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倶会一処
愛寵と焔・後
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倶会一処13
日の暮れた倉庫街、ドラム缶に腰を降ろして煙草をふかす綠。今日は足元に誰も転がっていない───まだ。今から転がすのだ。
こんなに短期間にも関わらず宗が九龍で手を回していたルートはそこそこの数で、片っ端から話をつけるのは少々骨が折れた。何とも迅速な我らが龍頭、本当に、よくやるもんである…それでこそ宗なのだが。
宗は‘揉めてない’と嘯いていたけれど、縄張り争いに反感や恨みは必ずついてくる。綠としては九龍に来てからのいざこざはなるべく穏便に解決したかった。けれど思い通りにはいかない相手が居るのは当然で───いや、そもそもこの無法地帯において‘穏便’などとホザく事のほうがイカれてる。オカシイのは自分だ…綠は自嘲気味に笑う。
さりとて、そう祈っていた。これからここが宗の居場所になるかも知れないから。
強風が吹き、木造のボロい倉庫は軋んでギィギィ鳴き声をあげる。綠は窓の外を見た。雨、降りそうだな。煙草も心なしかシケっている。
ふいに重たい金属音、錆びたドアが開いた音。綠が目を向けると扉からチンピラ共がわらわらと虫のように中へ入ってきた。
綠は男達を見回す。重要なのは人数ではなく相手の武器、拳銃が多かったら戦い方を考える必要があるな…まぁでもパッと見は大方ナイフと素手っぽい…内心で勘定をしているとグループのヘッドらしき人物が唸る。
「龍頭はどうした」
「へ?あぁ、お休みデース」
ごめーんと謝る綠、舐めきった返答の仕方。男の血管がブチ切れるのがわかり、‘こいつカルシウム不足かな’と綠は思った。居ないんだから来ないんだろ?ハナから聞くなよ。裏社会でご丁寧に龍頭の情報答えるやつ存在すんのか?綠は肩を竦めながらユルユルと述べた。
「ええと、ウチの子がどーもご迷惑おかけしました。つきましては穏便にコトを収めていただきたいのですが?キビいっすかねぇ?」
「そんな態度で話が通ると思ってんのか」
思ってないからこの態度なのだ、いやはや、お互い愚問。こんな状況になっている時点でお察しである。
目の前の男を観察する綠。こいつがヘッドねぇ。年齢は高めだな、でも沸点は低そう。そんなにガタイも悪くない、俺、弾除けが欲しいんだよな。
「けどさぁオッサン。アンタら、正直俺らの下入った方が良いと思うよ」
また男の血管が切れた。もうちょい。
「このグループのヘッド誰なの?その、後ろのお兄さん?」
暗に‘お前には貫禄が無い’と仄めかす。更に1本血管が切れた。もうちょい。
「あ…なに?オッサンがそーなの?ごめん、わかんなかった!頭悪そうなんだもんウチの龍頭と違ってさ!」
ついに怒り心頭で殴りかかってくる男、手にはナイフ。勢い任せな感じだがこれだけ数で上回っていれば周到にやる必要性は無いとの判断だろう、全員で囲んでボコればいいだけなのだから。
普通は。
綠は振り上げられたその腕をとり、肘を内側に軽く捻った。ザクッだのブシュだの小さく聞こえたあと、首を後ろに仰け反らせた男。顔面からピヨンと生えるナイフ。
死体を掴んだまま笑い、綠が声を張る。
「俺殺るにゃぁ人数が一桁足んねんだよ!馬───っ鹿!」
それを合図に、男達は一斉に綠へと向かっていった。
夜の帳に包まれた倉庫街、ドラム缶に腰を降ろして煙草をふかす綠。足元には転がされた大量のチンピラ共。
「痛てて…」
煙を吸ったら傷口に響いて思わず呟く。全員沈めたことは沈めた──盾のオッサンは大いに役立った。MVP──ものの、さすがに数発、弾とナイフを食らってしまった。別にたいしたことはないが。東にでも診てもらおうかしら…【東風】寄って…考えつつ死体の束を見下ろす。
宗がちょっかいを出したのはこのグループで最後だった気がする。これで何とか、どうにかなったはず。まったくウチの坊っちゃんは手がかかる。
首をグルッと回して、溜め息───ちょっとだけ疲れた。宗に連絡入れるか?帰るの遅れまぁすって。携帯を取り出した綠の鼓膜を再び耳障りな金属音が叩く。
綠は、扉の方向へゆっくりと振り向いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ずっと降ってんなぁ」
ボヤいて、分厚い雲に覆われた空をビニール傘越しに見上げる匠。昼間からどんよりした空気…九龍城内はいつだってどんよりとしているけれど。
ポケットには、新しいミックステープ。綠のギターの音色も混ぜてある。後で集まろうと寧に声を掛けたら‘綠さんにも伝えておきます!’とハシャいだ様子だったので、終業時間に合わせて散歩がてらバイト先まで迎えに行くことにした。細い路地や裏通りを歩くと時折耳に入る、住民達の会話。
文興楼の近くに新しい茶餐廳オープンしたみたい。東裕の電気止められてた!西頭団地から盗んできてたのバレたらしい!城塞福利が社交街の水道管工事してる。4回目。龍津西から警察のぞいてたけど何もしないで帰ってた、陳さんがお金渡してたよ。承豐道の方の倉庫で火事ヤバかったって。死人けっこう出たっぽい。
花街方面に差し掛かり、角を幾つかジグザグ曲がって寧の店に辿り着く。と、店の前には既に寧が立っていた。…傘もささず。
「どうした?寧」
匠が名前を呼ぶと寧はバッと顔を向け───表情をみるみる歪め、泣きながら走り寄ると匠に抱きついた。しゃくりあげ、声にならない声を途切れ途切れに発する。
雨音がやけに大きく響いた。
「いらっしゃいませー」
東が間延びした挨拶をする。降り頻る雨の中、【東風】入り口の扉を引いたのは匠だ。肩にはギター。
「あら?ギター食肆から持ってきたの?」
指を差す東に適当な返事をして、傘を畳むと椅子に座る匠。いつもと雰囲気が違う…樹が熊猫曲奇を齧りつつ首を傾げる。
匠はおもむろに煙草に火を点け、少し長めに吸い込んだ。暫く肺に溜める。それから、煙と共に、言葉を吐き出した。
「綠───────死んだってよ」
日の暮れた倉庫街、ドラム缶に腰を降ろして煙草をふかす綠。今日は足元に誰も転がっていない───まだ。今から転がすのだ。
こんなに短期間にも関わらず宗が九龍で手を回していたルートはそこそこの数で、片っ端から話をつけるのは少々骨が折れた。何とも迅速な我らが龍頭、本当に、よくやるもんである…それでこそ宗なのだが。
宗は‘揉めてない’と嘯いていたけれど、縄張り争いに反感や恨みは必ずついてくる。綠としては九龍に来てからのいざこざはなるべく穏便に解決したかった。けれど思い通りにはいかない相手が居るのは当然で───いや、そもそもこの無法地帯において‘穏便’などとホザく事のほうがイカれてる。オカシイのは自分だ…綠は自嘲気味に笑う。
さりとて、そう祈っていた。これからここが宗の居場所になるかも知れないから。
強風が吹き、木造のボロい倉庫は軋んでギィギィ鳴き声をあげる。綠は窓の外を見た。雨、降りそうだな。煙草も心なしかシケっている。
ふいに重たい金属音、錆びたドアが開いた音。綠が目を向けると扉からチンピラ共がわらわらと虫のように中へ入ってきた。
綠は男達を見回す。重要なのは人数ではなく相手の武器、拳銃が多かったら戦い方を考える必要があるな…まぁでもパッと見は大方ナイフと素手っぽい…内心で勘定をしているとグループのヘッドらしき人物が唸る。
「龍頭はどうした」
「へ?あぁ、お休みデース」
ごめーんと謝る綠、舐めきった返答の仕方。男の血管がブチ切れるのがわかり、‘こいつカルシウム不足かな’と綠は思った。居ないんだから来ないんだろ?ハナから聞くなよ。裏社会でご丁寧に龍頭の情報答えるやつ存在すんのか?綠は肩を竦めながらユルユルと述べた。
「ええと、ウチの子がどーもご迷惑おかけしました。つきましては穏便にコトを収めていただきたいのですが?キビいっすかねぇ?」
「そんな態度で話が通ると思ってんのか」
思ってないからこの態度なのだ、いやはや、お互い愚問。こんな状況になっている時点でお察しである。
目の前の男を観察する綠。こいつがヘッドねぇ。年齢は高めだな、でも沸点は低そう。そんなにガタイも悪くない、俺、弾除けが欲しいんだよな。
「けどさぁオッサン。アンタら、正直俺らの下入った方が良いと思うよ」
また男の血管が切れた。もうちょい。
「このグループのヘッド誰なの?その、後ろのお兄さん?」
暗に‘お前には貫禄が無い’と仄めかす。更に1本血管が切れた。もうちょい。
「あ…なに?オッサンがそーなの?ごめん、わかんなかった!頭悪そうなんだもんウチの龍頭と違ってさ!」
ついに怒り心頭で殴りかかってくる男、手にはナイフ。勢い任せな感じだがこれだけ数で上回っていれば周到にやる必要性は無いとの判断だろう、全員で囲んでボコればいいだけなのだから。
普通は。
綠は振り上げられたその腕をとり、肘を内側に軽く捻った。ザクッだのブシュだの小さく聞こえたあと、首を後ろに仰け反らせた男。顔面からピヨンと生えるナイフ。
死体を掴んだまま笑い、綠が声を張る。
「俺殺るにゃぁ人数が一桁足んねんだよ!馬───っ鹿!」
それを合図に、男達は一斉に綠へと向かっていった。
夜の帳に包まれた倉庫街、ドラム缶に腰を降ろして煙草をふかす綠。足元には転がされた大量のチンピラ共。
「痛てて…」
煙を吸ったら傷口に響いて思わず呟く。全員沈めたことは沈めた──盾のオッサンは大いに役立った。MVP──ものの、さすがに数発、弾とナイフを食らってしまった。別にたいしたことはないが。東にでも診てもらおうかしら…【東風】寄って…考えつつ死体の束を見下ろす。
宗がちょっかいを出したのはこのグループで最後だった気がする。これで何とか、どうにかなったはず。まったくウチの坊っちゃんは手がかかる。
首をグルッと回して、溜め息───ちょっとだけ疲れた。宗に連絡入れるか?帰るの遅れまぁすって。携帯を取り出した綠の鼓膜を再び耳障りな金属音が叩く。
綠は、扉の方向へゆっくりと振り向いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ずっと降ってんなぁ」
ボヤいて、分厚い雲に覆われた空をビニール傘越しに見上げる匠。昼間からどんよりした空気…九龍城内はいつだってどんよりとしているけれど。
ポケットには、新しいミックステープ。綠のギターの音色も混ぜてある。後で集まろうと寧に声を掛けたら‘綠さんにも伝えておきます!’とハシャいだ様子だったので、終業時間に合わせて散歩がてらバイト先まで迎えに行くことにした。細い路地や裏通りを歩くと時折耳に入る、住民達の会話。
文興楼の近くに新しい茶餐廳オープンしたみたい。東裕の電気止められてた!西頭団地から盗んできてたのバレたらしい!城塞福利が社交街の水道管工事してる。4回目。龍津西から警察のぞいてたけど何もしないで帰ってた、陳さんがお金渡してたよ。承豐道の方の倉庫で火事ヤバかったって。死人けっこう出たっぽい。
花街方面に差し掛かり、角を幾つかジグザグ曲がって寧の店に辿り着く。と、店の前には既に寧が立っていた。…傘もささず。
「どうした?寧」
匠が名前を呼ぶと寧はバッと顔を向け───表情をみるみる歪め、泣きながら走り寄ると匠に抱きついた。しゃくりあげ、声にならない声を途切れ途切れに発する。
雨音がやけに大きく響いた。
「いらっしゃいませー」
東が間延びした挨拶をする。降り頻る雨の中、【東風】入り口の扉を引いたのは匠だ。肩にはギター。
「あら?ギター食肆から持ってきたの?」
指を差す東に適当な返事をして、傘を畳むと椅子に座る匠。いつもと雰囲気が違う…樹が熊猫曲奇を齧りつつ首を傾げる。
匠はおもむろに煙草に火を点け、少し長めに吸い込んだ。暫く肺に溜める。それから、煙と共に、言葉を吐き出した。
「綠───────死んだってよ」
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