九龍懐古

好迪士尼

米奇老鼠と遊園地・後

好迪士尼３





人混みの中、ソワソワしながら場所をとる上プー。すっかり仲良くなった寧ネイと陽ヨウのあいだに入はいれず所在なさげ…というのも、話を振ってもらってはいるのだが上手い相槌が打てずにしどろもどろしているようだ。緊張。
駆け寄った大地ダイチは‘饅頭、女耐性それなんとかしろ’とパイプの煙を吐く猫マオを思い出しクスッとしつつ、寧ネイへピンバッチを渡す。相当量のバッチを小さな両手で受け取る寧ネイ。

「え？ど、どうしたの？こんなたくさん」
「樹イツキがいっぱいくれてさ！東アズマと哥ゴーがゲームで獲ったみたい。ね？」

振り向く大地ダイチに燈瑩トウエイが笑えむ。あと、と前置きして大地ダイチはリボンのかかった小包を出した。

「これ俺から。お土産、迷ったままになっちゃいそうだったし。気に入ってくれるかな」

包みから登場したのは可愛らしいティアラ。寧ネイは瞳を輝かせて、しかし恥ずかしそうに、ありがとうと蚊の鳴くような声で言った。陽ヨウが‘いいなぁ！寧ネイちゃんに似合いそう！’と朗ほがらかに手を叩く。
反応した上カムラが逡巡して口を開く前に、燈瑩トウエイは‘みんなに飲み物買ってきて貰える？’と上カムラへお使いを頼んだ。いやいや燈瑩トウエイさん、察し良過ぎひん…？俺の脳内透すけててんか…？自分の思考が丸わかりな事を悔しく感じつつ上カムラはそっと席を外す。

「ところで、２人は恋人同士なの？」
「え！？友達だよ！！」

急な陽ヨウの発言に驚く大地ダイチと真っ赤になる寧ネイ。フルフル首を振りながらも、大地ダイチは礑はたと考えを巡らせる。

友達、だよな？好きとかじゃなくて…じゃないよな…？一緒に居るのは楽しいし、いつも気になりもするけど───寧ネイはどう思ってるんだろう。俺と居て楽しいのかな。チラリと寧ネイを見やると、膝に両手を乗せて俯うつむき耳まで赤くして小さくなっている。その寧ネイの様子に何だか大地ダイチも気恥ずかしくなり、路上で点滅する誘導灯を手持ち無沙汰に数えた。

「どしたん？なんかあったん？」

暫しばらくして飲み物を両手に持って戻ってきた上カムラに陽ヨウは口角をあげ、数種類のキャラクター型のボトルからネズミのカップルを選ぶと大地ダイチと寧ネイへ配る。ひとつは蝶ネクタイつきで凛々しく、ひとつはリボンつきでチャーミング。礼を言う大地ダイチ、身体を縮こませる寧ネイ。

ほどなくパレード開始のアナウンス。皆と同じく縁石へ腰を降ろす上カムラの腕に陽ヨウの細い腕が絡んだ。寧ネイと同様鼻の先から耳たぶまでも赤くして黙り込む饅頭、朴訥ぼくとつ。陽ヨウは再び口角をあげ、盛大な音楽と共に始まった煌きらびやかなショーを目を細めて満足そうに鑑賞した。





その頃、メインストリートの喧騒を離れて、建ち並ぶスーベニアショップの間あいだをそぞろ歩く樹イツキ。どの店舗も綺麗な装飾がなされておりウインドウショッピングも充分に楽しめる。
フラッと立ち寄った店で目に付いたリゾートデザインの人形達、ウクレレを持った動物。南国仕様でシャツにサンダルのラフな格好をしている大柄な１匹、それに抱きつく小柄なもう１匹…２体組の愛らしいぬいぐるみだ。
ジィッと視線を落とす樹イツキに気付いた匠タクミが声を掛けた。

「綠ロクと宗シュウの土産に良さそうじゃん」

その言葉に顔を上げ匠タクミを凝視する樹イツキ。続く沈黙。匠タクミは首をひねり‘他のがいいかな？’と訊いた。樹イツキは頭を振り‘これがいい’と頷く。

────ここに来た時、思った。宗シュウも連れてきてやりたかったと。宗シュウは別段行きたがっていなかったかもわからないが…とにかく土産でも買ってあげたいという気持ちがあって、さりとて、それもそれでなんとなく変かなという懸念も同時にあった。けれど。

樹イツキはぬいぐるみを連れてレジへと向かう。プレゼントだと伝えると華やかなラッピングをしてもらえた。会計を終え戻ってきた樹イツキに匠タクミが笑う。

「良かったな、いいの買えて」
「うん。ありがとう」
「何が？樹イツキが買ったんじゃん」

再度首をひねる匠タクミ、なにに対しての礼なのかわからず疑問符を浮かべている。袋を覗いた東アズマが‘あらカワイイ’と感想、猫マオは一瞬目線を向けただけだったがこれは肯定の反応だ。
みな自然にそう・・接してくれる。その優しさに感謝し、樹イツキは２匹をしっかり抱え直した。






閉園間際。締め括りにして最大のイベント、闇夜に咲き誇る色彩豊かな花火。来場者は一様いちように空を仰ぎ今日の出来事を振り返る。

今度は大規模な花火大会にも行きたい…そう顔に書いてある樹イツキへ、維多利亞港ビクトリアハーバーに観に行こうかと提案する燈瑩トウエイ。香港では年に何度か、旧正月や国慶節、新年等のタイミングで花火大会が催される。二つ返事の樹イツキ、猫マオが‘燈瑩テメェがリッツの最上階取るんなら行く’と要求。涼しい部屋で酒でも呑みつつ優雅に観覧する気満々。ただでさえ高い宿泊代──イベント当日なら尚更──に、さんざん追加オーダーされるであろう良いお値段のシャンパン…事も無げに‘別にいいけど’と答える燈瑩トウエイに匠タクミは目を見張った。財力。
東アズマも花火作ってみてと無茶振りをしてくる樹イツキに‘線香花火くらいなら’と真剣に返す東アズマ、調合にかけては出来ないとあらば違法薬師の名折れだ。いささかジャンルは違うが。

「…あのさ」

雑談をかわす面々の横で、飛び交うパイロを見ながら隣に立つ寧ネイへ呟く大地ダイチ。寧ネイは大地ダイチを見上げた。

「俺…寧ネイと居ると楽しいよ。寧ネイが笑ってると嬉しいし、あと、えーと…可愛いと思うし」

大地ダイチは顔を寧ネイに向け、視線を彷徨わせている寧ネイの瞳を真っ直ぐに見て言った。

「だからさ。よかったらこれからも、仲良くしてほしいなって」

ピッと立てた小指を出す。その指にソロソロと自分の指を絡め、照れた様な安心した様な、フニャッとした笑顔をみせる寧ネイ。大地ダイチは少しだけ自分の心臓が高鳴る音を聞いた。



「ふふ！可愛らしいね」
「せやな」

邪魔をしないようにと離れた場所から見守る陽ヨウが目尻を下げる。返事をしつつ、上カムラはポケットから手の平ほどの包みを出した。開けてみてといわれて封をとく陽ヨウの目に飛び込む、キラキラしたティアラ。

「え、どうして？」
「お土産、買こうてへんかったし…あん時、その…‘ええな’て言うとったから」

全然ちゃうかったらすまんな、と慌てる上カムラを見詰める陽ヨウ。

大地ダイチ君が寧ネイちゃんにプレゼントした時、私、確かに‘いいなぁ’って言ったけど。上カムラ君それでわざわざ…飲み物の方がついで・・・だったのね…思いながら頬を緩め、陽ヨウはハットを脱ぎティアラを頭にのせる。

「似合う？」
「似合います」

褒めはしたものの全く直視しようとしない上カムラの肩を叩く陽ヨウ。振り返る頬に指を添え、キス。

「上カムラ君は王子様だね♡」

唇を離し悪戯に微笑びしょう。不意打ち。パニくる上カムラは脳天から湯気を出しつつ口走った。

「び…美女と野獣過ぎるやろ…」

ちゃうか、美女と仔熊か。どっちみちやな。ちゅうか‘美女’って言うてもうたし、またキ…えっ今したやんな？した。したした。…やんな？うわぁわからんもう。

動揺をよそに、陽ヨウから‘じゃあやっぱり素敵な王子様に変身するってことじゃない！’と明るく言われ、上プーはどうにかこのプリンセスに釣り合う自分になる為に頑張ろうと新たな決意を胸に秘める。それぞれの心へ思い出を残し、幕を閉じていく夢の国での１日。





後日、樹イツキが連れ帰ったお土産のぬいぐるみは【東風】に飾られ。
花火の時の美女と仔熊──逆光でシルエットのみではあったが──をバッチリ撮っていた猫マオから全員に写真付きの微信チャットがまわり、上カムラはまたしても顔面から火を吹いてワァワァ騒ぐ羽目になるのだった。