九龍懐古

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両鳳連飛

ハングアウトとナイトオウル・後

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両鳳連飛11





あれ以降。それなりに警戒し慎重に動いてはいるが、さしあたって新たな襲撃者は無く。比較的──マオの部屋がうっすらと【東風】がわりになっていることを除けば──平穏に流れる日々。





「明日も皆さん食べに来ますかね」
「さーな。イツキは来るんじゃねぇか」

夜更けの【宵城】最上階。客用の茶請け菓子を食肆レストランから運んできたレンに答えつつ、露台でパイプの煙をマオ

せんごろ行った日本式カフェは子供達に好評だったようで、それ以外にも娯楽豊富な中流階級エリアで皆が遊ぶことは多くなっていたが…どうしても【宵城ここ】へ転がり込んできてしまう旧知・・の面々をレンの店へと追いやる作業に、マオは連日おおわらわ。
溜まり場回避にいそしむマオへ1番協力的なのはタクミで、隙あらば顔を出そうとするイツキを毎回食肆レストランまで引っ張って行ってくれ非常に有り難い。もちろんアズマもオマケでくっついていき一石二鳥。反対に、1番非協力的なのが燈瑩トウエイだ。なんやかんやと理由をつけて部屋に居座ってくる───マオがゲンナリするのが楽しいらしい。
あの野郎ヤクザ、こと俺に関してはどうも揶揄からかい癖がある…無駄に実力が拮抗しているため腕ずくで追い出せもしない。されど現状、奴はカムラ担当・・しているから時間になればキチンと仕事・・に向かうので放っておく。部屋に居たとて邪魔ではないし…ムカつくが。マオは舌を打ち、煙をポポッと輪っかにした。

「新しい薬膳のメニューも作ったんですよ!宝珠ホウジュちゃん、喜んでくれるでしょうか」
「あそぉ…お前、マジでよくそんな次々料理思いつくな…」

尻尾を振る吉娃娃チワワに目を細めるマオ。それはそれとして、宝珠ホウジュ───というより。


インのことが引っ掛かっていた。


燈瑩トウエイカムラと共に行動するおり大地ダイチスイ宝珠ホウジュといったメンバーもまとめて面倒を見ているようだ。が、宝珠ホウジュにはそもそもインが居るので、本来燈瑩トウエイが付いてやる必要は無いはずである。

けれど。

インってやっぱあんま飯食いにこねぇの?」
「そうですね、最近は…でもお土産は宝珠ホウジュちゃんがたくさん持って帰りますよ」

レンの返答にマオは思案。

正直おかしい話だ。ターゲットから燈瑩トウエイタクミが抜けているなら‘直近で【東風】に入り浸っていた人間’という線は納得がいくし、恐らく正しい。だが、それだけであればインもリストアップされていてしかるべき…そしてどちらかといえば俺は入ってなくてもいい。どうしてアイツがリストに居なくて俺が居る?

浮かぶ仮説──────インが、もうひとつのファクターなのでは。

となると予想されるパターンは主に2種類。1、インに何かしら‘要求’をしたい者の仕業。周りにちょっかいをかけて遠回しな警告・・を出している。2、イン自身の仕業。【黑龍】か【黃刀】か理由はわからないけれどアイツが黒幕。
いや、しかし、2はどうだ?そんなわかりやすく自分に疑いが向くようなことをするか?きっとそれはあの燈瑩ヤクザもわかっている、今頃チョロチョロ裏で調べているはず。

とにかく。イン食肆みせに来ないのにはかんばしくない理由がある。

「師範、どうかしました?」

黙り込むマオにおずおず問いかける吉娃娃チワワ。不必要な動揺を広げない為に内々うちうちで処理しようと思っていたが…コイツは【十剣客】や【黃刀】の付き合いもある。多少話しておくか。そう考え、マオはあらましをかいつまんで説明。ついでに自分の私見もサッと述べた。

やけに神妙な面持ちで聞いたあと、レンが再度おずおず口を開く。

「いっ、インしゃんは…皆様を狙っているとか情報を流したとか…そういうことではないと思いましゅ」
「ん?なんでわかんだよ?」

眉を上げるマオレンは視線を宙空に泳がせ、唇を内側に巻き込みしばし考えてから、覚悟を決めた声音。

「あの…僕…聞いたんです。この前、花街のバーで。盗み聞きですし、内容も内容なので、人に言うのもどうかと…でもインしゃんが疑われるのは…」

カムラしゃんとかには秘密にして下さい──大地ダイチへの配慮であろう──と前置きし、例のハプニングバーでの件をたどたどしく話す。噛みながらモニュモニュ説明するレンに向き直るマオ

「ふーん…なるほどね…」

この出来事を基盤とすればやはり1、半グレ連中が周囲にちょっかいをかけてきたという成り行きか?まさか返り討ちにあい全滅するとは向こうも予想していなかっただろうが。まぁ、どの道、ここでゴチャゴチャやってても詳細はわからねぇな───マオはパイプを置いて煙草をくわえ、適当に上着を羽織りレンへと顎をしゃくる。

「行こうぜ。寝ちまうにゃまだ早いだろ」

どこにと慌てるレンへ、インのとこだとぶっきらぼうに返す。

あにサマをお話・・に誘うんだよ。誰から聞いたかは伏せとくから安心しとけ」
「し、信じてくれるんでしゅか!?」
「オメェは余計なこたぁ言うが嘘は言わねぇからな」
師範しはぁん!!」

喜び勇んで飛び付こうとした吉娃娃チワワは、行動を読んでいたマオに避けられたうえ脳天に手刀をくらい、キャンと鳴きながら虎柄のマットに沈んだ。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「珍しいな、貴様が誘ってくるなど」

グラスを揺らしてインが問う。繁華街の外れ、城塞の壁際、インの家から程近ほどちかいこぢんまりとした飲み屋。丑三つ時でも人の往来はチラホラ、明るい街区。干杯かんぱいをして早々マオは本題へ斬り込んだ。

わりぃ。ちっと聞いちまった」

インは特に訊き返さず、少しウィスキーを啜る。‘いいよ呑まなくて’とマオが口角を上げれば‘そういう気分だから’とインんだ、呼び出された理由にある程度の予想はついていた居住まい。軽く息を吐いて言葉を紡ぐ。

「いや、謝罪をするのは此方こちらの側だ。アズマは‘迷惑をかけないようにする’などと言ってくれたが…逆だよ。迷惑をかけているのは、けだし自分なんだ」

襲撃の話を耳にしてすぐ、インは関わりのあった裏社会の連中をあたってみたらしい。先日花街で揉めたグループや周りの小グループ…顔見知りの輩…それぞれにそれとなく探りを入れるも、向こうもなかなか尻尾を出さず。誰が仕掛けてきたのかが掴みきれないので、当座、敵対をやめてもう1歩ふところに潜り込む方向性に切り替えた。

「【東風みせ】や食肆レストランに顔を出して、人的被害が拡大しては不芳ふほうだろう。貴様らに付け入る隙が無いのは重々承知だが。すまなかったな小蓮レン

心配かけたかと眉尻を下げるイン吉娃娃チワワは曖昧な面持おももち。インはその髪をクシャクシャ撫でる。
こちらがガードを固くした事に加えてインが協力的な姿勢を見せたため、とりあえず襲撃はんだという事か…煙草に火を点けるマオ

「そもそもの原因は何なんだよ」
「仕事の方向性の違いだな」

インは頭をかたむけた。裏社会とは関わりの無い人物を金の為に片付けて・・・・くれ、との依頼を断ったと。
ならば襲撃者はそのグループの人間かというと、そう単純な話でもなく。燈瑩トウエイが捕まえた連中はスラムの有象無象だった。向こうもそれなりに周到、簡単には足が付かないようあいだにいくつかクッションを挟んでいる。

「依頼っつーのはガキ・・の殺しか?」
「いや、具体的な標的までは訊いていない。心当たりがあるのか?」

完全な心当たりとまではいかないものの、カムラが話題を出していた。富裕層地域で相次ぐ子供の殺害…大元おおもとの組織は繋がっているのかも。もう燈瑩トウエイがある程度調べていそうだ、あとは饅頭カムラに任せるとして───思いつつマオは質問を投げた。

「今九龍ここ流行はやってる上流階級アッパーの事件あんだろ?そっちと繋がってっかもな。そーすっと後ろの組織がかなりデケェぜ、どうする」

別に答えを求めた台詞ではなかったが。ややあって、インかたむけていた頭を戻し、事も無げにポツリ。

「全員ほふるか」


矯激きょうげき


「お前、思ったより大胆だな」
「自分がいた種だから。貴様達にも厄介をかけたし」
「流石に数が多いんじゃねぇか?死ぬぜ」
「かもな。だが、自分の命ひとつで決まりがつくなら低廉ていれんなものだ」

ストレートなマオの言葉へ、にこやかに頷くイン。アタフタしだすレンの髪をもう1度クシャクシャ撫でた。

「冗談だよ小蓮レン、案ずるな」
「そういうジョークは駄目でしゅ!!」

プンプンふくれるレンなだめる。マオは酒をあおり、ハンッと鼻を鳴らした。

「まー…ちっと俺らも手ぇ回しとくからよ。また今度1杯付き合えや、あにサマ」

空いたグラスでゴンッとテーブルを叩く。インもグラスを掲げ、‘勿論もちろんいつでも’と柔らかく微笑んだ。
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