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焦熬投石
「おかえり」と「ただいま」
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焦熬投石12
「東、何口買う?六合彩」
「10口買っちゃいましょうか」
午後の【東風】。椅子に腰掛けた樹が指先で鉛筆をクルクル回しながら問えば、後ろからマークシートを覗く東が嬉々として返答。向かいで頬杖をつく上。
「上は?」
「いや…俺、当たらへんからな…」
「買わなきゃ当たんないわよ」
「くじ運あらへんねんて!」
尻込みする上を茶化す東。この眼鏡、前回の六合彩を見事に当てて【宵城】でのツケを総精算していた。全くもって悪運が強い、おかげで今日は猫にも踏まれず上機嫌。
反対に、ツケを回収する事が出来たにもかかわらず──しかも自分のぶんの六合彩もそれなりに的中させているのに──どことなくつまらなそうな猫。樹の横でチビチビと酒を舐めている顔には‘不満’の2文字が見える。
もしかしてあの猫ちゃん…金がどうこうとかでは無く、単に俺を踏んで遊びたいだけなんじゃないのかしら…?何かを感知した東がコソッと樹の背後に身を隠すと、樹は月餅をかじりつつ‘どうひはの’と首を傾けた。そのやり取りに、壁際で煙草を燻らす燈瑩がクスクス笑う。
「寧もやる?」
「え、うん…や、やってみようかな…」
同じくテーブルについていた大地がヒラヒラと紙を見せれば、隣に座る寧もソロソロと顔を寄せてくる。
ここ最近、寧は毎日【東風】へ訪れていた。あの日以降消息の途絶えてしまった匠が、煙草を買いに来てくれるのを待っているのだ。
確実な約束をした訳では無い。けれど最後の別れ際、匠は‘またな’と言って、寧は頷いた。一緒に作っている曲だってまだ途中だ。
だから、きっと来る。そう信じて。
「でも…六合彩ってどうやるの…?」
「えーとね、好きな数字を6個選ぶんだよ。何番がいい?」
「6個…好きな数字、6個も無いなぁ…」
「じゃあ今回もこれで決めよっか!」
頭を捻る寧にウインクして、大地はテーブルにあったサイコロをいくつか掴んでブンッと勢いよく放る。入り口の方へ転がったダイス────と、そこへ。
「あれ?また六合彩やってんの」
タイミングよく扉を開き、匠が顔を出した。
足元に視線を落として四・一・三と数字を読み上げると、拾ったダイスを樹へ投げて寄越す。寧がバッと立ちあがった。
「いらっしゃいませ、煙草?」
口角を上げて問う東。猫が自分の傍らの椅子を引き、大地はテーブルの陰で軽く寧の手を握る。
「────っ、おかえり、なさい」
つっかえはしたものの寧はハッキリした声で言い、再び真っ直ぐに匠を見た。匠も寧を見やる。帽子を脱いで少し笑み、答えた。
「…ただいま」
もう1度、ここから。
「匠お前、連絡くらいしろよ。新しい携帯あんだろ」
「色々片付けてたから忙しくて…つうか俺、もともと猫の番号知らなくね」
「大地のは知ってんじゃねーか」
「いいよ別に、帰ってきたんだから!ねぇ寧!」
「うん…あの…えっと…」
「曲持ってきたよ、続き作ろうぜ。あとこれ見舞いのお菓子。額治ったか?」
「匠も六合彩買う?」
「みんな買ってんなら買おっかな。さっきのサイコロなんだっけ、んーと… …… 」
雨上がり。雲の切れ間から射し込む日差しが、あちらこちらに残る水滴を照らしだし、不格好な城塞を煌めかせる。
話し声の響く店内にまたひとつ───新しい季節が訪れていた。
「東、何口買う?六合彩」
「10口買っちゃいましょうか」
午後の【東風】。椅子に腰掛けた樹が指先で鉛筆をクルクル回しながら問えば、後ろからマークシートを覗く東が嬉々として返答。向かいで頬杖をつく上。
「上は?」
「いや…俺、当たらへんからな…」
「買わなきゃ当たんないわよ」
「くじ運あらへんねんて!」
尻込みする上を茶化す東。この眼鏡、前回の六合彩を見事に当てて【宵城】でのツケを総精算していた。全くもって悪運が強い、おかげで今日は猫にも踏まれず上機嫌。
反対に、ツケを回収する事が出来たにもかかわらず──しかも自分のぶんの六合彩もそれなりに的中させているのに──どことなくつまらなそうな猫。樹の横でチビチビと酒を舐めている顔には‘不満’の2文字が見える。
もしかしてあの猫ちゃん…金がどうこうとかでは無く、単に俺を踏んで遊びたいだけなんじゃないのかしら…?何かを感知した東がコソッと樹の背後に身を隠すと、樹は月餅をかじりつつ‘どうひはの’と首を傾けた。そのやり取りに、壁際で煙草を燻らす燈瑩がクスクス笑う。
「寧もやる?」
「え、うん…や、やってみようかな…」
同じくテーブルについていた大地がヒラヒラと紙を見せれば、隣に座る寧もソロソロと顔を寄せてくる。
ここ最近、寧は毎日【東風】へ訪れていた。あの日以降消息の途絶えてしまった匠が、煙草を買いに来てくれるのを待っているのだ。
確実な約束をした訳では無い。けれど最後の別れ際、匠は‘またな’と言って、寧は頷いた。一緒に作っている曲だってまだ途中だ。
だから、きっと来る。そう信じて。
「でも…六合彩ってどうやるの…?」
「えーとね、好きな数字を6個選ぶんだよ。何番がいい?」
「6個…好きな数字、6個も無いなぁ…」
「じゃあ今回もこれで決めよっか!」
頭を捻る寧にウインクして、大地はテーブルにあったサイコロをいくつか掴んでブンッと勢いよく放る。入り口の方へ転がったダイス────と、そこへ。
「あれ?また六合彩やってんの」
タイミングよく扉を開き、匠が顔を出した。
足元に視線を落として四・一・三と数字を読み上げると、拾ったダイスを樹へ投げて寄越す。寧がバッと立ちあがった。
「いらっしゃいませ、煙草?」
口角を上げて問う東。猫が自分の傍らの椅子を引き、大地はテーブルの陰で軽く寧の手を握る。
「────っ、おかえり、なさい」
つっかえはしたものの寧はハッキリした声で言い、再び真っ直ぐに匠を見た。匠も寧を見やる。帽子を脱いで少し笑み、答えた。
「…ただいま」
もう1度、ここから。
「匠お前、連絡くらいしろよ。新しい携帯あんだろ」
「色々片付けてたから忙しくて…つうか俺、もともと猫の番号知らなくね」
「大地のは知ってんじゃねーか」
「いいよ別に、帰ってきたんだから!ねぇ寧!」
「うん…あの…えっと…」
「曲持ってきたよ、続き作ろうぜ。あとこれ見舞いのお菓子。額治ったか?」
「匠も六合彩買う?」
「みんな買ってんなら買おっかな。さっきのサイコロなんだっけ、んーと… …… 」
雨上がり。雲の切れ間から射し込む日差しが、あちらこちらに残る水滴を照らしだし、不格好な城塞を煌めかせる。
話し声の響く店内にまたひとつ───新しい季節が訪れていた。
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