九龍懐古

カロン

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倶会一処

煩悩と思い出話・後

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倶会一処6






「香港で何トラブったの」

【東風】への帰り道。聞いても聞かなくてもいいことではあったが、なんとなく疑問がアズマの口をついた。ロクゆるい雰囲気を纏わせたまま、それね、と微笑びしょう

「強引にルート奪っちゃって。シュウが」
シュウが?」


意外。


強硬な手段を使うタイプには見えなかった。確かに、ストリートでのし上がるのであれば相応の無理を通さなければならない場面も出てくるだろうが…シュウは好戦的という言葉からは縁遠い感じがしていたのだ。

「めちゃくちゃ野心家だよあのこ。見た目は、っぽくないけど」

紫煙を流しロクが続ける。

シュウはさ、こーゆー時‘全員っちゃえ’って言うんだよね。報復防止とか目撃者残さないようにとかもわかるけど…俺は、別に…また来たらまた倒せばいいし」

ていうか理由は後付けなのよね、シュウは基本的に皆殺し志向だから。物騒な発言をしつつロクが眉毛を曲げる。アズマは、シュウの温厚で大人しそうなナリやイツキに寄っていく姿と今の話とのギャップをいまいち飲み込めないでいた。

「さっきの奴ら香港帰ってくれると御の字だわ。1人殺ったのは、それで退いてもらえるかなって思ったのもあって。ウロチョロしてんのバレたら‘全員殺す’って言い出すもの…ちょっとやり過ぎるとこあるから…シュウは」

サンダルで煙草を揉み消すロク。チャラチャラとした態度が目立つが行き当たりばったりに動いている訳ではない。やはりナンバー2でシュウの相棒、ロクシュウを想い、そして理解わかっている。
好き勝手やっているのはロクの方で、シュウが1歩下がった位置から見守っているのかと思っていたが───どうやら逆のようだ。アズマは首を傾げた。

ロクは何でシュウと一緒に居るのよ」

若干変な聞きかたになってしまったと思い、きっかけが気になっただけだと手の平をブンブン振るアズマロクは笑って、たまたま、俺がシュウに助けてもらったんだと瞼を細める。

「俺、かあちゃんは病気で死んじゃって。とうちゃんと2人で香港こっち来たんだけどとうちゃんも抗争で死んじゃったのよね。ま、島に居た頃からそういう仕事しててさ」

香港には実に250以上の島があり、盛んなのは当然漁業。ロクの出身地も例にれない。しかし、出荷したり育てたりするのは魚だけではない。島というものは運搬はこびの中継地点としても、栽培場はたけとしても、宿泊地かくれがとしても優秀。父親もそのたぐいの稼業で日銭をかせぐ裏社会の住人だった。
母親を亡くし島を出て香港へと移り住んだものの、ほんの半年ほどで父親も他界。独りになったロクは酒に博打に色に放蕩し、半グレ相手にゴロ巻いていたところシュウと出会う。
シュウ一風いっぷう変わったマフィアだった。いや、マフィアでもないのか、かといってチンピラなんてもんじゃない。話し振りや立ち居振る舞いに人を惹きつける魅力があった。賢さにもとづくものと───もうひとつは恐らく血筋・・

アズマイツキに意識を割いた。イツキの周りにも人は集まる。その名を口にせずとも、なにか独特のオーラが【黑龍】の家系には受け継がれているのだろう。

「最初にシュウに会った時はさ。っちゃ!って思ったよ」

言ってケラケラ笑うロク

初対面の場だった、とある取り引き。ロクはつまらない一介いっかいのギャングの用心棒として──報酬が良かったので──同行したが、種種雑多なグループの龍頭ヘッドのうち1番小柄で若く、かつ柔和なのがシュウだった。
会合はとどこおりなく進むも俄然がぜん退屈で、前日も飲み屋で遊んでいたロクは安定の朝…というか昼帰りのため寝不足。オッサン連中は分配や儲けをなるべく多く獲ろうと水面下で火花を散らしているが、数字の話など更なる眠気を誘うだけ。
誰がどれだけ持っていこうと、興味はない。今日のバイトの金が入って夜に女呼んで乳でも揉めりゃそれでいい。眠い。睡魔に襲われ欠伸あくびした。

ら、シュウに見られていた。目が合いフリーズ。ロクは2回目の欠伸あくびを噛み殺しつつ、ヘロヘロと小さく右手を上げ挨拶。シュウは声を立てずにクスクス笑った。

各々の取り分が決定されていく中で、シュウは、アガリを1%も要求せず。その代わり、皆の所で勉強・・させてくれと。知識の浅い青二才に先輩方からご教授いただけないかと。
腰が低く、あどけなく、素直そうな態度。加えて非公認といえど【黑龍】の息子、上手く取り込めば優秀な手駒になる…誰もがそんな打算を抱いた。その時点では。

集会からしばらくして、ほぼ全てのグループの人間の訃報が入る。襲撃や衝突、穏便に・・・逮捕もあったが。残ってアガリを総どりしたのは誰か?問うまでもない。シュウは取り入って得た情報を操作し裏から粛々と手を回すと、邪魔者同士を全てブツけた──のちに‘欠伸がでるくらい’簡単だったとロクへ無邪気に語る──のだった。手際は鮮やか。愛らしい姿に隠された鋭い闘争心を見抜ける者は稀だろう。

無性に好奇心が湧いた。湧いたら、示し合わせたかのようにシュウから声を掛けてきた。


「僕、ロクのこと、すごい好きなんだ。だから仲間にならない?」


直球な誘い文句。あの取り引きの時からイイと思ってたんだよね、そうシュウがはにかむ。

そこで気が付いた。誰ともツルんでいなかったせいでちまたでは一匹狼だなんて言われていたロクだが、なんのことはない、共に過ごそうと思える相手が居なかっただけだったのだ。
そしてそれを───少し寂しいと感じていた自分に。

「嬉しくてさ、正直。そんでアタイもコロッといっちゃったわけ!上手だわぁ!」

言いながら破顔するロク。新しい煙草をくわえるとアズマにも1本差し出した。

助けてもらったというのは物理的にではなく気持ちの問題か…ロクシュウを可愛がる理由に納得しつつ、アズマは煙草に火を点けて煙を吸い込んだ。重ためで美味しい。

「あら、旨いねこれ」
「お気にのやつ♪特別よ?」

別に安いんだけどと目尻を下げるロクアズマも頬を緩め、値段じゃないでしょと答える。



月明かりの降る城塞。混沌に融けていく白煙はどこか侘しく、懐かしい薫りがした。
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