九龍懐古

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神韻縹渺

合体ロボと戦隊ヒーロー

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神韻縹渺10





【東風】店内に漂う鴛鴦茶ユンヨンチャーの薫り。ソファでカリカリと色鉛筆を動かしているウェイを横目に、イツキはスマホを耳に当てる。

「まぁ、やから…もしかしたらそこんチームかもせんな。シイちゃんのとこ」
「拠点とかわかる?」
「ピンポイントな建物はちょぉアレやけど、縄張りなら」

イツキが手間かけてごめんと謝れば、カムラは朝飯前だと笑う。

昨夜の連絡後、カムラ一晩ひとばんのうちにストリートから情報を集め折り返しの電話をくれた。元々もともとある程度材料が揃っていたのも大きい。偽札やイラスト、子供の人身売買。それらのデータへシイウェイが暮らしていたエリアなどを擦り合わせ目星をつける。すぐに、ここの所スラムでいくらか派手に動いてるチームへと行き着いた。金回りも良く目立っていたし、そもそも色々・・噂を聞いていたとカムラは語る。

「偽札は最近よぉ出回っとるから、それだけやったら特定は難しかってんけど。‘贋作’っちゅうんはなかなか無いやんな」

カムラの言葉に相槌を打つイツキ。ここは少し燈瑩トウエイに探ってもらったらしい、香港の古物商関係のルート。シイウェイの描いた作品が流れた先から逆に辿れないかと試みて、思いがけずぶつかった事実───贋作・・シイの名前が出てはいないが、しかし話の発生源は九龍スラム街のとある区域。そうなると…確定では無くとも確信には足りる。

イツキカムラに諸々の礼を告げ、携帯をたたむとウェイのキャンバスを覗いた。カラフルなイラストはアニメ風。大地ダイチがいつも観ているような、戦うロボットもの。イツキの眼差しに、ウェイは懸命に絵の概要説明を始める。

「えっと、ウェイは、夢を見たのです。ウェイシイはヒーローで、それで、合体して…変身して、えっと…ウェイシイマンになるのです。とっても強いロボットさんなのです。だから、みんなのことも…助けられ、る、のです…」

ペンが止まる。大きな瞳からポロポロ涙が落ちて、画用紙にじんわりとシミを作った。しばらうつむいたのちウェイは鉛筆を置き、テーブルに並べた木彫りのフィギュアをいじりだす。住処に置いていたコレクション。昨日、ウェイの服を洗濯した際、ポケットからコロコロ出てきた仲間達。ムキムキの半魚人を選び手に取っているのは、強そうなフォルムをしているからか。みんなを救うヒーロー。

みんなのことを助けるのは─────正直、手遅れだろう。さりとてそれを口に出すのは躊躇われて、イツキは黙り込んだ。

けれど。シイのことなら、まだ間に合うはず。

シイウェイと一緒に居たいんじゃないだろうか。大嫌いなんて言ったのは、突き放さなければウェイが追い掛けて来てしまうから。大好きだからこその選択。シイの優しさ。

ポツリポツリと考えを述べるイツキアズマおおむね同意しつつ、‘まぁ推測になっちゃうけどね’と頬杖。それはその通りだ。

全部、推測に過ぎない。本当のところはわからない。だけど。

「いいじゃん、推測でも。賭けてみようよ」
「あら?ギャンブラーな言い回しね?」

イツキ賭け・・を茶化すアズマのこれは、賛成。雰囲気が重くなり過ぎないようにする為の軽口。ウェイがグシグシと涙を袖で拭き顔をあげる。

「ギャンブラーなのですか」
「うん。勝つけどね」

BETベット、と言ってイツキは月餅をふたつウェイの前に置いた。ウェイはひとつの包みを開いてかじり、ひとつをポケットにしまう。シイのぶん。

「俺がシイの所に行ってくる」
「でも、えっと、悪い人が」
「大丈夫。俺…んーと…イツキマンだから」

グッと親指を立てるイツキシイはいくらか表情を明るくし、アズマは吹き出しそうになったのを唇を結んでこらえた。イツキは壁に掛かっている絵を指差す。青いキャンバス、空を飛ぶ小さな2人。ウェイシイマンなのですかと呟くウェイ、頷く四角いイツキマン。そこでアズマは、地面に突き刺さったデカい円柱が自分なのだと初めて気が付いた。だって本体メガネが描かれて無かったから───。

「えっと、イツキマンは強いのですか」
「うん」
「じゃあ、シイを助けてくれるのですか」
「うん。絶対」

イツキの返事にウェイはまた瞳を潤ませ、1度下を向くと何か考え込んだ。たっぷり悩んだ末に意を決した様子でイツキを見据えると、胸の前で両手を握り締めて叫ぶ。

「ウェ…ウェイも…ウェイも行くのです!い、一緒に行くのです!」

自分もシイに会いに行くと譲らない。イツキアズマをチラッと見た。アズマウェイの手の中の木彫り人形へ視線を下げ、それからイツキへ目配せをし口角を吊る。

「そうね。そしたら、アズマも行くのですよ」
「来てくれるのですか!?」
「アズマン、大丈夫なのですか?」
大丈夫それは保証出来ないなのですけど…」

バッと振り返るウェイの真似をしてイツキが尋ね、アズマは不安げに答えた。イツキマンに比べて恨めしい戦闘能力の低さ…というかアズマンとは…?
だが、手を貸さないなんていう選択肢は無いのだ。イツキ1人に充分任せておけるような気もするが───個人的に、この小さなアーティスト達を助けてやりたかった。アズマは黒縁の眼鏡に触れる。デッサン。スケッチブック。遠い日の思い出。

「俺とアズマウェイで行くので決まり?」
マオにゃんも参加してくんないかしら」
「‘アズマの護衛’ってことだよね。来るかな」
「待って、その言い方はマズい!100%ひゃくパー来てくれない!」

イツキの言い回しに両手の指をクロスさせるアズマ。チンピラ連中を相手にするのはイツキだけで事足りる、ウェイを守るのがアズマの役目…心許ないので救難信号…とすれば確かにアズマの護衛ということにもなる。

「‘おとこ’見せてこいよ。散りザマを酒のつまみくらいには語り継いでやるから」

電話を入れて手短に説明するアズマへ、マオが通話口でケタケタ笑う。散ることは決定してないでしょと膨れるアズマ。隣に居るらしき燈瑩トウエイが‘マオ行けばいいじゃん暇なんだから’と口を挟んだのが聞こえ、続けて何かが割れる音がした。いつもの攻防戦。アズマは天を仰ぐ。

「ちぇ、マオにゃんのケチんぼ。んじゃもし俺が死んだら藍漣アイランに‘1ミリでいいからこの先も、心に俺の為のスペースを残しておいて下さい’って伝えといてぇ」
「はぁ?図々しいメガネだな、場所取ってんじゃねーよ」
「1ミリならいいじゃない!俺だったらずっと引き摺るもんね!」
「テメェが引き摺んのはテメェの勝手だろ」

‘女々しさ押し付けんな’と吐き捨てるマオ。女々しいに何やら思うところがある様子の燈瑩トウエイがどことなく気まずそうに咳払いした。

「とにかく気が向いたらお手伝いヨロシク。マオにゃんもシイちゃんに懐かれてたんだし」

そのアズマの科白に、まぁなと短く返しもくする城主。‘マオはどうせ行くから平気だよ’と燈瑩トウエイが再び口を挟み、再度何かの割れる音。

シイのグループのアジトは特定しきれていないが縄張りにしている一角いっかくは把握済み。広くはないのでその辺りの半グレを適当に捕まえて聞いていけばいい。‘ローラー作戦’だ。

「場所わかったら連絡する」

後ろから投げられたイツキの言葉へマオは曖昧に返答。二言三言ふたことみこと交わして通話を切った。

マオも来てくれるのですか」
「うん」
「かなぁ?マオにゃん、俺の生死とかメッチャどうでもいいでしょ」
「うん。でも、燈瑩トウエイが‘マオはどうせ行く’って言ってたから」

燈瑩トウエイマオの評価を間違わない。それがマオからすればムカつくのだろうが。イツキげんアズマも納得し、‘俺の生死とかメッチャどうでもいい’に関しても肯定されたのは忘れることにして、ウェイの頭をクシャクシャ撫でた。
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