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愛及屋烏
アバンギャルドと高評価
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愛及屋烏11
「いつまでショゲてんだよ」
一夜明けた朱塗りの天守閣、ソファで小さくなる蓮と美麗。猫がユルユルとパイプの煙を流す。
急に事態が大きくなってしまいこのまま彼女を食肆に置いておくのもどうかと考えた猫は、老虎についての説明がてら蓮と2人纏めて【宵城】へ招くことに。寧は安全そうな上の家へ預け、燈瑩は東にテイクアウェイさせ、お片付けは樹に依頼。‘手間とらせて悪ぃな’と何でも屋へ猫が謝れば、‘匠が壁にくっついてる目玉見て前衛的だなって言ってた’との報告。どんな感想なのか。
現状でわかっている事柄を美麗と蓮に伝え、この先の対応をどうするか目下検討中だが───どうもどんよりした雰囲気。猫は溜め息をつき、コンコンと木製座椅子の肘掛けを叩く。
「燈瑩ぁしぶてぇから平気だって。そもそも庇ったのは寧だろ」
「そうですけれど…発端は私ですから…」
「僕も何にも手助け出来ませんでヴェッ」
「泣くな鬱陶しい」
猫はヴアヴア泣いている蓮のデコへ紙扇子を飛ばした。キャンッと鳴き声を出す吉娃娃。
実際問題、燈瑩の怪我は致命傷ということもない。軽傷でもないが3日もすればケロッとしてフラフラほっつき歩き始めるはず──まぁそのせいで、珍しくプンスカしている樹に‘ちゃんと治るまで【東風】に居なきゃ駄目’と怒られたらしい──だし、今までの付き合いの中でもっと派手な負傷も見たことがある。もとより燈瑩は戦い方が雑なのだ、半分は自業自得。
それはさておき、論点は襲撃をしてきた輩について。【十剣客】では無い全くの別団体…てっきり老虎は【十剣客】しか使わないものと思っていたが…なかなか成果を出さない【十剣客】に業を煮やしたのか。
老虎が他の半グレ連中も動かしてきたとなると話は変わってくる。今回はとりあえずその場に居た全員を斃したので即刻情報が伝わる事は無いものの…誰も還ってこないなんて不審極まりない。またすぐに新たな兇手を放つだろう、美麗の所在に再度感づかれるのは時間の問題。だったら【十剣客】に殴り込みをかけたほうがいい。
「ま、1発ヤってやるか。高くつくけどな」
面倒くさそうに吐き捨て、しかしうっすらと口角をあげる猫。1戦交えるのはやぶさかではない。【黃刀】がどうのこうの言うつもりは非ずとも、これだけ派手に喧嘩を吹っかけられて断るような性格でも勿論無かった。老虎からすればこちらは商品を奪った泥棒、然れども、とっくに金も返し終わっている美麗からすれば‘知らねぇよ’といったところ。正当な主張。
「あの…よろしいんですか、本当に…」
「あ?いーよ。別に美麗だけの為って訳じゃねぇし」
おずおずと伺う美麗に猫はヒラヒラと手の平を振る。もちろん老虎に関しては美麗のこともあるが、【十剣客】自体の真の狙いは【黃刀】。その因縁を残したままに大団円は有り得ないし、猫とて望まなかった。
「俺自身の問題だからよ」
答える猫を美麗はジッと見詰め、暫くして、ハッキリした声で頼み入る。
「ご一緒させて下さい」
決意を含んだトーンと眼差し。猫も美麗を見詰めると、視線で理由を問う。美麗は背筋を伸ばし凛とした姿勢で覚悟を顕にした。
「老虎のことは、私も…私自身の問題なので。皆様に任せて自分だけ安全な場所で結果を待つなんて、出来ないです」
同行したからといって戦いの足しになれるわけでも、有利な交渉ができるわけでもない。だが、力を借りるだけ借りて万事上手くいくことを祈るのみなどとは虫の良い話。
これまでであればきっと、黙って成り行きを見守っていただろう。自ら何かをすることはせず、ただ、流れに身を任せて。けれど────もうそんな自分とは決別する。
膝の上で握られている美麗の拳は少し震えていた。それを目にした蓮が、一呼吸置いて、猫を見据える。
「僕も行きます」
グシグシと袖で目元を拭って鼻水をすすり、出来る限りキリッとした声音で発した。
「僕、師範のお父上に教わってから、ずっと剣振ってたんです。強くなりたくて」
絶対に、お役に立ってみせます、今度こそ。ハッキリ言い切ると唇を引き結ぶ。ふぅんと鼻を鳴らした猫は脇差を雑に蓮へ投げた。
「抜いてみ」
「えぇえんっ!?」
唐突な指示に慌てふためく吉娃娃。何とか取り落とさずに刀を受け取るも、どこでどう抜けば!?とオロオロ部屋を見回す。
「どこだっていーよ、んな狭かねんだから部屋も」
「そ…そうでしゅけど…」
「あ、掛軸斬んなよ。10万香港ドルくれぇすっから」
「高い!!」
蓮は戸惑いながら立ち上がり、端のスペースへちょこちょこ移動。一度猫を振り返るが‘とっととやれ’と舌打ちをされ、アタフタしつつ軽く腰を落とした。
気持ちを整えるように数回深呼吸を繰り返し瞼を閉じる。鞘を握り、柄に手を添え、薄く目を開き─────抜刀した。
微かに響いた金属音。空気を揺らして剣先が奔った。右腕を振りきった体勢で静止、10秒ほど経過したあたりでモゴモゴ呟く。
「どっ…どう、でしょう、か…?」
突然の剣技の披露、からの実践後の静けさに耐えきれず真っ赤になる蓮。その横顔を見ながら猫は下顎に親指を当て頬杖をついた。
悪くない。いや、良いということは全然無いのだが…努力を重ねてきたのだろう。それが見える剣筋だった。
────最近、剣を習いに来る子がいるんだよ。良い子なんだ。多分あんまり向いてないんだけど。
「ほんとにな…」
ボソリと愉しそうに独りごち、クルクルッとパイプを回転させる猫。◯。‘あとでちっとアドバイスやるよ’と白煙を吹いた。
意想外の高評価に、微塵も結果に期待をしていなかった蓮が刀を持ったままキャンキャン飛び跳ね─────切っ先が壁際の掛軸に引っ掛かった。
「あ、馬鹿」
「きゃっ」
「うぎゃぁ!?」
ビッ、と嫌な音がして、ドサリと落ちる10万香港ドル。先程とはまた違う静けさ。
「………ツケとくわ」
平坦に告げる城主。小型犬の甲高い悲鳴が、雨上がりの九龍の空へと轟いた。
「いつまでショゲてんだよ」
一夜明けた朱塗りの天守閣、ソファで小さくなる蓮と美麗。猫がユルユルとパイプの煙を流す。
急に事態が大きくなってしまいこのまま彼女を食肆に置いておくのもどうかと考えた猫は、老虎についての説明がてら蓮と2人纏めて【宵城】へ招くことに。寧は安全そうな上の家へ預け、燈瑩は東にテイクアウェイさせ、お片付けは樹に依頼。‘手間とらせて悪ぃな’と何でも屋へ猫が謝れば、‘匠が壁にくっついてる目玉見て前衛的だなって言ってた’との報告。どんな感想なのか。
現状でわかっている事柄を美麗と蓮に伝え、この先の対応をどうするか目下検討中だが───どうもどんよりした雰囲気。猫は溜め息をつき、コンコンと木製座椅子の肘掛けを叩く。
「燈瑩ぁしぶてぇから平気だって。そもそも庇ったのは寧だろ」
「そうですけれど…発端は私ですから…」
「僕も何にも手助け出来ませんでヴェッ」
「泣くな鬱陶しい」
猫はヴアヴア泣いている蓮のデコへ紙扇子を飛ばした。キャンッと鳴き声を出す吉娃娃。
実際問題、燈瑩の怪我は致命傷ということもない。軽傷でもないが3日もすればケロッとしてフラフラほっつき歩き始めるはず──まぁそのせいで、珍しくプンスカしている樹に‘ちゃんと治るまで【東風】に居なきゃ駄目’と怒られたらしい──だし、今までの付き合いの中でもっと派手な負傷も見たことがある。もとより燈瑩は戦い方が雑なのだ、半分は自業自得。
それはさておき、論点は襲撃をしてきた輩について。【十剣客】では無い全くの別団体…てっきり老虎は【十剣客】しか使わないものと思っていたが…なかなか成果を出さない【十剣客】に業を煮やしたのか。
老虎が他の半グレ連中も動かしてきたとなると話は変わってくる。今回はとりあえずその場に居た全員を斃したので即刻情報が伝わる事は無いものの…誰も還ってこないなんて不審極まりない。またすぐに新たな兇手を放つだろう、美麗の所在に再度感づかれるのは時間の問題。だったら【十剣客】に殴り込みをかけたほうがいい。
「ま、1発ヤってやるか。高くつくけどな」
面倒くさそうに吐き捨て、しかしうっすらと口角をあげる猫。1戦交えるのはやぶさかではない。【黃刀】がどうのこうの言うつもりは非ずとも、これだけ派手に喧嘩を吹っかけられて断るような性格でも勿論無かった。老虎からすればこちらは商品を奪った泥棒、然れども、とっくに金も返し終わっている美麗からすれば‘知らねぇよ’といったところ。正当な主張。
「あの…よろしいんですか、本当に…」
「あ?いーよ。別に美麗だけの為って訳じゃねぇし」
おずおずと伺う美麗に猫はヒラヒラと手の平を振る。もちろん老虎に関しては美麗のこともあるが、【十剣客】自体の真の狙いは【黃刀】。その因縁を残したままに大団円は有り得ないし、猫とて望まなかった。
「俺自身の問題だからよ」
答える猫を美麗はジッと見詰め、暫くして、ハッキリした声で頼み入る。
「ご一緒させて下さい」
決意を含んだトーンと眼差し。猫も美麗を見詰めると、視線で理由を問う。美麗は背筋を伸ばし凛とした姿勢で覚悟を顕にした。
「老虎のことは、私も…私自身の問題なので。皆様に任せて自分だけ安全な場所で結果を待つなんて、出来ないです」
同行したからといって戦いの足しになれるわけでも、有利な交渉ができるわけでもない。だが、力を借りるだけ借りて万事上手くいくことを祈るのみなどとは虫の良い話。
これまでであればきっと、黙って成り行きを見守っていただろう。自ら何かをすることはせず、ただ、流れに身を任せて。けれど────もうそんな自分とは決別する。
膝の上で握られている美麗の拳は少し震えていた。それを目にした蓮が、一呼吸置いて、猫を見据える。
「僕も行きます」
グシグシと袖で目元を拭って鼻水をすすり、出来る限りキリッとした声音で発した。
「僕、師範のお父上に教わってから、ずっと剣振ってたんです。強くなりたくて」
絶対に、お役に立ってみせます、今度こそ。ハッキリ言い切ると唇を引き結ぶ。ふぅんと鼻を鳴らした猫は脇差を雑に蓮へ投げた。
「抜いてみ」
「えぇえんっ!?」
唐突な指示に慌てふためく吉娃娃。何とか取り落とさずに刀を受け取るも、どこでどう抜けば!?とオロオロ部屋を見回す。
「どこだっていーよ、んな狭かねんだから部屋も」
「そ…そうでしゅけど…」
「あ、掛軸斬んなよ。10万香港ドルくれぇすっから」
「高い!!」
蓮は戸惑いながら立ち上がり、端のスペースへちょこちょこ移動。一度猫を振り返るが‘とっととやれ’と舌打ちをされ、アタフタしつつ軽く腰を落とした。
気持ちを整えるように数回深呼吸を繰り返し瞼を閉じる。鞘を握り、柄に手を添え、薄く目を開き─────抜刀した。
微かに響いた金属音。空気を揺らして剣先が奔った。右腕を振りきった体勢で静止、10秒ほど経過したあたりでモゴモゴ呟く。
「どっ…どう、でしょう、か…?」
突然の剣技の披露、からの実践後の静けさに耐えきれず真っ赤になる蓮。その横顔を見ながら猫は下顎に親指を当て頬杖をついた。
悪くない。いや、良いということは全然無いのだが…努力を重ねてきたのだろう。それが見える剣筋だった。
────最近、剣を習いに来る子がいるんだよ。良い子なんだ。多分あんまり向いてないんだけど。
「ほんとにな…」
ボソリと愉しそうに独りごち、クルクルッとパイプを回転させる猫。◯。‘あとでちっとアドバイスやるよ’と白煙を吹いた。
意想外の高評価に、微塵も結果に期待をしていなかった蓮が刀を持ったままキャンキャン飛び跳ね─────切っ先が壁際の掛軸に引っ掛かった。
「あ、馬鹿」
「きゃっ」
「うぎゃぁ!?」
ビッ、と嫌な音がして、ドサリと落ちる10万香港ドル。先程とはまた違う静けさ。
「………ツケとくわ」
平坦に告げる城主。小型犬の甲高い悲鳴が、雨上がりの九龍の空へと轟いた。
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