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愛及屋烏
怯懦と愛烏・前
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愛及屋烏8
数日が経ち。
朱塗りの天守閣、上の報告を聞きながら猫は露台でパイプを燻らせる。
美麗の雇い主は裏社会では老虎という名前で活動しているようで、此度の九龍城訪問も売春のみならず様々なビジネスの為らしい。繋がっているのは予想通り【十剣客】、老虎は【十剣客】に下町を洗わせている様子。そのどこかで【黃刀】の話が引っ掛かったのだろう。
「美麗さんの仕事っちゅうんは上客の相手ばっかしやったみたいやし…裏ん顔は、よぉ知らんでもそない変やないな」
悪事を自慢したがるのはケツの青いガキや成金だけである、それこそ‘沈黙は金’。カウチで茶を啜る上に生返事し思案する猫。
美麗が食肆に隠れていることは【十剣客】に筒抜けているのか?まぁ筒抜《ぬ》けていようがいまいが【黃刀】を見付けてしまった現状、老虎に報告はしないか。
老虎には【黃刀】と一戦交える理由が無い。奴からしたら因縁などはどうでもいいのだ、損害になるだけの全くもって無益な闘い。
仮に【十剣客】が‘【黃刀】が彼女を匿っている’と元締めにフカしたとしても、‘真正面からぶつかってこい’とは言われやしないはず。決着をつけたがったところで、そんなの放っておいて美麗だけ回収してこいとなる。
今頃【十剣客】もどういった手を打つか考えているだろう。
かったりぃ。いっそこっちから乗り込んじまおうか?けれど【十剣客】を殺れば老虎が犯人に向けてアクションを起こす、そうなるとなし崩し的に美麗まで飛び火する…バレていないのならバラしたくはない。厄介だな。やっぱり出方を待つか。
「蓮君のほうは大丈夫なん?」
「あ?あぁ、ヤクザがちょこちょこ行ってるからな」
「燈瑩さんディスるのやめてもろて」
カッ!と目を見開く上、別に悪口じゃあねーだろと猫。マフィアもギャングも同じことだ、九龍ではただの職業の1種。
「つうかすぐ理解るってこたぁオメェもそう思ってんじゃねぇか」
「それは…ちゃうとも言えやんのやけど…」
「んなことよか蓮にアドバイスしてやれよ」
「何の?」
「恋の。マトモに女いんのテメェだけだろ」
猫が輪っかにした煙をプァッと吹きかけると、真っ赤になった饅頭はアタフタと慌てて湯呑みを袖に引っ掛け茶をこぼした。こんなに揶揄い甲斐のある男が他に居るだろうか?猫は悪魔じみた笑い声をあげる。
それはさておき。このまま老虎の用事が済んで、美麗を諦め【十剣客】も大人しくなり、全員お家に帰ってくれりゃ助かるが────んな都合よくコトは進まねぇな。潜考しつつ首を回す猫のもとへ届く1通の微信。東。
〈可怕可怕可怕可怕〉
「うるっさ…」
今日も今日とてスクリーンセーバーが変わりギターが鳴ったのだろう。猫はメッセージを開きもせず消去し、曇天を眺め再びパイプの煙を吸い込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あれ、燈瑩さん!」
食肆入り口に立つ燈瑩を見つけ、蓮は厨房から走り寄る。
「お昼ご飯ですか?まだお店開けてなくて」
「いや、近く通ったついでに寄っただけだから気にしないで。これお裾分け」
言いながら蓮へと水果を手渡し、燈瑩は暗い店内を見回した。
「美麗ちゃんは?」
「寧ちゃんとお買い物に行ってます」
美麗さんに会いに来たのかなぁ?思いつつ、蓮は‘もうすぐ帰ってくるはずです’と付け足す。そっかと頷く燈瑩。
「待ちますか?美麗さんのこと」
「ん?うん、そうだね。そうしようかな」
提案を快諾する燈瑩に、吉娃娃はテキパキと椅子とテーブルを準備しキッチンへ飲み物を用意しに向かう。取り出したのはパッケージに貼り付けられた金盞花の写真が目を引く花茶、お湯を入れるとこの華が咲くらしい。卓へ運びガラスポットと湯呑を並べる。
「これ、美麗さんが‘買い物のオマケで頂きました’って持ってきてくれたんです。お値段のする工芸茶なのに…市場のオジサマがたに好かれているみたいで…やはり、美人サンはお得なのでしょうか」
「そうかもね、美麗ちゃん綺麗だから」
呻る蓮に燈瑩が同意。
師範も大地君もそう言っていた、彼女は綺麗なのだ…なぜか誇らしげな気持ちになった蓮は満足そうな表情。それを目にした燈瑩も穏やかに微笑む。端正。蓮はそこで、礑と思考を巡らせた。
ということは、燈瑩さんも美麗さんに良い印象を持っている訳で。惚れた腫れたでは無いだろうが、えっ無いよね、あるのかしら、どうなのかな、この前もいい感じだったし、もし2人が並んだらそれはそれは見目麗しく素敵なカップルに─────うわああ。
「おっ…お似合いでしゅ…」
突然シワァッと干し柿の様な顔をする蓮、パーツが下方にめちゃくちゃ垂れた。燈瑩がビクッと肩を震わせる。干し柿は唇をモニュモニュさせ‘しゅみましぇん’と謝った。
「どうしたの急に」
「いえ…燈瑩しゃんと美麗しゃんがお似合いだと思いまして…」
シワシワとしぼむ蓮へ燈瑩は声を立てて笑い、ちんまりと丸まった背中に手を添えた。
「しぼまないで。俺、好きな人居るから」
「えぇえんっ!?」
「え!?」
大袈裟に驚く蓮、その蓮の声に驚く燈瑩。蓮は当惑気味に‘そうなんですか’と口籠る。
偏見なのだが、普段の暮らしぶりや雰囲気を見ている限り何となく、こう…燈瑩にはそういう相手が居る気がしなかったのだ。
「はっもしや美っ」
「麗ちゃんじゃないよ」
「あぁう!!太好了!!」
投げた疑問を被せ気味に否定され、吉娃娃は盛大な安堵の溜め息。話の流れ的に違うとはわかっていたが一抹の不安が…ん?いや、別に美麗さんでも良いのでは?僕が何を憂う事があるのだ?自分の発言を不可解に感じ、蓮は眉を曲げ斜め上に視線を泳がせた。
というより、燈瑩さんの‘好きな人’って一体誰かしら。‘恋人’ではない。片想いか。言い寄られたい放題で常に女性の影が見える燈瑩に片想いなんてあるのか。でも確かにチャラついてはいないし特定の人物の気配もない、そうなると────
「俺、そんなに女の人の影見える?」
「えっ?」
脳内で発した独り言へすぐさま質問がきて、蓮は面食らう。どうしてわかったのか問えば燈瑩は‘口に出してたよ’と事も無げに言った。無言で肯き、おもむろにガラスポットへ湯を注ぐ蓮。またやってしまった…なぜ僕はこうなのか…黙々と茶を淹れる吉娃娃。燈瑩は破顔し、ティーポットの中で少しずつ開き始めた花弁を見詰め呟いた。
「片想いかもね。全然会えてないし」
笑顔とは正反対のうらぶれた言い方に、蓮は燈瑩を覗き込む。余計なことかと思ったが訊いた。
「会いに行かないんですか」
「んー…行ってもいいんだけど…」
ひときわ柔らかいトーンで答える燈瑩。
「でも多分、そのうち会えるから」
その言葉に首を傾げる蓮の携帯が震えた。‘今帰ってます’と寧からのメッセージ、蓮は窓の外を見る。雲行きが怪しい…雨が降るかも…。
「途中まで迎えに行こうか、傘持って。花茶はみんなで飲もう?」
言いながらポンッと肩を叩いてきた燈瑩に、吉娃娃は‘そうしましょう’と首──及び尻尾──をブンブン振った。
数日が経ち。
朱塗りの天守閣、上の報告を聞きながら猫は露台でパイプを燻らせる。
美麗の雇い主は裏社会では老虎という名前で活動しているようで、此度の九龍城訪問も売春のみならず様々なビジネスの為らしい。繋がっているのは予想通り【十剣客】、老虎は【十剣客】に下町を洗わせている様子。そのどこかで【黃刀】の話が引っ掛かったのだろう。
「美麗さんの仕事っちゅうんは上客の相手ばっかしやったみたいやし…裏ん顔は、よぉ知らんでもそない変やないな」
悪事を自慢したがるのはケツの青いガキや成金だけである、それこそ‘沈黙は金’。カウチで茶を啜る上に生返事し思案する猫。
美麗が食肆に隠れていることは【十剣客】に筒抜けているのか?まぁ筒抜《ぬ》けていようがいまいが【黃刀】を見付けてしまった現状、老虎に報告はしないか。
老虎には【黃刀】と一戦交える理由が無い。奴からしたら因縁などはどうでもいいのだ、損害になるだけの全くもって無益な闘い。
仮に【十剣客】が‘【黃刀】が彼女を匿っている’と元締めにフカしたとしても、‘真正面からぶつかってこい’とは言われやしないはず。決着をつけたがったところで、そんなの放っておいて美麗だけ回収してこいとなる。
今頃【十剣客】もどういった手を打つか考えているだろう。
かったりぃ。いっそこっちから乗り込んじまおうか?けれど【十剣客】を殺れば老虎が犯人に向けてアクションを起こす、そうなるとなし崩し的に美麗まで飛び火する…バレていないのならバラしたくはない。厄介だな。やっぱり出方を待つか。
「蓮君のほうは大丈夫なん?」
「あ?あぁ、ヤクザがちょこちょこ行ってるからな」
「燈瑩さんディスるのやめてもろて」
カッ!と目を見開く上、別に悪口じゃあねーだろと猫。マフィアもギャングも同じことだ、九龍ではただの職業の1種。
「つうかすぐ理解るってこたぁオメェもそう思ってんじゃねぇか」
「それは…ちゃうとも言えやんのやけど…」
「んなことよか蓮にアドバイスしてやれよ」
「何の?」
「恋の。マトモに女いんのテメェだけだろ」
猫が輪っかにした煙をプァッと吹きかけると、真っ赤になった饅頭はアタフタと慌てて湯呑みを袖に引っ掛け茶をこぼした。こんなに揶揄い甲斐のある男が他に居るだろうか?猫は悪魔じみた笑い声をあげる。
それはさておき。このまま老虎の用事が済んで、美麗を諦め【十剣客】も大人しくなり、全員お家に帰ってくれりゃ助かるが────んな都合よくコトは進まねぇな。潜考しつつ首を回す猫のもとへ届く1通の微信。東。
〈可怕可怕可怕可怕〉
「うるっさ…」
今日も今日とてスクリーンセーバーが変わりギターが鳴ったのだろう。猫はメッセージを開きもせず消去し、曇天を眺め再びパイプの煙を吸い込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あれ、燈瑩さん!」
食肆入り口に立つ燈瑩を見つけ、蓮は厨房から走り寄る。
「お昼ご飯ですか?まだお店開けてなくて」
「いや、近く通ったついでに寄っただけだから気にしないで。これお裾分け」
言いながら蓮へと水果を手渡し、燈瑩は暗い店内を見回した。
「美麗ちゃんは?」
「寧ちゃんとお買い物に行ってます」
美麗さんに会いに来たのかなぁ?思いつつ、蓮は‘もうすぐ帰ってくるはずです’と付け足す。そっかと頷く燈瑩。
「待ちますか?美麗さんのこと」
「ん?うん、そうだね。そうしようかな」
提案を快諾する燈瑩に、吉娃娃はテキパキと椅子とテーブルを準備しキッチンへ飲み物を用意しに向かう。取り出したのはパッケージに貼り付けられた金盞花の写真が目を引く花茶、お湯を入れるとこの華が咲くらしい。卓へ運びガラスポットと湯呑を並べる。
「これ、美麗さんが‘買い物のオマケで頂きました’って持ってきてくれたんです。お値段のする工芸茶なのに…市場のオジサマがたに好かれているみたいで…やはり、美人サンはお得なのでしょうか」
「そうかもね、美麗ちゃん綺麗だから」
呻る蓮に燈瑩が同意。
師範も大地君もそう言っていた、彼女は綺麗なのだ…なぜか誇らしげな気持ちになった蓮は満足そうな表情。それを目にした燈瑩も穏やかに微笑む。端正。蓮はそこで、礑と思考を巡らせた。
ということは、燈瑩さんも美麗さんに良い印象を持っている訳で。惚れた腫れたでは無いだろうが、えっ無いよね、あるのかしら、どうなのかな、この前もいい感じだったし、もし2人が並んだらそれはそれは見目麗しく素敵なカップルに─────うわああ。
「おっ…お似合いでしゅ…」
突然シワァッと干し柿の様な顔をする蓮、パーツが下方にめちゃくちゃ垂れた。燈瑩がビクッと肩を震わせる。干し柿は唇をモニュモニュさせ‘しゅみましぇん’と謝った。
「どうしたの急に」
「いえ…燈瑩しゃんと美麗しゃんがお似合いだと思いまして…」
シワシワとしぼむ蓮へ燈瑩は声を立てて笑い、ちんまりと丸まった背中に手を添えた。
「しぼまないで。俺、好きな人居るから」
「えぇえんっ!?」
「え!?」
大袈裟に驚く蓮、その蓮の声に驚く燈瑩。蓮は当惑気味に‘そうなんですか’と口籠る。
偏見なのだが、普段の暮らしぶりや雰囲気を見ている限り何となく、こう…燈瑩にはそういう相手が居る気がしなかったのだ。
「はっもしや美っ」
「麗ちゃんじゃないよ」
「あぁう!!太好了!!」
投げた疑問を被せ気味に否定され、吉娃娃は盛大な安堵の溜め息。話の流れ的に違うとはわかっていたが一抹の不安が…ん?いや、別に美麗さんでも良いのでは?僕が何を憂う事があるのだ?自分の発言を不可解に感じ、蓮は眉を曲げ斜め上に視線を泳がせた。
というより、燈瑩さんの‘好きな人’って一体誰かしら。‘恋人’ではない。片想いか。言い寄られたい放題で常に女性の影が見える燈瑩に片想いなんてあるのか。でも確かにチャラついてはいないし特定の人物の気配もない、そうなると────
「俺、そんなに女の人の影見える?」
「えっ?」
脳内で発した独り言へすぐさま質問がきて、蓮は面食らう。どうしてわかったのか問えば燈瑩は‘口に出してたよ’と事も無げに言った。無言で肯き、おもむろにガラスポットへ湯を注ぐ蓮。またやってしまった…なぜ僕はこうなのか…黙々と茶を淹れる吉娃娃。燈瑩は破顔し、ティーポットの中で少しずつ開き始めた花弁を見詰め呟いた。
「片想いかもね。全然会えてないし」
笑顔とは正反対のうらぶれた言い方に、蓮は燈瑩を覗き込む。余計なことかと思ったが訊いた。
「会いに行かないんですか」
「んー…行ってもいいんだけど…」
ひときわ柔らかいトーンで答える燈瑩。
「でも多分、そのうち会えるから」
その言葉に首を傾げる蓮の携帯が震えた。‘今帰ってます’と寧からのメッセージ、蓮は窓の外を見る。雲行きが怪しい…雨が降るかも…。
「途中まで迎えに行こうか、傘持って。花茶はみんなで飲もう?」
言いながらポンッと肩を叩いてきた燈瑩に、吉娃娃は‘そうしましょう’と首──及び尻尾──をブンブン振った。
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