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神韻縹渺
スニッチとトレモロ・前
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神韻縹渺11
暮夜の路地裏に呻き声。
「ハズレばっかだね」
「ま、そろそろ当たりでるでしょ」
ヨロヨロ逃げていくチンピラの背中を見送り肩を竦める樹、少し後ろで待機していた──隠れてたんじゃありません!尾ちゃん連れて前に出ちゃあ危ないからです!──東が尾の頭をポンポンしつつ答えた。
十のチームが活動しているらしきエリアへとやってきた3人は、路上の半グレをランダムに捕まえては訊ねる‘ローラー作戦’を開始。気楽に世間話が出来る奴も居れば、ヤンキー丸出しでメンチをきったり殴りかかってくる奴も居る。今尻尾を巻いた男は後者で、樹が声を掛けた相手としては通算7人目。拳を交えた相手としては4人目だ。
「みんな普通に教えてくれればケガしないで済むのに…何でケンカふっかけるんだろ…」
「カルシウム足りてないんじゃないかしら」
首を傾げる樹、‘絶対に自分がケガをする側ではない’という前提ありきのナチュラルな強者視点での疑問へ東は含み笑い。その足の陰から尾がシオシオと謝る。
「ごめんなさい樹…ご迷惑をおかけしているのです…」
「全然。俺こそ当たり引けなくてごめん」
「今7人目でしょ?次は当たるよ、8は縁起の良い数字なんだか───…」
ら。と東が言い切るのと、樹が人民帽を脱ぎ東の胸元に掲げるのと、その帽子にバスリとナイフが突き刺さるのは、同じタイミングだった。
東の喉がヒョッと鳴る。樹は路地の奥に視線をやった。居るのは先程逃げて行ったチンピラと、もう1人。仲間を連れて戻ってきたのか?ナイフを投げたのはどうやらさっきのチンピラらしい。武器も調達したのかなぁ…ていうか帽子に穴あいちゃった…。口をへの字に曲げる樹を‘帰ったら縫ってあげるから’と励まして、東は帽子からナイフを取り去りそのまま正面にブンッと放った。ブルズアイよろしく綺麗に額へ刺さり倒れ込むチンピラ。それに注意を引かれ脇見をした連れの男へ樹は一瞬で距離を詰め、足払いで転がし鳩尾にひと蹴り。肋が何本か折れた感触がして、男の服から刃物がいくつか落ちた。
「あっぶな!お前、なかなかイイ腕だね?」
尾を庇いながら近付いてきた東が死体へ軽く賛辞を送り、デコのナイフを引き抜いた。傷口からピュウと赤い噴水がコンマ数秒あがって尾の喉がヒョッと鳴る。樹は尾に穴あき帽子を被せて視界を隠した。
「こいつ、知らないって嘘だったのかな」
「どうかねぇ。どうなの?そのへん」
死体を見下ろす樹へ応え、東は転がる男に問い掛ける。我々こういうチームを探していマス、メンバーやアジトなどご存知でしたら教えていただけると幸いデス。こんな子を見掛けませんデシタカ?言いながら、すっかり綺麗になった揃いの服を着ている尾を示す。すると返ってきたのは素敵な答え。
───南の外れ。龍南樓の辺りの倉庫。
そこへ頻繁に集まっているとのこと。多謝とラフに礼を告げ、東は尾の手を取りスタスタ歩き出す。数メートル進んだところで…背後よりゴキンと鈍い音。おや?とまばたきをし振り返りかけた尾を、いつの間にやら隣に並んでいた樹が制した。いいから行こ行こ!と明るく促す東に尾も頷き再び前を向く。この街区で細やかなお片付けは不必要。
「8人目は縁起が良かったね、やっぱり」
シシッと笑う東へ‘なのですね’と樹が同意。樹がハイタッチの仕草をみせると尾はペチッと掌を重ね、‘ですね’と大きく首を縦に振った。
スマホをいじる樹に合わせ歩調を緩める東。十の所在が判明して逸りだす尾の気持ちを落ち着かせるように、違法建築の隙間からチラチラ覗く星空を指差す。晴夜。
「尾は知ってる星座ある?」
「お星様はあんまり知らないのです」
「じゃあ今度、みんなで望遠鏡で遊ぼっか。ヤマネコ座さん教えてあげる」
「ネコちゃんが居るのですか!」
「半魚人さんも居るよ。いや人じゃないか、半魚ヤギか」
「なんと!えっと、半魚さんを…十にも、教えてあげたいのです…」
「ん。教えてあげよーね」
フンフン息巻く尾に微笑む東。他愛もない星々の話をツラツラ語り、夜道をゆっくり目的地へ向かう───ちょっとした時間稼ぎ。東は樹へパチリとウインクし、樹は‘ネコちゃん’との微信画面を、パタリと閉じた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
月灯りの降る倉庫内。十はキャンバスを前にしゃがみこみ、絵筆をクルクル回す。
溜り場兼アトリエ、乱雑に置かれたソファやスツールでは半グレ共が何やら雑談をしていた。会話を耳に入れたり入れなかったりしながらパレットの絵の具を筆先にとる十。今回の贋作は若干骨が折れる…油絵は些か面倒なのだ。画用紙にガサガサとペンで描けるタイプの作品の方が楽でいい…まぁ、手間がかかるぶん金にもなるが。思いつつ帆布へ色を乗せる。
「どんくらいで完成すんだ?それ」
「黙ってろよ。気が散る」
マリファナの煙と共に吐き出された質問へ十は雑に返答。聞いてきた男は‘芸術家は怖ぇな’とゲラゲラ嗤う。
どんな生意気な口をきこうが、さして問題はなかった。結局こいつらは私の作品を売って金にしたいのだから。それに正直、諍いになって殺されたとて、もはやどうでもいい気すらしていた。
ん?そうなると別に贋作をつくる必要も無いのか?何となく惰性で生きてるだけなのだ、やめてしまってもいいのでは。よくわかんないや。十は回していた絵筆で勢い良く画面を叩いた。飛び散る極彩色。
このままポロックみたいにしちゃおうか。元絵と全く別物になるな、ウケる。また自由でカラフルな絵が描きたいな、前に広場の壁に描いたような…尾と一緒に…。
尾はどうしてるかな。あのあと、樹や東に会えたかな。私も【東風】に駆け込んだら良かったかな。いや、そんな世話はかけられないよな。
視界が滲んで自分の瞳が潤んでいるのに気付いた。欠伸のせいにして誤魔化せば、今度は尾の描いた‘欠伸をしているキンキラキンのネコ’を思い出してしまった。どう転んでも駄目だなぁ、もう。膝を抱える。
と。
「失礼しまぁーっす♪こちら換金お願いしに来ましたぁー♪」
扉の開く音。緊張感の無い台詞と声が、室内に響いた。
暮夜の路地裏に呻き声。
「ハズレばっかだね」
「ま、そろそろ当たりでるでしょ」
ヨロヨロ逃げていくチンピラの背中を見送り肩を竦める樹、少し後ろで待機していた──隠れてたんじゃありません!尾ちゃん連れて前に出ちゃあ危ないからです!──東が尾の頭をポンポンしつつ答えた。
十のチームが活動しているらしきエリアへとやってきた3人は、路上の半グレをランダムに捕まえては訊ねる‘ローラー作戦’を開始。気楽に世間話が出来る奴も居れば、ヤンキー丸出しでメンチをきったり殴りかかってくる奴も居る。今尻尾を巻いた男は後者で、樹が声を掛けた相手としては通算7人目。拳を交えた相手としては4人目だ。
「みんな普通に教えてくれればケガしないで済むのに…何でケンカふっかけるんだろ…」
「カルシウム足りてないんじゃないかしら」
首を傾げる樹、‘絶対に自分がケガをする側ではない’という前提ありきのナチュラルな強者視点での疑問へ東は含み笑い。その足の陰から尾がシオシオと謝る。
「ごめんなさい樹…ご迷惑をおかけしているのです…」
「全然。俺こそ当たり引けなくてごめん」
「今7人目でしょ?次は当たるよ、8は縁起の良い数字なんだか───…」
ら。と東が言い切るのと、樹が人民帽を脱ぎ東の胸元に掲げるのと、その帽子にバスリとナイフが突き刺さるのは、同じタイミングだった。
東の喉がヒョッと鳴る。樹は路地の奥に視線をやった。居るのは先程逃げて行ったチンピラと、もう1人。仲間を連れて戻ってきたのか?ナイフを投げたのはどうやらさっきのチンピラらしい。武器も調達したのかなぁ…ていうか帽子に穴あいちゃった…。口をへの字に曲げる樹を‘帰ったら縫ってあげるから’と励まして、東は帽子からナイフを取り去りそのまま正面にブンッと放った。ブルズアイよろしく綺麗に額へ刺さり倒れ込むチンピラ。それに注意を引かれ脇見をした連れの男へ樹は一瞬で距離を詰め、足払いで転がし鳩尾にひと蹴り。肋が何本か折れた感触がして、男の服から刃物がいくつか落ちた。
「あっぶな!お前、なかなかイイ腕だね?」
尾を庇いながら近付いてきた東が死体へ軽く賛辞を送り、デコのナイフを引き抜いた。傷口からピュウと赤い噴水がコンマ数秒あがって尾の喉がヒョッと鳴る。樹は尾に穴あき帽子を被せて視界を隠した。
「こいつ、知らないって嘘だったのかな」
「どうかねぇ。どうなの?そのへん」
死体を見下ろす樹へ応え、東は転がる男に問い掛ける。我々こういうチームを探していマス、メンバーやアジトなどご存知でしたら教えていただけると幸いデス。こんな子を見掛けませんデシタカ?言いながら、すっかり綺麗になった揃いの服を着ている尾を示す。すると返ってきたのは素敵な答え。
───南の外れ。龍南樓の辺りの倉庫。
そこへ頻繁に集まっているとのこと。多謝とラフに礼を告げ、東は尾の手を取りスタスタ歩き出す。数メートル進んだところで…背後よりゴキンと鈍い音。おや?とまばたきをし振り返りかけた尾を、いつの間にやら隣に並んでいた樹が制した。いいから行こ行こ!と明るく促す東に尾も頷き再び前を向く。この街区で細やかなお片付けは不必要。
「8人目は縁起が良かったね、やっぱり」
シシッと笑う東へ‘なのですね’と樹が同意。樹がハイタッチの仕草をみせると尾はペチッと掌を重ね、‘ですね’と大きく首を縦に振った。
スマホをいじる樹に合わせ歩調を緩める東。十の所在が判明して逸りだす尾の気持ちを落ち着かせるように、違法建築の隙間からチラチラ覗く星空を指差す。晴夜。
「尾は知ってる星座ある?」
「お星様はあんまり知らないのです」
「じゃあ今度、みんなで望遠鏡で遊ぼっか。ヤマネコ座さん教えてあげる」
「ネコちゃんが居るのですか!」
「半魚人さんも居るよ。いや人じゃないか、半魚ヤギか」
「なんと!えっと、半魚さんを…十にも、教えてあげたいのです…」
「ん。教えてあげよーね」
フンフン息巻く尾に微笑む東。他愛もない星々の話をツラツラ語り、夜道をゆっくり目的地へ向かう───ちょっとした時間稼ぎ。東は樹へパチリとウインクし、樹は‘ネコちゃん’との微信画面を、パタリと閉じた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
月灯りの降る倉庫内。十はキャンバスを前にしゃがみこみ、絵筆をクルクル回す。
溜り場兼アトリエ、乱雑に置かれたソファやスツールでは半グレ共が何やら雑談をしていた。会話を耳に入れたり入れなかったりしながらパレットの絵の具を筆先にとる十。今回の贋作は若干骨が折れる…油絵は些か面倒なのだ。画用紙にガサガサとペンで描けるタイプの作品の方が楽でいい…まぁ、手間がかかるぶん金にもなるが。思いつつ帆布へ色を乗せる。
「どんくらいで完成すんだ?それ」
「黙ってろよ。気が散る」
マリファナの煙と共に吐き出された質問へ十は雑に返答。聞いてきた男は‘芸術家は怖ぇな’とゲラゲラ嗤う。
どんな生意気な口をきこうが、さして問題はなかった。結局こいつらは私の作品を売って金にしたいのだから。それに正直、諍いになって殺されたとて、もはやどうでもいい気すらしていた。
ん?そうなると別に贋作をつくる必要も無いのか?何となく惰性で生きてるだけなのだ、やめてしまってもいいのでは。よくわかんないや。十は回していた絵筆で勢い良く画面を叩いた。飛び散る極彩色。
このままポロックみたいにしちゃおうか。元絵と全く別物になるな、ウケる。また自由でカラフルな絵が描きたいな、前に広場の壁に描いたような…尾と一緒に…。
尾はどうしてるかな。あのあと、樹や東に会えたかな。私も【東風】に駆け込んだら良かったかな。いや、そんな世話はかけられないよな。
視界が滲んで自分の瞳が潤んでいるのに気付いた。欠伸のせいにして誤魔化せば、今度は尾の描いた‘欠伸をしているキンキラキンのネコ’を思い出してしまった。どう転んでも駄目だなぁ、もう。膝を抱える。
と。
「失礼しまぁーっす♪こちら換金お願いしに来ましたぁー♪」
扉の開く音。緊張感の無い台詞と声が、室内に響いた。
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