九龍懐古

カロン

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尋常一様

山田と静電気・前

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尋常一様7





「それで、ここに消えたってこと?」
「なのですよ♪」

煙を輪にして吐き出す燈瑩トウエイアズマ微笑びしょう。あのあと2件ほど飲み屋を梯子した男を遠巻きにけて、最終的に繁華街からは外れた建物に辿り着いた。用事を済ませた燈瑩トウエイと合流し、ビルの向かいの道路から様子を窺う3人。

「ATM通らなかったんだ」
「みたい。例のさつよね」

燈瑩トウエイの質問へ頷くアズマ。ビーニーが女に渡した金は、にわかに城砦でブームとなっている例の偽札。精巧だが機械には弾かれるアレ。
製薬会社、金融機関、偽札、売人、カジノ、九龍でのデカいヤマ、バタバタと死んでいる路地裏の中毒者ジャンキー。そこへ尾行した先のバーで新たにチョロチョロと得た情報を組み合わせれば…それなりの図式が見えてきた。

「でも、そうなるとちょっとやりづらいね」

ビルを眺めて目を細める燈瑩トウエイアズマもムウッとうなった。

要するに───やはり香港ないし大陸側の製薬会社、以前と同じくこれが九龍でコソコソ新薬・・の実験をしている。金融機関とそのあたりは基本的にマネロンなどで常日頃より通々つうつうだ、此度こたびドラッグの売り上げを幾ばくか頂戴するかわりに城砦で行われる‘治験’のお手伝いということ。
ネタを運ぶのは市内のプッシャー、使われる被験体は主にジャンキー。見掛けた売人の数からかんがみて、全員が関わっている訳ではないにしろ、ルートはそれなりの数がある。
通例と一味ひとあじ違うのが偽札とカジノの件。現在偽札は様々なグループ──シイもと居たチームもしかり──に流されているが、本流は賭場で他はフェイク。それを踏まえると九龍側のオーガナイザーは闇カジノ。偽札を貰う代わりに隠蔽や患者・・の管理をバックアップ、金はカジノでどんどんロンダリング。最近勝ち易い理由は洗浄の回転率を上げる為。スムーズにいけばこの先もっと‘デケぇヤマ’になるであろう、立ち回り次第ではかなり儲かる。

正直、足を突っ込むのは躊躇われる案件だ。背景の組織が大きいと厄介。顧客ジャンキーが死んで減ってしまうのは困るもののこちらとて安全第一、大袈裟にドンパチかましたくもない。

「こいつらにチョロっとちょっかい・・・・・かけといたらいくらか静かになんのかな」
「どうだろ。中覗いてみる?」
アズマ、新薬が気になるだけでしょって」

ビルを指差すタクミアズマは喉を鳴らし、燈瑩トウエイが呆れた顔で笑った。

「けど今日ビーニーが撒いてたやつ、そこそこノーマルだったぜ」
「あら、じゃここにはイイの無いのかしら」
「もっと上層部うえが使ってる事務所とかにあるかもね。だけどお邪魔するのはなぁ」

小声で会話をしながら何気ない足取りでビルへ近付く。1度適当に周囲を歩いてみるかと試みた為であったが、建物の真横を通り過ぎようとした際───ふいにタクミアズマのフードを後ろへ引っ張った。歩みを止めると同時にドンッと鈍く重たい衝突音。目の前に、何かが落ちてきた。



人だ。



頭から着地したので頭蓋骨がパコンと割れ様々な液体が飛び出した。拍子に脱げるビーニー・・・・。目前でぜたせいで諸々を浴びてドリップ・ペインティングのキャンバスと化したアズマの白いスニーカー、ポロック。隣のタクミにもかかったらしく‘うわ’という声が聞こえた。後方にいたおかげでライブペイントを逃れた燈瑩トウエイが上を見ると、窓からのぞく誰かの姿。逆光でシルエットのみだったが。

「良くないんじゃない、これ」

燈瑩トウエイが呟いたとほぼ同じタイミングで、真横の非常扉が開き銃を持った男が現れる。上の奴の仲間か。通行人のフリをしてやり過ごせるかな────3人の思考が重なった瞬間、アズマを目にめて男が吠えた。

「テメェか?九龍むこうのバイヤーっつうのは」

タクミがチロッと上目遣いでアズマを見て、燈瑩トウエイは思いっ切り非難の眼差しでアズマを見た。そんな顔しないでよ燈瑩おまえ…通行人のフリ出来なくなったのは謝るけど…アズマは思うも、とりあえずとぼけた語調で男へ返答。

「何のこと?てゆーかこの人マズいでしょ。救急車呼ばないと」

救急車もクソも無いのは一目瞭然いちもくりょうぜん、脳味噌ブチ撒けて助かる人間がこの世に存在するのか。言ってみただけ。男は銃を持ち上げアズマへ狙いを定める。

「九龍でクスリ作ってんだろ」
「人違いじゃないですかぁ」
「そいつがお前を見たことあるってよ。話も他のディーラーから色々聞いたつってたぜ」

ビーニーを顎で示す男。

えぇ?俺はこいつに覚え無いけどぉ…アズマもビーニーを見やり思案。はたと、もしや前に仲良く・・・していたプッシャー──成金山茶花カメリアのアイツ──の知り合いだろうかと心当たる。それなら香港や他の話とも繋がるかな…男へ向き直ったアズマは口元だけで笑う。

「お喋りなプッシャーに会ったんだね。売人は売人のことを話さないもんだよ」

その物言いに燈瑩トウエイは改めて非難の眼差し。例えばタクミはそういうプッシャーだっただろう、多くは語らず、自身も目立たないように努める控えめなタイプ。しかしアズマは違ったはずだ。派手ということは無いにしろ、女性に対して圧倒的にガードが緩かった。全く本当に調子がいい…いつかの‘豆鉄砲ケチャップ騒動’を思い返す。

会話をしているあいだにビルの上からも人が降りてきた。あっというまにワラワラと集まるマフィア共、2桁は居ないが…タクミが口を開く。

「なんでビーニーこいつ殺したの」

別に聞かなくても予想はついている。クラブで引っ掛けた女はそこそこ踏み込んだ話まで知っていた、ということは、ビーニーこいつお喋り・・・なのだ。致命的。
何か答えようとした男が唇を動かす。親切・・。そしてそれもまた───致命的。

言葉が出る前に燈瑩トウエイが撃った。男の眉間に丸く穴が開き、隣に立っていたもう1人にも同じ穴。その時点で既にアズマは地面とにらめっこ、開始を察していたタクミにパーカーを引っ掴まれて頭を押し下げられていたからだ。
目線だけ前方へと動かすアズマ。頭の上を過ぎた弾丸が背後のコンクリート塀へ刺さると共に、眼前へトタンやパイプが崩れ落ちてきて一瞬いっしゅん盾が出来る。しゃがみこみざまにタクミが壁際の廃材を蹴り飛ばして目眩ましにしたのだとわかったのは、引き摺られるように横手の建物内に避難させられてからだった。

「あと何人?」
「5人は居たかなぁ。まだ手前側の2人しかってない」

タクミの問いに肩を竦める燈瑩トウエイ。‘俺手ぶら・・・なんだけど’とキョロキョロ周りを見回すタクミは、適当な武器を探している様子。燈瑩トウエイが‘もう1丁ある’とふところからベレッタを抜いて渡した。予備弾付き。

「でも香港ここで騒ぎになりたくないね」
桑塔納くるま回してくれば?顔見られたヤツだけ倒したら即ズラかろーぜ」

困り顔の燈瑩トウエイタクミが銃を振る。九龍城砦と違い香港ここにはキチンとした法律があり、警察は正義の名のもと大活躍。魔窟さながら暴れ回ったりなどしようものならすぐに成龍ジャッキー功夫カンフーの餌食だ。

「そうしよっか。途中で何人かは片付けていくから、戻って来るまで任せていい?」
得laりょ

言うやいなや走り出す燈瑩トウエイ、短い返事で了解するタクミアズマが‘ワタクシどうしたら!?’と喚く。タクミは再び銃を振った。

「いーよ、何もしなくて。俺の後ろ居ろよ」
「ヤダァタクちゃん…カッコいい…」

現時点で、損得もなく当然のこととしてアズマを守るのはタクミおよびイツキくらいである。アズマが感謝の意と応援を述べれば‘ターミネーターイツキとは強さを較べないでくれ’と警告が入った。
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