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尋常一様
ビーニーとD20
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尋常一様6
週末、香港、蘭桂坊。
空が薄い藍色に染まりはじめ、橙色と水色が混ざり合ったグラデーションが街を覆う頃。‘後で拾いに来る’という燈瑩が転がす桑塔納に手を振り、ネオンの灯りがポツポツ輝きだした賑わう中環を雑談を交わし歩く東と匠。
「雪廠街のどのへんがいいかしら」
「角にある階段、降りたとこのクラブとか?けっこうアングラだし」
「美臣里の路地?」
「ん。前に知り合いのプッシャー行ってた、九龍の奴。もう死んじまったけど」
「俺の知り合いも行ってたわね、そこ。もう死んだけど」
匠の提言にフワッと記憶を辿る東。初っ端に山茶花をわけてくれた、いきなり成金風になったアイツ。香港側から直で薬流すとロクな事にならないんだよな…利権争いウルサくって…キャップの鍔をイジり呟けば‘それな’と匠も同意。香港及び九龍には想像以上に多くのマフィアや半グレ、チンピラその他のチームがある。そしてそれぞれがどこかで絡み合っており、些細な出来事から生まれる軋轢がどうにもこうにも面倒くさい。なのでこの案件も、己のテリトリーのいざこざだけを解決し残りは我関せずといきたい所存だが───あれこれダラダラ話すうちに到着したクラブ。隠れ家的1軒。
入り口を潜り2重扉、フロアに際立った特徴は無い。普通のハコ。客の男女比は6:4くらい、チャラついた男性陣と、ギャルだが露出控え目の女性陣。今期の流行りはスキニーとブーツ。
当たり前に漂う薬物の気配。男共の中に売人がいる、そいつが九龍のゴタゴタと関連があるかは不明だけれど…東は隅のテーブルにぬいぐるみを置いて席を確保し、カクテルをふたつ注文。すぐにサーブされたカラフルな飲み物を、横に腰掛ける匠へひとつパス。干杯してチビチビ舐める。煙草へ火を点けた匠が声を潜めた。
「どーする」
「そうね、誰か捕まえて訊いちゃうとか」
「じゃ訊いてこよっか?俺」
言うなり匠はザッとフロアを見渡してアタリをつける。
「あの、バーカウンター横の女の子いくわ。東は客の動き見ててよ」
示す先に東も目を向けた。細身の気怠そうな女子、BGMを1人でぼんやり聴いている。確かにあの娘は何かキメてる、多分、お菓子はここで買ったばかり───情報を引き出すにはうってつけ。匠が‘挨拶’する間に東は全体図を俯瞰し把握しておく。顧客に見知らぬ人間が近付けば、プッシャー連中は気にして反応を見せるはず。ただのナンパか?同業か?はたまた新規客か?しかし匠の雰囲気ならば傍から見ているぶんにはただのナンパと結論付くだろう。カドも立たない。あの娘がピンポイントの情報を持っておらずともそれはいい、ダブルインでD20なんて割かし高難度だ。
匠がカクテルを持って腰を上げた。スマホをイジりつつフロアを観察する東。それっぽい輩は数人、目星はついている。ルートは知りたいけど顔見知りになりたいかつったら別だしな、匠みたく話が通じる相手ならいいけど…つうか山茶花も山茶花で、もはや懐い…帽子の下からチラチラ周囲を盗み見て東は匠へ視線を戻す。1本目の煙草を吸い切って2本目。立て続けに3本目。4本目を銜えかけた時に匠から微信、〈OK?〉。東は返事は打たず軽く煙草を回した、◯。ほどなく匠がテーブルへと戻って来る。コンとグラスを合わせた。
「おかえり。スッパリ切り上げたね」
「トバしの番号交換して終わらした。薬やり取りしてんのビーニーかぶった奴だって。さっき入る時すれ違ったよな、外に煙草買いに行ったぽい」
「あら!もう教えてもらったの」
「うん。あの娘、そいつに口説かれてるらしいよ。‘これからもっと儲けるから俺の女になれ’的な。九龍絡みでデケぇヤマ踏んでる、バックが強ぇから必ず上手くいくって」
カクテルを啜る匠、東は小さく口笛を鳴らす。まさかの初手から当たり…ヒキがいい…ところが、どうやら当たりはそれだけではなかった。
「で、オマケなんだけど。こないだその男が‘これで好きな物買え’ってまとまった金くれて。でもすぐ使う予定なかったし、持って帰ってとりまATMに入れようとしたら」
匠はもう一口カクテルを啜った。言った。
「入んなかったんだって」
短い間。のち、再度小さく口笛を鳴らす東。大当たり。というかヒキのよさもあるけれど───東は悪戯な表情で匠を覗き込む。
「ダーリン、さすがの女ウケね」
「え?かなぁ?」
そもそも匠は人あたりが良いが、とりわけ、こういったクラブでのウケは抜群。軽い調子とストリート系の小洒落た感じ──いやぶっちゃけ顔面偏差値の高低もあるでしょうね──が場に馴染むのだろう。引っ掛けた相手がペラペラ語ってくれて有り難いことだ…上ではこうはいかない。樹は喋らない。猫は口が悪い。蓮は噛む。
フロアどうだったと質問を投げる匠へ、東は声を落としてプッシャーらしき人物を片っ端から羅列。聞き終えた匠が片眉をあげる。
「多くね」
「ワタクシも思った」
当初の印象よりもだいぶ売人が多い。されど揉める様子は無し、同一のグループなのか、チームは違えど仕事仲間なのか。
「でっけぇBUYでもあんのかな」
「ね。けど、さしあたりビーニーさん追ってみましょうよ」
不思議がる匠へ東は楽しげに提案、見やった先には一旦フロアへ戻ってきて、再び店を出て行こうとするビーニー。匠もぬいぐるみをフードにしまいつつ唇の端を吊った。
恐らく‘煙草が切れた’というのは半分本当で半分嘘。出掛ける口実…無論まだお家に帰るにはイイコ過ぎる時間、あの男、どこか素敵なところへ梯子するのでは。
階段を登っていく後ろ姿。2人はコッソリ、いくらか距離をおいて、その跡を尾けた。
週末、香港、蘭桂坊。
空が薄い藍色に染まりはじめ、橙色と水色が混ざり合ったグラデーションが街を覆う頃。‘後で拾いに来る’という燈瑩が転がす桑塔納に手を振り、ネオンの灯りがポツポツ輝きだした賑わう中環を雑談を交わし歩く東と匠。
「雪廠街のどのへんがいいかしら」
「角にある階段、降りたとこのクラブとか?けっこうアングラだし」
「美臣里の路地?」
「ん。前に知り合いのプッシャー行ってた、九龍の奴。もう死んじまったけど」
「俺の知り合いも行ってたわね、そこ。もう死んだけど」
匠の提言にフワッと記憶を辿る東。初っ端に山茶花をわけてくれた、いきなり成金風になったアイツ。香港側から直で薬流すとロクな事にならないんだよな…利権争いウルサくって…キャップの鍔をイジり呟けば‘それな’と匠も同意。香港及び九龍には想像以上に多くのマフィアや半グレ、チンピラその他のチームがある。そしてそれぞれがどこかで絡み合っており、些細な出来事から生まれる軋轢がどうにもこうにも面倒くさい。なのでこの案件も、己のテリトリーのいざこざだけを解決し残りは我関せずといきたい所存だが───あれこれダラダラ話すうちに到着したクラブ。隠れ家的1軒。
入り口を潜り2重扉、フロアに際立った特徴は無い。普通のハコ。客の男女比は6:4くらい、チャラついた男性陣と、ギャルだが露出控え目の女性陣。今期の流行りはスキニーとブーツ。
当たり前に漂う薬物の気配。男共の中に売人がいる、そいつが九龍のゴタゴタと関連があるかは不明だけれど…東は隅のテーブルにぬいぐるみを置いて席を確保し、カクテルをふたつ注文。すぐにサーブされたカラフルな飲み物を、横に腰掛ける匠へひとつパス。干杯してチビチビ舐める。煙草へ火を点けた匠が声を潜めた。
「どーする」
「そうね、誰か捕まえて訊いちゃうとか」
「じゃ訊いてこよっか?俺」
言うなり匠はザッとフロアを見渡してアタリをつける。
「あの、バーカウンター横の女の子いくわ。東は客の動き見ててよ」
示す先に東も目を向けた。細身の気怠そうな女子、BGMを1人でぼんやり聴いている。確かにあの娘は何かキメてる、多分、お菓子はここで買ったばかり───情報を引き出すにはうってつけ。匠が‘挨拶’する間に東は全体図を俯瞰し把握しておく。顧客に見知らぬ人間が近付けば、プッシャー連中は気にして反応を見せるはず。ただのナンパか?同業か?はたまた新規客か?しかし匠の雰囲気ならば傍から見ているぶんにはただのナンパと結論付くだろう。カドも立たない。あの娘がピンポイントの情報を持っておらずともそれはいい、ダブルインでD20なんて割かし高難度だ。
匠がカクテルを持って腰を上げた。スマホをイジりつつフロアを観察する東。それっぽい輩は数人、目星はついている。ルートは知りたいけど顔見知りになりたいかつったら別だしな、匠みたく話が通じる相手ならいいけど…つうか山茶花も山茶花で、もはや懐い…帽子の下からチラチラ周囲を盗み見て東は匠へ視線を戻す。1本目の煙草を吸い切って2本目。立て続けに3本目。4本目を銜えかけた時に匠から微信、〈OK?〉。東は返事は打たず軽く煙草を回した、◯。ほどなく匠がテーブルへと戻って来る。コンとグラスを合わせた。
「おかえり。スッパリ切り上げたね」
「トバしの番号交換して終わらした。薬やり取りしてんのビーニーかぶった奴だって。さっき入る時すれ違ったよな、外に煙草買いに行ったぽい」
「あら!もう教えてもらったの」
「うん。あの娘、そいつに口説かれてるらしいよ。‘これからもっと儲けるから俺の女になれ’的な。九龍絡みでデケぇヤマ踏んでる、バックが強ぇから必ず上手くいくって」
カクテルを啜る匠、東は小さく口笛を鳴らす。まさかの初手から当たり…ヒキがいい…ところが、どうやら当たりはそれだけではなかった。
「で、オマケなんだけど。こないだその男が‘これで好きな物買え’ってまとまった金くれて。でもすぐ使う予定なかったし、持って帰ってとりまATMに入れようとしたら」
匠はもう一口カクテルを啜った。言った。
「入んなかったんだって」
短い間。のち、再度小さく口笛を鳴らす東。大当たり。というかヒキのよさもあるけれど───東は悪戯な表情で匠を覗き込む。
「ダーリン、さすがの女ウケね」
「え?かなぁ?」
そもそも匠は人あたりが良いが、とりわけ、こういったクラブでのウケは抜群。軽い調子とストリート系の小洒落た感じ──いやぶっちゃけ顔面偏差値の高低もあるでしょうね──が場に馴染むのだろう。引っ掛けた相手がペラペラ語ってくれて有り難いことだ…上ではこうはいかない。樹は喋らない。猫は口が悪い。蓮は噛む。
フロアどうだったと質問を投げる匠へ、東は声を落としてプッシャーらしき人物を片っ端から羅列。聞き終えた匠が片眉をあげる。
「多くね」
「ワタクシも思った」
当初の印象よりもだいぶ売人が多い。されど揉める様子は無し、同一のグループなのか、チームは違えど仕事仲間なのか。
「でっけぇBUYでもあんのかな」
「ね。けど、さしあたりビーニーさん追ってみましょうよ」
不思議がる匠へ東は楽しげに提案、見やった先には一旦フロアへ戻ってきて、再び店を出て行こうとするビーニー。匠もぬいぐるみをフードにしまいつつ唇の端を吊った。
恐らく‘煙草が切れた’というのは半分本当で半分嘘。出掛ける口実…無論まだお家に帰るにはイイコ過ぎる時間、あの男、どこか素敵なところへ梯子するのでは。
階段を登っていく後ろ姿。2人はコッソリ、いくらか距離をおいて、その跡を尾けた。
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