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第3話
しおりを挟む昨夜の事故は、死者1名、負傷者12名とニュースで騒いでる。
当然、この病院が全ての患者を受け入れたのだが、重傷者は1人もいなかった。
この事故で亡くなった1人は、即死だった。
俺は、病院の庭園にあるいつものベンチで空を見上げていた。
癒しの能力を使うと非常に疲れる。
まして、バレないように能力を使うのは神経を使う。
俺は、またやってしまったと後悔している。
血を見たくない為、手術をしたくない為に癒しの能力を使うのは反則だと思う。
一生懸命頑張ってる医者の同僚や看護士に申し訳ない気分で一杯になる。
そして、治癒チートで患者を救った俺を天才扱いする。
ズルしてるだけなのに……
「ああ、空を飛びたいな」
「私も飛んでみたい」
俺の独り言に合わせたように少女の声が届いた。
俺は、声の方を向くとパジャマ姿の中学生くらいの少女が同じように空を見上げていた。
「空いいよね」
「私もそう思う」
空に浮かぶ雲はモコモコしてて柔らかそうだ。
そういえば、マフィン作りかけだった。
冷やしたあの材料で作れるのか?
失敗したら……まあ、いいか、誰かにあげるわけでもあるまいし。
「先生、先生」
「うむ?」
俺は声のした方を向く。
パジャマ姿の少女は傍から覗き込むように俺の顔を見てた。
「お医者さんの先生ですよね?」
「何でわかったの?」
「だって白衣着てるし、看護士さんとはちょっと違う服だし」
「そうか」
「そうですよ。ねぇ座ってもいい?」
「お好きにどうぞ」
根暗な俺のベンチに座りたがるなんて、珍しい。
医局の人などは、俺が側を通るだけで避けていくのに。
「先生、この紙袋に入ってるのって毛糸ですよね」
「そうだよ」
「わかった。誰かに渡すの?それともプレゼント?」
今日は、このベンチに座って編み物をしようとしていた。
紙袋に入ってるのは青色の毛糸とくすんだ緑色の毛糸、それとかぎ針だ。
それをこのパジャマ少女に見られたようだ。
「自分で編むんだよ。趣味なんだ」
これで、キモいとか言われて嫌われるのだろう。
言われるのは慣れてるし、仕方がない事だ。
「すっごーーい。先生、編み物できるんだあ」
予想斜め上の返答が返ってきた。
「キモいとか言わないの?」
「なんで?」
「最近の子はよく使うでしょう?」
「キモくないのにキモいなんて言わないよ」
「そうなんだ」
若いうちは好奇心が優ってる。
もう少し大人になれば、俺が高校生の時に言われたように彼女も言うのだろう。
「何を編んでるんですか?」
「その時の気分だよ。今日はこのくすんだ緑色の毛糸で手袋を編もうと思ってたんだ」
「凄い。手袋って難しいですよね。私なんか、マフラーでさえ編めないよ」
「慣れれば誰でもできるよ。そんなに凄い事じゃない」
その時、庭園の外から声がかかる。
「陽毬、陽毬そこにいるの?」
この子のお母さんのようだ。
「あっ、いけない。検査あるの忘れてた」
パジャマ姿の少女のお母さんらしき人物は、ベンチのそばまでやってきた。
「陽毬、検査あるって言ったでしょう。探したんだから」
「へへへ、庭園が綺麗だから見てただけだよ」
隣にいる俺が気になったのかお母さんは、ジッと見ている。
「こんにちは。お嬢さんに話し相手になってもらいました」
「そうでしたか、こちらこそ娘がお世話になったようで」
声がどこか警戒している。
胡散臭そうに俺の顔を見つめている。
お母さんの顔に、こいつ不審者かも、って書かれていた。
「じゃあ先生、またね」
「ああ」
お母さんは、一応礼をしてパジャマ娘と建物の中に入って行った。
「雲よ。俺をそこまで運んでくれ」
空を見上げて呟く俺を誰も救ってはくれない。
空はこんなにも広いというのに……
◇
今日1日はオフの日だ。
昨夜は大変だったが、家に帰って寝ればいい。
オフの日の医者は、他の病院や診療所などでアルバイトをしている。
病院や診療所などが嫌いな俺にとっては、そんな立派なお医者さんを尊敬する。
こんな日は、いえにかえってお菓子を作るか編み物をして1日を過ごすのが俺の日課だ。
だけど、今日は、駅前のデパートで毛糸の買い足しをするつもりだ。
デパートに入り6階の手芸売り場まで行く。
今は5月。
この時期に毛糸を買いに来る客はほとんどいない。
俺は空いてるこの時期が好きだ。
秋になると手芸売り場は混みだす。
クリスマスのプレゼント用や寒い時期的なものだ。
「ほらっ、また来たわよ」
店員たちは、顔見知りだ。
キモいとか思われてるのも知っている。
そんな小声を聞こえないフリをして、毛糸を選ぶ。
赤系の毛糸はパスだ。
苦い思い出があるし、血の色に似てるから。
俺が選ぶのは、原色ではなくてくすんだ色系が好きだ。
目についたものをカゴの中に入れていく。
棒針も何本か仕入れておく。
商品をレジに持っていくと
「いつもありがとうございます」
と、にこやかな顔で言われた。
さっき、「また来た」と小声で言われた店員にだ。
誰でも本音があるのは知っている。
俺のことをキモいと思っているこの女性が、こんなににこやかな笑顔ができるなんて、ものすごい店員スキルの持ち主だと思う。
そんな事を思いながら昼時になった。
家が近いので地下でお弁当でも買って帰ろうとエレベーターに乗る。
平日なので混んでなくて助かる。
地下に降りると、威勢の良い声が響きわたっている。
主婦らしい女性達が並んでいるのは、某有名洋菓子店の前だ。
「いいなぁ……」
そう、俺の夢はお菓子屋さんなのだ。
毎日、美味しそうなお菓子を作って、それを食べて美味しいと言って買ってくれる。
こんなに素敵な事はない。
早く医者なんかやめてお菓子屋さんになりたい。
俺は、羨ましそうに洋菓子店の店員達を見てその店の脇を抜けようとしたら、誰かとぶつかってしまった。
「すみません」
「いいえ、こちらこそ」
「「あっ……」」
よく見るとさっきパジャマ娘といたお母さんだった。
「先ほどは、どうも」
「いいえ、こちらこそ娘がお世話になりました」
気まずい……
さっさとお弁当買って帰ろう。
「あの、看護士さんから聞いたのですが、もしかして医集院先生ですか?」
「はい、そうです」
「やはり……あの~~お昼はお食べになりましたか?」
「いいえ、ここでお弁当を買って帰ろうと思ってたところです」
「もし宜しかったら、私と一緒にお昼を如何ですか?」
「えっ!?」
こういうパターンは、何回かあった。
患者さんの家族と一緒に食事をするのは、気まずくなるだけだ。
「ご迷惑でなければ、ご一緒にどうでしょうか?」
「子供もいるお母さんなら旦那さんもいるはず。男性と食事というのはマズいのでは?」
「大丈夫です。主人は理解ある方なので」
マジか……
「娘の事で相談があるのです。是非ともお願いします」
お母さんお声が周りの人達にも聞こえたようだ。
周囲の視線が痛い。
「わかりました」
俺は、嫌と言えない男だ。
香織姉にバレたら煩くいわれるんだろいな~~
患者さんの家族と食事するなとは言われていないし、決まりもない。
だが、今後の治療に関わる事になるとそうもいかない。
担当医師がいるからだ。
さっさと話を聞いて帰ろう。
アドバイスもありきたりな事しか言えないし。
本音は今すぐ帰りたい。
眠いし、寝てないし……
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