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愛及屋烏
沙田柚と令嬢
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愛及屋烏2
「しっかし、よく毎週毎週作れるもんだな」
「士別三日即更刮目相待ですよ」
午後の食肆。【宵城】で配るスイーツに新作のゼリーはどうかと打診され味見にきた猫へ、鼻高々に蓮がドヤる。ウザい。
「師範は紅ゼリーと淺藍ゼリー、どっちの味が好きですか?」
「んー…淺藍」
「やはり!!そちらには沙田柚をふんだんに使っておりまして爽快な柑橘の香りそして鮮やかな空の色あっこちらは藍啤梨由来ですね下層は弾ける海の波をパチッとなる飴の欠片で表現していて」
「早口だな」
興奮気味に料理の解説をはじめる蓮を猫は適当に聞き流す。お構い無しで捲し立てる吉娃娃。
「じゃ淺藍をレギュラーにしましょうか!美麗さんもこっちって言ってましたし!」
「美麗?」
猫が眉を上げ、蓮はハッとした表情のまま固まる。その後ろ、厨房のほうからヒョコッと美麗が姿を現した。
「お呼びでしょうか?」
蓮の顔面に浮かぶ‘しまった’の4文字、誰だこいつと猫が目線で質問。蓮がアワアワと叫ぶ。
「バババイトで雇いましたっ!!美麗しゃんでしゅ!!」
あからさまに嘘だった。
口を一文字にしたまま静止、隣の美麗が困り顔で微笑む。猫は眉間にシワを寄せた。
随分と綺麗な女だ…こんな場所にバイトに来るようにはとても見えない。別に悪い意味ではなく、もっといくらでも割のいい仕事先があるだろうにという話。そしてこの明らかに怪しい蓮の態度。
「おい。なんかあんならとっとと言っとけ、面倒な事んなる前にな」
返答に窮する蓮を制して美麗が口を開く。蓮さんを責めないで下さいと前置きし、数日前の出会いと身の上話を語りはじめた。
彼女はいくらか良家の出身で、両親は商業でそれなりの富を築いていたものの…ある事業で失敗、美麗は協力者の富豪へと奉公に出された。ところがいくら融資を受けても経営が上向くことは終ぞなく、周囲からの糾弾に心労も祟り両親は揃って首を括ってしまう。借金を負った美麗は返済に奔走しどうにか全額を納めるも、その後も延々と仕事をさせられこき使われていたようだ。
「厦門、深圳、色々転々としました。どこでもお仕事の内容は同じでしたけれど」
美麗は愛想良く話すが、仕事というのは───蓮が気まずそうな顔をする。確かに一晩…いや数時間単位でも相当良い値がつきそうな形だしな…猫は美麗を見詰める。
スケジュールは過酷、環境は劣悪。同僚の女性達は何人もが死んでしまった。怪我をしたとて病気になったとてお構いなし、金を作れなければさらなる仕打ちを受ける。水商売業界では割とよく聞くストーリー。
今回九龍の富裕層達を相手にする為に連れて来られたが、隙をついて逃げ出してきたと。
なるほど、所作や口調に品があるのは出自のせいか。パイプの煙を吐く猫。
「まぁ…ここに居んのが見つかんなけりゃぁいいけどよ…」
蓮は落ち着くまで美麗を匿うと決めたらしい。よっぽどのお気に入りでもなければ主人がわざわざ探しにくるという事もないのか?しかしそれだというような容姿ではある。仕事の上でも稼ぎ頭のはずだ。
「饅頭に訊いといたほうがいんじゃねーの。上流階級の奴らだろ、情報入れてもらえ」
「了解でしゅっ」
九龍城砦内なら上の情報網はかなり有用。上流階級の人間が貧困街まで出向くというのは稀だが、この食肆の位置は花街にも寄っている。気を付けるに越したことはない、猫の指示に蓮は敬礼ポーズ。
「美麗だっけ?いつまで食肆居るんだよ」
「ええと…蓮さんのお手伝いをさせていただいて、恩返しと…幾ばくかのお金を用意出来ましたらすぐに発ちます。なるべくご迷惑はおかけしたくありませんから」
「全っ然迷惑じゃないですよ!!」
蓮が美麗の言葉尻を噛んだ。彼女は、仲良くしていた友人──梅毒を患い死んでしまった──が故郷に残してきたという幼年の家族が気に掛かり手助けをしに行こうと考えているらしい。
‘出発するまでは少しだけでも気楽に過ごして欲しい’と美麗へモゴモゴ伝える蓮、猫は2人を見比べ片頬を吊りあげた。ソワソワしている従業員達から蓮に送られる生暖かい眼差し…きっと、そういうことなんだろう。本人は気付いていないのかもわからないが。
「いいんじゃねーの。仲良くやれよ」
ガタッと椅子から腰を上げ、猫は伝票も見ずに会計をテーブルに置いた。札束。ギョッとする吉娃娃。
「え、多くないですか?」
「気のせいだろ」
【宵城】開ける時間だから帰るわ、とヒラヒラ手を振り去りゆく背中。蓮はありがとうございましたと声を飛ばし、美麗はその耳元で囁いた。
「侠気のある方ですね、師範さん」
「そうなんです!強くてカッコよくて、僕の憧れです!」
尻尾を振って頷く蓮。美麗にはポツポツと周りの仲間について話をしていたが、皆には美麗の存在をなんとはなしに隠していた…トラブルを持ち込むなと怒られるのではないか、という予感がしていたのだ。とりあえず杞憂だったが。
この調子なら紹介しても大丈夫かも。師範が怒らなければ問題ない、他の人は怒らない、っていうか基本師範だけだ怒るのは。閻魔。1人でブツブツ言っている蓮の横顔を美麗が覗き込む。
「どうかなさいましたか?」
「え?あ、いえ…あの…今度、お食事会でもしましょう!みんなで!」
パンッと手を叩き明るく提案する蓮に美麗はニッコリ笑い、是非、と声を弾ませた。
────綺麗。とっても。
奥床しげで淑やか、周りには居ないタイプ。いわゆる‘令嬢’というやつだろうか。
店の手伝いから家事全般をなんでも熟してくれる。先日うっかり破いてしまったエプロンも縫ってもらった。蓮自身や東もそのあたりは得意とするところだけれど、美麗のような妙齢の女性が家庭的な用事をしている姿は、何と言うか…新鮮だった。
目尻を下げる美麗。
「皆さんとお話出来るの、楽しみです」
「そうですね!樹さんも強くてカッコいいし燈瑩さんも強くてカッコいいし匠さんも強くてカッコいい…し…」
返答しつつ蓮は頭を捻る。あれ?みんな強くてカッコいいな?参った。そして僕の語彙力は乏しい。他の紹介は───ハッと思い付き発言。
「上さんと東さんは、強くないけど優しいでしゅ!」
…なんだかうっすらとディスってしまった。違う、決してそういうつもりではなく…急いで‘大地君は可愛いし優しい’と補足するも、バリエーションになんら差はみられず。美麗はウンウン唸る蓮に微笑みかける。
「蓮さんも、とても素敵ですよ」
「へぁっ!?」
急に褒められ変な声が出た。相変わらずニコニコしている美麗へ、特に気の利いた台詞も言えず、蓮は赤らむ頬を膨らませ頷いた。
「しっかし、よく毎週毎週作れるもんだな」
「士別三日即更刮目相待ですよ」
午後の食肆。【宵城】で配るスイーツに新作のゼリーはどうかと打診され味見にきた猫へ、鼻高々に蓮がドヤる。ウザい。
「師範は紅ゼリーと淺藍ゼリー、どっちの味が好きですか?」
「んー…淺藍」
「やはり!!そちらには沙田柚をふんだんに使っておりまして爽快な柑橘の香りそして鮮やかな空の色あっこちらは藍啤梨由来ですね下層は弾ける海の波をパチッとなる飴の欠片で表現していて」
「早口だな」
興奮気味に料理の解説をはじめる蓮を猫は適当に聞き流す。お構い無しで捲し立てる吉娃娃。
「じゃ淺藍をレギュラーにしましょうか!美麗さんもこっちって言ってましたし!」
「美麗?」
猫が眉を上げ、蓮はハッとした表情のまま固まる。その後ろ、厨房のほうからヒョコッと美麗が姿を現した。
「お呼びでしょうか?」
蓮の顔面に浮かぶ‘しまった’の4文字、誰だこいつと猫が目線で質問。蓮がアワアワと叫ぶ。
「バババイトで雇いましたっ!!美麗しゃんでしゅ!!」
あからさまに嘘だった。
口を一文字にしたまま静止、隣の美麗が困り顔で微笑む。猫は眉間にシワを寄せた。
随分と綺麗な女だ…こんな場所にバイトに来るようにはとても見えない。別に悪い意味ではなく、もっといくらでも割のいい仕事先があるだろうにという話。そしてこの明らかに怪しい蓮の態度。
「おい。なんかあんならとっとと言っとけ、面倒な事んなる前にな」
返答に窮する蓮を制して美麗が口を開く。蓮さんを責めないで下さいと前置きし、数日前の出会いと身の上話を語りはじめた。
彼女はいくらか良家の出身で、両親は商業でそれなりの富を築いていたものの…ある事業で失敗、美麗は協力者の富豪へと奉公に出された。ところがいくら融資を受けても経営が上向くことは終ぞなく、周囲からの糾弾に心労も祟り両親は揃って首を括ってしまう。借金を負った美麗は返済に奔走しどうにか全額を納めるも、その後も延々と仕事をさせられこき使われていたようだ。
「厦門、深圳、色々転々としました。どこでもお仕事の内容は同じでしたけれど」
美麗は愛想良く話すが、仕事というのは───蓮が気まずそうな顔をする。確かに一晩…いや数時間単位でも相当良い値がつきそうな形だしな…猫は美麗を見詰める。
スケジュールは過酷、環境は劣悪。同僚の女性達は何人もが死んでしまった。怪我をしたとて病気になったとてお構いなし、金を作れなければさらなる仕打ちを受ける。水商売業界では割とよく聞くストーリー。
今回九龍の富裕層達を相手にする為に連れて来られたが、隙をついて逃げ出してきたと。
なるほど、所作や口調に品があるのは出自のせいか。パイプの煙を吐く猫。
「まぁ…ここに居んのが見つかんなけりゃぁいいけどよ…」
蓮は落ち着くまで美麗を匿うと決めたらしい。よっぽどのお気に入りでもなければ主人がわざわざ探しにくるという事もないのか?しかしそれだというような容姿ではある。仕事の上でも稼ぎ頭のはずだ。
「饅頭に訊いといたほうがいんじゃねーの。上流階級の奴らだろ、情報入れてもらえ」
「了解でしゅっ」
九龍城砦内なら上の情報網はかなり有用。上流階級の人間が貧困街まで出向くというのは稀だが、この食肆の位置は花街にも寄っている。気を付けるに越したことはない、猫の指示に蓮は敬礼ポーズ。
「美麗だっけ?いつまで食肆居るんだよ」
「ええと…蓮さんのお手伝いをさせていただいて、恩返しと…幾ばくかのお金を用意出来ましたらすぐに発ちます。なるべくご迷惑はおかけしたくありませんから」
「全っ然迷惑じゃないですよ!!」
蓮が美麗の言葉尻を噛んだ。彼女は、仲良くしていた友人──梅毒を患い死んでしまった──が故郷に残してきたという幼年の家族が気に掛かり手助けをしに行こうと考えているらしい。
‘出発するまでは少しだけでも気楽に過ごして欲しい’と美麗へモゴモゴ伝える蓮、猫は2人を見比べ片頬を吊りあげた。ソワソワしている従業員達から蓮に送られる生暖かい眼差し…きっと、そういうことなんだろう。本人は気付いていないのかもわからないが。
「いいんじゃねーの。仲良くやれよ」
ガタッと椅子から腰を上げ、猫は伝票も見ずに会計をテーブルに置いた。札束。ギョッとする吉娃娃。
「え、多くないですか?」
「気のせいだろ」
【宵城】開ける時間だから帰るわ、とヒラヒラ手を振り去りゆく背中。蓮はありがとうございましたと声を飛ばし、美麗はその耳元で囁いた。
「侠気のある方ですね、師範さん」
「そうなんです!強くてカッコよくて、僕の憧れです!」
尻尾を振って頷く蓮。美麗にはポツポツと周りの仲間について話をしていたが、皆には美麗の存在をなんとはなしに隠していた…トラブルを持ち込むなと怒られるのではないか、という予感がしていたのだ。とりあえず杞憂だったが。
この調子なら紹介しても大丈夫かも。師範が怒らなければ問題ない、他の人は怒らない、っていうか基本師範だけだ怒るのは。閻魔。1人でブツブツ言っている蓮の横顔を美麗が覗き込む。
「どうかなさいましたか?」
「え?あ、いえ…あの…今度、お食事会でもしましょう!みんなで!」
パンッと手を叩き明るく提案する蓮に美麗はニッコリ笑い、是非、と声を弾ませた。
────綺麗。とっても。
奥床しげで淑やか、周りには居ないタイプ。いわゆる‘令嬢’というやつだろうか。
店の手伝いから家事全般をなんでも熟してくれる。先日うっかり破いてしまったエプロンも縫ってもらった。蓮自身や東もそのあたりは得意とするところだけれど、美麗のような妙齢の女性が家庭的な用事をしている姿は、何と言うか…新鮮だった。
目尻を下げる美麗。
「皆さんとお話出来るの、楽しみです」
「そうですね!樹さんも強くてカッコいいし燈瑩さんも強くてカッコいいし匠さんも強くてカッコいい…し…」
返答しつつ蓮は頭を捻る。あれ?みんな強くてカッコいいな?参った。そして僕の語彙力は乏しい。他の紹介は───ハッと思い付き発言。
「上さんと東さんは、強くないけど優しいでしゅ!」
…なんだかうっすらとディスってしまった。違う、決してそういうつもりではなく…急いで‘大地君は可愛いし優しい’と補足するも、バリエーションになんら差はみられず。美麗はウンウン唸る蓮に微笑みかける。
「蓮さんも、とても素敵ですよ」
「へぁっ!?」
急に褒められ変な声が出た。相変わらずニコニコしている美麗へ、特に気の利いた台詞も言えず、蓮は赤らむ頬を膨らませ頷いた。
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