九龍懐古

カロン

文字の大きさ
上 下
311 / 404
両鳳連飛

宿敵と破戒僧

しおりを挟む
両鳳連飛1





「何やってんだお前」

レンが仕入れた掘り出し物の老酒を食肆レストランへ回収しに来たマオは、扉を開けるやいなや視界に飛び込んだ男を見てかすれた声を出した。

「食事を摂っているんだが」

正反対に男は‘遅かったな’とでも言うようにあっけらかんと言葉を返す。テーブルにつき悠々と茶を啜るのは見知った顔、そう、確かにあの時────特にトドメは刺さなかったけれど。

「堂々と飯食ってんじゃねぇよ、【十剣客しのび】の首領アタマがよ」

呆れた表情で吐き捨てながら歩み寄るマオを、取り除いていた北京片皮鴨ペキンダックの骨の欠片でピッと差し反論する男。

「隠密だからといってかすみしょくして生きている訳じゃないぞ。飯くらい堂々と食う」
「そりゃ【十剣客】が無くなったからだろ。つうかなんでわざわざこの店で食うんだ」
「貴様が居るかと思って九龍まちを探してみたんだ、悪い意味ではないから安心してほしい」

そうしたら、たまたま小蓮レンに会ってなと男はむ。キッチンからヒョコッと顔を出した吉娃娃チワワは‘買い物の荷物を一緒に運んで貰いました!’と上機嫌。警戒心の無いワンコ…だが、わからないでもない。

【十剣客】首領。今は、首領になるのか。とにかくこいつに関してはマオ自身、決戦の際に二言三言ふたことみことを交わし‘話のわかるヤツだ’との印象をいだいていた。そのせいで最後に追撃をしなかった、というのもあるといえばある。だからといってわざわざ会いにくるとは思ってもみなかったが────どうしたもんかと考えつつ首の後ろをさすマオへ、男は自分の横の椅子をカタンと動かし頭をかたむけた。

「隣は嫌か?宿敵と並んでする事は容認しがたいか」

窺うようにマオの瞳を覗き込む。マオは少しののち、気怠げにドカッとそこへ腰掛けた。

「別に俺ぁ【十剣客テメェら】と因縁ねーって。にしても何だその喋り方、ジジィかよ」
「貴様こそ随分口が悪いな」

愉快そうに笑う男。オーラは柔和。

俺とタメくらいに見えるな…むしろ若干下か…?どちらにせよ口調よりは遥かに若い。思いつつ、マオレンが運んできた老酒を卓上にあったお茶用の湯呑みへ雑に注ぐ。‘それで飲むのか’と男はまた笑った。

「飲めりゃいーんだよ飲めりゃ。んなことよか、お前の方こそ恨みねぇのか?俺に」

手の中で揺れる湯呑み。琥珀色の液体がユラユラと波打つ。

レン美麗メイリイを連れて取り引き・・・・に行った夜───結果として、老虎ラオフー及び【十剣客】を全員斬り伏せる事態になってしまった。【黃刀】との決闘は【十剣客】の悲願だったとはいえ、首領の立場から見ればあの結末は内心穏やかではないだろう。なんならこいつのことだってブッた斬っているのだ。

問い掛けるマオを男はしばらく見詰めて、それから瞼を伏せると、長めの前髪をかきあげポツリポツリと話す。

「斬った斬られたは仕方が無いさ、お互い様だよ。それと…自分は、違うんだ…本当は。【十剣客】じゃないんだ」

首領ではあったけどなと呟き、次の句をつむあぐねる。マオは男に視線を寄越した。流れる沈黙。

「…あっそぉ。だからあんなにアッサリやられたのか」

酒を一息ひといきあおり、ハンッと鼻を鳴らすマオ。根掘り葉掘り訊くのは趣味ではない。語らないならそれでい…それより、こいつの雰囲気が他の【十剣客】の奴らと違った事への納得がいった。思いのほかすんなり倒されたのも、もとからあまり勝負をする気が無かったからだったのか。そこまでマオが言うと、男はパタパタとてのひらを顔の前で振って‘あれはこちらも全力だった’と否定。

「手合いでそのような不義理を働く訳ないだろう。貴様は強かったよ、また仕切り直してったとしても勝てないな」
「へぇ。そりゃどーも」

言う通り、これ程の腕を持ち道を極めた者が剣をまじえる場で礼を尽くさないことは無い──いや俺は尽くさない時も全然あるけど──とは思える。こいつ実直そうだし。そんな風に考え‘お前バカ真面目そうだもんな’と一切いっさい隠さず顔に書くマオへ男は吹き出した。

「真面目そうに見えるか」
「実際そーだろ。わかるっつの」
「まぁ、自分は酒も煙草ものまないしな。面白味に欠ける男だよ」
「酒と煙草やりゃ面白おもしれぇっつーこともねーけど」
「しかし貴様はふたつともやるだろう」
「ふたつなんてシケたこと言ってんなよ。イロ博打バクチもオマケでのっけとけ」
「破戒僧のようだな」
「【黃刀ウチ】は高尚なモンじゃぁねぇの」

話をしているうちに着々と減っていく1羽丸々の北京片皮鴨ペキンダック。よく見れば、テーブルの端には既に食べ終わったとおぼしき料理の大皿が数枚積まれていた。‘お前どんだけ食うんだ’とのマオげんに、男は‘何もしない代わりに食べるのは好きなんだ’と悪戯な表情。

「じゃあ帰りに菓子持ってけよ。厨房に山程あんだわ、イツキが成立記念の買い漁るから」
「それは有り難い!妹が喜ぶ。イツキというのは友人か?」
「そ。あいつも大食いだから、土産の加減がわかってねんだよな」

舌を出すマオへ、男は‘今度イツキに礼を述べに来なければならないな’と頷く。

「その時は妹も連れて来ていいか?当主」
「当主はヤメろ、マオだ。名乗っただろ」

舌打ちし、男のグラスに酒をマオ。男は波々とそそがれてしまった老酒を見て、目をしばたたかせる。

「呑まないと言ったのに」
「あそぉ?忘れたわ。お前も俺の名前忘れてたんだからこれであいこだな」
「忘れていた訳ではないよ」

違う違うと再びてのひらをパタパタ振る男。そんなことはわかっている、酒をぐ口実に揶揄からかっただけだ…マオは口角を吊り上げた。

「じゃあ何だっての」
「んー、いきなり呼んだらいささか馴れ馴れしいかと杞憂して」
「それ、勝手に押しかけて飯食ってるヤツのセリフか?」
「ははっ!そうだな!」

破顔する男にマオも喉を鳴らす。ひとしきり笑うと、男は改めてマオに向き直った。

「申し遅れたが…自分はインという。よしなに願い申し上げる」
「だぁから、その堅っ苦しい話し方どーにかしろテメェは」

インが掲げたグラスにマオも湯呑みを合わせる。コンッと軽く、小気味良い音が響いた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

処理中です...