九龍懐古

カロン

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身辺雑事

オロオロと相談事・後

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身辺雑事3





トーンを落としたまま言葉を進めるリン

「受付、どんな人がいた?」
「歯ぁぇオッサン。感じは悪くなかった」
「そしたら…ラムさんか。アタシが出勤した時はマァさん…やっぱ店長は来ないなぁ」
「店長がなんかやってんの」

タクミの質問にリンは眉根を寄せる。

「店長かどうかも正直わかんないんだけど。店長って割には全然店に来なくて、アタシも1回しか会ってない。とにかくその人、色んなお店に行って女の子スカウト・・・・し回ってて。惚れっぽい子狙ってね。桂子カコもそうなの」

桂子カコ、独りで居られない子でさとリンは再び溜め息。しかしそういった手合いはスカウト側からしたら格好の獲物。

桂子カコはもともと光榮楼のセクシーキャバクラで一緒に働いていた同僚らしい。台灣の角頭から派生した揉め事で店がタタかれて潰れて以降、別々の店舗に在籍していたが…ある時客として飲みに来た‘店長’に指名をもらう。そして関係を深め、しばらくして引き抜かれた───というか桂子カコはその男に惚れたのだ。そして男が持っていたドラッグにも。

「店長、色管理が得意で。イケメンだし喋りも上手いから女の子がすぐ勘違いしちゃうんだよ。枕もソッコーするし」
「ほんなら、えっと…ん時にその、クスリ使ってん?」
「そ。で‘ウチの店に来たらもっとあげる’って言うの、あとはもーメチャメチャ安く働かせたりお金巻き上げたりしてさ」

クスリについて言及したカムラリンは舌を出す。お楽しみの時間に使うのであればパーティードラッグ、まぁ、十中八九雪廠アイスハウス

給料が低くても文句が出ないのはそのせい。この店に女が流れているのは金銭目当てではない、もっとも料金表とリンの手取りを確認した時点でそれは明らかだったが。
囲われた女性達は店長を名乗る男──及び薬──に惚れ込んでいる為、何を訊いてもなかなか口を割らない。桂子カコもそのうちの1人。

桂子カコは最近あまり【楽山ここ】に出勤していないらしい。店長がみつがせる為に何か割の良い・・・・仕事を振っているのでは?とリンは予想しているものの、彼女へ尋ねても‘たまたまだよ’とはぐらかす。連絡のつかない日も多い。
割の良い仕事…だけなら、まだいいが。カムラが以前スカウトしその楽山ここ】へ流れたとおぼしき女性達の写真をリンへ見せるも、店で会ったことは無いと言う。割の良い・・・・お仕事を振られているのかそれとも────既にまた別の場所へトバされてしまったのか。

「この店のキャストはみんな店長に、その…んー…丸め込まれとるん?」
「店長が引き抜いて来たは。在籍の…半分くらいかな?もう半分は、全然関係ない。でも全員がベタ惚れ!ってわけじゃないよ、フツーに辞めてくもいるし」

薬や諸々のことは退店していったキャストに愚痴のような形で聞いたらしい。‘けど桂子カコみたいな、のめり込む性格の恋愛脳はずっと引っ掛かりっぱなしになっちゃうんだよ’とリンは天井をあおぐ。

リン桂子カコとは随分と仲良くしていたようだ。お互い家族もおらず、物心付いた頃から水商売で生計を立て九龍で暮らしてきた者同士。時に慰め合い時に励まし合い過ごしていた。
桂子カコはかなりの寂しがり屋で、優しくしてくる男へすぐフラついてしまう。そいつの目的が身体であっても金であってもお構いなし。女の友情より男を選ぶこともしばしば…リンに対しても例外ではない。愛想を尽かしかけた回数は1度や2度におさまらないが、その度に‘待って待って’と涙ながらに追い掛けてくる姿を、結局捨て置けなかった。桂子カコリンを大好きなのは本当だしそこに嘘はない。リンもわかっている。

「手ぇかかって困っちゃうし、ムカつく時もめっちゃあるけど!でも…友達だからさ…」

ネックレスをイジりながら眉を下げて笑うリン。子供っぽいデザインだと思ったが、桂子カコに‘可愛いから2人でしようよ!私、ずっと大切にする!’と押し切られてお揃いで購入した───そう懐かしそうに語る姿を黙って見ているタクミ。そのタクミカムラは黙って見ていた。

支え合っとった友達…やけど上手くいかんくて…そうやっててんな、タクミも。俺も親はらんくなったけどみんながってくれとるし。カズラのことはあったにしろ…あぁもう!こういう時にかけられるエエ言葉ぁ、持ってへんねんな俺は!ホンマ気ぃ利かんで───と、その思考をさえぎり、突然吸い差しを揉み消したタクミリンカムラを両腕で纏めるとベッドに押し倒した。全員の頬がくっつく。

「ちょちょちょなんなん!?」
「誰か居る」

テンパるカムラに短く囁くタクミ。カーテンの裏に感じた人の気配…2人に覆い被さったまま、今度は少し響く程度の声量で言った。

「なぁ、カーテンちょっと開いてね?見えちまうよ。いーことシてんのにさぁ」

リンが調子を合わせて‘えー?誰も見に来たりしないよぉ’などと笑いながら、スルリと腕の下を抜け確認に行く。タクミの顔を見上げて固まるカムラ
ビっ…ビビックリした!!ビックリしたわ、こないピンクな部屋で!!いきなし女と纏めて押し倒さんといて!!ヨウごめんてホンマ、なんかごめん!!てかこいつめっちゃええ匂いしよんな!?俺も香水とかつけるべきか!?明後日の方向に飛ぶ思考。

「もう居なくなってるみたい」

廊下にチラリと頭を出し、素早く戻って来たリンが首を横に振った。身体を起こして新しい煙草に火をつけるタクミ
カムラは仰向けのまま首を反らせてリンを見た。ちょっと何となく、起き上がる気力を削がれていたので。ちゅうかこのベッドえらい堅いねんな…枠組みもギッシギッシやな…脳内を駆けるどうでもいい情報。

「初回から目ぇ付けられるってこともねぇと思うけど…別に怪しい動きしてねーし…あ、3P希望って珍しい?」
「や、そんなでも。けど男1人に女2人の方が多いかもね。120分コースで」

煙と共に疑問を吐き出すタクミへ肩を竦めるリン。じゃ次は120分注文れるわと答えるタクミを横目に、カムラは今から次回へと向けて心の準備を始めた。

「とりま、その店長を探ったらいいわけだ。どんな奴?」
「写真とかあったら良かったんだけど…細身で髪長めのイイ男だよ」
「名前なに」
「それが、みんな店長って呼ぶの!名前隠してんじゃない?でも1回だけ桂子カコルイくんて言ったの聞いた。本名か知らないけどね」

考えつつタクミはユルユルと煙を流す。勿論もちろん本名ではないだろう、プッシャーにしろ水商売にしろ大抵の者は偽名や源氏名。リンだってここではキャンディだ。リンが言ったのは‘全員に名乗っている名前か知らない’という意味、女性カモごとに違う名前を使用している可能性も十二分。そのあたりは情報屋の出番である。タクミが目配せすると、ようやく起きあがったカムラも頷いた。

「アタシは在籍続けて、動きあったら教えるから。あと…桂子カコとも話してみる。そっちも店長についてわかったら教えて欲しい。今もアレだけどさ、もっと、色々良くないコトがあるって気付けば…」

桂子カコも考え直してくれるかも知れないしね。言って、リンはわずかに俯き───すぐに顔をあげた。

考え直してくれるとはかなりの希望的観測。どれだけ親身になって助言しようが、大抵の場合は徒労に終わる。誰かに相談したり意見を求めたり、話し合う場を設けたりしたがる者でも、結論は初めから自身の中で決まっていることがほとんどだ。他人ひと他人ひとを変えられやしない。

そもそも、こんな話は界隈ではよくある話・・・・・。惚れる惚れられる貢ぐ貢がれる騙す騙される巻き上げる巻き上げられる…日常茶飯も日常茶飯、むしろ、それが花街このまちの構成要素。ドラッグだって人身売買トバしだって九龍城ではノーマル、正義感のもと食い止めたりなどは成龍ジャッキー以外はしないのだ。

それでも────無駄だと切り捨てたくないから。友達だから。‘お節介だよね’と眉尻を下げるリンカムラは首を横に振り、タクミも、‘いいじゃん’と微笑わらった。
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