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第1章
第16話 回想
しおりを挟む志島葵(シジマ アオイ)
私は今夢を見てるのかもしれない。
浜辺で倒れたあと、助けてくれた男性達の車で自宅まで送ってもらい、今ベッドに横になっている。
私が病気に襲われたのは18歳の時、大学に通っていたのだけど、体調を崩して入院した。
その時言われたのが『白血病』
私でも知ってる難しい病気名だ。
私は入退院を繰り返して、髪の毛は抜けてウィッグを被っている。
そして、20歳の誕生日に私は自宅から電車に乗り海まで行った。
もう、治療には耐えられない。
このまま、海を見ながら逝こうと思っていた。
海を見ながら、私には後悔しか浮かばなかった。
それは、高校生の時当時付き合っていた彼氏ではない別の男性とキスをしているところを彼氏に見られてしまったからだ。
私には幼馴染の男の子がいた。
いつも一緒に遊んでくれた優しい男の子。
少し暗いところもあるけど、いざという時には守ってくれる、そんな男の子だった。
高校入学も彼と同じ高校だった。
そして、彼の告白を受けて私達はお付き合いをすることになった。
私達の周りのカップルはいろいろ進んでいたけど、彼とは小さい頃から知っているので手を繋ぐくらいしかしたことがなかった。
それでも、彼と一緒にいられることに幸せを感じていたのだけど、私は過ちを犯してしまった。
高校2年生になると大学受験に向けて家庭教師を雇うことになった。
その家庭教師は、有名大学の学生でとてもおしゃれな男性だった。
勉強の教え方も上手だし、女性を褒める言葉も嫌味がない。
私はすっかり彼に心を許してしまった。
いつしか、幼馴染の彼と会う機会も減り、その代わりに家庭教師の彼と遊びに行くことが多くなった。
だけど、身体を許したことはない。
私自身がそういうのを怖がっていたからだ。
だけど、キスは何回かした。
そして、自宅まで彼の車で送ってもらい、帰り際のキスをしてるところをその幼馴染の子に見られてしまった。
彼は走り出してしまった。
次の日、学校近くの交差点に差し掛かったところで事故が起きた。
彼は、そのままこの世を去ってしまった。
私は、何度も心の中で彼に謝った。
だが、もうその言葉は届かない。
私が浮ついていたのが一番の原因だ。
家庭教師の男性とはそれ以来会っていない。
それでも、時は流れていくし地元の大学にどうにか合格はしたけど、将来に希望を持てなかった。
何をしていても幼馴染の彼に責められている気がして、苦しくて仕方がなかった。
そんな時、病気になった
彼を裏切った罰なのだと考えるようになった。
私が全て悪いのはわかっている。
もう一度だけ、彼に会ってきちんと謝罪したかった。
病気の治療は過酷を極めた。
無菌室から出られる日が滅多になくなった。
そんなある日、お医者さんから一時帰宅の許可が出た。
おそらく最後に家に帰してくれるのだろう。
そして、私は両親の目が離れた隙に電車に乗り海に向かった。
この場所は幼馴染とよく来た場所だ。
最後はここでと心に決めていた。
浜辺で倒れて、私の意識が回復した時に見た男性が幼馴染の彼に見えた。
少し暗い表情がその彼に似ていた。
そんな彼が手を握って一生懸命私の中に命を吹き込んでくれていた。
きっと、そう思い込みたかっただけなのだと思うけど、偶然じゃないのでは?とも思った。
そんな少年に手を握られて『生きろ!』と言われている気がした。
都合の良いことなのはわかっている。
私には、幼馴染の彼が『生きろ!』と言っているような気がしてならない。
ほんとに彼は優しい人だだった。
そんな彼を裏切った私は大バカものだ。
ベッドから起き上がってウィッグを脱ぐと、
「嘘……」
鏡に写った私は病気になる前と同じ髪が生えていた。
「なんで?」
疑問は尽きない。
髪の毛が再生するなんて有り得ない。
もしかしたら、幼馴染の彼が天国から私に奇跡をくれたのかもしれない。
だから、真也、ありがとう。
私、真也のために一生懸命に生きるからね。
私が向こうに逝ったら、また、一緒に遊ぼうね。
それまで、待っててね。
あの逞しい金髪の男性から手渡された名刺を見て、私はその病院の清水香織先生という人に電話をかけたのだった。
☆
『キキーッ!』
「恭司さん、危ないですよ。信号赤ですから」
「おお、わりーわりー」
「どうしたんですか?さっきからボーッとして変ですよ」
「ああ、なんでもねえ。俺は大丈夫だ」
なんか恭司さんが変だ。
まあ、いつも変なんだけどさっき助けた女性を自宅に送ってからますます変になっている。
そんな時スマホは震えた。
清水先生から電話がかかってきている。
「もしもし」
「拓海くん、元気?」
「元気ですよ。電話なんて珍しいですね」
「さっき、志島葵さんて人から電話が来たんだ。もしかして、拓海くん治療した?」
「ええ、恭司さんに海までドライブに誘われまして、浜辺で倒れた女性を治療しました」
「そっか、私も詳しい話はわからないけど、明日、私の病院に来ることになったんだ。拓海くんも明日は診察日でしょ。その時に詳しい話聞かせてね」
「わかりました」
電話を切ると
「清水先生か?」
「そうだよ。今日助けた人が明日清水先生のところに行くらしい。俺も診察日だし詳しい話を聞きたいってさ」
『キキーーッ!』
「恭司さん、いきなり車停めたら危ないよ」
「だ、大丈夫だ。後方確認はしているぞ。よし、決めた。明日の診察、俺もついて行ってやる。朝迎えにいくからな」
「それはいいけど、大学大丈夫なの?」
「問題ない。それより拓海の方が大事だ」
恭司さん、なんか張り切り出したけど、何があった?
☆
「あの変態がいない!」
試験が終わり友達と話している隙に、あの野郎は護衛の私を置いて帰ってしまったようだ。
帰りにクラスの有志でカラオケに行こうと言われたのだけど、断って鞄を抱えて急いで教室を出る。
すると、結城さんから声をかけられた。
「霧坂さんはカラオケに行かないの?」
「ええ、私は用事がありますから」
「私もなの。どう?途中まで一緒に帰らない」
早く帰ってあのクソ変態の安否を確かめたいが、スマホのGPSでも居場所を確認できるし、焦る必要はない。
「わかりましたわ。途中までご一緒しましょう」
「うん、霧坂さんともっとお話ししたかったんだ」
「それは光栄です。私も結城さんのような女子とお話しできるのは喜ばしいことですわ。でもちょっと失礼しますね」
スマホであのクソ野郎の位置を確認する。
は!?何で別方向に向かってるんだ!
「霧坂さん、どうかしたの?」
「いいえ、飼い猫にGPSをつけてるんですけど行き先をチェックしてただけですわ、ほほほほ」
「猫飼ってるんだあ、いいなあ。私んとこ狭い賃貸だから動物ダメなんだ。だけど、今日、お引っ越しするの。お母さんの新しい職場を世話してくれた人がいてね、住むところも紹介してくれたみたいなんだ。だから、今日の帰りは新しい引っ越し先のところに行くんだよ」
「そうなんですか。それはおめでとうございます。私も先日引っ越したばかりなんですよ。変態な野良猫が一緒にいるんですけど、鬱陶しいことばかりですわ」
「またまた、そんなこと言っても猫ちゃんにGPSつけてるぐらいなんだから霧坂さんは優しいよね」
「いえいえ、手がかかってしょうがないですのよ。私がいないと服も選べないどうしようも無い駄猫ですわ」
「猫ちゃんに服着せてるの?うわ~~可愛い」
ほんとどこ行ってんだ!あの変態猫。
「ちょっと連絡入れてもいいですか?」
「いいわよ。そうだ、霧坂さん、私のことは渚って呼んでほしいのだけど、ダメかな?」
「渚さん、これで宜しくて。では、私の事も柚子とお呼び下さい」
「柚子ちゃんね。わかった」
………………
【駄猫、どこにいるのか今すぐ返事しろ!】
すると返信が来た。
【恭司さんとドライブ中、行き先不明】
………………
あのチャラ男と一緒か……少し安心した。
チャラいけど腕は確かだ。
それに、私と同じ護衛官でもある。
「柚子ちゃん、なんかホッとしてる顔してるけど何かあった?」
「ええ、駄猫の居場所が分かりまして安心したのですわ。知り合いのドラ猫と一緒みたいですの」
「そんな事までわかるんだ。すごいね柚子ちゃん」
「そんなことありませんわよ。おほほほほ」
そんな二人が向かった場所が同じマンションで同じ階層だなんて、この時点では知る由もなかった。
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