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第2話
しおりを挟む「へい、いらっしゃい!」
「いらっしゃいませ」
俺と研修医赤崎さんとで暖簾を潜ると、元気な声が飛び込んできた。
俺は、初見の大学生らしきアルバイトの女性の案内で、空いてる席を勧められる。
「いや、カウンターでいい」
俺は、ここに来る時はいつもカウンターに座っている。
つまり俺の定位置だ。
目の前には、魚を捌いている見知った顔がいる。
「よーー和真。おっ、お前女連れなのか?」
こいつは、高校の同級生。
料理人になると言って、田舎から東京の調理師専門学校に行き、都内の割烹店で数年働き、今度はイタリアに渡って料理を勉強して地元に戻って来た男だ。
ここは、こいつの実家なのである。
「親父さんの具合はどうだ?」
「腰やっちゃってるから、癖になってんだろう。仕込みはするけど夜の店には出てこねぇよ」
「そうか」
「それより、紹介しろ!そのベッピンさんは誰なんだ。とうとうお前に彼女が出来たのか?」
「俺の下で勉強している研修医の赤崎さんだ。変な言い方するな」
「ふ~~ん、そうかそうか」
何が言いたいんだ?
下世話な奴め。
「赤崎 久留美です」
赤崎さんは、俺のダチ大澤 勇治に自己紹介をしてる。
大澤は嬉しそうに、ニタニタとしながら俺との関係を喋っていた。
「おい、勇治。熱燗をくれ。赤崎さんは何にする?」
「私はレモンサワーを頂きます」
「ここは魚料理が上手いんだ。勇治、適当につまみを頼む。赤崎さん何か食べたい物があったら適当に注文してくれ」
「はい」
女性と2人で食事となれば、気の利いた高級レストランで、と言うのが定番だが、俺には彼女を満足させられるる程のコミュニケーション能力はない。
従って、こいつ大澤 勇治にそれを補ってもらおうと考えた結果がここだ。
「そうなんだよ。こいつこんな顔してお菓子作りが得意なんだ。高校の時、俺の誕生日にデカいケーキ焼いて持ってきたんだぜ。女子かよって、笑い転げたんだよ」
「そうなんですか~~でも、男子でお菓子作れるなんて良いですよね~~毎日、美味しいお菓子が食べられるんですから」
うん、ここに連れて来たのは失敗だったようだ。
俺の黒歴史暴露大会になっている。
「それから、こいつ女子にバレンタインの時手作りチョコ貰ってさ、お返しに芸術的なくらいのお菓子詰め合わせを贈ったんだよ。勿論手作りな。そしたら、チョコ贈った女子が和真君より女子力劣ってたって泣きながら言われて落ち込んでやがんの。それっきり浮いた話はないよな?和真」
うむ、隣の焼肉屋に行けば良かった。
レバー食べれるし……
「勇治、レバーあるか?」
「あるよ。新鮮だけど串焼きにするよ」
こいつは、料理を作ってる時は真剣だ。
これ以上、おかしな事は言わないだろう。
「それでさあ、こいつ中学の時、家に行ったら編み物しててさあ……」
あれ?おかしい。
レバーを串に刺しながらしゃべってる。
そうか、こいつもいつの間にかレベルアップしたんだな。
料理スキルが上がったようだ。
「………その真っ赤な毛糸のパンツ、自分で履いてるんだぜ。笑っちゃうだろう」
勇治、あとで覚えていろ。
お前が女性を連れてきたとき敵はとるからな。
結局、その夜は幼稚園時代まで遡った黒歴史を暴露された。
友人に女性を合わせる時は、注意が必要だと俺は学んだ夜だった。
◇
赤崎さんをタクシーに乗せて、俺は歩いて自宅まで帰る。
駅前に建つマンションの最上階に俺の家がある。
詳しく言えば、ここは香織姉のマンションだった。
俺が高校三年の時、とにかく地元を離れたくて都内の医大に行こうとしたら、私のマンションあげるから地元の国立にしなさい、強く言われ結局そのように事が運んでしまったのだ。
姉さんは、疲れた時は俺の能力でいつも癒していた。
マッサージ係として側に置いておきたかってようだ。
そして、姉は海沿いに建つ豪華なマンションに引越して行った。
まあ、このマンションも便利だし広くて眺めもいいので俺としてはマッサージ要員だとしても文句はない。
家に帰っても寝るだけなので、俺は趣味のお菓子作りを始める。
「マフィンでも作るか」
俺は慣れた手付きで材料をゴムベラで混ぜる。
すると、PHSに連絡が入った。
「先生、近くの高速道路で多重事故です。負傷者の受け入れを始めています。早急にお戻りになるよう副院長からの要請です」
「わかった」
呼び出されるのはいつもの事だ。
俺は作りかけのマフィンの生地を冷蔵庫に入れて病院に向かった。
◇
タクシーで病院に向かう途中、救急車がサイレンを鳴らして通り過ぎる。
「お客さん、何かあったみたいですね」
「近くの高速道路で多重事故顔起きたらしいよ」
「へ~~お客さん、情報通ですね」
「まあな」
よりにもよって事故か……
血が溢れまくってるじゃないか。
今回、俺は絶対倒れる自信がある。
タクシーが病院に到着しお金を払って通用門から病院に入る。
第二外科室に入り、着替えを済ますと救急外来に向かった。
既に現場には血が溢れている。
ふと、めまいが襲う俺。
大きく伸びをしてやり過ごす。
「医集院先生、来てくださったのですか」
研修医の赤崎さんが軽傷者を手当てしていた。
すると看護士が
「先生、こちらをお願いします。重症患者です」
マジ……
そこには全身血塗れの男性が横たわっていた。
患者さん、申し訳ない。
俺には耐えられそうもない。
「先生、検査に回します?」
「ちょっと、待って」
俺は、なるべく見ないように頭の傷から見る。
恐らく内出血してるだろう。
腹部の損傷も同じだ。
内臓がやられている。
即手術しないと助からない。
俺は、患者を触りながら癒しの能力を使う。
「うん、検査に回して」
検査に回せば、致命的な異常は見つからないはずだ。
これで手術しなくて済む。
「先生、こっちの患者もお願いします」
「わかった」
こうして長い夜は始まったのだった。
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