九龍懐古

カロン

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両鳳連飛

不撓と誰が為・後

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両鳳連飛16





「え?今から?」
「せっ、せやねん、すまんっ!俺が、油断、しとった!」

【東風】店内。急な展開に驚くイツキへ電話口のカムラはゼェゼェ言いながら謝る。どうやら走っている様子。

話によると。カムラは、例の会合は来週との説を聞いており…インもそんな素振りを見せていたのでこの週末はノーマークだった。が───それはフェイク、襲撃やトラブル回避の為、あえて流されていた誤情報。
本当の日付は今日。インの素振りもブラフ…皆が知ってしまえば手助けに来るのがわかっていたからだ。いつも通りに諜報活動がてらストリートを徘徊していたカムラは、街の微細な動きにいち早く勘付きインの周りを巡る噂を辿って関連性を確認。四方八方を探って現場の特定まで至った。

「龍鳳楼、とこの、ビルやって、集まるん。あっこ、だいぶ前っ、から、使われ、てへんねん」

中流階級側の富裕層地域寄り。襲撃事件よりこっち、なるべく中流階級エリア内に留まることにしていたのが幸いしかなり近くに居たカムラは、そのまま指定場所へと急いで向かうことにしたらしい。
龍鳳楼か…【東風ここ】からだと若干遠いが…わかったと答え、頭の中で道順ルートを考えるイツキ

「なるべく早く行く。でもカムラ平気なの?」
「平気かちゅー、たら、駄目やろけど。やけど、俺が、いっちゃんよ着けるっ、し」

あがりきった息。喧嘩だって強くない。到着したところでしになるのかはカムラ自身もはなはだ疑問ではあったが────それでも、力強く言った。

「俺も…信じたい、ねんな。護りたいって、想ったんは、嘘やないし…無駄やなかった、って。やから」

耳にしたイツキは、再び、拳を握り締める。

インと話したあの時。自嘲するインへ、宝珠ホウジュを護りたい気持ちは打算的なものではないはずだと伝えた時。イツキシュウを思い出していたようにカムラもまた───カズラを思い出していたのだ。

了解と頷き立ち上がったイツキは、携帯を畳み帽子をかぶる。上着を羽織り玄関を出て行く背中へアズマが声を掛けた。

食肆レストランで色々作って待っとくから。みんな・・・で帰っておいで」

その言葉にサムズアップしつつ入り口の扉をくぐり、軽く数回屈伸をすると地を蹴って一気いっきに加速。看板や室外機、水道管を足掛かりにトントン壁面を登り屋上へ。エリアを跨いだ移動であれば基本的に、迷路よろしく入り組んだ下道したを抜けるよりも障害物のない屋上うえを走ったほうが早い。イツキはもう1度屈伸をして帽子をかぶり直す。足裏に力を込め、靴底を鳴らすと、九龍の重たく湿った空気を裂いて高く飛んだ。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「これ、絶対そうだったってば」

スマホの微信チャット、‘送信取消’の文字をメンバーに突き付け真剣な顔をする大地ダイチスイは眉根を寄せた。

「じゃあ何?誰かが今からそこ殴り込むってこと?」
「だよ!カムライツキと送り間違えたみたい」

城砦壁際。イン宝珠ホウジュの自宅。

インが出掛けてしまって暇を持て余していた宝珠ホウジュスイが連絡、今回はこちらのお宅訪問をする運びに。
ダーツをしたりレン持参のスイーツを食べたりとワイワイやっていたが、大地ダイチに届いた微信チャットによりムードは一変いっぺん。文章は一瞬いっしゅんだけ表示されすぐ消えてしまったものの、記載されていた地名とやけにパニクった感じの文面から推測するに…どうも仲間うちの人間がこれからその場所へ乗り込む模様。誰が誰を相手にカチコムのか各々おのおの予想をたてる中で───レンがこわごわ口を開く。

「もしかして…インしゃんでは…?」

全員の注目を浴びオロオロする吉娃娃チワワは、先日マオに連れられイン一席いっせきもうけた夜のことをつっかえつっかえ説明。初耳な宝珠ホウジュ、及び大地ダイチネイが目を見開き、ピンクカジノの件と照らし合わせてある程度の話が繋がったスイは気怠げに首を回した。

「えっと…じゃあ、インさんは…その人達の所に行ったということですか…?」
「と思います。数が多いから、んー、危ない・・・って師範は言ってたんでしゅけど」

おずおずと尋ねるネイへ、‘死ぬぜ’と口にしていたとは言えずオブラートに包んで濁すレン。ハッと何かを思い付いた様相の宝珠ホウジュが慌てて押し入れを漁りにいく。ガサゴソガサゴソやったのち、青ざめた顔で唇を震わせた。

「無い…兄様あにさまの、双剣…」

普段腰に下げている物とは違う───特別な1対が持ち出されていた。インがそれを使うのは大切な場面でのみ、ひいては、大きな仕事をするときだけだ。

決着ケリをつける気か。

眉尻を下げ膝をついたままの宝珠ホウジュレンしばらく小さな後ろ姿を成すすべ無く眺めていたが…ふいに決意を固めた様子で近付くとその肩を掴み振り向かせた。

「行きましょう、僕達も」


思いがけない発言。


見ていたスイの口角が上がる。こいつ、いつもキャンキャン鳴いてるだけの吉娃娃チワワの癖に…やるときゃぁやるじゃん…?ニヤリとすると人差し指を立てた。

アンタ、ウチらに話しただけでもマオに怒られそーなのに焚き付けちゃっていいわけぇ?」
「そっ、そんなのはいいんです!怒られればいいんですよ!行きましょう宝珠ホウジュちゃん」

説教などは食らえばいいのだ。やりたければやってしまえ、小言は後々のちのちの自分に散々聞いてもらおう。レンの返答にスイはケラケラ笑って腰を上げたが、宝珠ホウジュはいかんせん、固まったまま瞼を伏せた。

「でも…私が行っても、邪魔になるから…」

服の裾を握りボソボソこぼす。

兄様あにさまが話さないなら、‘来るな’、ってことでしょう。私は…帰りを待ってたらいいの…いつも通り、に」

平然を装って発したつもりが、語尾が揺れてしまった。いつも通り・・・・・、とはいかない自分が胸中で暴れていた。

────正直に願いを吐露すれば。護られてばかりではないと…私も兄様あにさまを護りたい、護れるのだと…力になれると、証明したい。この九龍まちの暮らしで芽生えたそんな想いが、心を動かしていた。

スイ宝珠ホウジュに歩み寄る。傍にしゃがみ込み、その両頬に指を添えて、ひたいひたいをくっつけ瞳を見詰めた。宝珠ホウジュスイの瞳を見返す。瞬間、スイの頭がパッと後ろに振れ、そして。


ゴンッ。


「────っ痛ぁぁあ!?」

不意打ちの頭突き、クリティカル・ヒット。叫んだ宝珠ホウジュがデコを両手で押さえ丸まった。かましたスイはハンッと鼻を鳴らす。

「ウっジウジやってんじゃないわよ。宝珠アンタはどうしたいの?インのとこ行きたいの?」

仁王立ちになり、腕組みして宝珠ホウジュを見下ろした。宝珠ホウジュは潤んだ目でスイを見上げ、逡巡し、か細く発する。

「…行きたい…」
「行くよ!だったら!」

不敵に笑ったスイが伸ばしてきた腕を、キュッと唇を結んだ宝珠ホウジュが掴んだ。立ち上がって視線を合わせ頷く。鍵!とのスイの指示にレン食肆レストランの鍵を出し、スイはそれを大地ダイチほうる。

大地アンタネイ連れて食肆レストラン行っといて。留守番任せたわよ。カノジョ・・・・食肆みせ、しっかり守んなさい」

何も気付かず‘オッケー!’と親指を上げる大地ダイチの横で、ネイが頭から湯気をのぼらせる。鈍チンなカレシ・・・
食肆レストランへと向かう2人を見送り、スイ宝珠ホウジュ、プラス吉娃娃チワワは、城砦の路地裏を足早に駆け出した。















「で?オメェはなにしてんだ」

【宵城】最上階、渋面じゅうめんマオへカウチで仰向けに体を伸ばす燈瑩トウエイが首をむける。このヤクザ…相変わらずどうでもいい理由をつけて部屋へと来訪、まったりしだしては動かない。

「なにって、のんびりしてる」
「暇なら参戦してこい」
イツキが行ってるじゃん」

だから俺は欠席・・して平気だよとカムラのメールを読みつつニコニコ煙草をふかす燈瑩トウエイに、マオは射殺せそうなほどのガンを飛ばす。‘怖ぁ’と肩を竦める燈瑩トウエイ、絶対微塵みじんも思っていない。ゴロリと寝返りをうってマオへ向き直った。

「ほんとはマオも行きたいくせに」
「あぁ?アホぬかせ。んな訳ねーだろ」

舌打ちしつつ答えてパイプに火をいれるマオ、ユルユル流れる白煙が部屋を満たしていく。燈瑩トウエイも黙って紙巻きを吸い込んだ。2本3本と燃え尽きる間に、マオもパイプの灰を捨ててまた新しい葉を詰め直す。そよぐぬるい風が、開け放たれた窓を抜け頬を撫でた。
そうして特に会話も無くだいぶ経ってから、マオは溜め息と共に呆れた声をしぼる。

「いつまでダラダラすんだ」
「あとちょっと、【宵城みせ】の開店時間まで。それくらいに丁度大地ダイチ食肆レストラン着くみたい。微信チャットきてた」
「なら今から食肆そっち向かっときゃいいだろが」
「だってマオでしょ?」

垂れ目のはじを下げて、ゆるく微笑む。とは…もちろん言葉通りの意味ではない。マオ燈瑩トウエイを見た。


────本当に、燈瑩コイツは。こういうところがムカつくのだ。


「好きにしろよ」

ぶっきらぼうに吐き捨てたマオの口元がほころんでいるのを認め、燈瑩トウエイは‘それまで何か呑んじゃおっか’と更に目尻を下げてマオを誘う。

「あっそぉ。じゃマッカランのMデキャンタ開けようぜ」
「えっ?けっこうヤバいの選んでくるね」
「オーダーする奴いねんだわ、うめぇのに。これ伝票な」
「味じゃなくて値段の問題だからじゃない…うわ請求額エグっ」

大した事ねーだろとケタケタわらマオに大した事あるよと返しつつ燈瑩トウエイも笑い、‘売り上げソラに乗っけといて’とリクエスト。そろそろホールに飾るソラのパネルを作るかと思いながら、マオはボトルを取り出し、勢いよく栓を抜いた。
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