九龍懐古

カロン

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紫電一閃

強制入院と上機嫌・前

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紫電一閃9





「で、タクミのその氷とティッシュは何?」
「お宅の助手の治療だよ…もうちっとしっかり研修・・やっといてもらってもいいですかね、先生…」

疑問を投げるアズマ。空笑いするタクミ

差し向き自宅に独りで置いておくよりも安全だという判断のもと、イツキカムラの家へネイを預けに行った。入れ替わりで食肆レストランに到着した先生アズマの目に入ったのは、頭よりも大きな氷嚢をデコにのせ、両鼻へ──血が出たのは片方だけなのに──メチャクチャにティッシュを詰められた患者タクミ。惨事。

「まぁタンコブは冷やすより他に無いしね、妥当じゃない」
おまえマジでイツキに甘いな」

グッジョブとでも言いたげなアズマの意見に文句をつけ、タクミは鼻に入れられていたティッシュをこっそり捨てた。イツキが帰ってきたら元の木阿弥もくあみになる気もするが…束の間の自由。

アズマはやたらめったらデカい氷嚢をどかすとタンコブの具合を確認。外傷は腫れと擦れ…他に症状もないみたいだし重大ではなさそうだけど、頭はパッと見じゃわかんないからな…。何日か注意したほうがいいんじゃないかしらと伝えるとタクミは‘りょ’と適当な返事。無いな?注意する気。ウチの患者達はいうことをきかなくて困る、肩を竦めるヤブ医者。

レンの作ったランチ──予告通り節瓜ふしうり炒め──が出来上がる頃に戻ってきたイツキは、卓へつくやいなやタクミの鼻を黙って見つめた。
まずい…ティッシュの事か…タクミは‘食いづらいから一旦取った’と誤魔化しレンを急かす。吉娃娃チワワはすぐに食べ物をサーブ、ドリンクやデザートもたくさんテーブルに並べイツキの意識を逸らした。ナイス気遣い。

カムラが色々調べてくれるって」

言いながらイツキは配膳された料理を次々パクつく。数日前の外出中にスイが揉めた件もかんがみると、面倒な新興勢力がでてきた可能性は十二分。新グループなど出来ては消え出来ては消えの水泡のようなものではあるが───どことなく、気掛かりな点もあった。情報を集めておくに越したことはない。

ネイ、大丈夫そうだった?」
「風邪かも。なんか顔赤かった」

アズマの問いに答え、最近雨ばっかりだったし冷えたのかなと唸るイツキ
多分違う…そう感じたがそれは口に出さず、アズマは質問を重ねる。

大地ダイチは何て?」
「おかえり!って」
「でしょうね」

もともとネイ大地ダイチの家に居候していたのだ、当然の反応ではある。…多少お互いの感情が変わっていたとしても。
しかし、照れもしないし素直だし、こういった面では実は大地あいつって相当な強者なのでは?カムラも見習ったらいいんじゃ、ていうかなんなら俺も見習うべきか?思いつつ箸を運ぶアズマイツキはご飯のおかわりついでに氷嚢を新しい物に交換した。相変わらずどデカい袋にギッシリ詰められた氷、獅子山ライオンロック。ズシッと頭上にのせられたタクミが無言で乾いた笑顔を見せる。諦念ていねん

昼食後。夜営業は通常通りに行おうと準備を開始したレンアズマが手を貸すかたわら、おいとまするために身支度を整え──獅子ライオンはそっとテーブルの隅へ置いて──立ち上がるタクミの服をイツキが掴んだ。

「どこ行くの」
「え?家帰っ…」
「帰らないよ」

イツキの主張が今一いまひとつ要領を得ず、固まるタクミ。帰らないよ?とは?

「治るまで帰らないよ。俺も食肆ここ泊まる」

有無を言わせぬ目付きで座れとうながす看護助手に戸惑う患者。

帰らないよ、って…俺が帰らないの?そしておまえも?そこでタクミは先日、ケガをした燈瑩トウエイイツキに延々と【東風】へ閉じ込められていたのを思い出した。参った、このままでは俺も24時間体制で獅子山ライオンロックおよび鼻ティッシュの刑に…焦るタクミの後ろでレンが‘僕は大歓迎でしゅよ!バックヤードをお使い下しゃい!’と満面の笑み。やめろ、ダメ押しは。さっきの気遣いはどこへやったんだ吉娃娃チワワ

「氷換えよう。溶けてきた」
「いや、大丈夫!ちゃんと冷えてるから!」
「よくない。鼻も危ない」
「鼻は危なくない!」

氷嚢とティッシュを手に迫り来る看護助手。再開された攻防戦、会話を小耳に挟んでいたアズマはキッチンから成り行きを窺う。
あら、これで怪我の経過観察は出来そうね…じゃなくて。イツキ食肆ここ泊まるの?何日か…?ということは────口元に手を当てて考え込む眼鏡。


窓を揺らす強風、轟く雷鳴。再び街を濡らしはじめた雨は、各々の複雑な胸中を降り注ぐ灰色の雫で生ぬるく包んだ。
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