九龍懐古

カロン

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飽食終日

零食とデートプラン

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飽食終日4




美味しい屋台飯の匂い、輝くネオンサイン、どこまでも続く人だかり。

普段の夜市プラス期間限定イベントが開催されている廟街テンプルストリートは、恐ろしいほどにごった返していた。佐敦道から南京街までズラリと立ち並ぶ、香港ローカルフードや世界各国の名物料理の出店たち。道路には端から端までカラフルなランタンや赤いランプが所狭しと飾られお祭りムード。

現地に到着するやいなやキョロキョロ周囲の露店を観察するイツキ。焼売や魚蛋フィッシュボールといったストリートスナックを始め、豪快な串焼き肉に多種多彩な海鮮グリル、香ばしいケバブ。あちらこちらへ目移りしてしまう。
悩む必要は無い。食べたい品は片っ端から全て食べてしまえばいい、先立つモノ・・・・・はある。キャンキャン跳ね回るレンの跡を、ポケットの中で身を縮めている東の財布さきだつモノ──持ち主は【宵城】にツケを返しに行ってます──と共にパタパタ追いかける。

「22時に集合やで!入り口ん門のとこ!」

人波に紛れていく背中へカムラが声を飛ばせば、目深に被ったバケットハットと大振りのサングラスで顔を隠しているヨウかたわらでクスクス笑った。

カムラ君、イツキ君にも過保護なんだ」
「え!?や、心配ないんはわかっててんけどな…いつものくせで…」

しどろもどろに答えるカムラをニヤリと見上げる大地ダイチ、目が合ったカムラは唇を尖らせ咳払い。

「お前は気ぃつけるんやぞ」
「大丈夫だよ!タクミスイと一緒に居るし、ネイともはぐれないようにするし!」

言うが早いか大地ダイチネイの腕を取り、一足ひとあし先にフードを吟味していたスイのもとへ。手を繋がれたネイは茹で八爪魚ダコさながら赤くなった。



ネイを夜市に誘ったレンは、依頼通り・・・・大地ダイチもご招待。加えて食べ物の祭りであれば大食漢グルメは外せないということでイツキを召集したところ、香港とかいに出るなら一緒に行くとスイが騒ぎ立て、たまたま画伯イツキへ次回のクラブイベントのフライヤー作りを依頼しに来たタクミが巻き込まれ、ナイトマーケット、すなわち‘夜の繁華街’に繰り出すと聞きつけた心配性のカムラもついてきた。

ヨウに参加を打診するつもりはなかったけれど───先刻、偶然この近辺の油麻地ヤウマーテイで撮影をしているむね微信チャットが届き、どうしようかとウンウンうなっていたカムラタクミが‘彼女サン呼べばいいじゃん’と言ったのだ。忙しいヨウの時間を取るのは気が引けて、こういった誘いは尻込みしてしまう…そんなことをモゴモゴ口籠くちごもカムラに‘乗るか決めんのは向こうだろ’とタクミはあっけらかん。
そうなんやけど。そうなんやけど…まぁ、そうか。近くに来とって何も言わんのも変か。夜市るよってことだけ、それだけ伝えるか。邪魔やないやろそれなら。うん。

ということで、連絡したのだが。





「早目に終わって良かったぁ!リテイク全然無かったんだよ、凄いでしょう」

カムラの鼻先をつつき、ヨウはフフンと得意気な表情。ネイに負けず劣らず茹で八爪魚ダコさながら赤くなったカムラは肩を竦める。

「そっ…そりゃヨウなら当然やろ、デキる女やねんから」
「ふふ!ありがと!でもちょっと違うかな」

鼻をつついた指を口元に立てて悪戯な仕草をするヨウに、カムラは疑問符。ちゃうんか?仕事がデキるからはよ終わったんやんな?不思議がるカムラの頬をプニッとつまんでヨウは囁く。

「頑張ったのよ、早く会いたかったから♡」

八爪魚タコが爆発する音がした。





「えぇ…カムラの彼女、マジでヨウさんじゃん。信じらんない…」

煎釀三寶ジンヤンサンボ大地ダイチネイに取り分けていたスイは爆発を眺めてボヤいた。テレビで見掛ける顔が野暮・・な饅頭の隣に並んでいる、どうなってんの一体いったい蔥油餅チャンヤウベンを囓るタクミが相槌。

「俺もビックリしたけど、アイツいい奴だしアリよりのアリじゃね。いつも仲良さそうだし」
「へー…やるわねあの饅頭…ん?いつも?アンタ、前にもヨウさんと会ったことあんの」
「会ったっつーかみんなで遊園地行った」
「はぁ!?遊園地ぃ!?なにそれ聞いてない!!スイも行きたい!!」

だっておまえが九龍に来る前だもんと言いながらタクミはスマホを開きアプリをタップ。画面に飛び出す城と老鼠ネズミ、テーマパークのチケット検索。営業カレンダーを表示し‘いてる日に行こーぜ’とスイに渡す。すぐさま液晶と睨めっこを始めるスイ





えぇ…なんやねん、誘いかたスマートかアイツ?それデートって呼ばん…?ヨウのリクエストで士多啤梨イチゴ糖葫蘆タンフールを注文していたカムラは様子を眺めて胸中でボヤいた。
せやけど2人で行くわけちゃうんか。大地ダイチも横から予定表ガン見しとるわ、ガン見し過ぎで指に力入ってもうてネイがドンドン赤なっとるわ。ちゅうか俺まだ香水買っとらんな、買お思てからだいぶ経っとんのに。どれがええんかサッパリわからへんねんな。いっそ、アイツと同じのんにしたろかな。似合う似合わんあるやろか───。

「どうしたのカムラ君」

ヨウの声でハッと意識を引き戻したカムラは‘すまん’と謝り再度肩を竦める。糖葫蘆タンフールを手渡せばヨウは早速口に運んで1粒パクリ、なんとも可愛らしい。カムラも串に刺さった葡萄をパクつくも、サマ・・になる度合いは天地の差。饅頭と女神。果実を覆う水飴をパリパリ噛み砕き呟くカムラ

「えと…今日…ホンマは迷っててん、ヨウ微信チャット送るの。鬱陶しいかな、て。やけど近くって送らんのも変やし」

ほんならタクミが‘送れ’うてくれてん、なんやあいつスマートやなおもて今も見とった。カムラが頬を掻いて気恥ずかしそうに告げると、ヨウはプッと吹き出した。

カムラ君って本当に正直!飾らないよね!」

飾りたい気持ちは山々やけど…香水とか…ま、そういう話ちゃうか。大輪の華が咲く、という表現がまさにピッタリなヨウの明るい笑顔にカムラもクスリとし、再びポツポツ言葉を紡いだ。

「俺らもまたどっか行こか。ヨウが暇ん時に…いや、暇ないんはわかっとるんやけど。休みん時に…いや、休みは休みたいんはわかっとるんやけど。のんびり出来そうなとことか、連れてけたらなって、思う」

あまり上手い具合には言えなかった。が、ヨウ飾らない・・・・姿に満足したらしく、ならば郊外のショッピングモールへ行こうと提案。

「ご飯食べて、お買い物して。カムラ君に似合いそうな香水も選んであげる」
「ん!?なんで香水探しとるん知ってん」
「さっきブツブツ言ってたじゃない」
うせやん!?」

固まるカムラにお構い無しで、ヨウは楽しそうに目尻を下げる。

「ゆっくりドライブしようよ、どう?私あの桑塔納サンタナけっこう好きなんだぁ」
「え?おん、桑塔納サンタナな…せやな…」

ダダ漏れした心の声はどうにか忘れて返事をするカムラ、しかし今度は‘桑塔納サンタナ’に中途半端な反応。

桑塔納サンタナは先日、不可抗力とはいえ霊柩車・・・にしてしまった…神宝の事件の時に…。その香港までの足に利用することはあれどヨウを乗せてはいなかった。なんとなくこう、デートに使うのはどうなんだろう。

考え込むカムラヨウはまばたき。

「ナンバーでも引っ掛かっちゃった?」
「あ、ナンバーは新宝んとき偽装してんから多分引っ掛からん」

ヨウの疑問は‘誰の所有車かわからない’に関してだったけれど、慌てたカムラは余計な情報を口走った。新宝んとき偽装したってなぁに?と小悪魔の笑みで小首をかたむけられ、瞼を閉じ天を仰ぐ饅頭。なぜ俺はすぐらんことを───。平安饅頭ラッキーバンズは黙っとれ───。





「アワアワしてるわねアイツ

カムラを見やり煎釀三寶ジンヤンサンボを頬張るスイ。その手からスマホを借りて、大地ダイチはアプリの混雑予想チェックにいそしむ。

カムラは毎回ああだから…てか、遊園地行くなら全員で行こうよ!前みたいにさぁ!」
「アンタたち、前は何人で行ったのよ」
「9人?かな?」
「ヤバ、多っ」
レンだけ居なかった」
「ハブじゃん」

スイ大地ダイチのラリーの最中、折りよく戻ってきたレンが‘何の話でしゅか?’と尻尾を振った。後ろには頬袋をパンパンに膨らませたイツキ、もちろん両手にも大量のストリートフード。

アンタがハブだって話」
「えぇえんっ!?」
「今度は一緒に行こ!ね!」
「どこへ!?」

内容を掴めていない吉娃娃チワワは、タクミの‘遊園地だよ’との返答にポンと手を叩く。イツキは肉増しケバブをズモズモ吸い込みながら、テーマパークへ行くなら前回買った猫耳をまたマオに付けてもらおう、と思った。










───‘猫耳それはどこかへ仕舞い込んでしまった’と言い張って手ブラで待ち合わせに来たマオが、酷く落胆したオーラのイツキを見兼ねて一段いちだんと派手な猫耳を追加購入する羽目になるのは、もう少し先の出来事だ。
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