224 / 389
倶会一処
ブラコンと見掛け倒し・後
しおりを挟む
倶会一処3
翌日から開始された九龍城砦探検ツアー。
のんびりと表通りを歩き、せかせかと裏通りを走り、階段を登って降って路地を抜け。貼られたピンクなチラシを意味もなく剥がし、野良猫におやつの老婆餅をわけてやり、たまに見掛ける住人に挨拶をして。どこからともなく降ってくる水滴を避け、ゴチャついていて漏電しそうな配線をくぐり、湿った薄暗い城塞を駆け回る。
特段変わった出来事もないが、巨大迷路さながらな違法建築をウロウロすること自体が物珍しく面白いようで、宗は鼻唄を歌いながらちょこまかと樹についてきた。
スラム街はなるべく足早に通り過ぎたが、勢力図や縄張りの分布を仔細に知りたがる宗を安全な大通りまで引っ張ってくるのにそこそこ苦労した。マフィアについてに限った話ではない。貧民街を通ればあの店は何を売っているんだとか、中流階級側に来ればどこの砵仔糕が1番美味しいかとか、花街に差し掛かれば強い博徒が居る麻雀屋はどれだとか…ジャンルを問わず宗は何でもかんでも訊いてくる。その度に樹は、猫や燈瑩、上から得ていた情報を記憶の遥か彼方から掬いあげ、どうにかこうにか説明をつけた。
「お兄ちゃん何でも知ってるね!」
「いや、知らない…必死…」
日の落ちかけた砦の屋上でハシャぐ宗に、パックの檸檬茶を啜りつつ答える樹。遠い目。
予め述べていた通り、案内出来るほどではないのだ。ただなんとか喜ばせてやりたい、その一心で頑張っている。非常に大変。
宗はフフッと笑って樹の手から紅茶を奪い顔を覗き込んだ。黄金色の夕陽が瞳に映る。
「僕、お兄ちゃんと会えて良かったな。九龍に来てみてホントに良かった。お兄ちゃん、大好き」
樹は少し面食らった。
随分とストレートな台詞。大地もやたらめったら素直だが、宗も負けず劣らずである…弟ってみんなこんな感じなんだろうか。たまたまか。気の利いた返答が思い付かず樹は‘ありがと’とだけ口にした。
しかしこうして改めて城塞を回ってみると、日常生活では気が付かない新たな発見も多い。なんにでも興味をもつ宗の性格も手伝い数日程度では遊び尽くせず、昼にも夜にも街へと繰り出す兄弟。
「仲良くしてるね」
連日【東風】を出て行く背中を見送り綠が笑う。こちらもこちらで店に入り浸っては夜な夜な東と飲み歩くのがパターンとなっていた、‘宵越しの銭は持たない’きっぷの良さは2人似たところがある。たむろしている面々とも打ち解け、ワイワイと賑やかに過ごす日々。
時折【東風】に泊まると言い出す宗、簡易ベッドはいつだって大活躍。そんな日は綠は適当に引っ掛けた女の子の家へ消えていく。ジゴロ。ちなみに東はちゃんと帰ってくる、真面目。
比較的無口な樹に反し宗は割とよく喋る。その勢いに引っ張られ樹の口数も心なしか増えてきた。もとより他人との垣根が低めの樹だが宗にかけては一段と下がっている、そして、樹自身もそれを感じていた。
‘兄弟’だからかな…樹は【黑龍】に居た幾人かの兄を思い返す。───いや、そうでも無いな。彼らとはもとより話す機会が設けられていなかったが、そこを差し引いても、血の繋がりがどうのこうのではない。
宗だからだ。気が合うのだ、単に。
「心配いらへんかったやん、お兄ちゃん」
「そうかな…」
ティータイム、お馴染みの鶏蛋仔屋で合流した上に言われ樹は首を傾げた。視線の先では弟達が並んでスイーツを齧っている。
上手くやれてる…のか?自信はないものの、宗はそれなりに楽しんでくれているようではあった。まさか自分が兄側になる日が来るとは夢にも思っていなかったが───トッピングのチョコレートアイスを舐めながら、樹は上をチロリと見る。
「てかさ」
「ん?」
「弟って、いいね」
「せやろ!?」
樹の言葉に上は盛大に同意、大地の可愛さを語り出す。ブラコン。
けれど、今となっては樹も上の過保護さがわからないでもなかった。スラムを歩けば心配だし遊びに連れて行くなら楽しませたいし、とにかくいつも気に掛かってしまう。
「でな。寧ん事あった時に、俺感動してん。大地も成長したんやなぁって」
「そうだね」
「やっぱ、見とらんとこでも育っててんな。いつまでも小っこいまんまちゃうねんな…あっ、ちょ待って泣けるわ…ぐすっ…」
「そうだね」
「ぐすっ…やけど、いきなし花とか摘んでくるやん?そういうとこまだまだ可愛ぇんよ。見た目もなんやけどな」
「そうだね。でも」
連々と止めどなく弟自慢を続ける上に相槌を打ち、樹は一言挟んだ。
「宗も同じくらい可愛いけどね」
「んん!?言うやん!!」
声を張る上、唐突に始まる兄バトル。急に大声をあげた兄その1と済ました顔で手を振ってくる兄その2を、弟達はキョトンとした表情で見詰めた。
翌日から開始された九龍城砦探検ツアー。
のんびりと表通りを歩き、せかせかと裏通りを走り、階段を登って降って路地を抜け。貼られたピンクなチラシを意味もなく剥がし、野良猫におやつの老婆餅をわけてやり、たまに見掛ける住人に挨拶をして。どこからともなく降ってくる水滴を避け、ゴチャついていて漏電しそうな配線をくぐり、湿った薄暗い城塞を駆け回る。
特段変わった出来事もないが、巨大迷路さながらな違法建築をウロウロすること自体が物珍しく面白いようで、宗は鼻唄を歌いながらちょこまかと樹についてきた。
スラム街はなるべく足早に通り過ぎたが、勢力図や縄張りの分布を仔細に知りたがる宗を安全な大通りまで引っ張ってくるのにそこそこ苦労した。マフィアについてに限った話ではない。貧民街を通ればあの店は何を売っているんだとか、中流階級側に来ればどこの砵仔糕が1番美味しいかとか、花街に差し掛かれば強い博徒が居る麻雀屋はどれだとか…ジャンルを問わず宗は何でもかんでも訊いてくる。その度に樹は、猫や燈瑩、上から得ていた情報を記憶の遥か彼方から掬いあげ、どうにかこうにか説明をつけた。
「お兄ちゃん何でも知ってるね!」
「いや、知らない…必死…」
日の落ちかけた砦の屋上でハシャぐ宗に、パックの檸檬茶を啜りつつ答える樹。遠い目。
予め述べていた通り、案内出来るほどではないのだ。ただなんとか喜ばせてやりたい、その一心で頑張っている。非常に大変。
宗はフフッと笑って樹の手から紅茶を奪い顔を覗き込んだ。黄金色の夕陽が瞳に映る。
「僕、お兄ちゃんと会えて良かったな。九龍に来てみてホントに良かった。お兄ちゃん、大好き」
樹は少し面食らった。
随分とストレートな台詞。大地もやたらめったら素直だが、宗も負けず劣らずである…弟ってみんなこんな感じなんだろうか。たまたまか。気の利いた返答が思い付かず樹は‘ありがと’とだけ口にした。
しかしこうして改めて城塞を回ってみると、日常生活では気が付かない新たな発見も多い。なんにでも興味をもつ宗の性格も手伝い数日程度では遊び尽くせず、昼にも夜にも街へと繰り出す兄弟。
「仲良くしてるね」
連日【東風】を出て行く背中を見送り綠が笑う。こちらもこちらで店に入り浸っては夜な夜な東と飲み歩くのがパターンとなっていた、‘宵越しの銭は持たない’きっぷの良さは2人似たところがある。たむろしている面々とも打ち解け、ワイワイと賑やかに過ごす日々。
時折【東風】に泊まると言い出す宗、簡易ベッドはいつだって大活躍。そんな日は綠は適当に引っ掛けた女の子の家へ消えていく。ジゴロ。ちなみに東はちゃんと帰ってくる、真面目。
比較的無口な樹に反し宗は割とよく喋る。その勢いに引っ張られ樹の口数も心なしか増えてきた。もとより他人との垣根が低めの樹だが宗にかけては一段と下がっている、そして、樹自身もそれを感じていた。
‘兄弟’だからかな…樹は【黑龍】に居た幾人かの兄を思い返す。───いや、そうでも無いな。彼らとはもとより話す機会が設けられていなかったが、そこを差し引いても、血の繋がりがどうのこうのではない。
宗だからだ。気が合うのだ、単に。
「心配いらへんかったやん、お兄ちゃん」
「そうかな…」
ティータイム、お馴染みの鶏蛋仔屋で合流した上に言われ樹は首を傾げた。視線の先では弟達が並んでスイーツを齧っている。
上手くやれてる…のか?自信はないものの、宗はそれなりに楽しんでくれているようではあった。まさか自分が兄側になる日が来るとは夢にも思っていなかったが───トッピングのチョコレートアイスを舐めながら、樹は上をチロリと見る。
「てかさ」
「ん?」
「弟って、いいね」
「せやろ!?」
樹の言葉に上は盛大に同意、大地の可愛さを語り出す。ブラコン。
けれど、今となっては樹も上の過保護さがわからないでもなかった。スラムを歩けば心配だし遊びに連れて行くなら楽しませたいし、とにかくいつも気に掛かってしまう。
「でな。寧ん事あった時に、俺感動してん。大地も成長したんやなぁって」
「そうだね」
「やっぱ、見とらんとこでも育っててんな。いつまでも小っこいまんまちゃうねんな…あっ、ちょ待って泣けるわ…ぐすっ…」
「そうだね」
「ぐすっ…やけど、いきなし花とか摘んでくるやん?そういうとこまだまだ可愛ぇんよ。見た目もなんやけどな」
「そうだね。でも」
連々と止めどなく弟自慢を続ける上に相槌を打ち、樹は一言挟んだ。
「宗も同じくらい可愛いけどね」
「んん!?言うやん!!」
声を張る上、唐突に始まる兄バトル。急に大声をあげた兄その1と済ました顔で手を振ってくる兄その2を、弟達はキョトンとした表情で見詰めた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる