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紫電一閃
昔日とナンバーナイン・前
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紫電一閃16
晩刻、快晴、時折高波。
週末の賑わいを見せる街の喧騒を離れ、船は九龍灣を定刻通りに無事出発。黒い波間をユラユラ進んでいく。星影さやかな夜。
ゴゥン、と唸るモーターの音に包まれた、甲板端のコンテナ内。そのうちのひとつへと身を潜め腰を下ろす彗は、隣に立膝で座る樹へトーンを落として話し掛けた。
「ありがと。来てくれて」
それなりに大きなタンカー。この規模の船、そしてこんなに様々な武器や車を沈めてしまうのはもったいない気もするが…‘利益の方が上だから’と燈瑩は笑っていた。そういうものか。よくわからないけど。周囲へ視線を這わせる彗に、樹は何かを考えながら返答。
「うん、彗と話したいことあったから」
話したいこと?彗は樹に首を向ける。ただ単に同行してくれただけかと思っていたが…何だろう、話したいこととは。
下唇に親指を当て逡巡する樹。なかなか次の句が紡がれないので、手持ち無沙汰な彗はポニーテールをイジり毛先をピコピコと動かした。視界の隅で髪紐が揺れてそちらに少し意識を割く。
今日は朱色。また、猫が新しくくれたやつ。あの猫目、口は悪いけどセンスは良い…蓮もそこそこ服装イケてるんだよね…寧の私服選んであげてるって言ってたっけ。匠も普通にアクセとかお洒落。何で東はモサい訳…?あとで姐姐と迎えに来るらしいけど、イチャイチャしてたら張っ倒してやるんだからモサメガ───メガネ無いんだった。モサモサ。
「俺さ…彗のお父さん、知ってるかも」
「え?」
急に耳をついた予想外の言葉に思わず大きな声が出て、ハッとした彗は、唇を軽く内側に巻き込む。それから樹の顔を覗いて、小声でもう1度‘え?’と訊き直した。樹も彗に目線を合わせる。
「俺の実家【黑龍】なんだよね」
目を丸くする彗へ、樹は口下手ながらもどうにか順序立てて解説した。
【黑龍】で暮らしていた幼い時分。樹の身体能力の高さを面白がった父が、名のある拳法家を自宅へ呼んでしばしば指導をつけてくれたこと。その拳法家達──つまり自分が格闘術を習っていた人物──の中に、彗の父親も居た気がすること。それを先日…彗の家族の話が出た際考えついてから、ずっと記憶を掬っていたこと。
「普段使ってるのは三節棍って言ってた人、居たかも。俺と闘る時は素手だったけど」
樹は彗にあれこれ容貌を伝えるも、どうも的を得ない。名前を知らないうえ自分の記憶が鮮明でないせいだ…悩んだ末に捻り出したもうひとつの手掛かり、彗の太腿に巻かれたベルト。収まっている三節棍。
「それ、彗星の柄の装飾が彫ってない?その人も自分の三節棍に彫ってるって…んっと…家族にちなんで、とか…」
ぎこちない説明、しかし、彗は息を呑む。
確かに…彫っている。彗星の柄の、装飾が。そして父の三節棍にも彫ってあった。
‘てかさ?樹はちょっと、爸爸っぽいね?’
そのせいだったのか。樹の姿がどこか父親と重なっていたのは。とっくに失われたはずの父の面影…まさかこんなところで…。
彗は三節棍に触れて、彫られた装飾を指の腹で撫ぜる。彗星のマーク。
「爸爸が…」
喉が震えそうになるのは何とか抑えた。視界が滲むのは抑えられなかったので、膝に顔を埋めた。
「爸爸が教えたなら樹が強いのは当然ね」
樹は頷くと彗から視線を外し、そのまま、黙って横に座っていた。さざめく潮騒と鈍いエンジン音だけが流れる。随分と長い間そうしていた。
暫くして、頭を上げた彗が樹の袖を引く。
「樹」
「ん?」
「…チャチャッと、やっちゃってよね。爸爸みたいにさ」
「うん」
「負けたりしたら許さないんだから」
「うん」
負けたことないよと答える樹が、あっ…でも1回燈瑩にデコピンで負けたと呟くと、なにそれと破顔する彗。樹も笑って応えようとし、微塵も上手くいかず妙に目力のこもった笑顔になってしまった。不自然。吹き出した彗は樹の肩を叩く。
その時。くぐもった爆発音が、コンテナの壁を突き抜けて、2人の耳へと届いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
操舵室内から外を眺める燈瑩は、窓ガラスにポツポツと水滴がしたたるのを認めて口角を上げた。ちょうどいい塩梅、俺達が九龍灣に帰りつくくらいで暴風雨真っただ中とかだとスムーズだな…思いつつ銜え煙草をふかす。
グループのメンバーは20人程度。龍頭は、さっき初めてツラを拝んだ。どうという感じもない男。しいていえば歳より若く見える。数言交わすとすぐ個室へ引っ込んで行った、あまり表に立つのが好きではなさそう。だから彗の両親の時の様なセコい手段を…いや、そこはまだ確かめていないけれど。
大陸にはまた別の繋がりがあり、仲間もわらわら居るのだろうが、それは知ったことではなかった。今回特別にルートを紹介して分け前を寄越すと謳って誘ったのだ、余程の馬鹿でない限り儲け話を他言はしないはずなので、中国方面の残党に‘アンバー’の名が漏れることはとりあえず無い。と思う。漏れたらその時はその時である。
白煙を漂わせる燈瑩の後ろで半グレ連中は、積んでいる車のうち数台は手元に残そうだのなんだのと盛り上がっていた。
割と高級いの載せたからな…ていうか選ばなくても全部持ってくことになるから大丈夫だよ…そんな科白を飲み込み、燈瑩は‘ランドローバーあたりがオススメ’等とどうでもいい相槌を打つ。
現在地は大亚湾。まだまだ先の長い航海────のはずだった。突如として轟いた、盛大な爆発音がなければ。
晩刻、快晴、時折高波。
週末の賑わいを見せる街の喧騒を離れ、船は九龍灣を定刻通りに無事出発。黒い波間をユラユラ進んでいく。星影さやかな夜。
ゴゥン、と唸るモーターの音に包まれた、甲板端のコンテナ内。そのうちのひとつへと身を潜め腰を下ろす彗は、隣に立膝で座る樹へトーンを落として話し掛けた。
「ありがと。来てくれて」
それなりに大きなタンカー。この規模の船、そしてこんなに様々な武器や車を沈めてしまうのはもったいない気もするが…‘利益の方が上だから’と燈瑩は笑っていた。そういうものか。よくわからないけど。周囲へ視線を這わせる彗に、樹は何かを考えながら返答。
「うん、彗と話したいことあったから」
話したいこと?彗は樹に首を向ける。ただ単に同行してくれただけかと思っていたが…何だろう、話したいこととは。
下唇に親指を当て逡巡する樹。なかなか次の句が紡がれないので、手持ち無沙汰な彗はポニーテールをイジり毛先をピコピコと動かした。視界の隅で髪紐が揺れてそちらに少し意識を割く。
今日は朱色。また、猫が新しくくれたやつ。あの猫目、口は悪いけどセンスは良い…蓮もそこそこ服装イケてるんだよね…寧の私服選んであげてるって言ってたっけ。匠も普通にアクセとかお洒落。何で東はモサい訳…?あとで姐姐と迎えに来るらしいけど、イチャイチャしてたら張っ倒してやるんだからモサメガ───メガネ無いんだった。モサモサ。
「俺さ…彗のお父さん、知ってるかも」
「え?」
急に耳をついた予想外の言葉に思わず大きな声が出て、ハッとした彗は、唇を軽く内側に巻き込む。それから樹の顔を覗いて、小声でもう1度‘え?’と訊き直した。樹も彗に目線を合わせる。
「俺の実家【黑龍】なんだよね」
目を丸くする彗へ、樹は口下手ながらもどうにか順序立てて解説した。
【黑龍】で暮らしていた幼い時分。樹の身体能力の高さを面白がった父が、名のある拳法家を自宅へ呼んでしばしば指導をつけてくれたこと。その拳法家達──つまり自分が格闘術を習っていた人物──の中に、彗の父親も居た気がすること。それを先日…彗の家族の話が出た際考えついてから、ずっと記憶を掬っていたこと。
「普段使ってるのは三節棍って言ってた人、居たかも。俺と闘る時は素手だったけど」
樹は彗にあれこれ容貌を伝えるも、どうも的を得ない。名前を知らないうえ自分の記憶が鮮明でないせいだ…悩んだ末に捻り出したもうひとつの手掛かり、彗の太腿に巻かれたベルト。収まっている三節棍。
「それ、彗星の柄の装飾が彫ってない?その人も自分の三節棍に彫ってるって…んっと…家族にちなんで、とか…」
ぎこちない説明、しかし、彗は息を呑む。
確かに…彫っている。彗星の柄の、装飾が。そして父の三節棍にも彫ってあった。
‘てかさ?樹はちょっと、爸爸っぽいね?’
そのせいだったのか。樹の姿がどこか父親と重なっていたのは。とっくに失われたはずの父の面影…まさかこんなところで…。
彗は三節棍に触れて、彫られた装飾を指の腹で撫ぜる。彗星のマーク。
「爸爸が…」
喉が震えそうになるのは何とか抑えた。視界が滲むのは抑えられなかったので、膝に顔を埋めた。
「爸爸が教えたなら樹が強いのは当然ね」
樹は頷くと彗から視線を外し、そのまま、黙って横に座っていた。さざめく潮騒と鈍いエンジン音だけが流れる。随分と長い間そうしていた。
暫くして、頭を上げた彗が樹の袖を引く。
「樹」
「ん?」
「…チャチャッと、やっちゃってよね。爸爸みたいにさ」
「うん」
「負けたりしたら許さないんだから」
「うん」
負けたことないよと答える樹が、あっ…でも1回燈瑩にデコピンで負けたと呟くと、なにそれと破顔する彗。樹も笑って応えようとし、微塵も上手くいかず妙に目力のこもった笑顔になってしまった。不自然。吹き出した彗は樹の肩を叩く。
その時。くぐもった爆発音が、コンテナの壁を突き抜けて、2人の耳へと届いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
操舵室内から外を眺める燈瑩は、窓ガラスにポツポツと水滴がしたたるのを認めて口角を上げた。ちょうどいい塩梅、俺達が九龍灣に帰りつくくらいで暴風雨真っただ中とかだとスムーズだな…思いつつ銜え煙草をふかす。
グループのメンバーは20人程度。龍頭は、さっき初めてツラを拝んだ。どうという感じもない男。しいていえば歳より若く見える。数言交わすとすぐ個室へ引っ込んで行った、あまり表に立つのが好きではなさそう。だから彗の両親の時の様なセコい手段を…いや、そこはまだ確かめていないけれど。
大陸にはまた別の繋がりがあり、仲間もわらわら居るのだろうが、それは知ったことではなかった。今回特別にルートを紹介して分け前を寄越すと謳って誘ったのだ、余程の馬鹿でない限り儲け話を他言はしないはずなので、中国方面の残党に‘アンバー’の名が漏れることはとりあえず無い。と思う。漏れたらその時はその時である。
白煙を漂わせる燈瑩の後ろで半グレ連中は、積んでいる車のうち数台は手元に残そうだのなんだのと盛り上がっていた。
割と高級いの載せたからな…ていうか選ばなくても全部持ってくことになるから大丈夫だよ…そんな科白を飲み込み、燈瑩は‘ランドローバーあたりがオススメ’等とどうでもいい相槌を打つ。
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