九龍懐古

カロン

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過日残夜

常夜灯とスイートホーム・後

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過日残夜8





大帽山の丘へと桑塔納サンタナを走らせる。現地に着き、‘ここからは1人で大丈夫だ’というチャンに任せて、アズマイツキは埋葬が終わるまで車の近くで待った。その間にカムラ微信チャットをしてみたり燈瑩トウエイに電話をしてみたり、影響のありそうな方面には色々と手を回す。ちょっとした騒ぎにはなるだろう。
社長と名乗る男は死んだ、強制労働させられている人間達も1度は解放されるはず…そのあとのことはわからないが。こんなたぐいの業者はいくらでも湧く、すぐにまた似たような事件が起きる。しかしそれはそれだ。本来九龍城このまちで、いわゆる‘正義’の為にしてやれることなど何も無い。

アズマが吸い殻を足元にそこそこ散らかし、イツキ曲奇クッキーを2袋平らげた頃、チャンは戻ってきた。知り合いに色々と話をしておいた、絡んでいる会社がどう動くのかにもよるがさしあたり労働者も家に帰れると思うとアズマが告げると、チャンは小刻みに首を縦に振る。車に乗り込み会話もせず城砦へと戻った。
更地に残してきた諸々は目撃者無しなのでほったらかし。今夜の出来事をあまり他言しないようにチャンへ口止めしようかとも思ったが、この男も気が利かない性質たちではない。特に心配もないだろう…考えつつハンドルを回すアズマ、ユルユルと煙草をふかすうちに桑塔納サンタナのフロントガラスは城砦の影を捉えた。乱立する違法建築、飛び出た看板の森、数多の窓から漏れる灯り。魔窟は今日も変わらず異様な存在感を放ちギラギラと輝いている。

俺達のホーム・スイート・ホーム。










◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「頼む、この通り!!アズマくんしかいないんだよぉ!!」

目の前で両手を合わせ、ペコペコと頭を下げる男。俯く度に薄くなった頭頂部が見える…育毛剤、オマケでつけてあげようかしら…思いながらアズマはカウンターの薬棚を開けた。

「だから、俺じゃなくても居るじゃない。アンタなにしたいの今度は?」

育毛剤を手渡すアズマに‘墓石を用意したい’と声を潜めるチャン

先日こしらえた墓は土を被せただけの簡素なものなので、彫り物を添えた墓石を置きたい。購入するのではなくその辺で見繕った岩で済ませる予定だが、いかんせん1人では運べもしないと腰をおさえる。無理が祟った腰痛。
それなら確かに例の一件いっけんを知っている人間に限られるか…アズマが返答しかけた矢先、ちょうどカムラが【東風】の戸をひいて現れた。

「あら、カムラ好嘢ナイス!暇だよね?お前も来てちょーだい」
「なんや開口一番?」

お土産の期間限定幸運曲奇フォーチュンクッキーイツキに渡し、カムラは首を傾げる。端午節が終了して街からちまきが消えてしまい残念そうなイツキだが、お次は香港成立記念日がやってくる。続々と発売される限定パッケージのお菓子達をお迎えしなければならない…まずはこれがトップバッター。さっそく開封するイツキの横から手を伸ばしたアズマは、チャンにも中身を配りつつカムラへパパッと概要説明。

「って訳で。お手伝い宜しく、パワー系」
「誰が言うとったんそれ」
タクミ
「やろな。俺とお前に対しての認識ズレとんねんタクミは、信じひんでもろて」
「俺のは1ミリもズレてないから!こんなに一途いちずでしょ!」
「ちょぉ黙ってもろてええ?」

でもカムラ、長州島でお祭りのタワーけっこう登れてたじゃんとイツキ。腕力自体はそれなりにある…パワー系というのもあながち間違ってはいないのか…せやなとカムラは生返事。チャンにどれくらい急いでいるのかと訊いた。

「のんびりで構わないよ。どうしてだい?」
「墓参りやろ。花飾ったったほうが、見栄えエエんとちゃう?大地ダイチに花束頼むわ。ちと待ってな」

答えて微信チャットを打ち始めるカムラチャン萬歲ばんざいと両手をあげる。

「ありがとうカムラくん!本当にっ好痛ぁいたた!」
「なに?五十肩?」

変なポジションで固まるチャンアズマに手伝われてやっとこさっとこ腕をおろす、既視感。イツキチャンに花瓶──という名のクリュッグの空き瓶──を差し出した、お見舞い。‘これしか無くてごめんね’と謝るイツキチャンはニッコリ笑う。元値だけ見れば非常に立派。

大地ダイチ、30分もしよったら花うて【東風ここ】着くって」
「じゃ俺は工具の用意でもしましょか。石削ったことないから出来栄え期待しないでね」
「おやつ持ってく?」
大地ダイチくんも来てくれるんなら持っていこうか!ねぇ!」

賑やかなほうがきっといいとチャンがウインク、意外にフサフサな睫毛が揺れた。なんだかんだで可愛いのかも知れない。
イツキは頷いて、お菓子を詰める鞄を借りる為、石工道具を探しに店の奥へと向かったアズマの跡を追いかけた。
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