九龍懐古

カロン

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飽食終日

早餐と債務不履行

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飽食終日1





携帯が鳴って目が覚めた。

微信チャットの音。アズマが両眼をこすり眉根を寄せると、間髪入れずまた微信チャットの音。
全然、画面を見たくない。本当に1ミリも。だってマオからだもん…俺、昨日【宵城みせ】に金払いに行く約束スッポかしてんだもん…。

別にバックれた訳じゃない。仕事してた、【東風いえ】で。新しい‘薬’を調合してて、思いのほかノッちゃって、色々試したり──そう鼻からね──してたらなんか夜遅くなってきちゃって、寝ちゃった。眠気がくるみたい、あの新作。効きは悪くないんだけど。副作用で眠くなるのは駄目だな、良くない方向性のパーティードラッグとして流行ってしまう。配合変えなきゃ。うつらうつら考えつつ確認もせずにスマホの電源を落とし、かわりに壁の掛け時計を見た。朝6時。

はや。だけど丁度良かった、イツキがバイトで8時くらいに出かけるとか言ってたし。首を回すと目に入る、横のベッドでブランケットを全て下に蹴り落として就寝中のイツキ。いつ回転したのか知らないが、足側へ頭が来ていた。寝相…シャツも捲れてお腹が出てる…冷えちゃう冷えちゃう。起こさないようにブランケットを拾い、掛け直す。今のうちに朝食作ろ───献立を思案しキッチンへ。

帰りは夜らしい、となると朝飯ちゃんと食べたほうがいいよな。粥かな…油炸鬼あげパンつけて…いや多士トースト煙肉ベーコン腸仔ソーセージもアリか。麺あったっけ。煙草へ火を点け、とりあえず自分用の缶珈琲を開栓。イツキには鴛鴦茶ユンヨンチャーを下準備。

ノロノロ一服いっぷくつけ、ザッとニュースを観て、コーヒーを飲み干し、ゆるゆると支度にとりかかる。コンロのそばの戸棚を開いた。

んん?麺無いな…通粉マカロニはある。じゃスープと火腿蛋ハムたまご…いっか、煙肉ベーコン腸仔ソーセージに肉系全部作っちゃえ。どうせイツキは食う。もし余ったら俺が昼に食おう、多分九成九99パー、余んないけど。
冷蔵庫の中身を着々と減らす。結構レンのとこで昼夜食ったりするから諸々期限が危うい…今ある食材やつは使い切ってあとでスーパー行こ。入れ替え入れ替え。

鍋でカット野菜を軽く炒め、水とコンソメを加える。早茹で通粉マカロニも。かたわらのフライパンへコロコロと腸仔ソーセージを転がし──八爪魚タコさんだけじゃなくて魷魚イカさんもいまぁす──適当に火が通ったらプラスで煙肉ベーコン
腸仔ソーセージ消費したくて3袋焼いちゃった、さすがに多い。ついでにオヤツで腸仔包ソーセージパン持たせるか。思いながら八爪魚タコさん魷魚イカさんを皿へ移し、次は火腿蛋ハムたまご。片手間でトースターに食パンをさす。途中でスープをかき混ぜた。
そういやレンに貰った調味料あったな…入れちゃおうかスープに…。最後に足すと美味しいんでしゅ!とかなんとか、けどコンソメと合うかな───ポコポコ音をたてるケトルのスイッチをオフ。

寝室からガサゴソ聞こえた。アズマが振り返ると、覚束ない足取りのイツキがフラフラと歩いてくるところ。瞼は閉じている。食べ物の匂いにつられて来たのだろう…アズマはその肩を掴んでクルッと身体を反転させた。

「はいはい、顔洗ったらご飯ですよ」

声に従い大人しく洗面所へと消えていくこどもを見送るママ。洗顔のあいだに、出来上がった料理をポンポンと配膳。鴛鴦茶ユンヨンチャーにはエバミルク、自分のトーストにもかけて…えーいメープルぶちまけちゃえ。そうこうしているうちに、うがいも済ませたイツキが食卓についた。

「なんかいっぱい作ったね」

テーブルを眺めてイツキは呟き、吃飯いただきますと同時に腸仔ソーセージを吸い込んだ。腸仔それは飲み物じゃないのよイツキ…液体なら通粉マカロニスープと鴛鴦茶ユンヨンチャーがあるでしょう…?相変わらず起き抜けからすごい吸引力だわこの子───ママ腸仔ソーセージを全て調理しておいて正解だったと独り頷く。八爪魚タコ魷魚イカの断末魔。

イツキ、今日はどのへん行くの?」
「中流エリア。バイト終わったら夕方大地ダイチと新校舎見に行く」
「寺子屋の?よくもう1軒用意出来たねぇ、財政難じゃなかったっけ」
「うん。でも周りに住んでる子供達通わせてあげたいから、頑張ってるんだって。無償で教会借りたみたい」

ハグハグとパンを囓るイツキアズマ西多士フレンチトーストの欠片を口に放り込む。九龍の寺子屋は基本的に学費が無料、経営は慈善団体の懸命な努力で成り立っている。
でも中流階級側ならそれなりに寄付もあんのかしら…元が教会であれば尚更…思いながらシロップのついた指を舐めていると、イツキの物欲しそうな視線。アズマは‘そっち食べたらね’と微笑びしょう、デザートは最後のお楽しみだ。まぁ俺はもう食っちゃってるけど、これしか食ってないもんね、逆に。

「でさ、新校舎の場所が長安街の辺りなんだけど。あのへんお菓子屋さんあったかな」

曲奇クッキーでも土産にしてあげたいと首を捻るイツキアズマも唸る。

「俺も長安街はあんま行かないのよ…あそこやけに天井低くて、頭ぶつかんだよなぁ」
アズマ、無駄に大きいから」
「無駄って言わないでぇ?」

空笑いのアズマは、次いだイツキの‘てかあの街区は薬屋・・無いからでしょ’との台詞に笑顔のまま目元をスンとさせる。図星。新しく淹れたコーヒーを啜り話を戻した。

「周りに個人の食品工場多くなかったっけ。チャンが何か買い付けてた気がする、黃大仙の市場に流すやつ」
「あれ?黃大仙の市場って、前にマオが言ってた連合道の店の5回捕まった人?」
「そーそー、チャンもたまに乗ってんのよその話。香港あっちでも九龍ここ製造の叉焼チャーシューばっかだし」

叉焼チャーシューの単語にイツキの瞳が輝いた。これだけの食べ物を食べている最中に、別の食べ物へと奪われる意識。底無しね、この子…夕飯は叉焼チャーシュー使おうかしら…ママは頭に買い物リストを思い浮かべる。

「まぁ、だからさ。何かしら菓子屋とか飯屋あるはずよ。無けりゃ腸仔包ソーセージパンあげな?小分けにしとくから」

一口ひとくちサイズのミニロールパンが買ってあったはずだ、そこに腸仔ソーセージをさせばイイおやつになる。再度戸棚を漁るアズマ。あったあった、10個入りが2袋…腸仔ソーセージ足りないな…さっきの‘さすがに多い’は勘違いでしたね。蛋治たまごサンドも作るか。

「あ、あと【宵城】も寄る。マオに何か用事ある?」
「えぇ!?やだぁ!じゃこれお願い、アズマに預かってた・・って。俺は居ないって言って」

イツキの申し出に、アズマは薬棚からパイプタバコの葉っぱを取り出しソロソロと渡す。察したイツキは、何も答えず、それを受け取った。
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