九龍懐古

カロン

文字の大きさ
上 下
332 / 431
両鳳連飛

不撓と誰が為・前

しおりを挟む
両鳳連飛15





晴天。湿度は高め。猫の部屋たまりばでゴロゴロ転がり、九龍のベタつく風を浴びつつ露台から見える雲を数えるイツキは小さく‘あっ’と呟く。マオが売り上げ伝票から目線を移した。

「んだよ」
老虎ラオフー熊猫曲奇パンダクッキーめちゃくちゃこぼした。このメーカーのやつ、すごいホロホロする」

かじっただけなのにと絨毯を見詰めるイツキ老虎ラオフーはやめろとこれ以上無く嫌そうな表情のマオ食肆レストラン行って食えと提言。イツキは‘料理の下準備終わったら呼んでくれるってアズマが言ってた’と返し、こころなしか慎重に2つ目を口へ運ぶ。合法に働く違法な薬師。

話し合いから幾日か経ち、くだんの半グレ共は相も変わらず裏社会での資金繰りや資金洗浄に精を出していたが───どうも近々、そのあたりのマフィア連中が一堂いちどうかいする寄り合いがあるとの噂が入った。
インは無論出席するらしい。出席してどうするのかはわからない。

「でも、上手く話しつけてくるって」
「あっそぉ」

老虎ラオフーをパタパタ払いながら呟くイツキへ、マオは生返事。‘んな訳ねぇだろ’と顔に書いてあるのがさすがにイツキにも認められた。

「上手くいかないかな?」
「イカせる気がねぇよ、イン自身に。自分が火種になってると思ってっからなアイツは…全員って始末つける気だろ。‘斬り結ぶしかあるまい’とか物騒なこと口走ってたじゃねーか」

白煙を吹くマオの横顔を見やり、イツキは3つ目の熊猫パンダにトライ。かじったらまたホロホロと盛大にこぼれた。欠片を全て受け止めてくれる、心優しき老虎ラオフー。虎って、熊猫パンダを食べるのか?虎の好物はなんだっけ。いのししだっけ。でも熊猫パンダだって、もともと肉食だもんな…人間も食べちゃうし…。

閑話休題、イン一件いっけん

大陸方面から来た金融関係の問題自体は別にしても、派生した九龍での殺人や誘拐事件では確実に飛び火している。暗殺者として名が売れてしまってる以上、インが向こうを放っておいても向こうがインを放っておかないのだ。インは、自分が居る限りイザコザは収まらず、そして新たなトラブルも生んでしまうと考えている。

「【十剣客】ってみんな死んだって思われてたんじゃないんだ」
「ヌケたんだろ、どっかから。まずアイツが隠してたのかも知らねぇし」
「死んだフリ作戦がバレたってこと?」
「作戦だったわけじゃねぇっつの」

そういうつもりではなかったと半目はんめで返すマオイツキはふぅんと首をひねる。何はともあれ上手く話をつける、などというのは方便で────インは相討ち上等だと思っている、ということ。

「‘穏便に済ませる’みたいに言ってたのに」
おまえにはそーだろ。俺ぁ、その前にも‘全員ほふる’つったの聞いてっから」
「なんで俺にそう言ったのかな」
「眼力じゃね?」

看護師ナースこえぇもんよと喉を鳴らすマオ、再度老虎ラオフーをパタパタ払うイツキを後で掃除機かけるからほっとけと制す。面倒見の良い城主。イツキ老虎ラオフーのフサフサした長い髭をいじり、思案。

イン、1人で行くよね」
「だろ。心配なら饅頭に念押しとけ、会合のネタ入ったらすぐ流してくれって」

そしたら手ぇ貸してやれんだろとてのひらを振るマオは、我関せずといった具合。イツキが小首を更に捻った。

マオは行かないの」
「行かねぇ」

やはりどことなく、わだかまりがあるのだろうか。けれどこの男はそんなことを気にするタチではないはずだ。理由がわからずどんどん首をあらぬ方向へ傾けるイツキに‘殭屍キョンシーかお前’とストップをかけ、マオは煙と言葉を吐く。

「俺に助けられるほど弱くねぇからだよ」

【黃刀】の問題でやいばをぶつけた時。互いの剣客としての力を、互いに、認めた。だからこそ‘助ける’なんて発想は産まれない───プライドの問題だ。認めているから手出しはしない。

「‘舐めてんのか’っつー話になんだろ。ま、あいつはそうは言わねぇだろうけど…」

その台詞に、そういうものかとあからさまに悩みながら曲奇クッキーを頬張るイツキ。詰め込み過ぎて膨らんでいく頬。ショモショモしている姿にマオはフッと笑って、俺ら・・がそうなだけだと肩を揺らした。

おまえは行きたきゃ行ったらいいじゃねーか。お兄ちゃん同士でな?」

力んなってやれと口角をあげる。イツキは頷いてモゴモゴ何事か発したが、眉根を寄せたマオに、わっかんねぇよと一蹴いっしゅうされた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「で、カムラに頼んどいたわけね」
「うん。そしたら‘来週あたりじゃないか’って。日付わかったら教えてくれるみたい」

営業を終えた食肆レストラン。掃除が済んで茶を啜るアズマに、まかないから夕飯、及びデザートに至るまでを胃袋へ収めたイツキがお土産の蝦醬炒飯をつまみつつ答える。ツブツブ振りかけられた薫り高い蝦子。

インさん、‘自分の命ひとつで決まりがつくなら低廉ていれんなものだ’なんて…冗談だよ、って笑ってましたけど…」

シオシオと耳と尻尾をふせるレンマオインの話し合いの場に居合わせた際、穏便とは云い難い空気を感じたと。イツキはアクセントで混ぜ込まれている鹹魚ハムユイをモキュモキュ噛みながら視線を下げ、右手のスプーンを見た。曲がった鏡面に反射するウニャリと引き伸ばされた自分の顔。

───インの気持ちもわかる。周囲を巻き込みたくない、1人でカタをつける、こちらのことは気にしないでくれ。似たような状況になったら俺もそう言うだろう…というか俺だけじゃなくて、アズマだってマオだって誰だって、俺達は皆そう言う気がする。思いつつスプーンをかたむければ映り込んだ顔の左半分だけが伸びた。
けれど、言われた方は駄目なのだ。‘わかりました’とは絶対にならない。これも俺だけじゃなくて俺達は皆そうな気がする。スプーンを反対側にかたむけると今度は顔の右半分が伸びた。

ひずんでいるこの街で。ゆがんだこの九龍で。いびつだとしても、皆───大切にしたいモノがある。

「大丈夫でしゅかね?インしゃん、その…もう戻って来ないつもり…とかでは」

あの科白せりふは冗談などではなかったのではないかと塞ぎ込むレンへ、スプーンから視線を外し顔を上げたイツキが答えた。

「大丈夫。俺が、させないから」

意志のこもった強い声音。コクリと顎を引くレンアズマが‘頼もしいね’と笑った。

そして数日。何事もなく過ぎるかと思われた週末の午下─────



唐突に、イツキの携帯に着信が入る。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...