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紫電一閃
シグナルと台風
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紫電一閃1
シグナル10。
今回突進してきている台風に対し、現地当局は最高レベルの警戒令を出した。この段階のシグナルは数年ぶり。
そこかしこで洪水が勃発、香港市内では人やゴミ箱に街路樹と、様々な物が未曾有の強風でフッ飛んでいる。もちろん公共交通機関はストップ。まぁ電車やバスについてなんて、車すらほぼほぼ通れない九龍城には関連性の薄い話題だが。台風接近で九龍にのしかかる問題は、屋上階に設置してあるアンテナ群が根こそぎ風に攫われていってしまうことだろうか。テレビが只の四角い箱や液晶パネルに早変わり…正直、晴れていようが常日頃から映りはそんなに良くないのだけれど。混線、盗電、電波障害。
上は店の外へと目を向けた。上階から滝のように流れてきている雨水が【東風】の看板にバシャバシャとかかって、電球をショートさせている。いや、元から切れていたのか?どちらにせよ交換が必要そう。横でテーブルに頬杖をつく樹が画面の固まった携帯をフルフル振った。腕を回したり伸ばしたり縮めたりして、通信のベストポジションを模索中…電波障害。
ソファには──ツケの取り立てついでに老酒を開けに来た──閻魔が転がり、隣で燈瑩が煙草をふかしている。戸棚から出した菓子を頬張る大地、カウンターでギターをいじる匠。ものすごくいつものメンツ。
「お待たせぇ」
東がキッチンから昼食の粥を運んできた。しっかり油炸鬼付き。樹に上、そして大地の前にトントン並べ、‘あと誰が食べんの?’と訊いた。媽媽。と───同時に店舗の扉が開く。あら?こんな悪天候だってのにお客様かしら?媽媽は振り向いた。
立っていたのは小柄な女の子。店内の様子にキョトンとし、外付け看板を1度見て、また店内に顔を戻す。何屋なのか判断しかねたのだろう。東と目が合うと、駆け足気味に中へ入ってきた。
「あなたが東?」
「そうですが、どちら様でしょうか」
返答する東の頭の天辺から爪先まで視線を数回往復させると、少女は‘ふぅん’と呟き、思いっ切りつまらなそうな表情で溜め息。
「あんまり趣味良くないなぁ…姐姐は」
「なんの話!?」
「姐姐にはもっとシュッとした相手がいいと思う!なんか…こっちの人とか!」
少女にビシッと指を差され、こっちの人が、とりあえず‘どうも’と礼を言った。
「駄目だ燈瑩は。面が良過ぎる」
次いで、入り口から聞き覚えのある声。
「だからって、この眼鏡はモサい!」
「モサい!?酷くない!?っていうか…」
少女が今度はビシッと東を指差す。東は抗議をしつつその指先、それから、声の方向へと目線を移した。
「イジめんなよ、彗。東はイイ男だぜ」
言葉と共にドアから姿を現したのは見慣れた女性。整った顔立ちに殊更楽しそうな色を浮かべ、ニヤリと口角を吊りあげる。
「藍漣…言ってよ、帰ってくるなら…」
再会が唐突過ぎて台詞が何も思い浮かばず、東は心情をそのままこぼした。
「悪い悪い、バタついててさ。いい子にしてたか?」
藍漣はスタスタ足早に近付き、東のフードの紐を引っ張ると唇を寄せる。見ていた上が赤面してレンゲを取り落とし、大地は笑顔で藍漣!と叫んだ。匠が無言で指先にハートを作り‘彼女か’と問い、頷く樹。
「えー!!やだ姐姐!!ほんとにそのモサい眼鏡が気に入ってるの!?」
「そうだよ♪彗も、もうちょい歳食ったら東の良さがわかるかもな」
‘そうだよ’は嬉しいのだが、文脈的に‘モサい眼鏡’も肯定されている。しかも恥ずかしいな皆の前で色々と。閻魔とこっちの人めちゃくちゃ笑ってるし…台風が違う台風も連れてきちゃったよ…そんな事を思いつつ、モサい眼鏡はさしあたり‘お粥食べる?’と声を絞り出した。
シグナル10。
今回突進してきている台風に対し、現地当局は最高レベルの警戒令を出した。この段階のシグナルは数年ぶり。
そこかしこで洪水が勃発、香港市内では人やゴミ箱に街路樹と、様々な物が未曾有の強風でフッ飛んでいる。もちろん公共交通機関はストップ。まぁ電車やバスについてなんて、車すらほぼほぼ通れない九龍城には関連性の薄い話題だが。台風接近で九龍にのしかかる問題は、屋上階に設置してあるアンテナ群が根こそぎ風に攫われていってしまうことだろうか。テレビが只の四角い箱や液晶パネルに早変わり…正直、晴れていようが常日頃から映りはそんなに良くないのだけれど。混線、盗電、電波障害。
上は店の外へと目を向けた。上階から滝のように流れてきている雨水が【東風】の看板にバシャバシャとかかって、電球をショートさせている。いや、元から切れていたのか?どちらにせよ交換が必要そう。横でテーブルに頬杖をつく樹が画面の固まった携帯をフルフル振った。腕を回したり伸ばしたり縮めたりして、通信のベストポジションを模索中…電波障害。
ソファには──ツケの取り立てついでに老酒を開けに来た──閻魔が転がり、隣で燈瑩が煙草をふかしている。戸棚から出した菓子を頬張る大地、カウンターでギターをいじる匠。ものすごくいつものメンツ。
「お待たせぇ」
東がキッチンから昼食の粥を運んできた。しっかり油炸鬼付き。樹に上、そして大地の前にトントン並べ、‘あと誰が食べんの?’と訊いた。媽媽。と───同時に店舗の扉が開く。あら?こんな悪天候だってのにお客様かしら?媽媽は振り向いた。
立っていたのは小柄な女の子。店内の様子にキョトンとし、外付け看板を1度見て、また店内に顔を戻す。何屋なのか判断しかねたのだろう。東と目が合うと、駆け足気味に中へ入ってきた。
「あなたが東?」
「そうですが、どちら様でしょうか」
返答する東の頭の天辺から爪先まで視線を数回往復させると、少女は‘ふぅん’と呟き、思いっ切りつまらなそうな表情で溜め息。
「あんまり趣味良くないなぁ…姐姐は」
「なんの話!?」
「姐姐にはもっとシュッとした相手がいいと思う!なんか…こっちの人とか!」
少女にビシッと指を差され、こっちの人が、とりあえず‘どうも’と礼を言った。
「駄目だ燈瑩は。面が良過ぎる」
次いで、入り口から聞き覚えのある声。
「だからって、この眼鏡はモサい!」
「モサい!?酷くない!?っていうか…」
少女が今度はビシッと東を指差す。東は抗議をしつつその指先、それから、声の方向へと目線を移した。
「イジめんなよ、彗。東はイイ男だぜ」
言葉と共にドアから姿を現したのは見慣れた女性。整った顔立ちに殊更楽しそうな色を浮かべ、ニヤリと口角を吊りあげる。
「藍漣…言ってよ、帰ってくるなら…」
再会が唐突過ぎて台詞が何も思い浮かばず、東は心情をそのままこぼした。
「悪い悪い、バタついててさ。いい子にしてたか?」
藍漣はスタスタ足早に近付き、東のフードの紐を引っ張ると唇を寄せる。見ていた上が赤面してレンゲを取り落とし、大地は笑顔で藍漣!と叫んだ。匠が無言で指先にハートを作り‘彼女か’と問い、頷く樹。
「えー!!やだ姐姐!!ほんとにそのモサい眼鏡が気に入ってるの!?」
「そうだよ♪彗も、もうちょい歳食ったら東の良さがわかるかもな」
‘そうだよ’は嬉しいのだが、文脈的に‘モサい眼鏡’も肯定されている。しかも恥ずかしいな皆の前で色々と。閻魔とこっちの人めちゃくちゃ笑ってるし…台風が違う台風も連れてきちゃったよ…そんな事を思いつつ、モサい眼鏡はさしあたり‘お粥食べる?’と声を絞り出した。
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