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第7話
しおりを挟む俺と沙織姉は、病院に駆け付けた。
沙織姉が何故来たのかは不明だが、医者としての血が騒いだのかも知れない。
医局に行って着替えると沙織姉は
「切るんでしょう?私も立ち会うわ」
「父さんや香織姉には、沙織姉から言ってよね」
「ああ、わかってる」
沙織姉も予備の俺の服を着る。
背丈は俺の方が高いが、沙織姉が着ても気にならない大きさだ。
看護士が駆け付け、現在研修医の赤崎さんが陽毬ちゃんを見ていると言っていた。
状態を聞くとチアノーゼが出ているようだ。
「そのまま、手術室に運ぶ。両親にも伝えてくれ」
こうなる事は予測の範囲内だ。
両親にも事前説明はしてある。
沙織姉はカルテを見ていた。
難しい顔をしている。
「卵円孔の跡にしては心房中隔の穴が大きいな」
「ああ、カテーテルだとまず塞げない」
「これで先天性じゃないのか?」
「開けてみないと何とも言えないが検査からだと、俺は卵円孔の跡ではないと思ってる」
「そうか、そうなると難しいな」
「ああ、心房中隔が元々薄いか脆いのかも知れない」
心房中隔欠損症は、右辛抱と左心房を二つに分けてる壁に穴が開いてしまった病だ。胎児期には、卵円孔という穴が心房中隔に存在しているが、胎盤から酸素供給を受ける間は心配ない。しかし、出生後、肺呼吸しなければならず、この卵円孔は不要となるため、自然と塞がる。それが、塞がらず残ってしまったのが先天的な症状だ。
陽毬ちゃんの場合、その卵円孔の跡とは別の部分に穴が開いてる可能性がある。
「和真、使うのか?」
沙織姉が言ってるのは俺の能力の事だ。
「ああ……」
「そうか」
沙織姉は、それ以上言わなかった。
オペ室から陽毬ちゃんが運ばれたと伝えて来た。
俺は、手術室に向かう。
「沙織姉、その……l
「わかってる。血が怖いんだろう?まだ、治ってないと姉貴が言ってたよ」
「もし、手術中、俺が……」
「ああ、頬っぺた引っ叩いてやるよ」
「すまない」
幼い少女の命がかかってる、こんな状況でも俺はこんな事を姉貴に頼んでいる。
俺は怖いんだ。
このまま、手術を執刀して途中で倒れてしまったら、患者の命を救えない。
さて、行くか……
だが、沙織姉がいると思うと少しは安心する。
この姉なら何とかしてくれると信じているからだ。
手術室に向かう俺の足取りは、いつも重かった。
だが、今夜は死神さえ追い払えそうな軽快さだった。
◇
手術着に着替えた俺は、既に揃っているスタッフ達と眼が合う。
俺は、姉を紹介して同室の許可を得る。
陽毬ちゃんは、既に麻酔で眠らされている。
人工心肺の用意もOKのようだ。
沈黙の後、患者名と手術内容を簡単に伝えてから手術に入った。
程よい感じの緊張をしてるが、握るメスに震えはない。
開胸すると、血が溢れ出るが自分の意識を精一杯保つ。
暫くして心臓が出てきた。
人工心肺の用意が始まる。
その前にこれはあらわになった心臓を優しく撫でる。
癒しの能力を少し発動する。
人工心肺に繋ぎ終わると、心臓を止めてメスを入れる。
心房中隔が見えてきた。
思ってたっとおり、壁が普通の人より薄い。
俺は、誰にも見られないように触診して癒しの能力を使う。
パッチと呼ばれる当て布で壁に穴が開いた部分を塞ぐ。
心臓を閉じて人工心肺を外した。
この瞬間は、時間が止まったように感じる。
もし、心臓が動かなければ……
もし、不正出血が起きれば……
そんな『もし』の言葉が頭をよぎる。
『ドクン』
脈打つ鼓動が、生命力を感じさせる。
生きたいんだ。
心臓はそう言っている気がする。
だが、まだ気は抜けない。
脈打つ心臓にそっと、癒しの能力を使う。
薄い心房中隔も改善されているだろう。
その夜は、何時もより目と手先が冴えていた。
沙織姉がいるからかも知れない。
粗暴な姉で、いつも痛い目にあってた俺だが、この時だけは感謝した。
◇
手術室を出ると、両親と妹さんが心配そうに椅子に腰掛けて待っていた。
「先生!」
言葉を発したのは奥さんだった。
俺の顔で手術の良し悪しを図れなかったようだ。
確かに、俺は無表情に近い。
「成功ですよ。陽毬ちゃんは良くなります」
そう伝えると、泣きながら感謝を言われた。
患者の生死は、その患者を思う人々の生死でもあるのだから。
俺は、眠そうな妹さんの頭を撫でてその場を立ち去る。
血を見て倒れなかったと安心している俺の胸中を誰も知らないだろう。
俺の隣で大きな欠伸をしている姉以外は……
集中治療室に入った陽毬ちゃんは、身体中に機械が付けられた状態になっている。
俺は、集中治療室の控室でモニターを見ていた。
研修医の赤崎さんも付き合っているが、先に仮眠をとるように指示を出す。
そうしないと、真面目な彼女は徹夜をするだろう。
明日も忙しいというのに……
コーヒーを何度も飲みながら、落ち着いた様子の陽毬ちゃんの顔を見ると何処か安心する。
麻酔が覚めると、せん妄状態になる人もいるので気が抜けない。
時間的には、そろそろ麻酔が切れる時間だが……
「先生、コーヒー飲み過ぎですよ」
声をかけてくれたのは、第二外科の看護士長だ。
優しい顔してる50代の女性だが、仕事は的確だ。
「吉川さんか。今日は夜勤なの?」
「ええ、先ほどまで病棟にいたのですけど、先生が集中治療室に入ってると聞いたものですから陣中見舞いに来ました。はい」
そう言ってサンドウィッチをくれた。
「いつもすまない。腹が減ってたから助かる」
「先生の事は子供の時から知ってますからね」
看護士長の吉川さんは、ベテラン看護師だ。
子供の頃、良く病院で話し相手になってもらった。
「先生、ところでうちの娘が今度東京から帰ってくるんですよ」
「へ~~東京でモデルをしてるんだよね」
「ええ、東京でいろいろあったみたいで」
「一緒に住むんでしょう?なら、賑やかになるだろうね」
「それならいいのですけどね」
そう言いながらも吉川さんは嬉しそうだ。
おっ、陽毬ちゃんが目を覚ましたみたいだな。
俺は様子を見に控室を出て、陽毬ちゃんのベッドに向かった。
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