九龍懐古

カロン

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尋常一様

謝罪と再登場

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尋常一様9






「ちゅーわけで。こないだはスマン」

パンッと両手を顔の前で合わせるカムラ。正面には、膨れっツラの莉華リィカが腕組みをして仁王立ち。

先日香港で騒動があり、九龍こちら側での影響諸々を調べていたらドタバタしてしまい莉華リィカとの約束に顔を出せなかった。ちなみにその逃亡劇の際ぬいぐるみを汚したとかでアズマは帰宅後イツキに怒られたらしい。そして桑塔納サンタナもシャカった。新しい車を調達する予定だと聞き、桑塔納サンタナとのお別れは寂しいが、霊柩車問題が解決されることにカムラが内心ホッとしたのは秘密だ。

唇を尖らせた莉華リィカはジト目でカムラを見る。

「別にぃ。お饅頭、お仕事だったんでしょ。莉華リィカずっと待ってたけど?お仕事ならしょーがないしぃ?ずっと待ってたけど」
「ごめんてホンマ」
「全然へーき。ずっと待ってたけど」
「行けんて微信チャット送ったやん」
「でも、もしかしたらお仕事終わるかもじゃん?莉華リィカが勝手に期待してただけだから全然いーんだけど。ほんと、全然いいけど」
「なんもよぉないな、その感じやと」

ブスッとしたままクルクルと旋回を始める莉華リィカに打つ手が無いカムラ。こういった時に謝る以外のスキルを持ち合わせていないのだ、世の中には──悔しいが身近にも──上手くご機嫌をとれる男などいくらでも存在しているが、残念ながらカムラの立ち位置はそちら側ではなかったし、今のところそう成れる予定もなかった。

「またお菓子ぉてくるから。な?」

どうにか溜飲を下げてもらおうとスイーツで釣ってみる。姑息。いうて、大地ダイチとかイツキならノッて来よるからな!ワンチャンネイとかスイもイケんで?子供に菓子は有効打やねんぞ!
莉華リィカは頬を膨らませたまま‘ふぅん’と生返事。考えている仕草。効いたか?効いたのか?やけに神妙な面持ちで待機するカムラへ、莉華リィカは前触れもなく、パッとポケットから出した物体を突きつける。

「じゃあこれあげてもいいよ」

いささか話が飛んだ。あげるのは俺のはずでは?クエスチョンマークを浮かべつつカムラが受け取ったそれは、キーホルダー。酷く不細工。

「なんこれ」
「露店で見付けた!超可愛いでしょ!」

先ほど脳裏によぎった感想は無かったことにして、カムラは‘可愛かわええな’と頷く。ニマッと笑う莉華リィカが鼻先へ顔を寄せた。

「でしょでしょ!一目惚ひとめぼれ!」
「こーゆーの好きなん?」
「うん、大好き!」

カムラは眼球だけを動かし莉華リィカとキーホルダー──頭がハート型で、やたらに手足が長く、目玉がハミ出し歯も剥き出し極めつけに毛むくじゃらのキャラクター──を交互に見た。深藍あお色をした異形の者は、すこぶるフレンドリーな笑顔。

「実はね…ジャーン!莉華リィカとお揃いです!」

効果音をつけてスマホをかかげた莉華リィカ。ジャラジャラさがるストラップ群、その中に───居た。フレンドリーな笑顔の粉紅ピンクの異形。

「お饅頭には特別だよ!仲良しだから!」

ハシャぐ莉華リィカに‘早く付けろ’と急かされ、カムラはとりあえず深藍あおを携帯へと取り付けた。既にブラさがっていたぽっちゃり天仔てんちゃんと2匹で笑い合っている。莉華リィカ粉紅ピンク深藍あおをハイタッチさせ、仲良し!とご満悦。

「あの…」
「なに?粉紅ピンクがよかった?」
「いや…うん、ありがとうな」

どういたしましてと敬礼をする莉華リィカへ、揺れながらケタケタ笑うNEWフレンドを握り締めつつ、カムラも敬礼を返した。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「ぁんだよ、呪いの人形か」
「イジめやんでくれん?」

【宵城】最上階。カムラが部屋に入るやいなや、ストラップに目を留めたマオが怪訝な表情。天仔てんちゃんと早速タッグを組み、閻魔に負けじと笑う異形。2匹をそっと撫でるカムラ

莉華リィカがくれてん。お饅頭は仲良しだから、特別!って」
「あそぉ。ちゃんとやれてんのかよそいつ?店のヤツとどーこー言ってなかったか」
「せやね…今回はまだ…平気ゆーてんけど」

キーホルダーをモミモミしているカムラマオは金の入った封筒を渡す。

「おめーがこないだ連れてきた女、よく働いてるよ。客からも人気あるし。ちっとバックに色つけといた」
「ええのに色つけやんでも。おおきにな」

少し前、在籍していた店舗が潰れてしまい勤め先を探していた女性をカムラは【宵城】に紹介した。元居た店でもそれなりの売れっ子だったようで【宵城こちら】での評判も上々。なのでマオはスカウト料金のキックバックへパーセンテージを上乗せしてくれたらしい。

大地ダイチに何か買って帰ってやれよ」
「やったらこのストラップおてこかな」
「お前…センス疑うわ…」
「若い子には人気なんとちゃうんか!?莉華リィカもお揃いで持っててんから!!」

カムラが慌てて弁解すると───マオは数秒カムラを見詰めたのち、キーホルダーを顎で示した。

「マジでどんくせぇ饅頭だな。仲良しで特別で揃いなら、それじゃねぇか」
「え?なにが」
莉華そいつがハブられる原因。こび売ってベタつくからっつーこと、男に。スカウトも店員も客も関係無しで」

だからオンナ達と揉めんだろ。言いながら、パイプの灰を捨てるマオ

水商売で女性が男性へこびを売るのは至ってノーマル。ホストはそれが逆になる。とにかく皆、異性のちょっとした恋愛感情に訴えかけて金を得ている。そういう遊び・・なのだ、の世界は。
けれど───あくまでも自分・・の客に対しての話。他のキャストの客や店舗の従業員、スカウトにまでちょっかいをかけるなどというのはルール違反。
飲み屋にたずさわっているタイプは特に単純だ、擦り寄って甘えればどいつもこいつも大抵すぐその気になる。そうして指名客を横取り、従業員からも贔屓、スカウトにも優遇を受ける…そんな人間は周りのキャストにしてみれば大迷惑。各々お互いをそれなりに立てて働いている中で、見境の無い色仕掛けで身勝手に和を乱す者は当然嫌われてしまう。

なるほどな、毎度それがもとで…俺はにぶチンやから気付かんかったけど…カムラは手元のキーホルダーを眺める。思い返せば莉華リィカは常にやたらと距離が近い。さっきも鼻先まで顔を寄せて‘一目惚ひとめぼれ!大好き!’などとはにかんでいた。そこにみんなハマるのだ。
仕事の付き合いやからアレやけど、プライベートやったら恥ずいわな。ちゅうか例えばヨウにやられたら────倒れるわ、うん。倒れるわ俺も。

「いや、知らねぇよ?莉華リィカっつう奴がワザとやってっかは。そーゆー女は9割ワザとだけどよ。1割天然・・は居るからな」

パイプに火を入れ煙を吹くマオカムラは曖昧に相槌。と、異形の者がブルブル震えて着信を知らせた。イツキが【宵城みせ】の下に着いた模様。今日も今日とて一緒にスーパーへ菓子を買いに行くプラン、お買い物ポイントのスタンプを共同で貯めている為だ。景品交換の狙いは限定曲奇クッキー詰め合わせセット。マオと適当に挨拶を交わしカムラは階段を駆け降りる、絢爛な店に相応ふさわしくないドスドス音は多目に見て欲しい。合流し日暮れの城砦へと繰り出した。





カムラ、今日は何買うの」
「あー…こないだのチョコまた買おかな…」

路地を抜けつつポツポツと会話、けれど、カムラはどこかうわの空。マオの言っていたことが気に掛かる。
あんまよぉ無いんかな?莉華リィカの態度って。ないんやろな。やけどとりあえず、こないだの詫びで菓子は約束しててんからな。今回はしゃあない。渡す時に莉華リィカに話してみよか、どう話すかやけど…会うまでに練っとこ…。
その様子に、早めに帰宅したいのかと案じたイツキは近道を提示。そういうことでもなかったが、もういくらかすれば寺子屋が終わり大地ダイチが下校する。夕飯の準備もあるし時短は有り難い───そう考え承諾したカムラは、裏通りへ足を向ける。
差し掛かった小道は昼間なのに暗くジメジメしていた。両サイドには警告文の貼られた鉄フェンスや朽ちた木製のドア。人が住んでいるのかいないのか…タタッと横切るネズミ、遊園地のような可愛らしい容貌にはあらず。
とある扉の横で、イツキがふと立ち止まる。殴り書きで記されているペンキ文字は掠れており解読不可、知り合いの家ということでもなさそうだ。カムラは小声で訊いた。

「どしたん」
「あいてる」

扉は確かに、内側へ少しあいていた。中からうっすらと鼻につく臭い。今まで何度もここを通り過ぎているがひらいているのは見たことがないとイツキ。単に住人が居る──どれだけ廃墟にみえたとしても──だけでは?とカムラが口にする前に、イツキは軽くドアを押していた。朽木の板はスウッと動き、建物の内部が見える。暗がり。共同住宅のような通路。

「あ」

奥になにかを見付けたイツキが呟く。目を凝らしたカムラの理解より先に、ポソリと回答が発表された。

「生首だ」
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