九龍懐古

カロン

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紫電一閃

B級グルメとボッコボコ・前

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紫電一閃5





「見て姐姐ジェジェ!これマオがやってくれたの、髪紐も貰っちゃった!」

藍漣アイランアズマ食肆レストランに入るなり駆け寄ってきたスイ。クルッと回ってポニーテールを見せた、可愛らしくアレンジされた髪とともに綺麗な組紐が揺れる。藍漣アイランは手近な椅子に腰掛け、スイの赤茶けた毛先をイジると‘お洒落でイイじゃん’と称賛。

「器用だなあいつ
「もともと本人もポニテだったから…今も【宵城みせ】のメイクとかやってるし」
「へぇ?似合いそうだね、中身なかみは俺様だけど外見そとみは可愛いもんな黙ってりゃ」

答えるアズマ藍漣アイランが軽口を叩きケラケラ笑う。見た目は母親に似ているらしいとアズマ、なら母ちゃん美人だなと藍漣アイランはますます口角を上げた。
マオは【宵城】の開店準備のために既に食肆レストランを後にしているようだ。残念、‘可愛い’などと言われたらネコちゃんがどんな反応をするか見てみたかったけれど───いや、無駄に俺が殴られそうだな。居なくて良かったか。思いつつ、厨房へ引っ込むアズマ

バイトを終えてやってきたイツキも加わり、夕飯も兼ねて始まる食事会。話題はすっかり九龍城砦の下町グルメで持ち切りに。

鶏蛋仔エッグワッフルならレフェリーおじさんのとこが1番美味しいかなぁ」
蝦雲呑麺えびワンタンメンは光明軒」
「それ、タクミさんも言ってました」
「ウチもそこ食べた事あるよ。旨かった」
姐姐ジェジェが行ったならスイも行く!ってゆーか誰、レフェリーおじさんって?外国の人?」
「では、僕も今度行ってみましゅか…後学のために…」
「研究熱心ねお前」

夜更けまで続くワイワイとした談笑、そしてまた翌日、集まった面々はブラブラ街歩き。団体客のディナーの予約で仕込みに追われるレン──手を貸そうかと打診したアズマと一緒に藍漣アイランも店に残ったのでスイは大層不満げ──の代わりにタクミが参加、大地ダイチは寺子屋終わりに合流するらしい。一行いっこうの目的は昨晩盛り上がったB級グルメ探訪だ。

九龍城で有名な食べ物といえば雲呑ワンタンや麺、団子類。香港の魚肉団子は80%が城塞内で作られている。しかし大半の工場は衛生基準を満たしておらず、害虫もいれば食中毒も懸念されるが…売り手も買い手もそんな事はこれっぽっちも気にしていない。その点レン食肆レストランはかなり清潔──稀に他所よそから入ったネズミは出るものの──な優良店。

スイが壁にペンキで直接書かれた通路表記を読み上げる。龍津道、老人街、矢印の先には光明街。

「光明軒って光明街にあるんだ。まんまだねネーミング」
「うん。でもあの通りは、光明軒と鶏蛋仔ワッフル屋以外は行かない方がいい」
「何で?美味しくないから?」
「あの辺のご飯屋さんあんまり綺麗じゃなくて…この前も食あたりで、お客さんバタバタ倒れて運ばれてた。内緒にしてるけど」
「やば」

イツキの説明にスイが目を見開く。飲食店グルメ情報に詳しい大食漢グルメ、食べ物関連の話ならなんでもござれ。

‘光明街なんて明るい名前なのに’とボヤくスイに、‘蝋燭ろうそくばっか立ってたからだよ’とタクミ
光明は陽や希望の光などでは全くなく、怪しげな蝋燭の灯のこと。今はマシになったが昔は道沿いにヘロイン屋台がわんさか軒を連ね、小型のテーブルに蝋燭ろうそくを置いて白い粉・・・を売っていた。ご丁寧に粉を吸引するための椅子まで用意されており、中毒者連中からは‘電台街’などとも呼ばれて──みんなその電気台テーブル充電・・するから──いたとか。

スイが感心したような声を出す。

「へー!詳しいのね、タクミ
「まぁ俺は九龍ここ出身だし」
「俺イツキとかもでしょ?」
「んーん。俺、もともとは香港に居た。地元なのはタクミカムラ達と…あと燈瑩トウエイだと思う」

イツキスイへと返答しながら、意外に城外からやってきた者も多いという事実をあらためて認識した。流れ者の坩堝るつぼ、九龍城砦。

「龍津道には何があるの?」
「ストリップショーばっか。賭博場もあっけど花街のよりゴミゴミしてて雑な感じ、値段安いけど治安わりい」
「犬肉料理店が多い。でも市内から犬盗んできてて、たまに香港警察がガサ入れしてる。味の評判はまぁまぁ」
「じゃあ老人街は?」
「老人ホームと青年センター。わりと健全なエリアじゃん?宗教団体が仕切ってるけど、悪徳じゃねーから。健康娯楽施設だよ」
「豚の血?とか?加工してる店がある、血のソーセージ売ってて…プルプルしてるゼリーみたいな…普通に肉のほうが美味しい」

飛んでくるスイの質問に、街レポと食レポの観点から答えるジモティーグルメ。まだあまり城塞事情に詳しくないネイも興味深そうに聞いている。
あれやこれやとお喋りをしつつ食べ歩き、スイ天仔てんちゃんをいただくお礼にと雑貨屋で大地ダイチにヘンテコなキーホルダーを購入──‘ネイにも買ってあげる、これでお揃いになるわね’とニヤニヤされてネイは赤面──し、小ぢんまりとした広場でひと休み。
飲み物調達ちょうたつを男子に任せて、申し訳程度に設置されたベンチに腰掛けた女子はコソコソと恋バナを開始。

大地ダイチそろそろ学校終わるんじゃない?ネイ微信チャットしてみたら?」
「や…いいよ…待ってれば、そのうち…連絡来ると思うし」
「消極的ね。られたらどうすんの」
「えっ!?誰に!?」
スイ大地ダイチ、狙っちゃおうかな」
「嘘!?」
「嘘♪」

やめてよぉとスイをポカポカ叩くネイ。冗談に決まってんじゃん!スイ姐姐ジェジェ一筋ひとすじだもん!と笑う妹分。

スイちゃんは藍漣アイランさんが大好きなんだね」
「大好き!だって…姐姐ジェジェだけだったからさ。ちゃんとスイと話してくれたの」

両親の事故のあと。

スイは施設を抜け出し、1人、上海の路地裏をフラついていた。大人なんてろくでもない…お金とか保身とか地位とか名誉とか。言う事をきかせよう、思い通りに動かそうとしてくる奴らばっかりだ。子供の立場は弱い。
スイにとっての路上生活はさして苦でもなく、自由で良いとさえ思っていた。ストリートは弱肉強食ではあったものの、父が教え込んでくれた格闘術のおかげでちょっとした喧嘩でスイが‘弱’に回ることはほとんど無かったし、ナメてかかってくる奴には片っ端から相手になった。負けていられなかった、例え力で負けたって、気持ちで負けたことはなかった。負けてしまったら────大切な物が折れてしまう気がして。

そんな時に藍漣アイランと出会った。誰の事も信用出来ないと心を閉ざすスイを見棄てずに、根気よく向き合い、手を差し伸べてくれた。

姐姐ジェジェはね、カッコいいんだよ。スイ姐姐ジェジェにいっぱい褒められたいんだ」
スイちゃんならたくさん褒めてもらえるよ」
「もっと褒めて欲しいの!いつも!」

足をバタつかせて上を見あげ唇を尖らせるスイ。対象的に身体を縮こませてうつむネイ

「いいなぁ。私は…あんまり…色々、上手く出来なくて」
「でもネイはみんなの仲間なんでしょ」

スイの言葉にネイは‘そうだけど’と小さく頷く。カラッとした声で続けるスイ

「だったら出来てるのよ、何か」

出来てるのかな?そうかな?そうだといいな。私も────口を開きかけたネイの耳に入った、ザリッと砂を踏む音。顔を上げると目の前に立つ見知らぬ男達がこちらを睨んでいて、隣で既にスイも男達を睨み返していた。男がベンチの端を蹴り、ネイは驚いて5センチほど飛び上がる。スイが苛立ちをあらわにして、眉間にシワを寄せた。

「どけ、ガキ。仕事・・の邪魔だ」
「はぁ!?あとから来たのはそっちでしょ。オッサンが場所変えたら?ウザいんだけど」

吐き捨てる男、スイは間髪入れず悪態を返す。

えぇ?スイちゃん、すっごい強気!この人たちガラ悪そうだよ…‘仕事’って危ない仕事なんじゃない…!?ネイはアワアワと両者の姿を見比べた。男ががなる。

「売り飛ばされてぇのかよ」
「やってみなさいよ」

台詞と同時にスイは太腿のホルダーから鉄の棒3本を抜くと、コンマ数秒で組み立てた。小振りな三節棍────そしてその先端は、ネイがまばたきをする間にもう男の鼻へとめり込んでいた。
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