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両鳳連飛
宿敵と破戒僧
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両鳳連飛1
「何やってんだお前」
蓮が仕入れた掘り出し物の老酒を食肆へ回収しに来た猫は、扉を開けるやいなや視界に飛び込んだ男を見て掠れた声を出した。
「食事を摂っているんだが」
正反対に男は‘遅かったな’とでも言うようにあっけらかんと言葉を返す。テーブルにつき悠々と茶を啜るのは見知った顔、そう、確かにあの時────特にトドメは刺さなかったけれど。
「堂々と飯食ってんじゃねぇよ、【十剣客】の首領がよ」
呆れた表情で吐き捨てながら歩み寄る猫を、取り除いていた北京片皮鴨の骨の欠片でピッと差し反論する男。
「隠密だからといって霞を食して生きている訳じゃないぞ。飯くらい堂々と食う」
「そりゃ【十剣客】が無くなったからだろ。つうかなんでわざわざこの店で食うんだ」
「貴様が居るかと思って九龍を探してみたんだ、悪い意味ではないから安心してほしい」
そうしたら、たまたま小蓮に会ってなと男は笑む。キッチンからヒョコッと顔を出した吉娃娃は‘買い物の荷物を一緒に運んで貰いました!’と上機嫌。警戒心の無いワンコ…だが、わからないでもない。
【十剣客】首領。今は、元首領になるのか。とにかくこいつに関しては猫自身、決戦の際に二言三言を交わし‘話のわかるヤツだ’との印象を抱いていた。そのせいで最後に追撃をしなかった、というのもあるといえばある。だからといってわざわざ会いにくるとは思ってもみなかったが────どうしたもんかと考えつつ首の後ろを擦る猫へ、男は自分の横の椅子をカタンと動かし頭を傾けた。
「隣は嫌か?宿敵と並んで坐する事は容認し難いか」
窺うように猫の瞳を覗き込む。猫は少しの間の後、気怠げにドカッとそこへ腰掛けた。
「別に俺ぁ【十剣客】と因縁ねーって。にしても何だその喋り方、ジジィかよ」
「貴様こそ随分口が悪いな」
愉快そうに笑う男。オーラは柔和。
俺とタメくらいに見えるな…むしろ若干下か…?どちらにせよ口調よりは遥かに若い。思いつつ、猫は蓮が運んできた老酒を卓上にあったお茶用の湯呑みへ雑に注ぐ。‘それで飲むのか’と男はまた笑った。
「飲めりゃいーんだよ飲めりゃ。んなことよか、お前の方こそ恨みねぇのか?俺に」
手の中で揺れる湯呑み。琥珀色の液体がユラユラと波打つ。
蓮と美麗を連れて取り引きに行った夜───結果として、老虎及び【十剣客】を全員斬り伏せる事態になってしまった。【黃刀】との決闘は【十剣客】の悲願だったとはいえ、首領の立場から見ればあの結末は内心穏やかではないだろう。なんならこいつのことだってブッた斬っているのだ。
問い掛ける猫を男は暫く見詰めて、それから瞼を伏せると、長めの前髪をかきあげポツリポツリと話す。
「斬った斬られたは仕方が無いさ、お互い様だよ。それと…自分は、違うんだ…本当は。【十剣客】じゃないんだ」
首領ではあったけどなと呟き、次の句を紡ぎ倦ねる。猫は男に視線を寄越した。流れる沈黙。
「…あっそぉ。だからあんなにアッサリやられたのか」
酒を一息で呷り、ハンッと鼻を鳴らす猫。根掘り葉掘り訊くのは趣味ではない。語らないならそれで良い…それより、こいつの雰囲気が他の【十剣客】の奴らと違った事への納得がいった。思いの外すんなり倒されたのも、もとからあまり勝負をする気が無かったからだったのか。そこまで猫が言うと、男はパタパタと掌を顔の前で振って‘あれはこちらも全力だった’と否定。
「手合いでそのような不義理を働く訳ないだろう。貴様は強かったよ、また仕切り直して闘ったとしても勝てないな」
「へぇ。そりゃどーも」
言う通り、これ程の腕を持ち道を極めた者が剣を交える場で礼を尽くさないことは無い──いや俺は尽くさない時も全然あるけど──とは思える。こいつ実直そうだし。そんな風に考え‘お前バカ真面目そうだもんな’と一切隠さず顔に書く猫へ男は吹き出した。
「真面目そうに見えるか」
「実際そーだろ。わかるっつの」
「まぁ、自分は酒も煙草ものまないしな。面白味に欠ける男だよ」
「酒と煙草やりゃ面白ぇっつーこともねーけど」
「しかし貴様はふたつともやるだろう」
「ふたつなんてシケたこと言ってんなよ。色と博打もオマケでのっけとけ」
「破戒僧のようだな」
「【黃刀】は高尚なモンじゃぁねぇの」
話をしているうちに着々と減っていく1羽丸々の北京片皮鴨。よく見れば、テーブルの端には既に食べ終わったとおぼしき料理の大皿が数枚積まれていた。‘お前どんだけ食うんだ’との猫の言に、男は‘何もしない代わりに食べるのは好きなんだ’と悪戯な表情。
「じゃあ帰りに菓子持ってけよ。厨房に山程あんだわ、樹が成立記念の買い漁るから」
「それは有り難い!妹が喜ぶ。樹というのは友人か?」
「そ。あいつも大食いだから、土産の加減がわかってねんだよな」
舌を出す猫へ、男は‘今度樹に礼を述べに来なければならないな’と頷く。
「その時は妹も連れて来ていいか?当主」
「当主はヤメろ、猫だ。名乗っただろ」
舌打ちし、男のグラスに酒を注ぐ猫。男は波々とそそがれてしまった老酒を見て、目をしばたたかせる。
「呑まないと言ったのに」
「あそぉ?忘れたわ。お前も俺の名前忘れてたんだからこれであいこだな」
「忘れていた訳ではないよ」
違う違うと再び掌をパタパタ振る男。そんなことはわかっている、酒を注ぐ口実に揶揄っただけだ…猫は口角を吊り上げた。
「じゃあ何だっての」
「んー、いきなり呼んだら些か馴れ馴れしいかと杞憂して」
「それ、勝手に押しかけて飯食ってるヤツのセリフか?」
「ははっ!そうだな!」
破顔する男に猫も喉を鳴らす。ひとしきり笑うと、男は改めて猫に向き直った。
「申し遅れたが…自分は殷という。よしなに願い申し上げる」
「だぁから、その堅っ苦しい話し方どーにかしろテメェは」
殷が掲げたグラスに猫も湯呑みを合わせる。コンッと軽く、小気味良い音が響いた。
「何やってんだお前」
蓮が仕入れた掘り出し物の老酒を食肆へ回収しに来た猫は、扉を開けるやいなや視界に飛び込んだ男を見て掠れた声を出した。
「食事を摂っているんだが」
正反対に男は‘遅かったな’とでも言うようにあっけらかんと言葉を返す。テーブルにつき悠々と茶を啜るのは見知った顔、そう、確かにあの時────特にトドメは刺さなかったけれど。
「堂々と飯食ってんじゃねぇよ、【十剣客】の首領がよ」
呆れた表情で吐き捨てながら歩み寄る猫を、取り除いていた北京片皮鴨の骨の欠片でピッと差し反論する男。
「隠密だからといって霞を食して生きている訳じゃないぞ。飯くらい堂々と食う」
「そりゃ【十剣客】が無くなったからだろ。つうかなんでわざわざこの店で食うんだ」
「貴様が居るかと思って九龍を探してみたんだ、悪い意味ではないから安心してほしい」
そうしたら、たまたま小蓮に会ってなと男は笑む。キッチンからヒョコッと顔を出した吉娃娃は‘買い物の荷物を一緒に運んで貰いました!’と上機嫌。警戒心の無いワンコ…だが、わからないでもない。
【十剣客】首領。今は、元首領になるのか。とにかくこいつに関しては猫自身、決戦の際に二言三言を交わし‘話のわかるヤツだ’との印象を抱いていた。そのせいで最後に追撃をしなかった、というのもあるといえばある。だからといってわざわざ会いにくるとは思ってもみなかったが────どうしたもんかと考えつつ首の後ろを擦る猫へ、男は自分の横の椅子をカタンと動かし頭を傾けた。
「隣は嫌か?宿敵と並んで坐する事は容認し難いか」
窺うように猫の瞳を覗き込む。猫は少しの間の後、気怠げにドカッとそこへ腰掛けた。
「別に俺ぁ【十剣客】と因縁ねーって。にしても何だその喋り方、ジジィかよ」
「貴様こそ随分口が悪いな」
愉快そうに笑う男。オーラは柔和。
俺とタメくらいに見えるな…むしろ若干下か…?どちらにせよ口調よりは遥かに若い。思いつつ、猫は蓮が運んできた老酒を卓上にあったお茶用の湯呑みへ雑に注ぐ。‘それで飲むのか’と男はまた笑った。
「飲めりゃいーんだよ飲めりゃ。んなことよか、お前の方こそ恨みねぇのか?俺に」
手の中で揺れる湯呑み。琥珀色の液体がユラユラと波打つ。
蓮と美麗を連れて取り引きに行った夜───結果として、老虎及び【十剣客】を全員斬り伏せる事態になってしまった。【黃刀】との決闘は【十剣客】の悲願だったとはいえ、首領の立場から見ればあの結末は内心穏やかではないだろう。なんならこいつのことだってブッた斬っているのだ。
問い掛ける猫を男は暫く見詰めて、それから瞼を伏せると、長めの前髪をかきあげポツリポツリと話す。
「斬った斬られたは仕方が無いさ、お互い様だよ。それと…自分は、違うんだ…本当は。【十剣客】じゃないんだ」
首領ではあったけどなと呟き、次の句を紡ぎ倦ねる。猫は男に視線を寄越した。流れる沈黙。
「…あっそぉ。だからあんなにアッサリやられたのか」
酒を一息で呷り、ハンッと鼻を鳴らす猫。根掘り葉掘り訊くのは趣味ではない。語らないならそれで良い…それより、こいつの雰囲気が他の【十剣客】の奴らと違った事への納得がいった。思いの外すんなり倒されたのも、もとからあまり勝負をする気が無かったからだったのか。そこまで猫が言うと、男はパタパタと掌を顔の前で振って‘あれはこちらも全力だった’と否定。
「手合いでそのような不義理を働く訳ないだろう。貴様は強かったよ、また仕切り直して闘ったとしても勝てないな」
「へぇ。そりゃどーも」
言う通り、これ程の腕を持ち道を極めた者が剣を交える場で礼を尽くさないことは無い──いや俺は尽くさない時も全然あるけど──とは思える。こいつ実直そうだし。そんな風に考え‘お前バカ真面目そうだもんな’と一切隠さず顔に書く猫へ男は吹き出した。
「真面目そうに見えるか」
「実際そーだろ。わかるっつの」
「まぁ、自分は酒も煙草ものまないしな。面白味に欠ける男だよ」
「酒と煙草やりゃ面白ぇっつーこともねーけど」
「しかし貴様はふたつともやるだろう」
「ふたつなんてシケたこと言ってんなよ。色と博打もオマケでのっけとけ」
「破戒僧のようだな」
「【黃刀】は高尚なモンじゃぁねぇの」
話をしているうちに着々と減っていく1羽丸々の北京片皮鴨。よく見れば、テーブルの端には既に食べ終わったとおぼしき料理の大皿が数枚積まれていた。‘お前どんだけ食うんだ’との猫の言に、男は‘何もしない代わりに食べるのは好きなんだ’と悪戯な表情。
「じゃあ帰りに菓子持ってけよ。厨房に山程あんだわ、樹が成立記念の買い漁るから」
「それは有り難い!妹が喜ぶ。樹というのは友人か?」
「そ。あいつも大食いだから、土産の加減がわかってねんだよな」
舌を出す猫へ、男は‘今度樹に礼を述べに来なければならないな’と頷く。
「その時は妹も連れて来ていいか?当主」
「当主はヤメろ、猫だ。名乗っただろ」
舌打ちし、男のグラスに酒を注ぐ猫。男は波々とそそがれてしまった老酒を見て、目をしばたたかせる。
「呑まないと言ったのに」
「あそぉ?忘れたわ。お前も俺の名前忘れてたんだからこれであいこだな」
「忘れていた訳ではないよ」
違う違うと再び掌をパタパタ振る男。そんなことはわかっている、酒を注ぐ口実に揶揄っただけだ…猫は口角を吊り上げた。
「じゃあ何だっての」
「んー、いきなり呼んだら些か馴れ馴れしいかと杞憂して」
「それ、勝手に押しかけて飯食ってるヤツのセリフか?」
「ははっ!そうだな!」
破顔する男に猫も喉を鳴らす。ひとしきり笑うと、男は改めて猫に向き直った。
「申し遅れたが…自分は殷という。よしなに願い申し上げる」
「だぁから、その堅っ苦しい話し方どーにかしろテメェは」
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