九龍懐古

カロン

文字の大きさ
上 下
216 / 409
焦熬投石

「おかえり」と「ただいま」

しおりを挟む
焦熬投石12





アズマ何口なんくち買う?六合彩ロト
「10くち買っちゃいましょうか」

午後の【東風】。椅子に腰掛けたイツキが指先で鉛筆をクルクル回しながら問えば、後ろからマークシートを覗くアズマが嬉々として返答。向かいで頬杖をつくカムラ

カムラは?」
「いや…俺、当たらへんからな…」
「買わなきゃ当たんないわよ」
「くじ運あらへんねんて!」

尻込みするカムラを茶化すアズマ。この眼鏡、前回の六合彩ロトを見事に当てて【宵城】でのツケを総精算していた。全くもって悪運が強い、おかげで今日はマオにも踏まれず上機嫌。
反対に、ツケを回収する事が出来たにもかかわらず──しかも自分のぶんの六合彩ロトもそれなりに的中させているのに──どことなくつまらなそうなマオイツキの横でチビチビと酒を舐めている顔には‘不満’の2文字が見える。
もしかしてあの猫ちゃん…金がどうこうとかでは無く、単に俺を踏んで遊びたいだけなんじゃないのかしら…?何かを感知したアズマがコソッとイツキの背後に身を隠すと、イツキは月餅をかじりつつ‘どうひはしたの’と首をかたむけた。そのやり取りに、壁際で煙草をくゆらす燈瑩トウエイがクスクス笑う。

ネイもやる?」
「え、うん…や、やってみようかな…」

同じくテーブルについていた大地ダイチがヒラヒラと紙を見せれば、隣に座るネイもソロソロと顔を寄せてくる。

ここ最近、ネイは毎日【東風】へ訪れていた。あの日以降消息の途絶えてしまったタクミが、煙草を買いに来てくれるのを待っているのだ。
確実な約束をした訳では無い。けれど最後の別れ際、タクミは‘またな’と言って、ネイは頷いた。一緒に作っている曲だってまだ途中だ。

だから、きっと来る。そう信じて。



「でも…六合彩ロトってどうやるの…?」
「えーとね、好きな数字を6個選ぶんだよ。何番がいい?」
「6個…好きな数字、6個も無いなぁ…」
「じゃあ今回もこれで決めよっか!」

頭を捻るネイにウインクして、大地ダイチはテーブルにあったサイコロをいくつか掴んでブンッと勢いよく放る。入り口の方へ転がったダイス────と、そこへ。



「あれ?また六合彩ロトやってんの」



タイミングよく扉を開き、タクミが顔を出した。


足元に視線を落として四・一・三と数字を読み上げると、拾ったダイスをイツキへ投げて寄越す。ネイがバッと立ちあがった。

「いらっしゃいませ、煙草?」

口角を上げて問うアズママオが自分のかたわらの椅子を引き、大地ダイチはテーブルの陰で軽くネイの手を握る。

「────っ、おかえり、なさい」 

つっかえはしたもののネイはハッキリした声で言い、再び真っ直ぐにタクミを見た。タクミネイを見やる。帽子を脱いで少しみ、答えた。

「…ただいま」



もう1度、ここから。



タクミお前、連絡くらいしろよ。新しい携帯でんわあんだろ」
「色々片付けてたから忙しくて…つうか俺、もともとマオの番号知らなくね」
大地こいつのは知ってんじゃねーか」
「いいよ別に、帰ってきたんだから!ねぇネイ!」
「うん…あの…えっと…」
「曲持ってきたよ、続き作ろうぜ。あとこれ見舞いのお菓子。デコ治ったか?」
ハフミ六合彩ロホ買う?」
「みんな買ってんなら買おっかな。さっきのサイコロなんだっけ、んーと… …… 」





雨上がり。雲の切れ間から射し込む日差しが、あちらこちらに残る水滴を照らしだし、不格好な城塞をきらめかせる。

話し声の響く店内にまたひとつ───新しい季節が訪れていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

逢汲彼方
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

処理中です...