九龍懐古

カロン

文字の大きさ
上 下
294 / 404
身辺雑事

【楽山】と雪廠

しおりを挟む
身辺雑事1





「ちょっと中興楼のヘルス行ってこいよ」



昼間ぴるまから放たれる台詞ではない。



「絶っ対に嫌です」

ソファで酒瓶を傾けて素敵な提案・・・・・をしてきたマオへ、笑顔で断りを入れるアズマ。【東風みせ】にツケを取りに──ついでに老酒も開けに──きただけかと思っていたが、急になにを言い出すんだこの城主は。

テメェ、好きだろが。あの辺の店」
「そんな昔の話しないでもらえます?ジジィじゃないんだかっ」

言い切らないうちにデコへと飛来した鉄扇を喰らう。それが人に物を頼む態度ですかネコちゃぁん!?思いながらアズマはスツールから転げ落ちた。

「なにかあったの」
リンが困ってるっぽい。でも俺ぁ行ってやれねーからな」

燈瑩トウエイの問いに酒瓶を振るマオ。【宵城】店主である手前、飲みに行くのはかまわないがヤり・・に行くとなると──別に店へ行った所でヤりはしないが──少々話が変わってくる。床から這い上がったアズマが首を傾げた。

リンちゃんね。困ってるって?指名本数?」
「じゃねぇだろ、トラブルだよ。多分」

先日マオは中興楼にある店舗【楽山】について、どうにも切羽詰まった雰囲気のリンに尋ねられたらしい。‘何でもいいので聞いていることはないか?’と詰め寄る彼女に‘特に何も’と答えた数日後、リンはキャストとして【楽山】に在籍をしはじめていた。

元居たピンクカジノのほうには休暇・・を貰っているようだ。退店ではなくいずれ戻ってくる心づもり。息抜きにヘルスということはないだろう、よりプレイ内容の過激な場所へ骨休めに行くとは思えない。単に金欠というのも考えられる──というかだいたいのキャストはそうだ──けれど、直前にしていた会話と質問に照らし合わせると、気になる・・・・事案があってみずから従業員として探りに行ったのでは?という推論がたつ。

「金が足りねぇって感じでもなかったしな」

呟き、パイプに火をいれるマオ。どうしたのかと聞けどもリンは詳細を説明しはしない。で、あれば、そこそこプライベートな事情…且つ誰かを巻き込む程の大事でもない。だが耳にしてしまえば放っておけないのもマオである。

「中興楼の【楽山】ならヘルスやのうてピンサロやんな」
「あ?そーなの?行ったことあんのか饅頭」
「ちゃうわ!やけど、俺もちょいちょい名前聞いとんねん」

カムラは顎に手を当てる。話によると、このところカムラがスカウトした女性が何人か紹介先の店舗から消えていて、足取りを追ってチラついたのが例のピンクサロンとのこと。雑居ビルによくある、店名と経営者がコロコロと変わる形態の店。
稼ぎを求めてより良い環境・・・・にキャストが流れるのはそうおかしくはないけれど、なにやら別の噂も入ってきていた。

「なんやその…最近ちょぉ、流行はやっとる、んー…薬があるやん」
雪廠アイスハウス?」

アズマが口を挟む。カムラが何となく言いづらそうにしているのは、雪廠それパーティー・・・・・ドラッグだからだ。元はどこか外国から持ち込まれ、香港屈指の夜遊びスポット蘭桂坊ランカイフォン流行はやりだした新顔ニューフェイス。雪廠街──アイスハウスストリート──から広がっていったので通称雪廠アイスハウス。現在九龍にも届きはじめ、城砦なかでは改良品や粗悪品がたっぷり出回っている。

マオは白煙を輪にしてポポッと吐き出した。

リンは薬やらねーと思うけど」
「ほんなら周りの誰かサンやんな。【楽山】なんや絡んでんのとちゃうか」

唸るカムラタクミが声を掛ける。

「俺、行こうか?」

パッと振り向く面々へ笑顔で‘暇だし’と付け足した。

しかしこの立候補は、恐らく山茶花カメリアの1件があったせい。マオカムラに対してあの時のことを薄っすらと申し訳なく感じており、花街におけるドラッグ関連のトラブルの可能性なら手を貸さないという選択肢はなかった。
もはや気にする必要もわだかまりも残ってはいないけれど、みんなこの男の真摯な側面はそれなりに知っている。口に出しはしないが多分、イツキネイにも借り・・をおぼえている…どことなくそんな想いを滲ませるタクミイツキは横から鳳梨酥パイナップルケーキを差し出した。半分こ。‘パサつくだろ’とタクミは笑う。

「せやったら俺も行くわ」
「俺じゃねぇのかよ」
「うっさいな!もう!」

茶々をいれるマオを睨むカムラそういった・・・・・店に単身で乗り込むのが気恥ずかしいのがバレている。ククッと喉を鳴らすマオを無視してカムラは余っていた鳳梨酥パイナップルケーキをガブリとかじった。パサつく口内。

「ちゅうかタクミリンちゃん知っとるん」
「知ってる。カジノのだろ?最初【東風】のことリンに訊いて来たんだし」

そういえばそうだとアズマは記憶を辿った。

───いらっしゃいませ。ていうかよく【東風ウチ】わかったね。
───クラブに来るネーチャン達に聞いた。ピンクカジノで働いてる、最近お前あんま遊んでくれなくてつまんないつってはいはいはい回想終わり終わり!!ごめんなさいね、遊ばなくなって!!

リンいつ出勤てんの」
「毎日みてーだな」
「そっか、じゃ今から行くか」
「今からぁ!?」

マオの毎日との回答を受け腰を上げたタクミカムラが大声を出した。

「え、おまえこのあと仕事?」
「いや暇やけど…れ、連絡とか入れた方がええんとちゃう?リンちゃんに。来客予定があるかもせんやん?なんやその、指名とか?ちゅうか電話で話せるんとちゃうかトラブルのことも」
「指名が入ってたら空くまで待てばいいじゃん。マオに話さねんなら俺らにも話さねーよ電話したって、ちょくで聞き行かねぇと。それに【楽山】も怪しいなら店見るべきだろ」

ごもっとも。

弱気な提言を至極真っ当な意見でバッサリといかれ、カムラは唇を横に結んだ。悪魔じみた笑い声をあげて近寄ってきたマオがバシッと力の限り背中を平手で打つ。紅葉もみじが咲いた。

いだぁ!!」
「気張れよ饅頭。仕事なんだからシャキッとしろシャキッと」
「せやから痛いんやってそれは!!」

涙をちょちょ切らせ苦言を呈するカムラへ、イツキは横から鳳梨酥パイナップルケーキを差し出した。半分こ。
カムラは‘ありがとうな’と礼を述べ、パサつきを承知で再びかじりついた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

処理中です...