九龍懐古

カロン

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身辺雑事

ペンダントとクリスタル・前

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身辺雑事6





「あの電話帳、人身売買トバしやってるグループの名前があるね。深圳シンセンのほうの奴」

レン食肆レストランタクミと昼食をとっていたカムラは、電話口の燈瑩トウエイの声に耳を澄ます。やはり浩宇ハオユーは女を捕まえては貢がせ、薬を与え、役に立たなくなってきたらどこかへ売り飛ばしてを繰り返しているらしい。今のトレンドはもっぱら深圳シンセン。恐らく花街の店があらかた閉まる日曜ないし月曜に、買い手へ女を引き渡しに行っているとのこと。
カムラは壁掛けの日めくりカレンダーに目を向ける。今日は…星期一げつようタクミに視線を飛ばすとその手には既に携帯が握られていた。リンをコール。間に合うか?事が起こるのが今日の今日とは限らないが…。電話の向こうでまだ寝ていたらしかったリンは飛び起き、桂子カコの家に行こうと提案。わかったと立ちあがるタクミ燈瑩トウエイとの通話を終えたカムラも厨房のレンにひと声かけ、急いで待ち合わせ場所へと足を向けた。






リンと貧民街側の大通りで落ち合い、小走りで桂子カコのもとへ。

桂子カコちゃん、ウチに居るの」
「どうだろ…電話も微信チャットもレスこないし、けど他に探せるとこ無いから…」

訊ねるタクミに眉を曲げるリン桂子カコは最近あまり家にも帰っていないらしい。居なかったらどうしよう、どこを探そうと息を上げ焦燥するリンカムラは‘大丈夫やから’と落ち着かせる。けれど走っているせいで自分のほうがめちゃくちゃゼェゼェいっていたのでタクミに‘お前が大丈夫か’とツッコまれた。鼻を膨らませるスノーマン。

自宅があるという裏路地まで行き着いた時。薄暗いマンションから人影が出てくるのが見え、リンが叫んだ。

桂子カコ!!」

呼ばれた少女はビクッと肩を震わせた。ふんわり編み込んだ栗色の長い髪が揺れる。振り返った顔は童顔で幼い印象、だが、目の周りは落ち窪みくまが出来ていた。スレンダーを通り越したガリガリの体型。薬物の副作用。

戸惑う桂子カコカムラはハァハァしつつも会釈し、タクミは帽子を脱ぎ片手をあげた。歩み寄ったリンが手短に説明。

「アタシら、周りのこと調べたんだよ。店長…ルイくん?だっけ?やっぱり女の子売り飛ばしたりしてた。恋人だって桂子カコだけじゃないよ、ていうか、恋人でもないし…わかってるでしょ?」

痩せ細った両肩を掴む。桂子カコは視線を落とした。そこでリンはふと気が付く、いや、どうして初めから気が付かなかったのか。

「なにこの荷物」

大きめのボストンバッグ。しどろもどろに‘着替えとかメイク道具とか’と答える桂子カコ、どうやら荷造りをしに家へと戻ってきていたようだ。

「私、今日から出張・・行くの。もうすぐルイくんが迎えに来てくれるって、深圳シンセンのほうにいいお店があるって」
「嘘だよそんなの!連れてかれて売り飛ばされるだけだよ!」

深圳シンセン’。カムラは携帯を手に、燈瑩トウエイの言っていた内容を思い返し…言いづらくはあったが事実を伝える。

「それ、お店やなくて人身売買のグループやねん。そっちに詳しい人から聞いててん、ルイ、っちゅう奴…深圳シンセンで女売っとる半グレと繋がりがあるんよ。リンちゃんのうとることが正しいで」

桂子カコカムラをチラリと見て、またリンへ目線を移し俯いた。

「私…よくわかんないから…」

喉を震わせる桂子カコ。‘わからない’というより‘わかりたくない’のだろう。話を続けるカムラ

「んー、その…俺が紹介しよったとかも…店長に捕まって売られててんな。自業自得、ちゅうたらそうなんやけど…とにかく桂子カコちゃんもそうなってまうで」
「いろんな女に色かけたり薬回したりして、なんつーか、使えなく・・・・なったら売っ払ってんだよ。言いかたが悪くてワリぃけど。桂子カコちゃん、もうかなりドラッグやってるだろ」

タクミも言葉を付け足す。桂子カコが両方の顔を交互に眺め、それから再びリンの顔を見た。

「でも、でも…私…」

ルイくんが迎えに来るから。同じ台詞を繰り返す桂子カコに、リンは歯噛みした。

「っ、なんでアンタはそう馬鹿なのよ!」

語気を強めるリン桂子カコが睨み、肩にかかる手を振り払おうと身をよじった。フラつく足元、道の脇に積み上がっていたビールケースによろけてぶつかり山が崩れる。入っていた空き瓶がガシャガシャと落ちて割れた。

「そうだよ、馬鹿だから…わかんないの、リンちゃんみたいには出来ないの…!」

体を支えようとするリンの腕を弱々しくはた桂子カコは怒鳴る。

「ほっといてよ私なんて!!」
「ほっときたいよアタシだって!!」

リンも怒鳴り返した。泣き出しそうな表情のリンが、だけど、と掠れた声を絞る。

「ほっとけないんだもん…」

腹が立つ時もある。今回だって、人の忠告を何も耳に入れないで。けれど────落ち込んだ時に朝まで話を聞いてくれたこととか。調子が優れなかった時に作ってくれたご飯とか。嫌な客に当たって愚痴を言い散らかした長電話とか。食べ歩いて半分こした全然美味しくない鶏蛋仔エッグワッフルとか。ヘルプに行った店が最悪で一緒に中指を立てて帰ってきた明け方とか。ショッピングに出掛けて選び合った服とか。互いに似たようなカラーで染めてみた髪とか。‘独りぼっちだね’なんて笑いながら2人・・で過ごした夜とか。お揃いで買ったチャチなネックレスとか。

そんな些細な小さなことが、しかし、とても大きく心に残っていた。

泣き出しそうな表情なのは桂子カコも同じだった。カムラタクミも、黙って2人を見詰める。

その時、砂を踏む音が聞こえ、路地の奥から男が姿を現した。
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