九龍懐古

カロン

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神韻縹渺

スニッチとトレモロ・中

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神韻縹渺12





チンピラ連中が一斉いっせいに首を向ける。入り口に立っている眼鏡はキョトンとし、‘予想外に居るわね’と、これまた緊張感の無い所懐を述べた。

「アズ…」

マ、と言いかけて途中で飲み込んだシイに気付きアズマはニヤリとすると、ポケットから出した偽札をパサパサ振った。

「これ換金所ココで合ってますぅ?闇カジに持ってってもいいんだけど、あんまりやると怒られちゃうからさぁ」
「ぁんだお前?どこの人間やつだよ」

ヘラヘラした態度のアズマへ男が1人がなった。冷え込む空気。意に介さず、アズマは相変わらず飄々とした構えで口元に札束をあてる。

「どこだっていいじゃない。てかぁ、本物と換えてくれなくてもいーよ?絵画・・とか譲ってくれても」

ピクッとシイの肩が動き、場は静まり返った。アズマシイを見やる。

「随分可愛いアーティストさんだね。そんな子供を無理矢理働かせちゃって、労基違反でしょ。当局のガサ入りますよ」

入るわけない、ここは悪名高い九龍なのだから。とはいえ問題はそこではないし、これは只の煽りの無駄話。愉快そうなアズマの声音に半グレ共は苛立ち警戒を強める。

「テメェ、失せるか死ぬか選べよ」
「気が短いねぇお兄さん!2択?3択目無いの?お絵描き・・・・の商談しにきたのかもしれないじゃん」

お絵描き・・・・…要は贋作。どこから嗅ぎつけたんだとチンピラはボヤくも、偽札相手じゃ売れねぇと返答。アズマ自体はこの上なく胡散臭くはあるが、男は‘商談’の単語に若干の興味を持った様子。アズマが笑顔で首を傾ける。

「フツーのお金もありますよん。こう見えてワタクシ結構稼ぐんで」
「何が買いてぇんだよ」
「絵だってば」
「だから、どの?」
「全部」

アズマの要望に眉をひそめる男。男の肩越し、奥でキャンバスに向かうシイを顎で示すアズマ

「あの子ごとちょーだい」

その台詞に男は人身売買トバシの相談かと溜め息、アズマは唇を尖らせた。

「違いますぅ!ブラック企業からいたいけな幼子おさなごを助けるだけですぅ!」
「は?このガキは居たくてここに居んだよ」
「居たくてぇ?アンタらの都合でしょーが。シイが居たいって言ったことあんの?」

名前を口にした為に、輪をかけて妙な雰囲気になった。何で知り合いだってバレるようなこと言うんだアイツ…焦るシイ。けれど当のアズマは穏やかにんで、ことさら、優しく尋ねた。

シイ。もし来たいんなら、こっちにおいで。俺らは迷惑じゃないから。ウェイも待ってるよ、ちゃんと好きな方選びな?」


───シイウェイを、わざと突き放したんじゃないのかな。


イツキが口にしていた疑問。シイの返答を、アズマは待った。

そんなことを言われても…困る。シイは眉間にシワを寄せた。今更そっち側に行けやしないだろう、虫がよすぎる。こいつらが‘はいそうですか’と私を手放すか?私が本当は誰を嫌いで、誰を好きでも、仕方が無いんだ。力も無いし守れやしない。上手いやり方だって出来やしない。全部、全部しょうがないんだ────その時。ドアから頭を出した小さな人影が、シイの意識をさらった。

ウェイ!!」

今度は途中で飲み込めず、呼んでしまった。目を見開くシイウェイはオズオズと見詰める。

「何してんだよ!?つきまとうなって…嫌いだって言っただろ!?」

慌てて声が上擦った。どうして来たんだ!?逃がした意味が無いじゃないか。怒鳴るシイウェイはかすかに臆したものの、1度グッと唇を引き結び、決意を込めて叫んだ。

「嫌いでも!!」


無力で。何の力も無くて。上手いやりかたもわからなくて。


─────それでも。



シイが、ウェイを大嫌いでも!!ウェイはっ…シイが、大好きなのです!!」



同時に、アズマは手に持っていた札束を全て空中高くへと撒いた。全員がそれに気を取られる中、反して地を這い滑り込んだイツキシイの傍まで瞬時に移動し周りの輩を素早くなぎ倒す。

シイ

名前を呼んで、視線で訊いた。誰と一緒に居たいのか。シイはわずかに逡巡すると、立ち上がり、ウェイのもとへと真っ直ぐ駆け出す。走り寄るシイを受けとめるウェイシイはその肩口へ顔を埋めた。

「嫌いだって…言ったのに…」
ウェイは、大好きなのですよ」
「私が嫌いでも?」

シイの質問にウェイはまごつき、しかしハッキリと、‘嫌いでもなのです’と答えた。シイはキュッとウェイを抱き締める。

「嘘だよ。嫌いなんて嘘。ごめんね…私も、大好き…」

言葉じりが震えた。泣いてしまっていた。ウェイの服が自分の涙で濡れるのをバツが悪く思っていたら、ウェイもすっかりベソベソ泣いていて、シイのシャツの方が先に派手に湿った。

シイには…ウェイが、いるのですよ…」

ベソベソやりつつウェイが呟く。お揃いの服。同じ色の髪。シイは泣きながら少し笑って、ウェイの頬と自分の頬をくっつけた。

───あの時。必死に作った狐の窓は、ウェイのことを見てみたかったからだ。人ならざるものが視えるとすれば、もしかしたら…でも映るのではないかと思ったから。何もかもつまらなくてくだらないと、不貞腐れて無為に過ごしていた私の為に現れてくれた、天使だったりするのかも知れないなんて…そんな馬鹿げた事を。
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