九龍懐古

神韻縹渺

バケネコとボム

神韻縹渺４





「ふぅん、随分オチビちゃん達じゃない」

腰に手を当て見下ろす彗スイ。見上げるオチビちゃん達は、十シイなのです！尾ウェイなのです！と名を名乗る。

「十シイと尾ウェイ？また彗スイと似てるわね」
「‘また’なのですか？」
「寧ネイも居るからさ」
「なんと！お揃いなのです！」

ホワホワした雰囲気を振り撒く２人、お揃い発言に彗スイはクスッと燈瑩トウエイを見た。燈瑩トウエイは数秒呆ほうけて、思案。

ん？俺もカブってるのか？イ・で終わる名前の仲間、いや、何ならウエイ・・・は丸カブりだな。そんなような事を考えていたら樹イツキがボソッと‘トーウェイ’？と上がり気味に呟いたので、燈瑩トーウェイは吹き出して咳き込んだ。‘なんかパリピじゃん’と匠タクミが追い討ち。


昨日の約束通りにニュー秘密基地──その名も【東風】──へ集合した十シイと尾ウェイ、そこへ例のごとく入れ代わり立ち代わりやって来るいつメン・・・・。本日は彗スイと匠タクミが増えていた。トテトテ挨拶して回ったりサカサカお絵描きをしたりするオチビちゃん達を猫マオは目で追い、看板‘託児所’にかえたほうがいいんじゃねぇかと嗤わらう。

木彫りのモンスターを量産する東アズマは楽しそうだ。十シイと尾ウェイの作品づくりをどこか懐かしげに見守っている。

───昔の友達が、すごく絵が上手だった…って言ってたっけ。以前に聞いた思い出話を記憶に浮かべる樹イツキ。東アズマ、今でも絵とか好きなのかな？何か描いてあげようかな？大きくて【東風みせ】の壁にでも飾れるような…。
画伯イツキの決意を感じ取りバッと振り返る東アズマ。イイ顔で頷く巨匠イツキに、猫マオは看板‘ＭｏＭＡ’にかえてもいいんじゃねぇかと嗤わらう。

「ところでこれは猫マオなわけぇ？バケネコってこと？」

画用紙に向かう尾ウェイを彗スイが覗き込む。現在尾ウェイが猫マオの似顔絵を鋭意制作中、十シイがどちらかといえばリアリスティックな技法を用いるのに対し、尾ウェイはロマンチックな表現が得意な様子。‘ネコちゃんは可愛いのです！’との２人の言げんに、連日モチーフにされている城主は無言でココアシガレットを噛み砕く。副流煙への配慮。

カウンタースツールで同様に煙草をポリポリ噛んでいた──こちらは抹茶味です。オレンジ味もあるよ──匠タクミが、一風いっぷう変わった動作で指の間から猫マオを覗いた。印でも結んだように見えた…声を飛ばす樹イツキ。

「なに今の」
「狐の窓。こーやると、人に化けてる妖怪がわかんの」

日本の迷信みたいなやつ！ワンチャン幽霊とかもイケるのかもな？とケラケラ笑う匠タクミの横で、スツールによじ登った十シイが頭を出して窓・の向こうを確認。

「見えたのですか！？」
「んー、見えないな。猫マオにゃんは化け猫じゃなかったみたい」

他の人も見てみるかとの匠タクミの言葉へ頷く十シイ、一生懸命に印を練習。眺めていた樹イツキも印を組み出した…どうやら‘ワンチャン幽霊も見える’を拾い、曰いわく付きのノートパソコンやギターを覗こうと試みている。その隣でヒッソリと真似するも自分自身は覗けずに困った様子の燈瑩トウエイ、堂々と印を掲げて四方八方を見回す彗スイ。店内は途端に奇妙な雰囲気に包まれた。怯えていた東アズマも、意を決して、棚に飾ってあった黒縁眼鏡を恐る恐る薄目で指間からチラ見。謎めいた空間に取り残された猫マオは、スンとした表情でココアシガレットをバリバリいった。
なんとか見様見真似の印を作り、そっと窓に片目をあてる十シイ。すると───画角いっぱいに広がる尾ウェイの顔。

「ばぁ！」
「わぁ！ビックリしたのです！」

驚いて、組んでいた指をほどく十シイ。その手をギュッと尾ウェイが握る。

「十シイには尾ウェイがいるのですよ」

屈託のない尾ウェイの笑顔に十シイも笑えんで、ギュッと手を握り返す。ニコニコとじゃれ合う小さなアーティスト達。

それを見詰める燈瑩トウエイの眼差しが、穏やかではあるもののなんだかいつもと違う気がして樹イツキは声を潜めた。

「どうしたの」
「ん？いや…あの子たち、よく今までやってこられたなって…」

同じく潜められた声での返答。樹イツキは２人に視線を戻す。

それは、そうだ。特段大人びているわけでもない──むしろ年齢より印象が幼い──子供。この無法地帯で、あの年頃の少年少女が単身生き延びる事は難しい。皆で身を寄せ合ったとて限界がある…反対に、人数が増えてしまうと全員の食い扶持をどうにかするのに問題が生じることも多々。特に、十シイと尾ウェイのグループは彼女達より年下のメンバーばかり。描えがいた作品を販売するだけで生活費を賄うのはなかなか大変だろうし───治安の面もしかり。人身売買や臓器売買はスラムで最もポピュラーな商売のひとつなのだから。

運が良かった。で、片付けられる話では無い気もする。するが…じゃあカラクリは何だと問われてもわからない。

「樹イツキ！一緒に色を塗りましょう！」
「猫マオをキンキラキンにするのです！」

両腕にしがみついてくる十シイと尾ウェイに樹イツキは思考を中断、スケッチブックに目を向ける。尾ウェイが描えがいた猫マオは漫画チックにデフォルメをされていてとても可愛らしい。着物を纏い気怠げに欠伸をするネコ、口にはココアシガレットをくわえていた。

これは…絵自体には俺が手を付けるのは良くないな。後ろを塗るか…。そう思い、樹イツキは黄金こがね色のマーカーでいきなり余白をビィッといった。大胆。そのまま迷いなく背景へガスガスとインクをぶち撒ける前衛的なボマー。鮮やかに明るく染まっていくキャンバスに、小さなアーティスト達はまたニコニコと歓声をあげた。