九龍懐古

カロン

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愛及屋烏

ウワバミと炒飯

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愛及屋烏3





「おい、どけヤクザ。邪魔だ」

午後の陽光が照らす部屋。【宵城】最上階、窓際のカウチソファに寝ている反社会的勢力を城主が渋面しぶつらで覗き込む。燈瑩ヤクザは薄く瞼をひらくと含み笑いを返した。

「誰のことよ」
「お前以外いねぇだろ」

言って勢いよく窓を開けるマオ。清風、降り注ぐ日差し。燈瑩トウエイは目を細め‘眩しい’と文句をつけると、ゴロンと丸まり太陽に背を向けた。‘どけつってんだろ’とマオがシャーシャー鳴く。ネコちゃん。

「随分だな、テメェにしては」
「そう?そうかもね…ふぁ…」

呆れた様なマオの物言いに欠伸あくびと共に返答。

燈瑩トウエイはここ最近、連日【宵城】へ遊びに来ては朝まで飲み明かしていた。この男、強請ねだればいくらでもドリンクや泡物シャンパンを出すくせに飲み方はひたすら紳士的なため、キャスト達は毎晩大喜び。マオとしても店が盛り上がり金が回るのは喜ばしくはあるものの。
こんなに燈瑩こいつむ事態は普通は無い、要するに…荒れて・・・いる。わかりづらいが。マオはカウチの肘掛けに腰をおろした。

イツキの弟んことか?」

その言葉に燈瑩トウエイは視線を上げてマオを見る。返事のかわりに寝返りをうった。

あの時。裏でちょっかいをかけているのがシュウだと勘付いていた、なのに止め損ねた。読みが甘かったのだ。
もっと熟慮すべきだった。何か打てる手があったはず、違うやり方が、別の結末が───選べたのかも知れないと。そんな後悔が燈瑩トウエイの頭を回る。

また・・助けられなかった。

「別にお前のせいじゃねぇだろ。アイツが選んだ道なんだから」

露台の向こう、青空で千切れる雲を数えつつマオは平坦な声を出す。

「‘結果’なんつーもんは…決まってんだわ、ある程度。自分テメェが決めたことなら自分テメェで責任持つしかねぇの。他人があの時こーしてればあーしてればとか、そしたらどうにか出来たかもなんざ思うのは、自惚うぬぼれだよ」

それはそうだ。手を貸せばなんとかなった、などと考えること自体が思い上がりではある。燈瑩トウエイが‘そうね’と呟くとマオはガンッとソファを蹴った。

「うわビックリした!乱暴!」
「んなことよかイツキに飯奢ってやれ、レンが新作出してたぜ。あとツレの女紹介したいって」
「ツレの女?」
「そ、吉娃娃チワワにゃもったいねぇ美人。アイツかなり浮かれてて面白おもしれぇぞ」

マオは小指を立てニヤリとし、ククッと喉を鳴らす。燈瑩トウエイわずかに驚いた表情を見せ、それから‘いいね’とんだ。身体を起こし煙草に火を点ける。ふたくちほど吸って…消した。立ち上がり、部屋のドアとは反対方向へスタスタ移動。マオが片眉を動かす。

「何してんだ」
「あったま痛い。もっかい寝てからにする、てかマオが行く時に起こして」
「あぁ!?つうか何で俺も行くんだよ」
「今日【宵城みせ】定休日でしょ」

再び転がる燈瑩トウエイ、今度はベッド。‘ソファーからはどいたじゃん’と笑う背中にマオがクッションを投げ付けた。が、それだけ。つまみ出したりは──アズマ以外には──しないのだ。先程の台詞だってそうだし、結局食肆レストランにも絶対来る。なんだかんだで面倒見が良くて優しい…燈瑩トウエイがまたクスッと笑えばもうひとつクッションが飛んできた。いい枕。

軽く手をあげ多謝ありがとと告げる燈瑩トウエイマオはこのうえなく不機嫌そうに该死クソがと吐き捨てた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「うわぁ!ほんとに綺麗な人だぁ!」

大地ダイチの素直な称賛に、美麗メイリイが謝辞を述べつつ控え目に微笑む。

賑わうレン食肆レストラン、いつもの顔ぶれ。皆さんのお話は伺っていますと美麗メイリイは頭を下げた。大地ダイチも満面の笑みでお辞儀、挨拶を交わす面々の中でカムラだけが妙に緊張している。マオ半目はんめでパイプの煙を吐いた。

「饅頭お前いい加減女耐性それ何とかしろよ」
「しゃーないやん…どないしょーも…」
「初めましてカムラさん」
「おおきに!!!!」

やたらと大きな声で美麗メイリイに返事をするカムラ。緊張。‘花街ののスカウトどうやってるの’と疑問を投じるタクミへ‘あれは仕事やから’と真顔で回答。堅蔵かたぞう

ワイワイする一同を落ち着きない様子で厨房から覗いているレンアズマはその肩に後ろから顎を乗せた。

「心配してんの?」
「え、あ、はい…美麗メイリイさん、打ち解けられるかなと…いや余計な心配なのですが…」
「お前も話してきたらいいじゃない。調理、俺がやっとくわよ」
「いいんでしゅか!!!!」
「声デカいね」

カムラかよとツッコむアズマを尻目に吉娃娃チワワは秒速で駆けていく。入れ替わりでタクミがキッチンへやってきた。

「どしたのタクちゃん」
おまえ1人だろ。手伝おうと思って、暇だし」
「ヤダぁ!優しい!ありが───」

礼を言いかけたアズマの横をスルリと抜け、もうひとつ影が厨房へと滑り込む。お玉と中華鍋を颯爽と手に持ち振り返ったのはイツキだ。

「…あれ?イツキも作ってくれる…の?」

言い淀むアズマを気にも留めず、任せろといった雰囲気で凛々しくスタンバイ。タクミが‘イツキも飯作れんだ’などと感心しながら呑気に食材を漁る。アズマは冷や汗をかいた。

今まで数回、イツキに料理を振る舞ってもらった試しがある。日頃のねぎらいだとか面白い香辛料を見付けたからとか、理由は様々だったが結末は毎回同じ。毎回同じというのは───壊滅的なのだ、味が。
どうしてかはわからない。変なモノを入れているわけでもない。ただ壊滅的、それだけ。理由が不明なゆえに対抗策がなく、なるべくイツキをキッチンに立たせないことで回避してきたのだけれど。

「何作ったらいい?」
「えっ!?あ、えーと、炒飯チャーハンかな!」

張り切るイツキに空笑いで依頼するアズマシュウ一件いっけんからこっち、気を落としていたイツキがせっかく活き活きしている…無下むげに断りたくはない…苦肉の策で炒飯チャーハンをオーダー。炒飯これならもう具材は切ってあるし混ぜて炒めるだけだから大丈夫なはず。うん、大丈夫。
イツキはわかったと了解し、ブンブン鍋を振りはじめた。タクミが‘へー上手じゃん’などと感心しながら呑気に草菇フクロタケを転がす。

着々と出来上がるイツキ特製炒飯チャーハンアズマは静かにその成り行きを見守った。
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