闇治癒師は平穏を望む

涼月 風

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第1章

第35話 釣り

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午後1時頃、竜宮寺家の屋敷に着いた。
竜宮寺家の屋敷は、洋装を取り入れた和洋折衷の屋敷で、離れにステンドグラスをふんだんに使った尖塔がある円柱形の綺麗な洋間がある。

その部屋は、俺のお気に入りの場所でもあった。

「広い……部屋数幾つあるんだろう?」
「見て、見て、お城みたいなところがある」
「お掃除が大変そうだわね」

初めて訪れた結城家の面々は、屋敷を見て思いついた言葉を発した。

出迎えてくれたのは、竜宮寺家の侍女さん達だ。
少しお年を召した方を中心に10代と見られる若い女性もいる。

「ようこそ、竜宮寺家へ」

玄関を開けた途端に、綺麗な一礼と共にそう言われた。
普段は、そんなことはしないのだが、今日は初めて訪れる結城一家がいるので、パフォーマンス的な意味もあるのだろう。

「う~~私緊張してきた」
「見て、みんな綺麗だよ。私もメイド服着たい」
「素敵ですわね」

結城一家は、また思い付いたことを言葉を発した。
こんな風に出迎えられたら正直言ってビビる。

お客用の応接室に通されて、侍女さん達がお茶を運んできてくれた。
ここにいるのは結城一家と俺だけだ。

楓さんや霧坂さん、それと近藤姉弟は別の場所に行っている。
報告しなければならない事や知り合いも多いので話をしに行っているのだろう。

「少し、大人っぽくなりましたね、拓海様」

侍女長の坂井さんにはそう見えるらしいが、俺にはピンとこない。

「そうですか?あまり変わらないと思いますよ」

「そんなことはありませんよ。精神的な成長が見られます。ここにおいでになられた時は、心の余裕が見受けられませんでしたから」

確かに3年前に初めて訪れた時は、周りのことがよくわかっていなかった。
それが今では、周りの状況を判断できるようになっている。

これが成長なのか?

「拓海様はブラックでよろしかったですよね?」

一番若い侍女さんで明日香ちゃんの付き人をしてる沢渡さんだ。
今年で17歳、俺のひとつ年上の人だ。

「はい、あれ、明日香ちゃんは?」

「今、お琴のお稽古中です。拓海様が来るって知ってずっとそわそわしてたんですよ」

名家のお嬢様は習い事も大変らしい。

結城一家もお茶の好みを聞かれて、それぞれ用意された。
緊張気味の家族を放っておいて俺一人でどこかに行くわけにもいかない。

「よう、ぼうず。この間ぶりじゃな」

最初に入って来たのは霧坂さんのおじいさんだ。

「ええ、あの時は助かりました」

「よいよい、そんな事より別嬪さんが3人もおるじゃないか?」

「ええ、結城茜さん、渚さん、陽菜さんです。こちらは霧坂柚子さんのおじいさんですよ」

結城家族は、霧坂さんのおじいさんと聞いて安心した様子だ。

「ところでぼうず、いつ暇じゃ?」

「平日は学校ですし土日は特に予定はありませんけど、それがどうかしましたか?」

「じゃじゃあああん、見ろ、ぼうず。とうとう手に入れたのじゃ。曇り坂38のライブチケットを」

自慢するように3枚のチケットを見せびらかしている。

「曇り坂38って?」

俺は結城さん家族に聞いてみたが、そんなアイドルは知らないらしい。

「ち、ち、ち、曇り坂38はフィリピンの若い女子達のダンサー集団じゃ
腰の振り方なぞ尋常じゃないぞ。それはもうたぎるのじゃ」

「そんなこと、渚の前で言ってんじゃねえ!身内の恥だ、今すぐ消えろ!エロじじい」

霧坂さんが乱入して来て飛び蹴りをくらわす。
見事にヒットしたじいさんは侍女が窓を開いて外に弾き出された。

ここの侍女さん、凄腕だな……

「身内の恥は私の恥。すまなかった」

結城さん家族の前で頭を下げる霧坂さん。
こういうことはキチンとスジを通すみたいだ。

「来週の金曜の夜じゃ。迎えに行くぞい」

外に弾き出されたじいさんはいつのまにか俺の隣にいて小声で囁いた。

「あ、また入って来やがった。このゴキブリじじい!」

そのあと霧坂さんとじいさんの追いかけっこが始まったのだった。

その光景を見て結城一家も緊張がとれたようだった。





それから結城家族は部屋に案内されたようだ。
当主である将道さんや奥さんは仕事で夜にならないと帰ってこないらしい。

俺も以前使っていた部屋に案内されて、少しのんびりしていると恭司さんが釣竿を担いでやってきた。

「釣り行こうぜ」

相当楽しみだったらしい。
まだ、午後2時だ。
ここにいてもやることがないので、釣りに行くことになった。

ここから歩いて20分ほど山道を歩く。
割と水流の多い渓流は、大きな川の支流の一つらしく裏山の中程には2メートル近い段差のある滝があるそうだ。

「ここは初めてでしたわね」

一緒に来ているメンバーは、恭司さん、霧坂さん、渚さんと陽菜ちゃん。それと、明日香ちゃんと付き人で先程コーヒーを淹れてくれた沢渡梨花さんだ。

「沢渡さんは何度か来てるんですか?」

「私も数えるほどしか来たことがありません。山には虫もいますし」

どうやら虫嫌いのようだ。
そういえば、明日香ちゃんに虫除けスプレーを大量に吹きかけていたっけ。

明日香ちゃんは、陽菜ちゃんと手を繋ぎながら山道を歩いている。
同年代だけあって仲良くなるのがはやい。

恭司さんは先頭を歩いており、なぜか霧坂さんと張り合っている。

「拓海君は釣りできるの?」

そう聞いてきたのは結城さんだ。

「俺は釣りをしたことないよ」

「私も初めて、一緒だね」

何故かニコニコしている結城さんは、最後尾のグループで俺と沢渡さんと一緒にいた。

「沢渡さんは普段は学校に通っているんですよね?」
「はい、高校2年生になります。地元の高校なので田舎ですけどね」
「部活は何かしてるんですか?」
「中学の時はソフトボール部に居ました。今は生徒会で副会長をしています」

結城さんは沢渡さんとの話に夢中になっていた。
そんな時、先頭の恭司さんから声がかかった。

「おーーい、着いたぞ」

少し開けた場所に川の水が横に広がっている。
上流を見ると段々と高くなっており、川の水が岩にあたり白い飛沫を上げていた。

「よし、拓海。勝負な」

そして、みんなで釣り大会が始まったのだった。


「拓海兄様、エサを付けてください」

明日香ちゃんはエサ釣りらしい。
毛ばり釣りは恭司さんと霧坂さんだけだ。

「虫苦手?」
「はい、触れないです」

どういうわけか、エサ釣りメンバーは虫が苦手のようだ。
俺は、みんなのエサを針に通す役割になってしまった。

「あ、釣れましたあ」

一番初めに釣ったのは意外にも明日香ちゃんだった。
それから、陽菜ちゃん、結城さんという順番で釣り上げていく。

魚も触るのが苦手らしいので、釣った魚をビクに入れる役目も増えた。

エサ釣りで釣ってないのは俺と沢渡さんだ。
でも、次の瞬間、沢渡さんが魚を釣り上げた。

恭司さんと霧坂さんは少し上流の方に行っているので成果がわからない。

(もしかして、俺だけ釣れてないの?)

竿を川の流れに沿ってゆっくり動かす。
だけど、一向にエサに食いつく気配がない。

(わあ、結構焦るな、これ)

釣りはイメージ的にのんびりしてる光景が浮かぶが釣りは魚との勝負らしい。

焦ってるせいかエサだけ取られることもしばしば。
これでは最下位確定だ。

「ちょこざいな魚め」

焦れば焦るほど魚は逃げていくようだ。
そして、日が傾いてきてそろそろお開きとなる頃に、1匹だけ釣れた。
だけど、とても小さかったので、そのままリリースしたのだった。

ここで、みんなの成果を上げておこう。

近藤恭司 6匹
霧坂柚子 13匹
竜宮寺明日香 8匹
沢渡梨花 3匹
結城渚 5匹
結城陽菜 6匹
蔵敷拓海 0匹(1匹)

霧坂さんがダントツの一位だ。
霧坂さん曰く、この竿のおかげです。この竿は渓流釣りの申し子と呼ばれた三平作の一品です。この竿に出会えて良かったです、と竿自慢をしていた。

意外にも明日香ちゃんが2位だった。
釣りは初めてでしたけど、お魚さんが釣れた時はとても楽しかったです、と感想を言っていた。

3位は恭司さんと陽菜ちゃんだ。
この2人は、何故か相性が良いらしい。

そして、最下位の俺は無言を貫いた。

帰り道、恭司さんが俺の肩を叩きながら『ドンマイ』と言われたのが、無性に腹が立った。

釣りって難しい……
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