九龍懐古

紫電一閃

架電とアイスピック・後

紫電一閃12





活気づく昼時の城塞。

樹グルメおすすめの甘味処でブランチを購入した帰り道、胡乱うろん気な金物屋──兼、薬屋──に寄る東アズマ。蓮レンが欲しがっていたアイスピックの調達がてらお菓子・・・も物色するらしい。藍漣アイランが‘鼻からか’と茶化すと、‘この店は粒’との返答。口からだった。

店の外で一服いっぷくつけながら東アズマを待つ藍漣アイランは、壁にもたれてここ数日のことを思い返す。

今回九龍に来てからいくらか経ったが、彗スイもみんなと打ち解けて上手くやれている。連れてきて正解だったな。街の治安は相変わらずなものの、安全性の高いエリアだってある。上海でもやることは残ってるけど、このまま九龍ここで腰を落ち着けるってのはアリだよな。東アズマも喜んで…いや、ウチか。嬉しいのは。

ひとりで頬を綻ほころばせていると、通路の奥から歩いてくる人影。藍漣アイランは脇へと身を寄せた。城砦の路地はどこもかしこもせせこましく、場所によっては擦れ違うのも一ひと苦労。まぁ、この道はそこまで狭くもないが…と、やって来た男は藍漣アイランの正面で足を止める。
ん？通りづらかったか？更に端へ避けようとする藍漣アイランだが、男はその場から動かない。───こいつウチに用があるのか？

「お前だろ、上海からルート開拓しに来たのって」

脈絡なく吐き捨てる男へ、藍漣アイランは訝いぶかしげに片眉を上げる。上海から来たは正しい。でもルートの開拓ってなんだ？つうか、お前こそいきなり誰だよ？疑問を包み隠さず口に出すも、‘とぼけるな’と凄すごまれ増々意味が不明。

「とぼけてねぇよ、人違いじゃねーの？ウチ今せっかく気分良いんだからさ。ブチ壊すのやめろよな」

呆れ顔で煙草を捨てる藍漣アイラン、男は苛立った表情。どうやらこいつら──前にも後ろにも増えた、喋ってるうちに──はそのルート・・・とやらが欲しいようだ。あげられるならあげてもいいが、いかんせん心当たりが無くどうしようもない。押し問答が続き、藍漣アイランの態度が一貫いっかんして変わらないと見るや痺れを切らした輩の１人が腕力に訴えだした。

おいおい、我慢の足りない奴らだな…？気分壊すのやめろつってんのに…考えつつ、飛んできたパンチを藍漣アイランがしゃがんで避けると攻撃は背後の男にヒット。尻餅をつく男。藍漣アイランは立ち上がりざま、パンチを繰り出してきたほうの輩の顎を下から蹴りあげる。別のチンピラが銃を構えたのが見え、顎に蹴りを喰らってよろめく輩の首根っこを引っ掴むと盾にした。仲間は撃たないだろうとの予想からだったが───相手は躊躇いもなく発砲。バスバスと弾丸がめり込み盾・が血を吐く。瞳を瞬しばたたかせる藍漣アイラン。

「なんだお前ら、仲間じゃねぇの？それとも使い捨てか？」

首を傾げる藍漣アイランを再び銃口が狙う。その時、スコンッという緊張感のない音と共に、飛来したアイスピックが男の頭に刺さった。崩れ落ちる男、藍漣アイランが視線で軌道を辿ると目に入ったのは慌てた様子で駆け寄ってくる東アズマの姿。ナイスブル。

「なになになに！？何してんの！？」
「ウチはなにも。なんか絡まれた」

ケロリと答える藍漣アイランの足元で最初にパンチで倒れ込んだ男が立ち上がりかけ、東アズマはこちらの額にもガスッとアイスピックを刺した。ついでに軽く捻ると脳みそが掻き回ったらしく男の鼻腔からよくわからない液体が出る。藍漣アイランが小声で‘うわぁ’と言った。

同時に、いつの間にやら近寄って来ていた小さな男が２人へピストルを突き付ける。東アズマは藍漣アイランを庇うように射線に立った。小男は東アズマに向けて‘なんだテメェ’などテンプレートな台詞をがなる、やはり藍漣アイランに用事があるのだろう。

なんだテメェと言われましても。か…れし、っていうのも場にそぐわないな。そういうの訊かれてるんじゃないだろうし。てか、彼氏か…いい響きですね…。余計なことを考えているのが東アズマの雰囲気に現れ、男は舌打ちをして東アズマの頭へと照準を合わせ怒鳴った。

「どけよデカブツ」
「どかねぇよドチビ」

間髪入れずに東アズマが返し、パパンッ、と重なった銃声が轟く。１発は男が撃ったもの、東アズマの目元をかすめ黒縁のツルが割れて眼鏡がフッ飛んだ。もう１発は───藍漣アイランが撃ったもの。男の下顎から後頭部に弾が抜けて、脳天を割り血が吹き出した。先程倒した輩の銃を拾っていて、東アズマの身体の陰、死角の低い位置から発砲したのだ。ドシャッと男が血の海に沈む。

和やかな昼下がりが一転し、凄惨な路地裏。東アズマはキョロキョロ周りを見渡した。他に敵はいなさそう…死体は放ったらかしにしてもこの辺のエリアなら別にいいだろ、多分誰か持ってく・・・・し…てかアイスピックもっかい買うべきかしら。蓮レンごめん、中華包丁に続き。

地面に落ちた眼鏡を拾い、藍漣アイランの手を引いて走り出そうとして────ふと気が付く。

「ケガしたの？」
「そうっぽい」

他人事のように答える藍漣アイランの脹脛ふくらはぎが赤く染まっていた。弾が掠ったのか。あんま走れねーなと唇を曲げる藍漣アイランの前に屈み込む東アズマ。

「乗って」
「え？おぶって大丈夫かよ？東おまえ、ただでさえ走るの遅いのに」
「ごめんなさいね！」

悲壮な表情の東アズマへ藍漣アイランは愉しそうに笑い、その背に身体を預けパーカーのフードに顔をうずめる。

「置いてったっていいんだぜ」
「な訳ないでしょ…俺だって自分の女くらいちゃんと守りますぅ…」
「へぇ？言うじゃん♪」

藍漣アイランを背負い東アズマはトロトロと足を進める。普通に遅い、ただの早歩きと言っても過言ではない。そんな彼氏・・に藍漣アイランはまた愉しそうに笑って、首元に回した両腕に力を込めると横顔にキスをした。