九龍懐古

両鳳連飛

タイプと円陣

両鳳連飛２





「わぁ…こんなにたくさん…」

カウンターに並べられた何十種類もの小袋を見て、感嘆の声を漏らす少女。

「どれが宝珠ホウジュちゃんに合ってるかわかんないからさ、色々試してみてよ。コレとコレが良かった！とか教えてくれれば、それを参考に新しいの調合つくるし」

言いながら袋をつつく東アズマへ、宝珠ホウジュと呼ばれた少女は瞳を輝かせて首を縦に振る。中身は表おもてのお客様用に作ったオリジナルブレンドの漢方薬、もちろん合法。後ろに立っていた殷インが宝珠ホウジュの髪を撫で東アズマに軽く頭を下げた。

「かたじけないな。妹に良くしてくれて助かるよ、代金は如何いかほどだ？」
「今回は全部サービス、お気に召しましたら今後どうぞご贔屓にしてください♪」

唇の端を上げ親指と人差し指を擦り合わせる東アズマ。殷インも頬を綻ほころばせ、横から月餅を出してきた樹イツキにも笑って礼を述べた。


猫マオとの邂逅を経へて、馴染みの人間とも挨拶を交わした殷インは、以降度々たびたび食肆レストランへと妹───宝珠ホウジュを連れてくるように。
宝珠ホウジュは小柄で可愛らしい少女だ。殷インとは歳の離れた兄妹きょうだいで齢よわいは大地ダイチと同じくらい、そのせいで上カムラがなんとなしに殷インに親近感を覚えた模様。宝珠ホウジュも宝珠ホウジュで大地ダイチや彗スイといった同年代とすぐに打ち解けた。
兄ほどではないにせよ彼女もやはりいくらか畏かしこまった口調、殷イン曰いわく、‘武道を修めていた両親の影響かな’とのこと…‘でも師範はめちゃくちゃ口が悪いでしゅよね’と余計なツッこみを入れた蓮レンは猫マオが飛ばしてきた紙扇子をデコに喰らった。
面倒見がよく穏やかな宝珠ホウジュへ人見知りな寧ネイも早い段階から懐いており、顔を合わせる度に音楽や漫画、キャラクターグッズの話で盛り上がる賑々にぎにぎしいティーンエイジャー達。

東アズマが薬師──合法違法はさておき──だという話題が出た折おり、妹に合いそうな漢方を案内してくれないかと殷インが頼み込んできた。当然東アズマは断るはずもなく、本日の集合場所はみんなの・・・・【東風】に。それを聞きつけやって来た彗スイと寧ネイ、相も変わらず店内たまりばに集まるいつもの顔触れ。


宝珠ホウジュは小袋に記載された成分をひとつひとつ熱心に確認し、おずおずと口を開く。

「本当によろしいんですか…？こちらの薬草なんて、お値段がするお品なのに。そちらも希少な植物ですし…」
「あら。宝珠ホウジュちゃん詳しいね」
「拙つたないものですが、いくらか勉強していて。さすがにここまで種類を揃えたり調合したりは出来ませんけど」

東アズマさん、すごいですね。その宝珠ホウジュの呟きを耳聡く拾った東アズマがキリッとした顔を樹イツキに向ける。やるときゃやるんですアピールに樹イツキは親指を立てたが、隣で見ていた彗スイは心底鬱陶しそうな表情。

「ドヤんないでよモサモサメガネ。宝珠アンタも、くれるって言うんだからとっとと貰っちゃいなさい」
「え…だって、申し訳ないし…」
「いーいの！なんなら薬棚くすりだなごと持ってったっていい！」
「棚ごとはちょっと待ってぇ？」

遠慮がちな態度をとる宝珠ホウジュへ、漢方の束をズイッと押し付ける彗スイ。あとに続いた発言を東アズマは弱々しく制した。

「そうか、東アズマは彗スイの姉と恋仲なのだな。２人は好敵手ライバルというわけだ」

彗スイがやたらと東アズマを敵視する理由を訊いた殷インは得心したように腕組みをする。ライバルが強敵過ぎて参っちゃうと嘆く東アズマに、‘東アズマさんは知識も豊富だし優しいし素敵だと思いますよ’と宝珠ホウジュ。彗スイがグニャリと眉を曲げた。

「えぇ？嘘でしょ、まさか宝珠アンタも東アズマが気になるとか言うの？」
「あ、それは全然ないかな」
「だよね！」

１秒の間まも置かずバッサリ否定した宝珠ホウジュに彗スイは思い切り同意。東アズマは宝珠ホウジュと彗スイを交互に見やる。
やだぁ、すんごくハッキリ言うじゃない宝珠ホウジュちゃんったら…いいけどね？俺強い子だからグサッときたりしてないからね…？パチパチとまばたきをしながら、左の耳朶みみたぶにしがみついている龍をモニュモニュ揉む東アズマ。小龍こいつは多分俺の味方のはず。と信じたい。

その会話が聞こえたらしく、テーブルからソワソワ眺めている寧ネイを視界にとらえた彗スイはニヤリと笑い、貰った漢方の袋をまとめる宝珠ホウジュを寧ネイの傍まで引っ張り声を潜める。

「ねぇ。そしたらさ、宝珠アンタ【東風こ】の中で誰がタイプなの」

唐突な彗スイの問いに宝珠ホウジュは目を丸くし、顎へ指を当てて考える仕草。

「格好いいな、とかって意味？」
「そそ。気になる的な」
「今ここにいる人？」
「今だけじゃなくて。てゆーか今は東アズマと樹イツキとアンタのお兄ちゃんしか男居ないじゃん」

宝珠ホウジュと彗スイのラリーに、寧ネイが息を呑んで視線を泳がせる。だ、誰って言うんだろう、誰って言うんだろう？だ、だっ…大地ダイチって言ったらどうしよう…！？ソワソワは最高潮。

うーん、と唸る宝珠ホウジュの返答は。

「猫マオさんか匠タクミさん」
「…金髪が好きってこと？」
「…あれっ、ほんとだ」

彗スイの指摘で両方とも金髪なことに気が付いたらしく、‘そういうわけじゃないけど’と宝珠ホウジュはクスクス笑う。横でコッソリ安堵している寧ネイの頬をつつく彗スイ。

「良かったわね大地ダイチじゃなくて」
「え！？や、わ、私は」
「寧ネイちゃんは大地ダイチ君が好きなんだ？」
「わぁぁぁ！！」

宝珠ホウジュに訊かれ焦った寧ネイが彗スイをポカポカ叩いた。急に響いた大声に振り返った面々へ、寧ネイは‘何でもない’と慌てて頭を振る。

そんな子供達の様子を優しげに見守る殷インに東アズマが疑問を投げた。

「宝珠ホウジュちゃん、病気なの？具合が悪そうには見えないけど」
「病やまいをわずらっている…ということではなくてな。生まれつき身体が弱いもので、頻繁に体調を崩して床とこに伏ふしてしまったりよからぬ疾患に罹ってしまったりするんだよ」

カウンターに寄り掛かり‘元気な時は元気なんだ’と微笑む殷インの言葉を聞きつつ、ぼんやり考える東アズマ。
であれば、代謝を良くしたり滋養強壮に効く系統の漢方がいいのかしら…薬膳とかも試して…蓮レンに言って食肆レストランのメニューにしてもらうか。陳チャンの冷えも改善させねぇとだし───と、耳に届いた殷インの声で意識を引き戻す。

「貴様にはどのように礼をしたらいいかな」
「へ？なにが？」
「東アズマにも樹イツキにも貰ってばかりだから」
「礼はいらないって。猫マオ見てよ？あの閻魔が悪怯わるびれもせずにどれだけ【東風ウチ】から酒をかっぱらうか」

まぁそれは【宵城】での飲み代をツケるからであって半分は俺の自業自得だけど…にしても容赦がない…遠い目をする東アズマに諸々もろもろ察した殷インは頷き、しかれども、やはりなにかしないことには気が済まないと食い下がる。律儀な元首領。

「あ、んじゃさ」

閃いた！といった顔で東アズマは引き出しを漁りカラフルな紙を何枚か取りだすと、疑問符を浮かべる殷インの手に握らせた。

「匠タクミがクラブのイベントチケットくれたんだけど、俺の代わりに宝珠ホウジュちゃんに行ってもらえない？樹イツキと寧ネイと大地ダイチ…あと彗スイかな、が行くみたい。宝珠ホウジュちゃん年代合うでしょ」

だよね？とメンバーを樹イツキに確認し、俺は財布だけ参加するからと真顔で放つ東アズマに殷インが吹き出す。

「しかし、こうなるとまた貰ってばっかりになってしまうではないか」
「なら殷インも宝珠ホウジュちゃんにそれなりのお小遣い持たせて送り出して。で【東風みせ】を助けて」

今まで数回匠タクミに誘われイベントへ遊びに行ったが、その度たびに同時開催される樹イツキの‘フードコーナー食べ尽くしツアー’。ひたすら圧迫されてしまう家計、だからといって唯一の趣味である大食いを樹イツキから取り上げるわけには──ん？こないだも思ったなこれ？粽ちまきの時──いくまい。皆でワイワイと購入し食事をすれば、独り黙々と頬張るよりは若干出費も抑えられるのでは…いや全く関係ないかも知れないが…。とにかくお願い！と依頼する東アズマに眉尻を下げる殷イン。

「そんなことでいいのか」
「ウチにとっちゃ最重要事項デス」
「だったら薬代も払うのに」
「そいつはまた別！お代は今日あげたやつが気に入ったらね！」

別ではない。同じ話である。ということは、つまるところこの頼み事は───礼をさせてくれという殷インの要望へ、東アズマがとったポーズ・・・。こういう人間なのだ、この男は。

「貴様は懐ふところが深いな。ありがとう、東アズマ」
「買い被り過ぎよ？こちらこそどうも♪」

理解し了承した殷インが差し出す右手を東アズマも握り返そうとした矢先、いまいち話を掴めていない樹イツキも上から掌てのひらを重ねてきた。握手の流れに乗ろうと試みたせいだと推測されるが、完全にズレこんでいるタイミング。
いきなり謎の円陣の様相を呈ていしてしまった何だかよくわからない３本の腕を、ならば…とさしあたり‘おー’と言いながらそのまま下へ押した樹イツキに、殷インは再び愉しそうに笑った。