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尋常一様
サボりと駄々っ子
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尋常一様1
「大興楼のカジノ行ってみない?」
「行かねーよ。解散」
午後の【東風】、東の誘いを猫はバッサリ斬った。
「何で!猫にゃんギャンブル好きでしょ!」
「大興楼なんて怪し過ぎんだろ」
「だから行くのよ、両替。怪しいとこなら偽札でも問題ナーシ」
「1人で行けっつの」
テメェいつも1人だろと猫は老酒を呷る。東はカウンターに肘をつき下唇を出した。
「大興楼、閉店しそうなの。薬関係でゴタゴタしてるぽくて…それで両替ついでに最後ちょびっと一儲けさせてもらいたくて…」
城砦内に偽札が出現し始めてからこっち、蓮の店のレジ金に紛れ込んでしまうニセモノを方々の闇カジノへと換金しに行っていたが…ここのところ若干、勝ちが過ぎていた。
合法でも違法でも、賭場で大切なのは‘勝ち続けない’こと。毎回大金をムシって帰れば当たり前に招かれざる客になる、店舗を変えたとて同じこと。まずもって使っているのが偽札なので初手から目を付けられる要素も十二分。当然東も気を付けていたし、ローテーションとして、‘負け’の期間を設けてももちろんいた。
ところが最近───不思議と勝ち易い。
勝とうとせずとも勝てる。ツイている訳ではなく、どういうわけか裏カジノ自体の金回りがそうなのだ。流れがおかしい時は動かないほうが吉。しばらくひっそり両替業をしようかと考えていた…矢先、大興楼閉店の噂。
どんな状況であれど‘閉店’はちょっと捨て置けない。閉めるのであれば顔色を窺う必要も無く、多めの両替が可能なので。ただ、あの近辺はどうにも治安がよろしくない。九龍城はどこもよろしくないけれど、控え目に言ってあそこの区画は抜群に悪い。
「だからピンは嫌だなぁって。だし、普通に薬のトラブルも気になるしぃ。行こうよ行こうよ、一緒に行こうよ」
駄々をこねる東は、ソファでギターを弾く匠と壁際で煙草をふかす燈瑩を交互にチラチラ見た。目が合った燈瑩は白煙を吹く。
「来てくれるなら誰でもいい感じだね」
「そんなことない!上じゃ駄目!」
上はそもそも今この場に居ないけど。本日は仕事の後、樹と菓子を買いに行くとのこと。そして樹も現在バイトへ出掛けている。
上じゃ駄目、というのは、万が一の有事に備えての人選。さりとて樹は闇カジノというキャラではない。プカプカと煙を輪にする燈瑩へ、東は‘お前ずっとサボってるよね’とジタバタ。
「ん?俺サボってる?」
「殷の時も十と尾の時も来てないじゃん。サボりじゃん」
「物は言いようだなぁ…でもそれ、今回東に同行する理由にはならないんじゃない…?」
「冷たいこと言わないでぇ!」
暴れるデカい駄々っ子。なんだこれ。バタつくデカブツへ燈瑩が返答し倦ねていると、匠が‘俺が行こっか’と口を挟んだ。視線を向ける燈瑩。
「面倒でしょ」
「いーよ、暇だし」
「こないだもそんなこと言って上に付き合ってくれてなかったっけ」
「だいぶ前じゃね?俺もサボってるっしょ」
軽い調子で匠は笑う。
上に手を貸したのはそんなに前でも無い気がするけど。暇だ、というのも方便だろう…律儀なのだこの男は…思いながら、燈瑩はタバコの灰をトレイへ落とし唇の端を吊る。
「や、そしたら俺が行こうかな。悪いもん」
そのやり取りを東はジイッと見詰めた。
燈瑩め、俺の手助けには非協力的なくせに匠に面倒かけたら悪いって理由なら引き受けるだなんて。もっと俺を心配してくれてもいいのよ?結果オーライではあるけど?
いや、だがしかし───誘ったものの、実際コトが起こった時に燈瑩って俺を守ってくれるのかしら。微妙にわからない。全然見捨てられたらどうしよう。そうなると、逆に猫がノッてこなくて良かったのかも…俺が後ろで死にかけていようが、閻魔は絶対振り返りもしない…。
東が悶々としていると、匠が続けた。
「じゃ3人で行く?」
「行く!!!!」
燈瑩の返事が聞こえる前に、東は大声量で即レスをかます。
棚ぼたのナイスアイデア。良い、凄く良い。このままメンツを決定させてしまいたい。
なんといっても匠は優しい。俺に。いつか上がボヤいていた、‘匠はお前に対しての認識ズレとんねん’──俺的にはズレてないと思うけどぉ?──のおかげだろう。とにかく2人とも来てくれるなら安心このうえなし。パチンと指を鳴らす東。
「したら今から行っちゃおっか?猫も解散したがってたし、ね?」
「掌返しスゲぇな眼鏡」
呆れ顔で立ち上がった猫は、勝手に戸棚をガサゴソ漁り古越龍山を引っ張り出した。50年物未開封。ヒョイッと掴むと出口に足を向ける背中へ、‘それ陳がくれたばっかのやつ’と叫ぶ眼鏡。
「お前、これから稼ぎに行くんだからいいじゃねぇか。代わりに旨い酒【宵城】に用意しといてやるよ。楽しみにしとけ」
口角を上げる猫。その台詞と珍しい笑顔に東は一瞬‘ありがとう’と礼を述べかけたが───待て。違う。用意されるだけであってプレゼントしてくれる訳では無い。両替した金で払えということだ。つまり、古越龍山をパクられたうえに稼ぎを【宵城】で使わされるという話。危ない!!このネコちゃん詐欺師より詐欺師だわ!!
ハッとした東が何かを言うより先に、山吹色の羽織は扉の向こうへと消える。後ろ姿へ匠が飛ばした‘俺もあとで【宵城】顔出すわ’という呑気な約束だけが、ポワポワと、店内に残った。
「大興楼のカジノ行ってみない?」
「行かねーよ。解散」
午後の【東風】、東の誘いを猫はバッサリ斬った。
「何で!猫にゃんギャンブル好きでしょ!」
「大興楼なんて怪し過ぎんだろ」
「だから行くのよ、両替。怪しいとこなら偽札でも問題ナーシ」
「1人で行けっつの」
テメェいつも1人だろと猫は老酒を呷る。東はカウンターに肘をつき下唇を出した。
「大興楼、閉店しそうなの。薬関係でゴタゴタしてるぽくて…それで両替ついでに最後ちょびっと一儲けさせてもらいたくて…」
城砦内に偽札が出現し始めてからこっち、蓮の店のレジ金に紛れ込んでしまうニセモノを方々の闇カジノへと換金しに行っていたが…ここのところ若干、勝ちが過ぎていた。
合法でも違法でも、賭場で大切なのは‘勝ち続けない’こと。毎回大金をムシって帰れば当たり前に招かれざる客になる、店舗を変えたとて同じこと。まずもって使っているのが偽札なので初手から目を付けられる要素も十二分。当然東も気を付けていたし、ローテーションとして、‘負け’の期間を設けてももちろんいた。
ところが最近───不思議と勝ち易い。
勝とうとせずとも勝てる。ツイている訳ではなく、どういうわけか裏カジノ自体の金回りがそうなのだ。流れがおかしい時は動かないほうが吉。しばらくひっそり両替業をしようかと考えていた…矢先、大興楼閉店の噂。
どんな状況であれど‘閉店’はちょっと捨て置けない。閉めるのであれば顔色を窺う必要も無く、多めの両替が可能なので。ただ、あの近辺はどうにも治安がよろしくない。九龍城はどこもよろしくないけれど、控え目に言ってあそこの区画は抜群に悪い。
「だからピンは嫌だなぁって。だし、普通に薬のトラブルも気になるしぃ。行こうよ行こうよ、一緒に行こうよ」
駄々をこねる東は、ソファでギターを弾く匠と壁際で煙草をふかす燈瑩を交互にチラチラ見た。目が合った燈瑩は白煙を吹く。
「来てくれるなら誰でもいい感じだね」
「そんなことない!上じゃ駄目!」
上はそもそも今この場に居ないけど。本日は仕事の後、樹と菓子を買いに行くとのこと。そして樹も現在バイトへ出掛けている。
上じゃ駄目、というのは、万が一の有事に備えての人選。さりとて樹は闇カジノというキャラではない。プカプカと煙を輪にする燈瑩へ、東は‘お前ずっとサボってるよね’とジタバタ。
「ん?俺サボってる?」
「殷の時も十と尾の時も来てないじゃん。サボりじゃん」
「物は言いようだなぁ…でもそれ、今回東に同行する理由にはならないんじゃない…?」
「冷たいこと言わないでぇ!」
暴れるデカい駄々っ子。なんだこれ。バタつくデカブツへ燈瑩が返答し倦ねていると、匠が‘俺が行こっか’と口を挟んだ。視線を向ける燈瑩。
「面倒でしょ」
「いーよ、暇だし」
「こないだもそんなこと言って上に付き合ってくれてなかったっけ」
「だいぶ前じゃね?俺もサボってるっしょ」
軽い調子で匠は笑う。
上に手を貸したのはそんなに前でも無い気がするけど。暇だ、というのも方便だろう…律儀なのだこの男は…思いながら、燈瑩はタバコの灰をトレイへ落とし唇の端を吊る。
「や、そしたら俺が行こうかな。悪いもん」
そのやり取りを東はジイッと見詰めた。
燈瑩め、俺の手助けには非協力的なくせに匠に面倒かけたら悪いって理由なら引き受けるだなんて。もっと俺を心配してくれてもいいのよ?結果オーライではあるけど?
いや、だがしかし───誘ったものの、実際コトが起こった時に燈瑩って俺を守ってくれるのかしら。微妙にわからない。全然見捨てられたらどうしよう。そうなると、逆に猫がノッてこなくて良かったのかも…俺が後ろで死にかけていようが、閻魔は絶対振り返りもしない…。
東が悶々としていると、匠が続けた。
「じゃ3人で行く?」
「行く!!!!」
燈瑩の返事が聞こえる前に、東は大声量で即レスをかます。
棚ぼたのナイスアイデア。良い、凄く良い。このままメンツを決定させてしまいたい。
なんといっても匠は優しい。俺に。いつか上がボヤいていた、‘匠はお前に対しての認識ズレとんねん’──俺的にはズレてないと思うけどぉ?──のおかげだろう。とにかく2人とも来てくれるなら安心このうえなし。パチンと指を鳴らす東。
「したら今から行っちゃおっか?猫も解散したがってたし、ね?」
「掌返しスゲぇな眼鏡」
呆れ顔で立ち上がった猫は、勝手に戸棚をガサゴソ漁り古越龍山を引っ張り出した。50年物未開封。ヒョイッと掴むと出口に足を向ける背中へ、‘それ陳がくれたばっかのやつ’と叫ぶ眼鏡。
「お前、これから稼ぎに行くんだからいいじゃねぇか。代わりに旨い酒【宵城】に用意しといてやるよ。楽しみにしとけ」
口角を上げる猫。その台詞と珍しい笑顔に東は一瞬‘ありがとう’と礼を述べかけたが───待て。違う。用意されるだけであってプレゼントしてくれる訳では無い。両替した金で払えということだ。つまり、古越龍山をパクられたうえに稼ぎを【宵城】で使わされるという話。危ない!!このネコちゃん詐欺師より詐欺師だわ!!
ハッとした東が何かを言うより先に、山吹色の羽織は扉の向こうへと消える。後ろ姿へ匠が飛ばした‘俺もあとで【宵城】顔出すわ’という呑気な約束だけが、ポワポワと、店内に残った。
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