九龍懐古

カロン

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尋常一様

不要部位とヒステリー・後

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尋常一様11





週明けの星期一げつようび、快晴の午後。すっかり集合場所と化したお決まりの空き地でチョコレートを頬張り飛び跳ねる莉華リィカ

「コレ美味しい!お饅頭ってばサイコー!」
「そらどうも」

カムラが持参したのは前回と同じくグルメチョイスのスイーツ、ハズレ無し。信頼と実績の九龍ミシュラン。キャピキャピ騒ぐ莉華リィカは本日もクロップド丈のジャージ、チラ見えする腹と光るへそピ。変わったのはポケットからハミ出る異形の友達が増えたことか。
ひと通りハシャぎ回った彼女はベンチに腰掛けるカムラの真隣へストンと座り、ピッタリ体を寄せる。腕を絡ませ上目遣い。

「ね、ね。今度は莉華リィカもお買い物連れてってよ?お饅頭が行ってるスーパー教えて?」

甘えた口調と媚びた眼差し。これ・・やんな…アカンのは…思いつつカムラは、おねだりには返答せずに自身の質問を重ねた。

「店のとは上手くいっとるん」
「え?んー、うん。まぁまぁ?」
「いかんくなりだしてんやろ」

濁す莉華リィカ、そろそろトラブルが起き始める頃だとの予想は的中していた。視線を泳がせる彼女へとなるべく落ち着いたトーンで語りかけるカムラは、先日マオと話した内容をオブラートに包んで伝える。出来る限り柔らかく、とげのないように。責める言葉は使わないように。考え考え解説を続けた。優しくさとしたつもりだが、されど、ジッと耳を傾ける莉華リィカは無表情。

「やから、なんちゅうか。そういうのはあんま良くないんよ。あと…こういうのも…」

どうにかまとめ終え、組まれた腕にチラチラと視線を落とし莉華リィカの反応をうかがった。そう長くも説教くさくもなかったはず───しかし、彼女の雰囲気は一転いってんして冷え込む。絡ませていた手をほどき、ゴテゴテのネイルをつけた指でハイトーンの髪をかきあげ盛大な溜め息。

「お饅頭ってさぁ、マジでいつも何言ってるかわかんない」

ベンチから立ち上がると、鞄から取り出した煙草をくわえライターを近付ける。カチカチカチカチ何度も荒々しく押すが火が点かない。苛立ち。

「そぉゆうのさぁ。超ダルいんだけど。莉華リィカだって一生懸命暮らしてんじゃん、お饅頭がそんなんゆう権利なくない」

怒気混じりの台詞にカムラが返答を探していると、ボルテージのあがった莉華リィカ一口ひとくちも吸っていない紙巻きを投げ捨て啖呵たんかを切った。

「こんな頑張ってんのにさ、どーしてそんな風に怒らんなきゃいけないわけ?なんでそーやってゆうの?莉華リィカが悪いって」
「悪いとはいうてへんやん」
「ゆった」
「ゆうてへんて。説明したやんか」
「わかんないもん、ゆったもん。お饅頭も莉華リィカのことバカにしてるんだ」
「なんでそうなるん?してへんやろ」
「バカでメンヘラで子供だって」
「言うとらんやん、そないなこと」
「じゃムカついてるしウザいしめんどくさいと思ってる」
「思っとらん」
「嘘だ!!!!思ってる!!!!」

急な絶叫。事態を把握しかねたカムラの句を継ぎあぐねていると、間髪入れず興奮気味に畳み掛ける莉華リィカ

「みんなそーやって思ってる、みんな莉華リィカのことテキトーに思ってる。ほんとは莉華リィカのこと嫌いなんだ。莉華リィカだってわかってるもん、莉華リィカバカだけどバカじゃないもん」
「ちょぉ落ち着けや?どないしてん?」
「うるさい!!!!」

叫んで、スマホを地面に投げつけた。液晶にヒビが入り画面がバキバキに割れる。壊れてしまった電話もそうだが、それよりも───思い切り振った拍子に長袖から覗いた莉華リィカの腕がカムラの意識を捉えた。

何本も何本も横に走った、細かい線。無数の切り傷。

「腕どしたん」

思わず口をついた。が、完全に悪手だった。莉華リィカは袖を引っ張り指元まで洋服にしまい込んで‘どうでもいいじゃん’と吐き捨てる。

「どうでもようないよ」
「いいの!!お饅頭には関係ない!!!!」

金切り声が空気を裂いた次の瞬間、もう莉華リィカきびすを返し駆け出してしまっていた。慌てたカムラが投げつけられた携帯へ手を伸ばし‘スマホ!’と発するも、食い気味に‘いらない’と怒鳴られる。それでもカムラはそれを拾いあげ莉華リィカの跡を追った。
路地、曲がり角、急いで辿るも彼女の姿は消えていた。どっちにいった?十字路を行ったり来たりウロウロするも見付からず。今夜は仕事は休みだと聞いている、店に届けたとて仕方ないが…他に当てもない。莉華リィカの勤め先へ足を運びスタッフに携帯を預け、‘彼女についてトラブルがあったらすぐに相談してくれ’と言い添えた。ケタケタ笑うストラップの粉紅ピンク

地雷はどれだったのか。どれもだったのか。けど流石に───感情の変化が唐突過ぎる。けだし、やり取りした会話の内容や科白セリフの中にではなくて、根源は他の部分にあるのだ。俺の預かり知らない所。踏み込めない領域なのかも。アドバイスすればどうにかなるなんて甘い話ではなかったんだろうか…ほんまに上手く出来やんな、毎回毎回…。カムラは暮れなずむ空を違法建築群の隙間から見あげる。夕さりの城砦。
スマホが震えて画面を確認すると、大地ダイチより帰宅の連絡。ストラップホールにブラ下がってユラユラ揺れる異形の者、深藍あお。名前があるんやったっけ?ハギ…ワギワ…なんやったかな?莉華リィカがゆうとったの。心なしか寂しそうな笑顔のハギなんちゃらにカプカプ寄り添う天仔てんちゃん。2匹をそっと撫で、ややこしい異形の名を思い出しつつ、カムラは浮かない気分でポテポテと家路へついた。
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