九龍懐古

カロン

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尋常一様

カノジョと‘いない暦’・中

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尋常一様13





例のクラブの所在地はスラムの隅っこ。ボロい建物の割に中身はそれなりに整えており、VIPルームも有り。今時いまどきの若者の好きそうなハコ───と、そう感じているカムラまごうことなき今時いまどきの若者なのだが。心持ちの問題であろう。

莉華リィカと繋がっていそうな輩をどう探し当てるか…たまり場と呼称するなら常時そこそこの人数がたむろしているのだろうけど…悩むカムラへ、‘店員に訊いちゃおうぜ’とタクミ。簡潔で大胆。カムラ単身であれば──小競り合いになった際の戦力的に──土台無理な芸当。頼れるツレである。

バーカウンターへトコトコ歩いていく背中を見送りしばし待つと、タクミはまたトコトコ歩いて戻ってきて親指で店の奥をさす。

「VIPだって。金払えば入れる」
「え、早ない?どうやって話つけたん」
「いつもここに居る女の子と待ち合わせで、これ絡みのBUYバイやりにきたんだけどつってみた。莉華リィカちゃんの特徴げて。したら仲間が中で飲んでるって」

カムラへ‘これ’とタクミが出したのは、先日蘭桂坊ランカイフォンで入手した製薬会社関連のクスリ。

くだんの連中はジャンキーの死体をパクる時に死体そいつが飲み残したブツも多少手に入れているはず、ならばそれを周辺に撒いている可能性があると踏んでのカマかけ。取り引き相手だと勘違いしているバーテンに疑われないうちに燈瑩トウエイはパサッと札束をカウンターへ積み、ボトルを1本拝借し店の奥へ。スタスタついていくタクミの跡を緊張を隠したカムラも追う。

前置きもなくVIPルームの扉を開けた。つるんでいた男達の視線が一斉いっせいに刺さりカムラは息を呑むも、燈瑩トウエイは新たに札束を出すと‘ちょっと同席してもいい?’と降ろした前髪のあいだからなごやかにんだ。こういう手合いへの有効打は常にかね。空いているソファに勝手に腰掛け、持ち込んだヴーヴをグラスへ注いだ。ラ・グランダム。遠慮がちに座るカムラタクミはとうにくつろぎテーブルのスナックをポリポリと食っている。

現ナマに興味を示しつつも警戒する男達へ、柔和な態度で酒を配る燈瑩トウエイ。まずカジノの話。重ねて金融機関、製薬会社と表面をなぞり情報提示。こいつらは全容を把握しているわけじゃない、データを小分けにし釣るのが得策。儲け話の匂いをさせるのも忘れずに。ヴーヴがきかけた頃には、次はもっといいの頼む?と先程出した札束を示す燈瑩トウエイへ首を横に振る輩は居なかった。

「大興楼のカジノが閉めたのは俺達が転がしたせいだよ」

酔いが回った男の1人が言った。男は‘ビビッて閉めた’と評したが、ビビッたのはこの連中に対してではなく、偽札ロンダリングの協力をしていた為に大陸側の情勢を警戒して畳んだのだろう。ていうかコイツ…頭転がしたつったな。燈瑩トウエイが男へ意識を移せば男も燈瑩トウエイへと目を向ける。

「あのガキの知り合いだって?メンヘラだけど顔は可愛いよな。いつでもヤれるし」

気分良さげに連ねられる単語はあまり気分の良くないものだった。あのガキとは莉華リィカ。仲間なのでは?と問う燈瑩トウエイに男はひんも無くわらい、ヤれるからたまに金を流すだけだとてのひらを振る。ついでにぼちぼち客を連れてくるのでいいカモだとも。

なるほど、仲間と呼ぶには少々語弊がある。こいつらがメインの友人・・ということでもないのかもわからないが…カムラ莉華リィカとの口喧嘩を思い出した。‘お饅頭も莉華リィカのことバカにしてるんだ’。お饅頭。生じていた違和感。莉華リィカ本人も…気付いていたんじゃないのか。

男は燈瑩トウエイへ顎をしゃくる。

「アンタ見たことある気ぃすんな。大興楼のカジノ、デケェ眼鏡も居なかったか」

居た。が、こんなヤツ店内で見たか?記憶に無い。ならば店外そとだ。

「あれ?帰りに追っかけてきてた人?」
「そーだよ、素性が気になって。俺らの商売・・の邪魔になんのかも知れねぇからな」

───この男、喋り過ぎでは。燈瑩トウエイは思ったが…もはや遅い気がしたのでもう1歩踏み込んだ発言をしてみた。

「生首なら見付けちゃったけど」
「見付けただけだろ?別に、ほっといてくれりゃ問題な」

パンッ、と音がして、言葉を続けていた男の頭が弾け飛んだ。カムラの頬に脳髄液だか脳漿だかが跳ね、タクミのグラスへ血飛沫が入る。突然張り詰めた空気に固まるカムラ。1度ヴーヴに視線を落とし、再び正面の男を見据えるタクミ

燈瑩トウエイは唇の端からくわえ煙草の煙を吐いた。発砲したのは斜め前に座っていた輩。脳天をハジかれた男はやはり喋り過ぎていたらしい、ご愁傷様。判断の早さは嫌いじゃない。が…随分と適当な殺しことをする。クラブ自体は買収されていないはず、VIPのスタッフにある程度の口をきいているという訳だ。撃ったということはこの部屋、防音だろうか?それはいい、でも一触即発の雰囲気をどうにかしたいな───やんわり考えていると呑気な調子のタクミの声が響いた。

これ。グラス換えてくんね?血ぃ入ってんのなんだけど」

至極真っ当な主張。ではあるが、この状況で訴えるには明らかに異質で、燈瑩トウエイは吹き出しそうになったのを堪えた。‘何言っとんコイツ’といった表情をしているカムラが笑いに余計な拍車をかける。とはいえ…微妙に、場がゆるんだ。好嘢ナイス。饅頭を視界の隅から追い出し、おもむろに口元へ手をやり煙草を指に挟むと灰皿へ運ぶ燈瑩トウエイ。吸い差しを揉み消して、手を戻すおりうっかり・・・・袖口に灰皿を引っ掛けた。

床へと落ちて灰が舞う。一瞬いっしゅん、誰もがその灰皿を見ていた。ように思えた。

灰皿がフロアへ到着した時点で、タクミは手近なビール瓶の口を真横の男の口へと突っ込んでいた。丸椅子から後ろへ転げる男、その仰向けのツラから生える瓶底を靴底で踏み付ける。ちょっと変な音がして瓶が喉奥へ沈み、遅れてパリンとガラスが真ん中辺りから砕けた。
すぐさまその割れた半分を掴んで立ち上がり眼前のチンピラの首を突き刺す。ギュッと妙な悲鳴。既に響いていた銃声にタクミが顔を向けた時には燈瑩トウエイが2人ほど脳味噌をブチ撒けさせていたところで、カムラはまぁ特に何もしていなかったが、室内のマフィア崩れはあと1人になっていた。落ちた拍子にカラカラと床で回っていた灰皿が最後に1回転して止まる。音が消えて静かになる室内、パチパチとまばたきをするカムラ
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