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倶会一処
ミスマッチと青椒肉絲
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倶会一処7
賑々しく日々は巡り、本日も蓮の食肆。
‘教えて欲しい’と蓮が騒ぎ立てたことによって例のギターは食肆へ運ばれ、吉娃娃は綠の助力のもとマスターしようと専ら奮闘中。進捗は絶望的。
今夜は猫が常連客から貰った紹興酒を皆で回していた。お出掛け帰りの樹は夕飯前にもかかわらずテイクアウェイした鶏蛋仔を頬張り、宗は猫と一緒にアルコールをゴクゴクいっている。この弟、存外酒飲み。
「え、じゃあ皇家潰したの猫さんなんだ」
「別にそーいう訳じゃねぇけど」
「そうでしゅよ!師範がチャチャッとやってくれたんでしゅ!」
「うるせぇなお前は」
叩かれる蓮。師範?と首をひねる宗、猫は気にすんなと酒をつぐ。
「つうか宗よく皇家の話知ってたな」
「九龍のこと、ちょこっと調べましたから」
宗は猫の顔を上目遣いで見た。
「けど猫サン、12Kだって利用したらもっと力つけられたじゃないですか。どうして潰しちゃったんです?」
「あぁ?どうしてって…俺は女売ったりする気ねぇし…」
こいつも困ってたからよと猫は蓮を指差す。嬉しそうに尻尾を振りながらキッチンに帰っていく吉娃娃。
宗がもったいないですねと呟き、もったいなかねぇよ、経営方針の違い、と猫は舌を出した。
「ま、アイツらまたチョロチョロしてるらしいけどな。香港で」
皇家の面子は警察にパクらせたものの、関連した残党が再び似たような仕事を始めたらしい。目下九龍に被害は無いが、ジジィ──元【酔蝶】オーナー──がソワソワしていると猫は語る。心配性。
「僕が綺麗にしましょうか?」
その提案に、猫は愛想よくニコニコする宗を見詰めた。
‘綺麗に’とは当然ながら‘抹殺’という意味。香港に居る傘下の人間を使うのだろう。猫は宗と視線を絡ませたままやおら酒を啜り、いや、いい。と小さく答えた。
「ほっといても勝手に潰れんだろ。先立つ物はあるみてぇだけどよ、脳ミソ無んだわ」
九龍と同じやり方は通用しねぇしなと猫が呟けば、そーゆー人たち多いですよねと宗はクスクスと口元に手を当てた。
「いくら金積んだって、結局は実力の問題なんだから。才能無いくせに…滑稽ですよね。可哀そー」
辛辣な物言い。酔いが回っているのか、いくらか気を許し素を見せているのか。
宗は手の中のグラスをクルクルと動かす。琥珀色の液体が波打ち、反射して揺れる光にどこかウットリした眼差しを向けつつポツリと漏らした。
「僕は才能がある訳じゃないけど…それなりの努力はしてるつもり。だから何もしてないのに喚いてる奴は鬱陶しいし、勘違いしちゃってる奴は邪魔くさいし、見栄だけ張ってる奴はくだらないって思う」
それからゆっくりと1人1人を見回す。
「でも、みんなはそんなことないから…僕、すごい好きですよ」
───どことなく、空気が変わった。
寧がオロオロと視線を泳がす。綠はその頭を撫で、飯食ったら何か弾いてやると微笑む。大地もコクコクと首を縦に振った。
「あ、なんや…えっと、東もあっててんな?トラブル?」
場を和まそうと上がポンッと膝を叩いた。話を振られた東は言葉を濁す。
どうしましょ…伏せておいたほうがいいのかしら…?そう考え言い倦ねる東へ綠が声を飛ばす。
「アタイがちょっとね」
宗がすぐさま振り向いた。
「え?綠、どうしたの?」
「こないだルート獲る獲んないで俺らが揉めた奴ら、九龍来てたのよ」
「嘘!?わざわざ!?」
ヤバ!と驚く宗はどこか愉しげ。どっから来ててん?との上の問いに、クイッと紹興酒を飲み干し唇を舐めて悪戯な表情。
「香港の端っこです。こんなとこまで追っ掛けてきちゃって…シマ取り返せる訳でもないのに、頭悪いですね」
ウケる、と失笑。黙ってギターをイジる綠の横で東も宗を見やる。
確かに、みかけにそぐわない言動。外見の控え目さに比べてだいぶ挑発的だ。だからこそ外見は控え目にしているのだろうか。指に前髪を巻き付けながら口を尖らせる宗。
「全員殺した?」
唐突に放たれた、可愛らしい仕草に反した科白。
1人だけと綠が返すと───妙な間が開いた。ふぅんと生返事をする宗は既にこの話題に興味を無くした様子。
樹は質問の意図を読み取りかねた。単純に成り行きを尋ねたのか、ちゃんと殺したかと尋ねたのか。手酌する宗を眺めていると燈瑩の声が耳に届く。
「それって、寶琳のほうの連中かな」
柔らかく普段より甘いトーン。
上は少しだけ緊張した。
誰が聞いても、宗に優しく話しかけたのかと思えた。しかしその実、全く柔らかくなどはなく…むしろ真逆。燈瑩の些細な変化を正確に読み取るのは上だけである。
つまり───なにか、マズイのだ、これは。それが何かはわからないが。
宗は1拍置いて、違いますよ!落馬洲!と笑顔で答えた。
「そっか。俺、寶琳は知り合い居るからさ。ちょっと気になっちゃって」
「そぉなんだ。ていうか燈瑩サン色んな繋がり持ってるんですね。他には──…」
「宗」
綠が、嗜めるように名前を呼んだ。宗は綠に視線を寄越し‘なぁに?’と笑う。
その一瞬の目付きに、上はどこか、薄ら寒いものを感じた。
ただでさえ場の空気がおかしいというのに。おかしいと思っているのは自分だけかも知れないけど。ん?そうするとおかしいのは俺?いやいや。おかしないやろ。…おかしない?いや、おかしいんやって。…は?
「と、とにかくな!」
よくわからなくなってきた上は、頭を振って燈瑩に向き直る。
「トラブルっちゅう訳やないんですよね?」
「うん、ほんとにちょっと気になっただけ」
そう言って笑う燈瑩はいつもの表情。先ほどまでの雰囲気は消えている。
「手伝える事あったら言うて下さい」
「僕も手伝いますよ燈瑩サン」
上と宗の申し出にありがとうと述べる燈瑩の後ろから、会話に参加しておらずひとつも話を掴めていない蓮がホクホク呑気に大盛り青椒肉絲を運んできた。宗は樹に身体を寄せ、お兄ちゃん!食べよっ!と満面の笑みをみせる。樹は頷き、宗の皿に大量の肉を、東の皿に大量のピーマンを取り分けた。
夕食後。綠のギターの音を背に燈瑩は外へ煙草を吸いに出る。ちょうど入れ違いでやってきた匠が‘店内で吸えばいーじゃん’と首を傾げた。
携帯を取り出すとチカチカ光る液晶の画面、新着通知が数件…界隈の動向を探らせていた人間達。新規のルート、潰れたルート、乗っ取られたルート、関わっている人物。
────関わっている人物。
核心を突くような情報ではない。目を通しただけでメールを消去し、燈瑩は煙を虚空に散らす。
湿度の高い風は、相も変わらずゆっくりと、城塞へ分厚い雲を運び続けた。
賑々しく日々は巡り、本日も蓮の食肆。
‘教えて欲しい’と蓮が騒ぎ立てたことによって例のギターは食肆へ運ばれ、吉娃娃は綠の助力のもとマスターしようと専ら奮闘中。進捗は絶望的。
今夜は猫が常連客から貰った紹興酒を皆で回していた。お出掛け帰りの樹は夕飯前にもかかわらずテイクアウェイした鶏蛋仔を頬張り、宗は猫と一緒にアルコールをゴクゴクいっている。この弟、存外酒飲み。
「え、じゃあ皇家潰したの猫さんなんだ」
「別にそーいう訳じゃねぇけど」
「そうでしゅよ!師範がチャチャッとやってくれたんでしゅ!」
「うるせぇなお前は」
叩かれる蓮。師範?と首をひねる宗、猫は気にすんなと酒をつぐ。
「つうか宗よく皇家の話知ってたな」
「九龍のこと、ちょこっと調べましたから」
宗は猫の顔を上目遣いで見た。
「けど猫サン、12Kだって利用したらもっと力つけられたじゃないですか。どうして潰しちゃったんです?」
「あぁ?どうしてって…俺は女売ったりする気ねぇし…」
こいつも困ってたからよと猫は蓮を指差す。嬉しそうに尻尾を振りながらキッチンに帰っていく吉娃娃。
宗がもったいないですねと呟き、もったいなかねぇよ、経営方針の違い、と猫は舌を出した。
「ま、アイツらまたチョロチョロしてるらしいけどな。香港で」
皇家の面子は警察にパクらせたものの、関連した残党が再び似たような仕事を始めたらしい。目下九龍に被害は無いが、ジジィ──元【酔蝶】オーナー──がソワソワしていると猫は語る。心配性。
「僕が綺麗にしましょうか?」
その提案に、猫は愛想よくニコニコする宗を見詰めた。
‘綺麗に’とは当然ながら‘抹殺’という意味。香港に居る傘下の人間を使うのだろう。猫は宗と視線を絡ませたままやおら酒を啜り、いや、いい。と小さく答えた。
「ほっといても勝手に潰れんだろ。先立つ物はあるみてぇだけどよ、脳ミソ無んだわ」
九龍と同じやり方は通用しねぇしなと猫が呟けば、そーゆー人たち多いですよねと宗はクスクスと口元に手を当てた。
「いくら金積んだって、結局は実力の問題なんだから。才能無いくせに…滑稽ですよね。可哀そー」
辛辣な物言い。酔いが回っているのか、いくらか気を許し素を見せているのか。
宗は手の中のグラスをクルクルと動かす。琥珀色の液体が波打ち、反射して揺れる光にどこかウットリした眼差しを向けつつポツリと漏らした。
「僕は才能がある訳じゃないけど…それなりの努力はしてるつもり。だから何もしてないのに喚いてる奴は鬱陶しいし、勘違いしちゃってる奴は邪魔くさいし、見栄だけ張ってる奴はくだらないって思う」
それからゆっくりと1人1人を見回す。
「でも、みんなはそんなことないから…僕、すごい好きですよ」
───どことなく、空気が変わった。
寧がオロオロと視線を泳がす。綠はその頭を撫で、飯食ったら何か弾いてやると微笑む。大地もコクコクと首を縦に振った。
「あ、なんや…えっと、東もあっててんな?トラブル?」
場を和まそうと上がポンッと膝を叩いた。話を振られた東は言葉を濁す。
どうしましょ…伏せておいたほうがいいのかしら…?そう考え言い倦ねる東へ綠が声を飛ばす。
「アタイがちょっとね」
宗がすぐさま振り向いた。
「え?綠、どうしたの?」
「こないだルート獲る獲んないで俺らが揉めた奴ら、九龍来てたのよ」
「嘘!?わざわざ!?」
ヤバ!と驚く宗はどこか愉しげ。どっから来ててん?との上の問いに、クイッと紹興酒を飲み干し唇を舐めて悪戯な表情。
「香港の端っこです。こんなとこまで追っ掛けてきちゃって…シマ取り返せる訳でもないのに、頭悪いですね」
ウケる、と失笑。黙ってギターをイジる綠の横で東も宗を見やる。
確かに、みかけにそぐわない言動。外見の控え目さに比べてだいぶ挑発的だ。だからこそ外見は控え目にしているのだろうか。指に前髪を巻き付けながら口を尖らせる宗。
「全員殺した?」
唐突に放たれた、可愛らしい仕草に反した科白。
1人だけと綠が返すと───妙な間が開いた。ふぅんと生返事をする宗は既にこの話題に興味を無くした様子。
樹は質問の意図を読み取りかねた。単純に成り行きを尋ねたのか、ちゃんと殺したかと尋ねたのか。手酌する宗を眺めていると燈瑩の声が耳に届く。
「それって、寶琳のほうの連中かな」
柔らかく普段より甘いトーン。
上は少しだけ緊張した。
誰が聞いても、宗に優しく話しかけたのかと思えた。しかしその実、全く柔らかくなどはなく…むしろ真逆。燈瑩の些細な変化を正確に読み取るのは上だけである。
つまり───なにか、マズイのだ、これは。それが何かはわからないが。
宗は1拍置いて、違いますよ!落馬洲!と笑顔で答えた。
「そっか。俺、寶琳は知り合い居るからさ。ちょっと気になっちゃって」
「そぉなんだ。ていうか燈瑩サン色んな繋がり持ってるんですね。他には──…」
「宗」
綠が、嗜めるように名前を呼んだ。宗は綠に視線を寄越し‘なぁに?’と笑う。
その一瞬の目付きに、上はどこか、薄ら寒いものを感じた。
ただでさえ場の空気がおかしいというのに。おかしいと思っているのは自分だけかも知れないけど。ん?そうするとおかしいのは俺?いやいや。おかしないやろ。…おかしない?いや、おかしいんやって。…は?
「と、とにかくな!」
よくわからなくなってきた上は、頭を振って燈瑩に向き直る。
「トラブルっちゅう訳やないんですよね?」
「うん、ほんとにちょっと気になっただけ」
そう言って笑う燈瑩はいつもの表情。先ほどまでの雰囲気は消えている。
「手伝える事あったら言うて下さい」
「僕も手伝いますよ燈瑩サン」
上と宗の申し出にありがとうと述べる燈瑩の後ろから、会話に参加しておらずひとつも話を掴めていない蓮がホクホク呑気に大盛り青椒肉絲を運んできた。宗は樹に身体を寄せ、お兄ちゃん!食べよっ!と満面の笑みをみせる。樹は頷き、宗の皿に大量の肉を、東の皿に大量のピーマンを取り分けた。
夕食後。綠のギターの音を背に燈瑩は外へ煙草を吸いに出る。ちょうど入れ違いでやってきた匠が‘店内で吸えばいーじゃん’と首を傾げた。
携帯を取り出すとチカチカ光る液晶の画面、新着通知が数件…界隈の動向を探らせていた人間達。新規のルート、潰れたルート、乗っ取られたルート、関わっている人物。
────関わっている人物。
核心を突くような情報ではない。目を通しただけでメールを消去し、燈瑩は煙を虚空に散らす。
湿度の高い風は、相も変わらずゆっくりと、城塞へ分厚い雲を運び続けた。
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