九龍懐古

カロン

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神韻縹渺

パズルとカラクリ

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神韻縹渺9





「来ないね、シイちゃんとウェイちゃん」

時計の針はオヤツどき。音を立てない【東風】入り口の扉を見やり、アズマが唇を尖らす。

来ないというより来なかった・・・。本当は昨日、レンの新作デザートを食べに来るはずだったのだ。用事が入ったか遊んでいるのか日付を間違えたか、なにがしかの理由があったのだろうと思ったが…今日も姿を見せないとなるといささか心配な気持ちが芽生える。2人は‘心配無用なのです’と言っていたものの手放しで納得できはしない…イツキもドアへと視線を向けた時、相変わらずの元気な挨拶と共にレンが飛び込んできた。

「お待たせしましたぁ!」

両手に新作デザート。昨日に引き続き、シイウェイの為にまた新しいものを届けに来たのだけれど───店内にはアズマイツキのみ。

「あれっ、ウェイちゃんとシイちゃんは居ないんギャウン!?」

クルリと首を回した吉娃娃チワワは、壁にデカデカと飾られたアバンギャルドな絵画に悲鳴。突如出現した巨大アートは何とも評価がしづらい筆致。巨匠イツキが得意気な顔をした。

「さっき完成したから飾った」

画伯イツキは張りのある声音で放つも、アズマは黙って天壇大仏さながらの表情。もはや何かを悟っている。

キャンバスの中は基本的に青系統で彩られていた。背景も青、人も青。人は飛んでいたり半分埋まっていたりする。目玉は大きい、そして小さい。歯は多い。手足は非常に細長いもしくは並外れて短い。そんなようなのが、画面に4人居た。飛ぶ小さい2人。角張った中くらいの1人。埋まった円柱型の大きい1人。しかし、どうも仲は良さそうに見える。どこがどう仲よさげに見えるのか問われたら解説のしようがないが、とにかく見える。Don't think, feel。李小龍ブルースはかく語りき。

──先生、こちらの絵のコンセプトは?
──友達。
──色使いのポイントは?
──涼し気な感じ。
──ずばりタイトルは?
──タイトルは…んー…。

天壇大仏アズマのインタビューへ口元に手を当て悩みだす大師匠イツキレンは怯えつつ、カサカサとデザートの袋をつつく。

薑汁撞奶ミルクプリンなので、あまり長持ちしないんですよね。シイちゃんとウェイちゃんがこなければお2人で召し上がって下さい」

言いながらポケットから出した香港ドル札の束をアズマに渡した。アズマはそれをピッと蛍光灯に透かす、偽札確認───うん。偽札だ。

「オッケオッケ。ってか、これだけ?もっと無いの?」
「いやけっこうあるじゃないですか」
「カジノの種銭としちゃあ超少ないわよ。薑汁撞奶プリンは期限今日まで?」
「ですね。また明日新品お届けしましゅ」

アズマレンの店に流れてきた偽札を闇カジノで両替・・し、レンはその手間賃としてデザートの代金をチャラにする、というのがなんとなくのサイクルになっていた。とはいえアズマはそこそこチップを増やして帰ってくるので結局お代をプラスしてレンに渡しているのだが。

「あ、俺今から広場行ってみるよ。薑汁撞奶プリン持って」

絵の題名を考えていたイツキが、消費期限の話を小耳に挟み提言。それだけではなくシイウェイは約束をすっぽかすような子達ではないのでどうしているのか──多少過保護なきらいもあったが──気になってもいた。

アズマレンに見送られ、【東風みせ】を後にし砦を走る。屋上に吹く風はここ数日の雨のせいで湿ってはいるものの肌に心地良い。雲の切れ間から陽が射していた。頭上を掠め飛び去るジャンボジェットは啟德機場カイタックくうこう行き、名物の香港カーブを急旋回。

辿り着いた広場に子供達の影は無かった。棲家すみかへ向かうイツキ、しかしこちらにも誰も居ない。伏匿匿かくれんぼでもしてるのか?いや、けれどそれならオニ・・の姿がその辺にあるはず。そういえばまだ老鷹捉小鶏おにごっこをやってあげていなかったな。違うか、點指兵兵ケイドロがいいのか。とりとめもなく考えつつ建物を回るも1人も見付からない。広場中央へ戻ったイツキは顎に手を当ていくらか悩み、ふと伏匿匿かくれんぼを思い返して背後のドラム缶の蓋を外した。

「見つけた」

イツキが上から声を掛けると、中で膝を抱えて丸まったウェイが顔をあげる。泣き腫らした顔。

「え、どうしたの?」

驚いたイツキウェイを抱きあげ、ドラム缶から引っ張り出した。地面に降ろすと再び膝を抱えてメソメソ泣き出してしまうウェイイツキも腰を落として控え目に問う。

「1人?みんなは?」
「…っ、い…居ないのです。もう、誰もっ…居ないのです…」

しゃくりあげながらウェイが答える。みんな居なくなった、シイも居なくなった。途切れ途切れに話すウェイの言葉をイツキは真剣に聞いた。

シイも…ウェイのことが、大嫌いだったのです。ウェイはいつも、みんなを…怒らせてしまうのですね…」

次から次へと溢れる涙でベショベショのウェイの頬を何度も指で拭いつつ、事態の把握に尽力するイツキウェイの説明は如何いかんせん要領を得ない部分もあるが、つまりこれは────。

「…【東風ウチ】、帰ろっか?とりあえず」

ここには誰も戻って来ない。嫌な確信。とにかく一旦いったん状況を整理する必要がある。ウェイを置いて行く訳には勿論もちろんいかないし、やつれた顔は食事も睡眠もとっていない様に見えた。
イツキの誘いにウェイは頷きヨロヨロ立ち上がる。覚束ない足元…イツキはしゃがんだまま自分の背中を指差した。遠慮がちに身体を預けてきたウェイを背負い、ゆっくり魔窟を【東風いえ】へと歩く。食べ物屋の前を通りがかる度にイツキは何か買うかとウェイへ訊ねたが、ウェイは大丈夫だと断るばかり。ならば着いたらアズマにお粥でも作ってもらおう…手早く出来るし胃にも優しい…家々からふんわり香る夕飯の匂いを嗅ぎつつ思案。デザートは既にある、とんぼ返りの薑汁撞奶ミルクプリン

出迎えたアズマはわずかに眉を動かすも、泥まみれのウェイへと着替えのシャツ──イツキの物だがウェイにはワンピースの長さ──を渡し‘シャワー浴びておいで’とうながした。服はお洗濯してあげると付け足せば、ウェイはありがとうなのですとペコペコ頭を下げる。
ウェイを待つ間に夕食の準備をするアズマへ、イツキはここまでの流れを解説。されどイツキにも不透明な部分はあった。鍋に入った米を掻き混ぜうなアズマ。そのうちウェイがシャワーを終えて出てきたので、ひとまず食卓を囲むことにした。メニューはお肉や野菜たっぷりの生滾粥サングァンジョッ炸鬼あげパンも忘れずに。





ウェイちゃん、寝た?」
「うん」

寝室を覗き込むアズマに答え、イツキは口元へ人差し指を立てる。ベッドでスヤスヤ眠るウェイから静かに離れてキッチンへ。アズマが差し出した普洱茶ポーレイチャを受け取りひと口すする。

あまり箸が進まない様子のウェイだったがどうにかお粥と薑汁撞奶プリンを食べてくれ、お腹が膨れると少し安心したのか、イツキが貸した寝床でコトリと眠ってしまった。カタカタ揺れる換気扇の下、アズマが灰皿のフチを煙草で叩く。

「じゃあ一昨日おとといの夜の時点でみんな居なかったってことだ」
「みたい。シイも、その時にどっか行っちゃったって」
「どっか…どっかねぇ。子供達は多分まぁ…連れてかれた・・・・・・んだろうけど。シイちゃんは違いそうね」

連れて行かれた、というのは売られた・・・・を濁しただけ。イツキは返答せずに、難しい顔で帽子を脱いだ。被った。また脱いで、また被った。ひたすらパサパサやっている。スラムで人攫いはよくある出来事とはいえ、被害に遭ったのは一緒に遊んだこともあれば住処にもお邪魔したことのある子供達だ…アズマも無言で灰を落とす。煙草が燃え尽きる頃、イツキがふと疑問を口にした。

シイはさ。ウェイのことを、わざと突き放したんじゃないのかな」

シイウェイを本気で嫌っていた、とは思えない。止むを得ない事情があったと考えるのは希望的観測だろうか。

「そうかもね。ちょっと、不自然だったし…あの子達の暮らしぶりも」

調べてみたら何かわかるかもと微笑むアズマ


───あの子達、よく今までやってこられたなって。


燈瑩トウエイが言っていた科白せりふ

一《ひと》区画だけ良かった治安、出回る偽札、2人のえがいたイラストと仕事・・、去っていったシイ、今までやってこられたカラクリ。
ひとつひとつパズルのピースを集めつつ、イツキは、カムラをコールした。
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