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愛及屋烏
春心と老獪・前
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愛及屋烏4
「じゃあ美麗さんは暫く食肆にいるんだ」
「そうですね、休憩室をお借りして…蓮さんにはご迷惑をお掛けしてしまっていますが」
「迷惑じゃないですって!!」
大地の問いかけに心苦しそうな美麗、蓮が‘迷惑’を即座に否定。
実際問題この店のバックヤード──ちょっとした生活が出来る仕様──は特に誰も使っていないし、ウエイトレスの仕事も毎日進んで手伝ってくれる。華やかで愛嬌のある美麗は評判も良く、蓮としては人手が増えて助かりこそすれ困った事など何も無かった。
皆の湯呑が空いたのを認め、美麗が厨房へおかわりを取りに行く。その隙を突いて大地は蓮へと耳打ち。
「俺、応援するよ。頑張って蓮」
「へ?何を?」
「美麗さんとのこと」
「いややややや!!そういうのじゃぁないんでしゅほんとに!!」
両手をバタバタさせる蓮に大地は首を傾げ、違うの?と不思議そうな表情。猫が笑いを噛み殺している。お盆に急須と新しい湯呑をいくつか乗せホールへ戻ってくる美麗、と、その足元に上が目を留めた。
「あ、鼠おるで」
「えっ」
「きゃっ!」
顔を向ける蓮の視線の先で小さな生き物がタイルを走り、驚いて脚を退けた美麗がバランスを崩してグラつき倒れかけた。
蓮は支えようと踏み出すも、椅子に引っかかって躓き床へビタァンと身体の前面を強かに打ち付ける。既視感。同時に、美麗の近くに居た燈瑩が彼女を片腕で抱き止め、ついでに反対の手でお盆もキャッチ。コケた蓮が地面に伏したまま顔だけ上げると、転げてしまったらしき湯呑が遅れてトレイから落下し弾けて割れ、飛んできた破片がデコに刺さった。
「ぁ痛!!」
「わっ、ごめん蓮君」
「蓮さん!大丈夫ですか!」
「だ…大丈夫でしゅ…」
美麗が急いでしゃがみ込み蓮を助け起こす。湯呑を落としてしまったことを謝る燈瑩に、自分が無駄に転んだから当たっただけだと蓮は首を振った。
またもや不恰好…どうして僕はこうなのか…ちまちま湯呑の欠片を拾い集めていたら指も切れた。あぁもう。美麗が蓮の手を取る。
「指、切れてますよ。オデコにも怪我が」
「いいんです、これくらい別に」
「よくありません!見せて下さい!」
殊の外強い口調、箒と塵取りを持ってきた東に一揖し片付けを任せ美麗はキッチンへ蓮を引っ張る。救急箱から消毒液と絆創膏を取り出した。蓮がか細い声で発する。
「すみません…」
「どうしてですか?私を支えてくれようとしたからでしょう」
「いや…余計な事でした…」
言いながら美麗へ力無く笑んだ。余計な心配をしたり、余計な手出しをしたり、いっつも余計。力量が追い付いてないくせに何かをしようとするからだ。僕だってスマートにキメられたらいいのに、どうもカッコつかない、分相応ってあるのかしら、ていうかさっき美麗さんと燈瑩さんお似合いな感じしたな─────うわああ。
突然ギュンッと梅干しの様な顔をする蓮、パーツが中心にめちゃくちゃ寄った。美麗がビクッと肩を震わせる。梅干しは唇をモニュモニュさせ‘しゅみましぇん’と再び謝った。
「余計な事なんかじゃ、ありません。私は蓮さんに色々助けられていますし」
傷に絆創膏を貼り終えた美麗が微笑む。
「ほら、そのままではお顔がクシャクシャになってしまいます」
蓮の指を少し握り、言った。
「蓮さんはとても素敵ですよ」
真っ直ぐな眼差し。照れた蓮の頬にサアッと血がのぼり、今しがた貼ったばかりの額の絆創膏が一気に赤く滲んだ。
それを見て、厨房の片隅で草菇を刻みつつ小さく口笛を鳴らす匠。隣に居ながらにして全く何も耳に入っていない樹は、米と具材を凝視し一心不乱に中華鍋をガッシャガッシャと振っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「せやからな?美麗さんの雇い主自体、っちゅうんは動いとらん感じやねんけど。裏でどっかと組んどる気配するんよ」
「あそぉ」
「自分、全っ然興味あらへんな」
貧困街、路地裏の酒場。調べてくれと訊ねた割にどうでもよさそうな猫へ眉根を寄せる上、猫は俺じゃなくて蓮の問題だからよと酒を呷る。
本日は蓮の食肆は休業、といっても頼めば普通に開けてくれるのだが──ちなみにあの日樹が作った炒飯は上と東が全て胃袋に納めた。匂いを嗅いだ猫がフレーメン反応を見せ、味見した匠は黙りこくり、察した燈瑩ものらりくらりと躱し、箸を伸ばした大地を止めて上がかなりの量を吸い込んだ。残りは東が引き受け、翌日2人は原因不明の指先の痺れに悩まされることとなるがそれはまた別の話──今の蓮は浮ついている。水を差すこともないだろう。それに、たまにこうして見知らぬ飲み屋を開拓するのも良い。猫は老酒の栓を抜く。
燈瑩が注文した北京片皮鴨を丸々1羽平らげた樹に匠が目を丸くすれば、‘樹はこんなもんじゃない。次の饅頭祭りは一緒に大食い大会を見に行こう’となぜか得意気な東。
そういやあの長洲島の海鮮屋、なかなか旨かったな…酒の種類も割合と多くて…思い返しながらボケッと皆を眺める猫に話し掛ける平安饅頭。
「やけど協力しとる奴らが何者なんかがよぉわからんくて」
「ふーん」
「聞いてぇな!!」
説明しつつ料理を大地へと取り分ける。北京片皮鴨の大皿を店員に下げてもらいテーブルを空けるのも忘れない、プラス人数分の飲み物も追加。忙しい保護者。
「せわしねぇ饅頭だな」
「どこ行くん!!」
「廁所」
喚く上に耳を塞ぐジェスチャーをして、猫は席を離れいくらか歩いた。と…見知らぬ男が前に立ちはだかる。ん?通路が狭いからか?そう思った猫が半歩ズレると、男も同じ方向に半歩ズレた。ぁんだよ、カブりやがって。内心で悪態をつき反対側にズレる猫。男もまたズレてくる。
──────ワザとだな。
「何だ?テメェ」
瞬間。男を見上げ猫が放ったその一言と、男が剣を抜き放った一撃は、完全に重なった。
「じゃあ美麗さんは暫く食肆にいるんだ」
「そうですね、休憩室をお借りして…蓮さんにはご迷惑をお掛けしてしまっていますが」
「迷惑じゃないですって!!」
大地の問いかけに心苦しそうな美麗、蓮が‘迷惑’を即座に否定。
実際問題この店のバックヤード──ちょっとした生活が出来る仕様──は特に誰も使っていないし、ウエイトレスの仕事も毎日進んで手伝ってくれる。華やかで愛嬌のある美麗は評判も良く、蓮としては人手が増えて助かりこそすれ困った事など何も無かった。
皆の湯呑が空いたのを認め、美麗が厨房へおかわりを取りに行く。その隙を突いて大地は蓮へと耳打ち。
「俺、応援するよ。頑張って蓮」
「へ?何を?」
「美麗さんとのこと」
「いややややや!!そういうのじゃぁないんでしゅほんとに!!」
両手をバタバタさせる蓮に大地は首を傾げ、違うの?と不思議そうな表情。猫が笑いを噛み殺している。お盆に急須と新しい湯呑をいくつか乗せホールへ戻ってくる美麗、と、その足元に上が目を留めた。
「あ、鼠おるで」
「えっ」
「きゃっ!」
顔を向ける蓮の視線の先で小さな生き物がタイルを走り、驚いて脚を退けた美麗がバランスを崩してグラつき倒れかけた。
蓮は支えようと踏み出すも、椅子に引っかかって躓き床へビタァンと身体の前面を強かに打ち付ける。既視感。同時に、美麗の近くに居た燈瑩が彼女を片腕で抱き止め、ついでに反対の手でお盆もキャッチ。コケた蓮が地面に伏したまま顔だけ上げると、転げてしまったらしき湯呑が遅れてトレイから落下し弾けて割れ、飛んできた破片がデコに刺さった。
「ぁ痛!!」
「わっ、ごめん蓮君」
「蓮さん!大丈夫ですか!」
「だ…大丈夫でしゅ…」
美麗が急いでしゃがみ込み蓮を助け起こす。湯呑を落としてしまったことを謝る燈瑩に、自分が無駄に転んだから当たっただけだと蓮は首を振った。
またもや不恰好…どうして僕はこうなのか…ちまちま湯呑の欠片を拾い集めていたら指も切れた。あぁもう。美麗が蓮の手を取る。
「指、切れてますよ。オデコにも怪我が」
「いいんです、これくらい別に」
「よくありません!見せて下さい!」
殊の外強い口調、箒と塵取りを持ってきた東に一揖し片付けを任せ美麗はキッチンへ蓮を引っ張る。救急箱から消毒液と絆創膏を取り出した。蓮がか細い声で発する。
「すみません…」
「どうしてですか?私を支えてくれようとしたからでしょう」
「いや…余計な事でした…」
言いながら美麗へ力無く笑んだ。余計な心配をしたり、余計な手出しをしたり、いっつも余計。力量が追い付いてないくせに何かをしようとするからだ。僕だってスマートにキメられたらいいのに、どうもカッコつかない、分相応ってあるのかしら、ていうかさっき美麗さんと燈瑩さんお似合いな感じしたな─────うわああ。
突然ギュンッと梅干しの様な顔をする蓮、パーツが中心にめちゃくちゃ寄った。美麗がビクッと肩を震わせる。梅干しは唇をモニュモニュさせ‘しゅみましぇん’と再び謝った。
「余計な事なんかじゃ、ありません。私は蓮さんに色々助けられていますし」
傷に絆創膏を貼り終えた美麗が微笑む。
「ほら、そのままではお顔がクシャクシャになってしまいます」
蓮の指を少し握り、言った。
「蓮さんはとても素敵ですよ」
真っ直ぐな眼差し。照れた蓮の頬にサアッと血がのぼり、今しがた貼ったばかりの額の絆創膏が一気に赤く滲んだ。
それを見て、厨房の片隅で草菇を刻みつつ小さく口笛を鳴らす匠。隣に居ながらにして全く何も耳に入っていない樹は、米と具材を凝視し一心不乱に中華鍋をガッシャガッシャと振っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「せやからな?美麗さんの雇い主自体、っちゅうんは動いとらん感じやねんけど。裏でどっかと組んどる気配するんよ」
「あそぉ」
「自分、全っ然興味あらへんな」
貧困街、路地裏の酒場。調べてくれと訊ねた割にどうでもよさそうな猫へ眉根を寄せる上、猫は俺じゃなくて蓮の問題だからよと酒を呷る。
本日は蓮の食肆は休業、といっても頼めば普通に開けてくれるのだが──ちなみにあの日樹が作った炒飯は上と東が全て胃袋に納めた。匂いを嗅いだ猫がフレーメン反応を見せ、味見した匠は黙りこくり、察した燈瑩ものらりくらりと躱し、箸を伸ばした大地を止めて上がかなりの量を吸い込んだ。残りは東が引き受け、翌日2人は原因不明の指先の痺れに悩まされることとなるがそれはまた別の話──今の蓮は浮ついている。水を差すこともないだろう。それに、たまにこうして見知らぬ飲み屋を開拓するのも良い。猫は老酒の栓を抜く。
燈瑩が注文した北京片皮鴨を丸々1羽平らげた樹に匠が目を丸くすれば、‘樹はこんなもんじゃない。次の饅頭祭りは一緒に大食い大会を見に行こう’となぜか得意気な東。
そういやあの長洲島の海鮮屋、なかなか旨かったな…酒の種類も割合と多くて…思い返しながらボケッと皆を眺める猫に話し掛ける平安饅頭。
「やけど協力しとる奴らが何者なんかがよぉわからんくて」
「ふーん」
「聞いてぇな!!」
説明しつつ料理を大地へと取り分ける。北京片皮鴨の大皿を店員に下げてもらいテーブルを空けるのも忘れない、プラス人数分の飲み物も追加。忙しい保護者。
「せわしねぇ饅頭だな」
「どこ行くん!!」
「廁所」
喚く上に耳を塞ぐジェスチャーをして、猫は席を離れいくらか歩いた。と…見知らぬ男が前に立ちはだかる。ん?通路が狭いからか?そう思った猫が半歩ズレると、男も同じ方向に半歩ズレた。ぁんだよ、カブりやがって。内心で悪態をつき反対側にズレる猫。男もまたズレてくる。
──────ワザとだな。
「何だ?テメェ」
瞬間。男を見上げ猫が放ったその一言と、男が剣を抜き放った一撃は、完全に重なった。
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