九龍懐古

カロン

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両鳳連飛

冀望と心緒・前

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両鳳連飛12





「だからぁ、スイは別にアニメとか好きなわけじゃなくて可愛いのが好きなだけだってば」
天仔てんちゃんとか?」
「そ!でも痩せてるほうは微妙ね」
天仔てんちゃんはポッチャリ派なの?カムラさんのポッチャリは駄目なのに」
カムラはマスコットキャラじゃないでしょ!宝珠アンタマオタクミがいいってゆってたじゃん」
「ふふっ」

とある午後、かしましくお喋りしながら小路を進む女子───インが出掛けてしまい暇そうにしていた宝珠ホウジュと、それを誘ったスイだ。今日も今日とて食肆たまりばでランチの予定、特に他のメンバーに声を掛けてはいないが何も言わずとも勝手に集まってくるだろう。ビバ九龍城ライフ。
ここのところインはあまり食肆レストランへ顔を出さず宝珠ホウジュは独り手持ち無沙汰に過ごしていることが多い。理由を尋ねるスイへトーンを落とす。

兄様あにさまは最近忙しいみたい。お仕事…の、関係で」

‘仕事’という単語を控え目に発する。

これまでインの仕事は様々な人物の暗殺が主だった。宝珠ホウジュへ細かに内容を伝えはしないものの、‘耳にしてないからわからない’などと言えるほど彼女とて子供ではない。

「でも兄様あにさま、‘もう昔みたいにはしない’って言ってたから…マオさんとの事があってからは。だからね、あんまり心配し過ぎないようにしてるんだ」

【十剣客】が解散したのちインはそういった稼業から手を引き、のんびりとした日々を暮らしていたという。イン一悶着ひともんちゃくあった割に宝珠ホウジュの‘タイプな人’へとマオが名を連ねたのはそこにも理由があったようで、【十剣客】の壊滅は宝珠ホウジュにとって正直喜ばしく、偶然ではあるがきっかけを作ったマオを気に入っているのだとスイはちらほら聞いていた。‘斬った斬られたはお互い様だもん’とインと同じ台詞で悪戯な表情の宝珠ホウジュマオがつけた傷も実際は非常に軽症だった様子。
そーゆーとこが、余裕・・!って感じで腹立つのよね…あの猫目ネコめスイはへの字口を作る。

兄様あにさまが自分のお仕事を心良こころよく思ってなかったのは知ってるの。けど…私、お手伝い出来ることもなくて…いつもお茶を淹れて兄様あにさまの帰りを待ってて」

瞼を伏せポツポツと宝珠ホウジュは語る。山間の雪深い地域に住んでいた頃の話。漢方の勉強をして、身体が温まる飲み物を用意して…私も病気がちだしそれくらいしか役に立てなかったしと眉を下げた。雪かぁ、とこぼしたスイ科白せりふを拾いポンと手を叩く。

「香港はいつも暖かいよね」
「そーね、雪降らないんだってポッチャリが言ってた」
「…それはカムラさん?」
「しか居ないでしょ、天仔てんちゃんは喋んないし」

香港に雪が降ったのは観測史上5回だけ。12月、1月、2月のいわゆる冬の時期でも最高気温20℃前後とひたすら温暖。なのになんであいついつもストール巻いてんのかしらと首を捻りつつボヤくスイ

「上海もあんま降んなかったけど、たまには雪もイイよね。みんなで雪合戦とかして?」
「あははっ!アズマさんとかすごい弱そう!」
「モサメガネは最弱に決まってんじゃん!あー、ドサドサ降ってくれたら超楽しいのに」

スイはさっそく腕をブンブン振ってアズマに雪玉を投げつける予行練習。華麗なフォーム。笑って肯く宝珠ホウジュは、けれど、ふと目を細めた。

「あんまり見られないから綺麗なのかも」

呟いて手の平を見詰める。

「触ったらすぐ溶けちゃうし…当たり前とか幸せも、見てるぶんには綺麗だけど…掴むと儚いよね」

雪と一緒。ほとんど聴き取れないくらいの声量でひとりごち、寂しそうにうつむく。

今の生活についてのことだろうか?この日々も流れて無くなってしまうと?【十剣客】が消滅し、九龍城ここへとやってきて訪れた平穏な日常に再び影が差したせいか───スイは、ふぅんと唇を突き出した。

「詩人ね宝珠あんた。でもさぁ、別に消える訳じゃないでしょ?水に変わっても残ってるし、水が無くなったって想い出は残るんだし。形が変わってもそこにはあるじゃん」

瞳を覗き込んで、宝珠ホウジュの手の平へ自分の手の平を重ねる。

「大丈夫よ。みんなも居るんだから」

ニッと口角を吊るスイ宝珠ホウジュはわずかに目を見開き、それから頬を綻ばせた。顔を見合わせクスクス笑う。スイが握った指を宝珠ホウジュも握り返し、そのまま手を繋ぐと、2人は軽い足取りで食肆レストランへと向かった。







店の前に着くとドアを開ける前から漏れ聞こえてくるギターの音色。やたらと下手。スイは溜め息を吐き、勢いよく扉を引く。

レン!アンタまだ上達しないわけぇ!?」

急な怒鳴り声に肩を震わせ、ギターを抱えてゴニョゴニョ言い訳をする吉娃娃チワワ。テーブルでパソコンをいじるタクミネイが顔をあげた。

「下手は下手だけど。これでも上手くなったよ、ちっとは」
「そそそそそのはずなのでしゅが…」
「なってます、ほんのちょこっと!とってもわかりづらいですが!」
「へぁっ…」

相次ぐ何とも言えないフォローへしどろもどろに頷くレンスイはそのデコをピンッと指ではじいた。キャウンと鳴く吉娃娃チワワを押しのけラップトップのスクリーンに目を向ける。

「この曲、もう作り終わったの?」
「えと…あとちょっとです。最後のアレンジに迷ってて…」
ほとんど完成なんだ!すごいねネイちゃん!」
「や、あの、タクミさんのおかげだから…」
「俺は何もしてねぇって」

小さく拍手を送る宝珠ホウジュ。首を横に振るネイの頭をタクミがポンポン撫でた。

ネイが頑張ったんだろ。な?」
「そーよ、音楽の仕事やりたいんでしょ。超おっきな1歩じゃん」

ピッと指を立てるスイにオロオロしながらも、ネイは口を結んで頷く。

ネイちゃんは音楽のお仕事がしたいんだ」
「うん…出来れば、だけど…」
「出来るよネイちゃんなら!」

可愛らしくガッツポーズを作って激励する宝珠ホウジュネイは照れながら笑い、‘宝珠ホウジュちゃんは何のお仕事がしたいの?’と話を振る。宝珠ホウジュはガッツポーズの体勢で数秒固まり、考え、両手で口元を隠すと内緒話のように囁いた。

「私は…お薬とか漢方とかのお仕事がしたいかな。今は全然知識も経験も足りないから、宣言するのは気が引けるんだけど」

回答にネイはワァッと歓声をあげ、宝珠ホウジュちゃんなら出来るよと応援を返す。タクミが口笛を鳴らした。

「いいじゃん。俺も宝珠ホウジュなら良い薬師になると思う」
「モサメガネより100倍すごくなるわね」
「100倍なんて…言い過ぎだよ…恥ずかしいなぁ、まだ誰にも伝えてなかったし」
「夢とかそーゆーのは、どんどん口に出して言ったらいいの!そのほうが叶う!」

グッと拳を掲げるスイ宝珠ホウジュもコツンと拳を合わせる。横から元気よく‘僕も九龍いち廚師コックになりたいでしゅ!’と口を挟んだレンは‘じゃ早くご飯用意してきて’とスイすごまれ、キャンキャン厨房へ引っ込んでいった。
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