ」
こうして、検査をするのは今後の捜査に必要という話だ。
でも、誰が私を学園まで連れてきてくれたんだろう?
「もし、何かあったら相談してね。ここでも学園でもいいわよ」
そう優しく言ってくれた先生は、密かに生徒達から人気がある。
一時期、裸の男子と抱き合っていたという噂が流れたが、すぐにそれは誤解で健診していただけだと話が回ってきた。
それより、私は兄さんの方が心配だ。
警察の人から私の寝ているそばに、私を誘った女性が入信していた宗教団体の名簿やら資金の流れ、麻薬の売買などの資料があったという。
きっと、私を助けてくれた人がついでに持ってきたのだろうけど、その名簿に兄さんの友達の東雲昇君の名前があった。
おそらく、兄さんに友達として近づいたのは裏の企みがあったのだろう。
その事を知った兄さんは落ち込んでしまったのだ。
それに家族である私が狙われたのも併せて悔いている様子だ。
兄さんがせっかく元気になったのに……
あ、もしかしたら!
「先生は蔵敷くんを知ってますよね?」
「ええ、知ってるわよ。でもどうしたの?」
「私の兄は蔵敷くんに怪我を治してもらったんです」
すると清水先生は、真面目な顔をして話だした。
「それは、書類にサインをしたということかしら?でも、安藤さん。私が蔵敷くんの事を知らなかったら処罰を受けてますよ。そういう事は相手が信用に値するか慎重になってね」
「あ、そうだった。ごめんなさい」
「葉月、蔵敷くんがどうかしたの?」
お母さんも勿論蔵敷くんのことは知っている。
兄を救ってくれた私達家族の大恩人なのだから。
「兄さんの件で思い出したの。意識が朦朧としてるときに蔵敷くんを見たんです。缶コーヒーを飲んでたと思います」
「そうなんだ。拓海君をね。わかりました、後で本人に聞いておきます。あと、この事は警察の人にも言っちゃダメですよ。いいわね」
「はい、そうします」
きっと蔵敷くんが助けてくれたんだ。
だって、私が寝かされていた空き教室は二人で話した場所だし、幽霊が出るという噂があって学園の人は誰も近づこうとしないのだから。
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