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倶会一処
愛寵と焔・前
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倶会一処12
食肆に響くギターの音。
‘夜に団体客の予約がある’という蓮の仕込みを午前中から手伝っていた東──暇人──と、昼ご飯を食べに来た匠、そこへフラッと顔を出した綠。尻尾を振ってギターの演奏をねだる吉娃娃に綠は快諾、店内のBGMは心地よいカントリーミュージックになった。
綠のギターアレンジはなかなかのもので、曲作りへの着想が得られるらしい匠と2人でなにやらマニアックな会話をしている。音楽好き。折角なので寧にも連絡、ちょうど仕事が終わったからすぐに行く、30分後くらいとの返信。今日は早番のようだ。
「他のみんなは来ねーの?」
「猫はまだ寝てるわね」
弦を弾きつつ問う綠に答える東。燈瑩は少し忙しそうだと上が言っていた、大地は呼んだら来るだろう…樹は宗とお出掛け中。
「そういや宗ちゃん、最近あんまり食べに来ないじゃない」
「ん?そうね…」
なんの気無しに投げられた東の疑問に、綠はわずかに視線を下げた。
あら?何かあったのかしら?不思議に思う東の横で蓮が‘僕の料理の腕が落ちたんでしゅかね’と悲しみに暮れる。綠は即座に否定し‘次はまた一緒に来るから’と笑った。
「てか安心だわ。有り難いね、樹が傍に居てくれると」
綠が頬をゆるめたまま呟く。
安心とは‘頼もしい’の意か?確かにこの魔窟において武力はかなり重要なファクターだ。先日もどこかの誰かに奇襲をかけられたというし、そもそも綠と宗との初対面時も、樹はチンピラと小競り合いの真っ最中だったし。
そんなことを東が口にすると綠はギターを弾く手を止めて沈黙した。東を真っ直ぐに見据え真摯な声を出す。
「あれ、俺が仕掛けたんだよ。ごめんな」
言葉の意味がすぐには理解出来ず、東は数秒固まった。
「え、なにが?最初に会った時の話?」
「そう。依頼人の件、チンピラ連中にチクって‘樹と組んでる’つったの俺なんだわ」
東が絞り出した疑問に頷く綠、唐突なカミングアウト。だが樹を助けに割って入ったのだって綠だったはずだ…まぁ、‘仕掛け人’であったからこそタイミングよく現れることが出来たのだろうけど。
しかし話し振りや態度から綠にあからさまな悪意は感じ取れない。理由を尋ねる東に、綠は困り顔を作った。
「樹がどんなもんか知りたくてさ。ほんと、悪かった」
頭を下げる綠。性格面や非常時の判断力、1番は戦闘の強さ。宗を預けるに際してそこを確認しておきたかったのだ。
東はパタパタ手を振り、謝るなら樹に直接言ってやってと答えた。聞いていた限りではどのみち依頼主と仲間連中はいずれ衝突していた可能性が高いし、綠の介入が無くとも遅かれ早かれ樹は巻き込まれていただろう。故意に着火させたとはいえそこまで目くじらを立てるような事案でも無さそう…というか樹は多分、別に怒らない。もともと些事を気にする性格ではないし理由も理由、そしてここまで仲良くなっていれば尚更だ。
「俺さ。宗にはもっと…楽しく過ごして欲しいのよ。お節介なんだけど」
綠が顔を上げ、所在なさげな指で弦を弾く。ポロンと小さく音が転がった。
今までも愉しく過ごしてはいた。裏社会で力を付け、数々の人間を意のままに操り、金を稼ぎ地位を確立し。綠だってそうだ。
けれど気が付いてしまった。いくら成り上がろうが儲けを出そうが信者を作ろうが───埋まらないのだ。どこまでいっても、独り。それがどうしたと一蹴することももちろん出来る。されど。
「やっぱ、人は…‘一緒に居たい’って思える誰かと一緒に居たほうがいいから。だって」
寂しいじゃん。
ポツリとこぼす綠は憂愁を湛えた雰囲気。嘗て侘しさを埋めるきっかけを与えてくれた宗。綠はその恩義を大切にし、そして、宗にもそんな出会いが訪れる事を願っている。
「だから、樹が居てくれて本当に良かった。みんなもだよ。宗のこと、よろしくね」
表情を崩し、いつもと変わらない調子で語る綠。匠が口を開く。
「お前も居るじゃんか、宗には」
その言葉に綠はどこか悲しげに微笑む。
二の句が継がれる前に入り口の扉が開き、仕事帰りの寧の姿が見えた。話はそこで中断され、またワイワイとはじまる寧を交えた明るい歓談。
何気なく過ぎていく午後。砦を抜ける湿った風は、冷たい雨の匂いがした。
食肆に響くギターの音。
‘夜に団体客の予約がある’という蓮の仕込みを午前中から手伝っていた東──暇人──と、昼ご飯を食べに来た匠、そこへフラッと顔を出した綠。尻尾を振ってギターの演奏をねだる吉娃娃に綠は快諾、店内のBGMは心地よいカントリーミュージックになった。
綠のギターアレンジはなかなかのもので、曲作りへの着想が得られるらしい匠と2人でなにやらマニアックな会話をしている。音楽好き。折角なので寧にも連絡、ちょうど仕事が終わったからすぐに行く、30分後くらいとの返信。今日は早番のようだ。
「他のみんなは来ねーの?」
「猫はまだ寝てるわね」
弦を弾きつつ問う綠に答える東。燈瑩は少し忙しそうだと上が言っていた、大地は呼んだら来るだろう…樹は宗とお出掛け中。
「そういや宗ちゃん、最近あんまり食べに来ないじゃない」
「ん?そうね…」
なんの気無しに投げられた東の疑問に、綠はわずかに視線を下げた。
あら?何かあったのかしら?不思議に思う東の横で蓮が‘僕の料理の腕が落ちたんでしゅかね’と悲しみに暮れる。綠は即座に否定し‘次はまた一緒に来るから’と笑った。
「てか安心だわ。有り難いね、樹が傍に居てくれると」
綠が頬をゆるめたまま呟く。
安心とは‘頼もしい’の意か?確かにこの魔窟において武力はかなり重要なファクターだ。先日もどこかの誰かに奇襲をかけられたというし、そもそも綠と宗との初対面時も、樹はチンピラと小競り合いの真っ最中だったし。
そんなことを東が口にすると綠はギターを弾く手を止めて沈黙した。東を真っ直ぐに見据え真摯な声を出す。
「あれ、俺が仕掛けたんだよ。ごめんな」
言葉の意味がすぐには理解出来ず、東は数秒固まった。
「え、なにが?最初に会った時の話?」
「そう。依頼人の件、チンピラ連中にチクって‘樹と組んでる’つったの俺なんだわ」
東が絞り出した疑問に頷く綠、唐突なカミングアウト。だが樹を助けに割って入ったのだって綠だったはずだ…まぁ、‘仕掛け人’であったからこそタイミングよく現れることが出来たのだろうけど。
しかし話し振りや態度から綠にあからさまな悪意は感じ取れない。理由を尋ねる東に、綠は困り顔を作った。
「樹がどんなもんか知りたくてさ。ほんと、悪かった」
頭を下げる綠。性格面や非常時の判断力、1番は戦闘の強さ。宗を預けるに際してそこを確認しておきたかったのだ。
東はパタパタ手を振り、謝るなら樹に直接言ってやってと答えた。聞いていた限りではどのみち依頼主と仲間連中はいずれ衝突していた可能性が高いし、綠の介入が無くとも遅かれ早かれ樹は巻き込まれていただろう。故意に着火させたとはいえそこまで目くじらを立てるような事案でも無さそう…というか樹は多分、別に怒らない。もともと些事を気にする性格ではないし理由も理由、そしてここまで仲良くなっていれば尚更だ。
「俺さ。宗にはもっと…楽しく過ごして欲しいのよ。お節介なんだけど」
綠が顔を上げ、所在なさげな指で弦を弾く。ポロンと小さく音が転がった。
今までも愉しく過ごしてはいた。裏社会で力を付け、数々の人間を意のままに操り、金を稼ぎ地位を確立し。綠だってそうだ。
けれど気が付いてしまった。いくら成り上がろうが儲けを出そうが信者を作ろうが───埋まらないのだ。どこまでいっても、独り。それがどうしたと一蹴することももちろん出来る。されど。
「やっぱ、人は…‘一緒に居たい’って思える誰かと一緒に居たほうがいいから。だって」
寂しいじゃん。
ポツリとこぼす綠は憂愁を湛えた雰囲気。嘗て侘しさを埋めるきっかけを与えてくれた宗。綠はその恩義を大切にし、そして、宗にもそんな出会いが訪れる事を願っている。
「だから、樹が居てくれて本当に良かった。みんなもだよ。宗のこと、よろしくね」
表情を崩し、いつもと変わらない調子で語る綠。匠が口を開く。
「お前も居るじゃんか、宗には」
その言葉に綠はどこか悲しげに微笑む。
二の句が継がれる前に入り口の扉が開き、仕事帰りの寧の姿が見えた。話はそこで中断され、またワイワイとはじまる寧を交えた明るい歓談。
何気なく過ぎていく午後。砦を抜ける湿った風は、冷たい雨の匂いがした。
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