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倶会一処
サンダルと「お兄ちゃん」
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倶会一処1
九龍城は快晴。風を切って屋上を渡り、樹は待ち合わせ場所へ。無数に生えるアンテナ群をすり抜けていく途中に出くわすのは昼寝をしているオジサン、三輪車で遊ぶ幼児、洗濯物を干す女性など様々な人々。屋根の上にも広がる日常。
やたらとビニールシートに覆われた一画を通り過ぎた。チラリと見える内部では、緑色のツンツンした植物がギッチリ詰められ育成されている。マリファナ。スラムに入るにつれてこういったものが増えてくる。乱雑に棄てられた大量の注射器を踏まないように注意しながら、指定の広場へと歩を進めた。
辿り着いた先にたむろしている男数人。受け渡し相手だろうか。近付いてみれば運び屋か?と問われ、樹は軽く首を傾ける。
ブツを寄越せと言って手を伸ばすチンピラ、鞄から品物を出しかけた樹だが───ふとドラム缶の陰に目を留めた。
「それなに」
短く問う。少しだけ覗いているのは、服だ。というか人か?チンピラがつまらなそうな顔をして、それを掴みドラム缶の後ろから引きずり出す。
依頼主の死体だった。
ちょっと状況がわからないといった表情の樹に、男は死体を指差してため息をつく。
「こいつ、俺達のツレなんだけど。ここん所1人で勝手にヨソに薬流しだしてな?儲けを全部ポッケに入れてたって訳」
樹は黙って聞いた。が、正直思うところがあった。
この依頼主──今は死体だが──からは数回仕事を頼まれていて、プライベートな話もいくらか打ち明けられた事がある。最近仲間が過激な取り引きばかりしており手がつけられない、説得にも耳を貸さず次から次へと博打めいた売買をしようとするので、調整する為に自分が内密に他へ薬を捌いているのだと。なるほど、その仲間というのがこいつらか。
依頼主は樹の見る限り嘘を言っていなさそうだったし、売り上げだって現金ではない方法で仲間へ還元していたはずだ。こいつらが考えているような‘アガリをちょろまかそう’だなんていうシナリオではない。
死体に視線を落とす。誰かを想っての行動が裏目に出る…何も珍しいことではなかった。とはいえやはり不憫に感じ、樹はわずかに瞼を伏せる。
チンピラは樹に拳銃を向けた。
「で、お前がグルだったんだろ」
飛び火。
なんだ、初めから荷物を回収したら俺を殺すつもりだったのか…もともと受け渡す予定だった相手は来ないんだろう、多分、こいつらが手を回して指定場所をズラしている。そう理解した樹はコキッと首を鳴らした。
仕事なのでやっていただけでグルでは無い、が、違うと言ったとてあまり意味はなさそうな雰囲気。サッと敵の人数をかぞえる。目の前に3人、路地の付近にもう2人。
この3人から片付けよう。
「とりあえずこれ、渡すね」
樹はおもむろに鞄を開き、新聞紙で何重にも巻かれた例のブツを手に持った。麻薬。と、素早くそれを正面真ん中の男の顔面へと投擲、同時に左側のチンピラ目掛けて跳躍して顎へ膝蹴りを決める。
崩れ落ちる身体を盾にし、急襲に慌てて発砲してきた右側の輩の銃弾を防いだ。血飛沫。鼻っ柱に塊を喰らった男が体勢を立て直すより早く盾をぶつけ、再びよろけ尻餅をついた男の脳天に踵落としを見舞う。そのまま頭を踏んで飛び、発砲した輩の首を両足で挟んでバク転の要領で勢いをつけ後方へ投げ飛ばした。背中からドラム缶へ突っ込む男。
騒ぎを受けて路地に居た連中がこれまたピストルを構え、樹はそちらに顔を向けた。
まだ距離がある。こっちの止めを先に刺すか?それとも一旦全員沈めたほうがいいか?考えたのと同じタイミングで、突如、暗がりから伸びた腕が路地の男達を捕らえた。頭と頭を掴み思い切りぶつけ合わせる、ゴンッと響く鈍い音。
目を見張る樹の視界に映った腕の主は体格の良い青年。男達をポイッと地面に捨てると頸椎のあたりを靴──いや、サンダル──の底で容赦なく潰した。青年が樹の側に転がる2人を顎で示したので、樹は頷きサクッと両方の首を折る。
「あら、ほんとにサクサクいくのね」
「ん?うん…ていうか、えーと…」
追い討ちを促した割に吃驚している青年を見詰め、逡巡する樹。ありがとうというべきか誰だと問うべきか。しかも、‘サクサクいく’と樹に言いつつ両足の下には喉元の骨を砕かれた死体。自分だって充分サクサクである。─────そこへ。
「綠、どいて!!」
青年を押しのけ小柄な人影が走ってきた。樹は若干警戒したが、どうも敵意は感じられない。人影は半ばタックルのような勢いで樹へ抱きつくと嬉しそうに声を弾ませた。
「お兄ちゃん!!」
…………お兄ちゃん?
お兄ちゃん?って何だ?俺のこと?単に呼び名ではなくて、兄という意味か?
頭の上に幾つもの疑問符を浮かべる樹を、抱きついてきた少年は上目遣いに見た。キラキラ輝く瞳。そしてニッコリと笑い、無邪気な顔で愛らしく告げる。
「僕、宗、っていいます。はじめまして─────お兄ちゃん」
九龍城は快晴。風を切って屋上を渡り、樹は待ち合わせ場所へ。無数に生えるアンテナ群をすり抜けていく途中に出くわすのは昼寝をしているオジサン、三輪車で遊ぶ幼児、洗濯物を干す女性など様々な人々。屋根の上にも広がる日常。
やたらとビニールシートに覆われた一画を通り過ぎた。チラリと見える内部では、緑色のツンツンした植物がギッチリ詰められ育成されている。マリファナ。スラムに入るにつれてこういったものが増えてくる。乱雑に棄てられた大量の注射器を踏まないように注意しながら、指定の広場へと歩を進めた。
辿り着いた先にたむろしている男数人。受け渡し相手だろうか。近付いてみれば運び屋か?と問われ、樹は軽く首を傾ける。
ブツを寄越せと言って手を伸ばすチンピラ、鞄から品物を出しかけた樹だが───ふとドラム缶の陰に目を留めた。
「それなに」
短く問う。少しだけ覗いているのは、服だ。というか人か?チンピラがつまらなそうな顔をして、それを掴みドラム缶の後ろから引きずり出す。
依頼主の死体だった。
ちょっと状況がわからないといった表情の樹に、男は死体を指差してため息をつく。
「こいつ、俺達のツレなんだけど。ここん所1人で勝手にヨソに薬流しだしてな?儲けを全部ポッケに入れてたって訳」
樹は黙って聞いた。が、正直思うところがあった。
この依頼主──今は死体だが──からは数回仕事を頼まれていて、プライベートな話もいくらか打ち明けられた事がある。最近仲間が過激な取り引きばかりしており手がつけられない、説得にも耳を貸さず次から次へと博打めいた売買をしようとするので、調整する為に自分が内密に他へ薬を捌いているのだと。なるほど、その仲間というのがこいつらか。
依頼主は樹の見る限り嘘を言っていなさそうだったし、売り上げだって現金ではない方法で仲間へ還元していたはずだ。こいつらが考えているような‘アガリをちょろまかそう’だなんていうシナリオではない。
死体に視線を落とす。誰かを想っての行動が裏目に出る…何も珍しいことではなかった。とはいえやはり不憫に感じ、樹はわずかに瞼を伏せる。
チンピラは樹に拳銃を向けた。
「で、お前がグルだったんだろ」
飛び火。
なんだ、初めから荷物を回収したら俺を殺すつもりだったのか…もともと受け渡す予定だった相手は来ないんだろう、多分、こいつらが手を回して指定場所をズラしている。そう理解した樹はコキッと首を鳴らした。
仕事なのでやっていただけでグルでは無い、が、違うと言ったとてあまり意味はなさそうな雰囲気。サッと敵の人数をかぞえる。目の前に3人、路地の付近にもう2人。
この3人から片付けよう。
「とりあえずこれ、渡すね」
樹はおもむろに鞄を開き、新聞紙で何重にも巻かれた例のブツを手に持った。麻薬。と、素早くそれを正面真ん中の男の顔面へと投擲、同時に左側のチンピラ目掛けて跳躍して顎へ膝蹴りを決める。
崩れ落ちる身体を盾にし、急襲に慌てて発砲してきた右側の輩の銃弾を防いだ。血飛沫。鼻っ柱に塊を喰らった男が体勢を立て直すより早く盾をぶつけ、再びよろけ尻餅をついた男の脳天に踵落としを見舞う。そのまま頭を踏んで飛び、発砲した輩の首を両足で挟んでバク転の要領で勢いをつけ後方へ投げ飛ばした。背中からドラム缶へ突っ込む男。
騒ぎを受けて路地に居た連中がこれまたピストルを構え、樹はそちらに顔を向けた。
まだ距離がある。こっちの止めを先に刺すか?それとも一旦全員沈めたほうがいいか?考えたのと同じタイミングで、突如、暗がりから伸びた腕が路地の男達を捕らえた。頭と頭を掴み思い切りぶつけ合わせる、ゴンッと響く鈍い音。
目を見張る樹の視界に映った腕の主は体格の良い青年。男達をポイッと地面に捨てると頸椎のあたりを靴──いや、サンダル──の底で容赦なく潰した。青年が樹の側に転がる2人を顎で示したので、樹は頷きサクッと両方の首を折る。
「あら、ほんとにサクサクいくのね」
「ん?うん…ていうか、えーと…」
追い討ちを促した割に吃驚している青年を見詰め、逡巡する樹。ありがとうというべきか誰だと問うべきか。しかも、‘サクサクいく’と樹に言いつつ両足の下には喉元の骨を砕かれた死体。自分だって充分サクサクである。─────そこへ。
「綠、どいて!!」
青年を押しのけ小柄な人影が走ってきた。樹は若干警戒したが、どうも敵意は感じられない。人影は半ばタックルのような勢いで樹へ抱きつくと嬉しそうに声を弾ませた。
「お兄ちゃん!!」
…………お兄ちゃん?
お兄ちゃん?って何だ?俺のこと?単に呼び名ではなくて、兄という意味か?
頭の上に幾つもの疑問符を浮かべる樹を、抱きついてきた少年は上目遣いに見た。キラキラ輝く瞳。そしてニッコリと笑い、無邪気な顔で愛らしく告げる。
「僕、宗、っていいます。はじめまして─────お兄ちゃん」
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