九龍懐古

カロン

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神韻縹渺

拝謝と胸懐

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神韻縹渺6





「けっこう勝ったね」

【東風】店内、カジノで勝ち逃げし入手した香港ドルを計数機さながらのスピードで弾くアズマを見やりイツキが呟く。眼鏡は口角を上げてあくどい表情。

「当然、当然。ワタクシに啤牌トランプでの負けはあり得ませんよ」
イカサマ・・・・啤牌トランプな」
「それも含めて技術ですから!闇カジむこうだって違法でしょ!」

マオのツッコミへ即座に反論する詐欺師。ついでにいえば種銭はレンから流れてきた偽札である、グルグル回る裏社会の洗濯機・・・

それにしてもこの男、紙幣を数えるのがまぁデタラメに速い。もはや一種いっしゅの手品のようなパフォーマンスにシイウェイも釘付け。何百枚もあった紙をものの数分で全て確認して束にし終えると、ピッとマオに渡した。

「釣りはいらないぜ?」
「ツケじゃねぇか、そもそも。利子とったら足出んぞ」
「ゴメンナサイチョウシニノリマシタ」

即座に利息計算を始める閻魔へ詐欺師はすぐさま平謝り。シイウェイが‘ノリマシタ!’と真似して口を揃える。

「ところでよ。お前らがくれた絵の礼はどーしたらいいんだ?」

札束をふところに仕舞いかけたマオが、ふと手を止めてオチビちゃん達に問う。回収したばかりの金をいくらかお代・・として分け与えようとし…迷っている様子。何となく現金を──しかも生身で──握らせるのは躊躇われるようだ。
確かに絵面が何とも言えないな…考えつつ頬杖をつくイツキは、お菓子とか買ってあげればと提案。

「菓子はおめーがいつも買ってるだろ」
「じゃあ食材」
「料理すんのかこいつら?」
「家に簡易コンロはある」
「あそぉ、じゃ街市いちば行く?レンのとこで飯頼んだほうがはえぇか」
「いいのです!なにもいらないのです!」
「そうなのです!シイウェイが描きたくて描いたのです!」

会話へ慌てて割り込むアーティスト達。マオに近寄り両手と頭をフルフルさせ、いらない!いらない!と繰り返す。マオ一旦いったん金を着物の胸元に入れ、騒ぐ2人の髪をワシャワシャ撫でた。

「駄目だ。なんかしら礼はする」
「でも…申し訳ないのです…」
「お礼が欲しかったのではないのです…」

モニュモニュと口籠るシイウェイを見て、フッと表情を崩すマオ

「そりゃわかってるって。やりたくてやってくれたんだろ」

やおらにんで、2人の頭をもう1度優しく撫でる。アズマが小さく‘えっそんな顔することあるの’と言った。

「俺も、してぇからやるんだよ。おめーらと同じっつうこと。だから受け取れ、な?」

何がいいか考えとくとのマオげんに、わかったと了承する2人。だが、次いだ‘欲しいもんあったら教えろ’の台詞にまた悩みだす。

「欲しいもの…うーん、欲しいもの…シイは無いのです…」
ウェイも無いのです…シイが居てくれたらいいのです…」

ブツブツ悩みながら手を握り合う可愛らしい芸術家。再び表情を崩すマオを見て、アズマは‘ずっとあのカオしててくれたらマオにゃんも可愛くていいのにねぇ’とイツキへ耳打ちし、それが絶対本人に聞こえているとわかっていたイツキは、アズマが後で可愛い・・・閻魔にボコボコにされないことをうっすら祈った。





夕方近く。土産の木彫り人形──本日のラインナップは宇宙人に河童そしてミミック──も出来上がり食肆レストランからのテイクアウェイも届いた頃、シイウェイは帰り支度を整える。夜になる前に棲家へと戻り、他の仲間へオヤツを分けるのだと上機嫌。スイーツを渡しながら、年長の2人が居ないあいだの子供達を心配する素振りのレンシイウェイはニコニコ笑う。

「大丈夫です、みんなしっかり者なのです」
「お家には悪い人も来ないのですよ、心配ご無用なのです」

えっへんと腰に手を当てる2人を見やりイツキは思案。どうしてか、あの辺り───スラムにしては治安が良い。そこかしこで抗争が頻繁し死体が転がる街区であるのに、シイウェイのグループは半グレ連中とも人拐い集団とも遭遇せず、安穏なものだ。平均年齢がずば抜けて低いにもかかわらず。

「今週はお絵描きを売りに行く予定がいくつもあるのです。このオヤツを持ってお出掛けするのです」
「あれ、じゃあもっと日持ちしそうなやつがよかったでしゅかね?」
「大丈夫なのです!イツキがくれた曲奇クッキーもあるのです!」

シイの発言へ首を傾げる吉娃娃チワワをすかさずウェイがフォローし、たどたどしく説明を加える。

「えっと、行くのはシイだけなのですよ。ウェイも行くのはたまになのです。えっと、ウェイのお絵描きより、シイのお絵描きのほうがたくさんお金になるので。ウェイはお家をけいび・・・する係なのです、だからオヤツは1人分でいいのです」

ウェイは唇を軽く内側に巻き込む。この前にも見た素振り、そうイツキが思うそばからウェイはポツリとこぼす。

シイは、すごいのです。ウェイも、シイのように…すごくなりたいのです…」

滲み出る、わずかな‘悔しさ’。もっと力になりたい。みんなを助けたい。口に出さずとも伝わるウェイの想いを感じたシイは薄く唇を開き───しかしまた閉じて何か言葉を飲み込んだ。それから目を伏せ、すぐに上げ、朗らかな笑顔を作る。

ウェイはとてもすごいのですよ。シイウェイの絵が大好きなのです」

その科白せりふウェイは照れて身体を縮こませ、シイのほうがすごいのですと答える。シイが再度、ウェイのほうがすごいと返した。そのまま褒め合いのラリーになり、シイのほうがすごい!ウェイのほうがすごい!と争っている。平和なシビル・ウォー。視線を交互に動かしていたイツキが‘両方すごいよ’と発すると、2人はイツキへ顔を向けニパッと笑った。

「「ありがとうなのです!」」

弾んだ声がピッタリ重なる。





───裏腹に。重なった2人のてのひらにこもる力は、少しだけ、異なっていた。
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