224 / 429
倶会一処
ブラコンと見掛け倒し・後
しおりを挟む
倶会一処3
翌日から開始された九龍城砦探検ツアー。
のんびりと表通りを歩き、せかせかと裏通りを走り、階段を登って降って路地を抜け。貼られたピンクなチラシを意味もなく剥がし、野良猫におやつの老婆餅をわけてやり、たまに見掛ける住人に挨拶をして。どこからともなく降ってくる水滴を避け、ゴチャついていて漏電しそうな配線をくぐり、湿った薄暗い城塞を駆け回る。
特段変わった出来事もないが、巨大迷路さながらな違法建築をウロウロすること自体が物珍しく面白いようで、宗は鼻唄を歌いながらちょこまかと樹についてきた。
スラム街はなるべく足早に通り過ぎたが、勢力図や縄張りの分布を仔細に知りたがる宗を安全な大通りまで引っ張ってくるのにそこそこ苦労した。マフィアについてに限った話ではない。貧民街を通ればあの店は何を売っているんだとか、中流階級側に来ればどこの砵仔糕が1番美味しいかとか、花街に差し掛かれば強い博徒が居る麻雀屋はどれだとか…ジャンルを問わず宗は何でもかんでも訊いてくる。その度に樹は、猫や燈瑩、上から得ていた情報を記憶の遥か彼方から掬いあげ、どうにかこうにか説明をつけた。
「お兄ちゃん何でも知ってるね!」
「いや、知らない…必死…」
日の落ちかけた砦の屋上でハシャぐ宗に、パックの檸檬茶を啜りつつ答える樹。遠い目。
予め述べていた通り、案内出来るほどではないのだ。ただなんとか喜ばせてやりたい、その一心で頑張っている。非常に大変。
宗はフフッと笑って樹の手から紅茶を奪い顔を覗き込んだ。黄金色の夕陽が瞳に映る。
「僕、お兄ちゃんと会えて良かったな。九龍に来てみてホントに良かった。お兄ちゃん、大好き」
樹は少し面食らった。
随分とストレートな台詞。大地もやたらめったら素直だが、宗も負けず劣らずである…弟ってみんなこんな感じなんだろうか。たまたまか。気の利いた返答が思い付かず樹は‘ありがと’とだけ口にした。
しかしこうして改めて城塞を回ってみると、日常生活では気が付かない新たな発見も多い。なんにでも興味をもつ宗の性格も手伝い数日程度では遊び尽くせず、昼にも夜にも街へと繰り出す兄弟。
「仲良くしてるね」
連日【東風】を出て行く背中を見送り綠が笑う。こちらもこちらで店に入り浸っては夜な夜な東と飲み歩くのがパターンとなっていた、‘宵越しの銭は持たない’きっぷの良さは2人似たところがある。たむろしている面々とも打ち解け、ワイワイと賑やかに過ごす日々。
時折【東風】に泊まると言い出す宗、簡易ベッドはいつだって大活躍。そんな日は綠は適当に引っ掛けた女の子の家へ消えていく。ジゴロ。ちなみに東はちゃんと帰ってくる、真面目。
比較的無口な樹に反し宗は割とよく喋る。その勢いに引っ張られ樹の口数も心なしか増えてきた。もとより他人との垣根が低めの樹だが宗にかけては一段と下がっている、そして、樹自身もそれを感じていた。
‘兄弟’だからかな…樹は【黑龍】に居た幾人かの兄を思い返す。───いや、そうでも無いな。彼らとはもとより話す機会が設けられていなかったが、そこを差し引いても、血の繋がりがどうのこうのではない。
宗だからだ。気が合うのだ、単に。
「心配いらへんかったやん、お兄ちゃん」
「そうかな…」
ティータイム、お馴染みの鶏蛋仔屋で合流した上に言われ樹は首を傾げた。視線の先では弟達が並んでスイーツを齧っている。
上手くやれてる…のか?自信はないものの、宗はそれなりに楽しんでくれているようではあった。まさか自分が兄側になる日が来るとは夢にも思っていなかったが───トッピングのチョコレートアイスを舐めながら、樹は上をチロリと見る。
「てかさ」
「ん?」
「弟って、いいね」
「せやろ!?」
樹の言葉に上は盛大に同意、大地の可愛さを語り出す。ブラコン。
けれど、今となっては樹も上の過保護さがわからないでもなかった。スラムを歩けば心配だし遊びに連れて行くなら楽しませたいし、とにかくいつも気に掛かってしまう。
「でな。寧ん事あった時に、俺感動してん。大地も成長したんやなぁって」
「そうだね」
「やっぱ、見とらんとこでも育っててんな。いつまでも小っこいまんまちゃうねんな…あっ、ちょ待って泣けるわ…ぐすっ…」
「そうだね」
「ぐすっ…やけど、いきなし花とか摘んでくるやん?そういうとこまだまだ可愛ぇんよ。見た目もなんやけどな」
「そうだね。でも」
連々と止めどなく弟自慢を続ける上に相槌を打ち、樹は一言挟んだ。
「宗も同じくらい可愛いけどね」
「んん!?言うやん!!」
声を張る上、唐突に始まる兄バトル。急に大声をあげた兄その1と済ました顔で手を振ってくる兄その2を、弟達はキョトンとした表情で見詰めた。
翌日から開始された九龍城砦探検ツアー。
のんびりと表通りを歩き、せかせかと裏通りを走り、階段を登って降って路地を抜け。貼られたピンクなチラシを意味もなく剥がし、野良猫におやつの老婆餅をわけてやり、たまに見掛ける住人に挨拶をして。どこからともなく降ってくる水滴を避け、ゴチャついていて漏電しそうな配線をくぐり、湿った薄暗い城塞を駆け回る。
特段変わった出来事もないが、巨大迷路さながらな違法建築をウロウロすること自体が物珍しく面白いようで、宗は鼻唄を歌いながらちょこまかと樹についてきた。
スラム街はなるべく足早に通り過ぎたが、勢力図や縄張りの分布を仔細に知りたがる宗を安全な大通りまで引っ張ってくるのにそこそこ苦労した。マフィアについてに限った話ではない。貧民街を通ればあの店は何を売っているんだとか、中流階級側に来ればどこの砵仔糕が1番美味しいかとか、花街に差し掛かれば強い博徒が居る麻雀屋はどれだとか…ジャンルを問わず宗は何でもかんでも訊いてくる。その度に樹は、猫や燈瑩、上から得ていた情報を記憶の遥か彼方から掬いあげ、どうにかこうにか説明をつけた。
「お兄ちゃん何でも知ってるね!」
「いや、知らない…必死…」
日の落ちかけた砦の屋上でハシャぐ宗に、パックの檸檬茶を啜りつつ答える樹。遠い目。
予め述べていた通り、案内出来るほどではないのだ。ただなんとか喜ばせてやりたい、その一心で頑張っている。非常に大変。
宗はフフッと笑って樹の手から紅茶を奪い顔を覗き込んだ。黄金色の夕陽が瞳に映る。
「僕、お兄ちゃんと会えて良かったな。九龍に来てみてホントに良かった。お兄ちゃん、大好き」
樹は少し面食らった。
随分とストレートな台詞。大地もやたらめったら素直だが、宗も負けず劣らずである…弟ってみんなこんな感じなんだろうか。たまたまか。気の利いた返答が思い付かず樹は‘ありがと’とだけ口にした。
しかしこうして改めて城塞を回ってみると、日常生活では気が付かない新たな発見も多い。なんにでも興味をもつ宗の性格も手伝い数日程度では遊び尽くせず、昼にも夜にも街へと繰り出す兄弟。
「仲良くしてるね」
連日【東風】を出て行く背中を見送り綠が笑う。こちらもこちらで店に入り浸っては夜な夜な東と飲み歩くのがパターンとなっていた、‘宵越しの銭は持たない’きっぷの良さは2人似たところがある。たむろしている面々とも打ち解け、ワイワイと賑やかに過ごす日々。
時折【東風】に泊まると言い出す宗、簡易ベッドはいつだって大活躍。そんな日は綠は適当に引っ掛けた女の子の家へ消えていく。ジゴロ。ちなみに東はちゃんと帰ってくる、真面目。
比較的無口な樹に反し宗は割とよく喋る。その勢いに引っ張られ樹の口数も心なしか増えてきた。もとより他人との垣根が低めの樹だが宗にかけては一段と下がっている、そして、樹自身もそれを感じていた。
‘兄弟’だからかな…樹は【黑龍】に居た幾人かの兄を思い返す。───いや、そうでも無いな。彼らとはもとより話す機会が設けられていなかったが、そこを差し引いても、血の繋がりがどうのこうのではない。
宗だからだ。気が合うのだ、単に。
「心配いらへんかったやん、お兄ちゃん」
「そうかな…」
ティータイム、お馴染みの鶏蛋仔屋で合流した上に言われ樹は首を傾げた。視線の先では弟達が並んでスイーツを齧っている。
上手くやれてる…のか?自信はないものの、宗はそれなりに楽しんでくれているようではあった。まさか自分が兄側になる日が来るとは夢にも思っていなかったが───トッピングのチョコレートアイスを舐めながら、樹は上をチロリと見る。
「てかさ」
「ん?」
「弟って、いいね」
「せやろ!?」
樹の言葉に上は盛大に同意、大地の可愛さを語り出す。ブラコン。
けれど、今となっては樹も上の過保護さがわからないでもなかった。スラムを歩けば心配だし遊びに連れて行くなら楽しませたいし、とにかくいつも気に掛かってしまう。
「でな。寧ん事あった時に、俺感動してん。大地も成長したんやなぁって」
「そうだね」
「やっぱ、見とらんとこでも育っててんな。いつまでも小っこいまんまちゃうねんな…あっ、ちょ待って泣けるわ…ぐすっ…」
「そうだね」
「ぐすっ…やけど、いきなし花とか摘んでくるやん?そういうとこまだまだ可愛ぇんよ。見た目もなんやけどな」
「そうだね。でも」
連々と止めどなく弟自慢を続ける上に相槌を打ち、樹は一言挟んだ。
「宗も同じくらい可愛いけどね」
「んん!?言うやん!!」
声を張る上、唐突に始まる兄バトル。急に大声をあげた兄その1と済ました顔で手を振ってくる兄その2を、弟達はキョトンとした表情で見詰めた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。



サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる